第60話 可愛い後輩たち

涼菜は俺の腕を抱いたままパアッと顔を綻ばせ、左手を振って声を掛ける。


「わー、三人とも来てたんだー、久しぶりー♪」


どうやら女の子三人は涼菜の学友のようなのだが、俺たち三人の状況を見て少し戸惑っているようだ。


「すず、友達なんだろ? 話をして来たらどうだ?」

「うん、じゃあ、ちょっとだけ話してくるね。」


 俺が促すと、涼菜はこちらを見上げて返事をし、学友の下へ駆けて行った。

涼菜を含めた女の子四人がこちらを見ながらきゃーきゃーと騒ぎ始めた。


「涼菜、可愛いの着てるじゃん! 凄く夏っぽい!」

「えへへー、これ、ゆうくんに選んでもらったんだー♪」

「去年ずっと一緒に居たお兄さんだよね、相変わらずベッタリなんだー」

「うん、そうだよー、大好きだもん♪」

「ねー、あの綺麗な人誰? 何であの人、お兄さんと手ぇ繋いでるの?」

「あたしの姉だよ、こないだ話したじゃない。」

「うそ、涼菜と全然似てないから分かんなかったよ!」

「1年の時っていっつも三人一緒だったよね。」

「そうそう、涼菜一人お子ちゃまって感じだった。」

「あはは、今も変わんないけどねー」


 こうして学友とはしゃいでいる涼菜を見るのは久しぶりだ。

あの姿を見ると、あらためて彼女がまだ14歳の中学生だということを感じさせる。


 それと同時に、たった数ヶ月前までは俺自身があちら側の人間だったことを忘れていたことに、気づかされてしまった。

目の前の光景を懐かしくさえ感じるのだから、俺も学園生活にすっかり慣れてしまったということだろうか。


「なんか懐かしく感じるな。」

「ふふ、ホントにね、何年も経った訳じゃないのに。」

「俺たちも少しは成長してるってことなのかな。」

「どうだろうね、ちょっとピンとこないかも。」


 中学卒業からたった数ヶ月とは言え、人として少しは成長出来ていれば良いなと思う。

中学生組を眺めながら彩菜と感慨に耽っていると、涼菜がこちらへ戻って来た。


「ゆうくん、あやねえ、お願いがあるんだけど。」

「どうした? みんなと回ることにしたのか?」


学友と遊びたくなったのかと思い問うてみたが、どうやら違うようだ。


「あのね、あの子たち、ゆうくんとあやねえに稜麗のこと聞きたいって言うんだけど、今から良い?」


彩菜と顔を見合わせて頷き合う。


「構わないよ、みんな稜麗志望なのか?」

「一人まだ決めてない子も居るけどね。みんな大丈夫だってー」


俺への返答もそこそこに、涼菜は女子三人に駆け寄って行った。


「ふふ、何聞かれるんだろうね。」

「さあな、お手柔らかに願いたいもんだ。」


 俺の肩にぽとんと頭を預けながら然程も心配していないであろう彩菜に目をやって薄く微笑むと、中3女子組からきゃーっと声が上がった。

あの様子だと学園の話を聞きたいというのは怪しそうに思えるが、はたして。


 涼菜を含めた中3女子に連れられて夏祭り会場から程近い校舎側の簡易ベンチに腰を下ろしていた。

三人掛けのベンチに俺と清澄姉妹、中3女子三人が別れて座った。

 ここは元々職員用の喫煙スペースだったところだが、受動喫煙防止のために灰皿が撤去され、ベンチだけが残されている。

今は部活生の休憩場所として活用されていた。


 全員、手には先ほど露店で買った飲み物が握られている。

一応、年長者として俺と彩菜が皆にご馳走したものだ。


「ゆうくん、あやねえ、ありがとう、いただきます。」

「「「いただきます。」」」

「いえいえ、どうぞ。」


元気な声に応えて手元のジュースを掲げて見せると、皆一斉に飲み物に口をつける。

女子三人のうち、メロンソーダを飲んでいる子が口火を切った。


「あの、私、稜麗学園が第1志望なんですけど、お兄さんとお姉さんにお話しを聞いてみたくて。」

「うん、俺たちに分かることなら何でも答えるよ。」

「可愛い後輩の頼みだからね、何でも聞いてね。」


 多少は緊張していたのだろう、俺たちの言葉を聞いて、三人は一様に安堵の色を浮かべた。

早速口火を切った子から質問が来る。


「じゃあ、早速ですけど、稜麗学園って校則は厳しいんですか?」

「他の高校を知らないから前武中との比較になるけど、服装なんかは割と緩いんじゃないかな。」

「そうだね、髪色は自由だし、制服を多少着崩しても何も言われないし、アクセサリーも派手じゃなければ良いみたい。」

「良くも悪くも、生徒の自主性を重んじた放任主義って感じかな。」

「良くも悪くも、ですか?」

「うん、身なりだけの話じゃなくて、生活態度とか、ある程度生徒の自由にはさせてくれるけど、何か問題があれば庇ってくれることもないってことだよ。」


 実例を知っている訳ではないが、学内・学外を問わず、素行不良が認められれば即退学もあり得るとか。

学業不振の場合、追試などの救済措置は行わず、留年は学園在籍中1回のみ認められる。

 もっとも、留年が見込まれた時点で皆、転学してしまうので、実態として留年する生徒は存在しないようだ。


「なんか、凄く厳しそうですけど…」

「ごめんごめん、不安がらせるつもりはないんだ。でもね、高校って義務教育じゃないから、程度はあってもどこも似たようなものだと思ってた方が良いと思うよ。」

「うちの場合はそもそも県内でも学力はトップクラスだし、不良っぽい生徒も見たことないから、あまり気にすることはないかも知れないけどね。」


 全国模試で常に一桁順位の女の子が入学するくらいなので、全国でもそこそこの学力レベルではないかと思うのだが、なぜかT大学への受験率が低いのが学園七不思議の一つだと言われている。

ちなみに、他の六不思議が何なのかを聞いたことはない。


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