夢とお金とあなた達

日暮マルタ

夢とお金とあなた達

 私には夢がいっぱいある! 今はお金を貯めて、気にしているソバカスを消すの。そのために節約して、バイトを一所懸命頑張っている。飲食店のホールは忙しいし、皿を割ったりしたら一大事だ。それで帰ったら、カップラーメン。炊飯器が壊れて動かないの。明日はパンを食べるんだ。パンの方は、一食二十円ってちゃんと計算してるのよ。お腹は空くけど我慢我慢!

 

 いつも冷やかして帰る古本屋に、まだ少し新しい日本地図を見つけた。見ているとワクワクした。行ったことのない土地の写真が載っている本で、日焼けがあるからかとても安かった。

 夢が増えるようなときめきがあった。夢。夢が私の人生には大きな容量を占める。素敵な未来。幸福な将来。それさえあれば私は生きていける。思わずレジへ並んだ。無愛想な店員が投げるように本を渡してきた。投げるようにお金を置いた。さようなら、六個入りロールパン二袋。


 ソバカスを消して、炊飯器を買って、そして旅行に行くんだ。日本中を走り回ろう。鳥取砂丘見に行こう。忠犬ハチ公を見に行こう。沖縄でダイビングを経験してみよう。そのためにも私は働かなければ。一所懸命に。他人よりも。


 カップ麺を啜りながら片手で地図を夢中で見ていた。すると、ページに大きな虫が挟まっていることに気がついた。少し触れてしまった。足が八本ある虫で、つぶれて死んで体液で少し読めなくなっていた。怖い。九州の写真が見られない。

 無駄遣いだったのだ。カップ麺も、この地図も。急に味を感じなくなって、食べたいという気持ちが消え失せたけど、お腹がグーグー鳴あるので食べた。

「ねえ聞いてよ、古本に虫挟まってたんだけど」

 そんな風に連絡できる友人はいない。携帯の通知欄は、無料ゲームの宣伝と、バイトの連絡のみだった。

「午後シフトの方へ、ミスの共有です。××さん担当の……」

 わぁ、また私のミスが午前の人達の琴線に触れたらしい。午前の誰なのか、会ったことはないが、午後シフトの人は誰のミスも名指ししないが午前シフトの人は必ず名指ししてくる。私の名前が挙がるのは何回目だったか。ミスが多いよ、と日々言われてしまうので、気が重い。私の記憶では、ミスの数は私を名指しする午前シフトの人の方が多いのだが。というか、ミスをしていないのに共有といってつるし上げられていることもある。

「ねえ、古本に、大蜘蛛が挟まっていて」

「仰向けで読んでなくて良かったじゃん」

 私は架空の友人と話をした。バイトのもやもやは話せなかった。頑張らねば。そろそろ、もう一つの清掃のバイトに出かける時間だ。

 おっと、忘れかけていた。公共料金を支払わなければ。家にテレビが無いのでその集金はないが、それ以外の公共料金は支払わねばならない。そうしないと生活が出来ない。世知辛いものだ。私は机に置かれていた請求書を手に取った。写真の載った地図帳も手に取り、コンビニへと出向く。コンビニの前においてあるゴミ箱に、地図帳を投げ込んだ。何か涙が出そうになった。


 寒い外からコンビニの自動ドアが開くと、暖気が私を迎えてくれた。商品がたくさん。これらは私の手の出ないものである。これらを買うお金は私にはないのだ。なぜなら、私には夢があるから! 旅行の夢も増えた。ソバカスも消したい。炊飯器を買ったら自炊をするのだ。料理上手になって、美容も勉強して、婚活なんかもして? それをするにはやはりお金が必要なのだ。

 コンビニのATMでお金を下ろそうとした。なぜか引き落とせない。キャッシング、しかできない。おかしいな。お金、結構頑張って貯めて、もう先月分は振り込まれているはずなのだ。

 残高を調べたら、一円も入っていなかった。おかしい。これは何かの間違いだ。でも、これからすぐに清掃のバイトに行かなくてはならない。請求書は後回しにして、呆然とバイトに向かった。


 清掃はチームワークが大切なバイトだ。一人だけ若い私は、元々浮いているし、今日は特に口数も少なく、心配されていた。「残高が無くて」というと、「何に使っちゃったの?」「詐欺じゃない? 警察は?」と口々に問い詰められる。私は知らない。私は責められている。三〇万以上貯まっていたのだ。何があっても大丈夫なように、食事も寝る間も惜しんで貯めたのだ。私の大事なバイト代、全て無くなっていた。私が悪いのか?


 夜だが交番は開いていて、バイト帰りの深夜近くの時間でも、面倒そうなお兄さんが対応してくれた。現金を引き出された通帳に、カードと書かれていたことから、身内の犯行じゃないかと言われた。気が重い中、実家に連絡を入れると、犯人は実母だった。

 自分のお金だと思って使っちゃった、ごっめーん。そういうやりとりだったと警官に言うと、実母が? と驚いていたものの、民事不介入だからと何もしてはくれなかった。


「ちょっと、支払い待ってもらえないでしょうか……」 

 大家さんのところを訪ねた。安い菓子折は私の朝ご飯になれなかったものだ。この大家さんは、引っ越す時に私の母が怒鳴り込んで電話したことがあって、私はずっと気まずく思っている。事情を説明すると、「暗証番号を教えていたの?」と呆れられた。

 カードが存在することも知らなかった。この口座は母が私に作ってくれた物だった。だからパスワードも母がつけたものだ。通帳だけで現金のやりとりができるから、カードは要らないと言われていたが、勝手に作られていた物だった。私は惨めな気持ちだった。そのことを一切説明できず、私は閉口した。教えてない。母が勝手にやった。あのヤバい母親に暗証番号を教えてカードを渡した馬鹿な娘だと思われただろうか。きっとそうだろう。大家さんは母親から送金してもらうよう、私に言った。母はもうお金を使い切っていて、各社からキャッシングして公共料金を支払った。


「××のために、ずっと貯めてきたのよ」

 そう言って渡された通帳には、五万円しか入っていなかった。

 お年玉だってもっとあっただろ、私の▽▽年間は三万円なのか……でも、無いよりはマシだ。そう思っていたのに。裏切られたと思う気持ちは、間違っているだろうか。


 私にはたくさんの夢がある。一つ叶ったのは、ずっと小さい頃からの夢。あの家を出た。これから私の人生が始まるのだ。

 まずは明後日までに、光熱費を支払わなければならない。食事も。それから、バイト先で着るワイシャツがくたびれてきたから買い直せと、自費で買い直せと言われていた。明後日まで生き残ること。また一つ私の夢が増えた。


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