真夜中を決めるもの
無頼 チャイ
ミッドナイト争奪戦
「クッ!」
とっさに隠れた木にナイフが刺さる。投げられたであろう方角に目を向けようと木の陰から顔を覗かせるが、それを見越してか偶然か、ナイフがもう一本投擲され顔を引っ込ませた。
「おいおい貴君。その調子じゃミッドナイトの爵位が手に入らないだろう。腕の一本や二本犠牲にして突撃すれば良かろう」
「敵の居場所が分かるならもれなくそうしてるんだがな。あんたもそんなにその爵位が欲しいなら協力的に振る舞ってくれないか」
「フッ。吾輩が貴君を招待しなければ、いまだこの世とあの世を彷徨う魂でしかなかったのだから、むしろ、ありがとうございます感謝しますといって特攻を試みる姿勢が主人に対しての礼儀だと思うがね」
「あんたのその特攻美学は最後まで分かりそうにないな」
『ミッドナイトの爵位』というものを求め、朝とも夜とも分からぬ空間をただ歩いていた俺に、ジェーン・ドゥ(名無し)が声を掛けた。
夜の名を持つ者同士で戦い合い、最後に残った夜に真夜中の爵位を与えるという。
制限時間は一時間。その間ずっと逃げ回ってた俺は何人もの悲鳴や怒声を聞いて隠れていたが、残り十分となって、ついに戦わなければならなくなった。
「くっ! どうすれば近付けるんだ!」
暗闇からナイフが何本も投擲される。大まかな居場所は分かったが無限に刃物が投げられるために近付けなかった。
「貴君。ずっと逃げ回っていたから忘れてるようだが、貴君もこのナイフと同じく異能を持っている」
「……それを早く言えよ」
ジェーンに言われてすぐさま月に祈りを送った。自然が唯一夜に与える月の光は恵みであり贈り物であると聞いていた。そんな夜に差す安らかな月明かりは、この爵位争奪戦にとって異能の力を顕現するトリガーでもある。
「っ! これかッ!」
身体全体に力が湧き、自然とナイフが投げられる方向を見た。
街灯や設置されたライトによって浮彫になる影。投げられるナイフにも当然影があり、意識をそこに向けた。
「……っ!」
身体全体が己の影から現れた闇の液体に包まれる。しかし意識だけはしっかりとあり、向かってくるナイフの影に意識を向けると、ワープ地味た世界のコマ送りと後からやってくる移動してるという実感が能力に対する信頼へと変わる。
「これなら!」
アスレチックのようにナイフの影に乗り移ると、黒い人形の輪郭を見つける。人形の輪郭は己の影から黒いナイフを取り出し、金属特有の反射を確認するとすぐさま投げた。
気付いていないのか、半ば流れ作業の如く投げる参加者。
もしかしたらこの能力で……、
ナイフのアスレチックを飛び越え、一か八か参加者の影に飛んだ。
「……うぐっ!?」
「成功した」
参加者が手に取るはずだったナイフを握って首に当て一気に横に引く。
赤い液体の代わりに黒いペンキを噴射し、黒い湖に沈む。
その後、真夜中に紛れる黒灰が参加者を包んでその痕跡を掻き消した。
「やった……」
「素晴らしいね君〜、ゲーム中散々逃げてから期待してなかったけど、まさか勝者になるなんてね〜」
背後から声がして振り返る。
片眼鏡をし白ひげを生やした老人が立っていた。
「主催者か?」
「もちろん。さてさて授与式といこうか。君を推薦したのは?」
「吾輩でございます」
隣にいつの間にかいたジェーンが跪いていた。
「ふむ。名無しか。名のない者が参加することは珍しくなかったが、優勝することはなかったね〜しかし困った……」
老人が大げさに仰け反る。
「名が無いと君の名前を刻めない」
「それならご安心を」
「?……んぐッ!?」
腹と胸の間に冷たい何かが貫かれた。冷たい。腹一杯に氷を詰め込まれたように冷えていく。
身体が徐々に感覚を失っていき、夜の静かな闇が外からじわじわと浸食していく。
これは……どういう……――。
□■□■□
「さて、では改めて授与式といこうか。君の名前は?」
「吾輩の名は夜長 真……いや、この者の記憶から面白い名を見つけたぞ。真夜中。真夜中と申します」
「では、今日から君は、真夜中・ミッドナイトと名乗るが良い。君の功績を称え、君の時間を与えよう」
「身に余る光栄でございます」
「では、ミッドナイト君。世界の0時を頼んだよ」
そう言うと老人は幻のように消えていった。
世界はその日からミッドナイトを真夜中と呼ぶようになった。その時間に死した人の魂はミッドナイトの手によって裁かれ、ミッドナイトの贄になることもあった。
ミッドナイトは爵位と名前を大変気に入っていて、真夜中という名前の由来をこう部下に説明していた。
「真の夜。一番夜が濃いこと指すこの名前はとても良い。特に、吾輩に名を献上した優秀な部下も思い出せるから便利で愛しい名前だよ。クックック……」
真夜中を決めるもの 無頼 チャイ @186412274710
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