第35話 アルバム
「ふわ〜、美味しかった〜。ゆう、ありがとう。」
「ホントに美味しかったです、御善くん、お店を開けるんじゃないですか?」
「ありがとう、じゃあその時は、神崎さんを真っ先に招待するよ。」
「それは嬉しいですけど、一番は彩菜さんと涼菜さんですよね?」
「私とすずは一緒にお店を切り盛りするからね。プレオープンの特別ゲストは愛花ちゃんだよ?」
俺と涼菜がテーブルの上を片付け始めると、今日のホストとお客さまからお褒めの言葉をいただいた。
神崎さんの彩菜に対する呼称が『清澄先輩』から『彩菜さん』に変わったのは、神崎さんが涼菜のことを名前呼びしていたのと、仲良くなったのだから名前で呼んでほしいという彩菜のリクエストに神崎さんが応えてくれたからだ。
ちなみに涼菜も神崎さんのことを『愛花さん』と呼ぶことになった。
俺は洗い物を手伝いたいと言う神崎さんの申し出を丁重にお断りし、彼女のお相手を彩菜に任せて涼菜と共にキッチンに立っていた。
「ゆうくん、いつもありがとう。今日もとっても美味しかったよ。」
「ありがとう、すず。そう言ってもらえると嬉しいよ。」
俺たちは洗いと濯ぎを分担して作業を進めて行く。
涼菜はいつも片付けや洗い物を手伝ってくれているので手慣れたものだ。
「すず、ここは俺がやっておくから、リビングに行っていいぞ。三人で話をしたらどうだ?」
「ううん、二人でやった方が早いし、直ぐに終わるでしょ? ゆうくんも一緒にお話ししようよ。」
「分かったよ。それじゃあ、ちゃっちゃと片付けるか。」
俺のことを心配して、出来るだけ一人にしないようにしてくれているのだろう。
涼菜の気遣いに有難さと申し訳なさを感じながら、残り少なくなった汚れた食器に手を付けた。
その後、俺たち四人は様々な雑談に興じていた。
話は当然女子三人が中心になっていて、俺は時々投げられるパスを取り逃がさないように、彼女たちの話に聞き入っている。
取り留めのない話をしているうちに、会話の内容が俺たち幼馴染三人の話になっていた。
「ねえ、ゆう。アルバム持ってきてくれる?」
彩菜の言葉に、俺の体がほんの一瞬だけ強張った。
「分かった。部屋に行って来るから、ちょっと待っててくれ。」
ソファーから立ち上がろうとすると、涼菜が俺を制してさっと立ち上がりリビングから出ようとする。
「ゆうくん、あたしが取って来るからここに居て? 本棚ので良いよね。」
「ああ、悪いな、本棚ので大丈夫だ。」
「うん、すぐ戻るね。」
涼菜はリビングを出て、とととっと2階へ上がって行った。
俺を一人にしないための徹底的なほどの行動に、彩菜は苦笑いしながら会話に空白が生じないように話を繋げていた。
「私たち、ゆうの部屋に平気で入っちゃうけど、愛花ちゃんは弟の部屋に入ったりする?」
「弟が部屋に居る時には入ることもありますけど…。」
「あはは、流石に普通は居ない時には入らないよね。うちはいつもゆうがOKしてくれるから、いつの間にか居ない時でも平気で入るようになっちゃった。」
「別に見られて困るものがある訳じゃないから構わないよ。」
「って感じなの。」
「お互いに信頼していると言うか、自然体ってことなんでしょうね。家族でもそんな風にはなれないかも知れませんね。」
「お待たせしましたー」
涼菜がアルバムを携えてリビングに戻って来た。
彼女はアルバムをローテーブルに置くと、俺の隣にやって来てぽすんと腰を下ろす。
彩菜が早速ページを捲って行った。
涼菜が持って来てくれたアルバムは子供を中心とした写真が収められていて、幼い頃のあどけない顔をした俺たちが泣き笑いしている。
「うわー、可愛いですねぇ。天使が三人居るみたいです…、って、ひょっとして、この女の子、御善くんですか?」
正解。神崎さんが見ている写真に写っている小さな女の子三人のうちの一人は俺である。
俺は小学校に上がる頃までは女の子のように可愛いと言われていて、時々彩菜の服を着せられて写真を撮られていた。
俺の黒歴史の一つだ。
「ゆうは今もメイクして女装したらイケるんじゃないかと思うんだけど。ただ身長に合う服がないんだよねー」
「この間ショッピングモールでも探したけど、なかったもんねー」
「いや、探さなくていいから、着ないからな?」
「じゃ、ゆうくん、メイクだけでもどう?」
「あ、それ面白そうですね。やってみましょうか♪」
神崎さんも乗ってきた、どうやら清澄姉妹の影響を受け始めたようだ。
今度は神崎さんが微笑ましそうにページを捲って行く。
しかし、とあるページに差し掛かったところで、その手が止まった。
俺は少し緊張する。
「このアルバム、皆さん以外の子も写ってるんですね。二人とも少し年上のようですけど、ちょっと皆さんと似ているような…」
俺は何も言えずに押し黙った。
神崎さんの問いに答えたのは彩菜だった。
「その二人はね…、ゆうのお兄さんと私たち姉妹の姉なんだよ。」
「そうなんですね。お二人は今、大学生ですか?」
「ううん、違うの、その二人はね…」
彩菜が告げようとする言葉に、俺は唇を噛み締める。
「もう、どこにも居ないの。」
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