飴とメド

御法川凩

二つの世界で


地球から天へ向かって大気圏を抜けた先に『色界』と呼ばれた所がありました。

そこにはコウショウと、呼ばれる神様と、弟子のメド、そして、アメを分類するテスカが住んでいました。乳白色のテスカの羽衣がアメを次々に運んでいます。


「さあ、メドや。準備は出来ておるか?」

甘ったるいミルクハニーのような声主は、黄金のロングドレス、ぱっくりと開いた胸元から米粒大の黒子を魅惑的にかがんで見せた。

「はい。お師匠さま。ただいま整えております。油も注いでおります、お師匠さま」

(ムムッ。無反応じゃ)

「ふむ、では参ろう」

「お師匠さま、テスカの元へ私が先に行って参ります」

「おお、そうか。ではここで待っておるぞ」

艶やかな長くて黒い美髪を首横から後ろに手でかき流した。

その瞬間、大角鹿の荷車は疾風のごとく、白濁した空に舞い上がり幻想的な星々の中を駆け抜けて行きました。

そして、パッと散りました。



「ちゃんと食べなくちゃだめ、サナ」

苺のジャムトーストをそっくりと残して、サナはランドセルを背負いました。

「ごめんなさい、お腹空いていなくて」

いつもなら、サナの大好物のはずでした。母親はため息をついています。

(バターがないじゃない。私、ジャムだけじゃ嫌なのに。昨日のパウンドケーキに使ったんだ。ちきしょう・・無駄に使いやがって)


家を出てすぐに、ドカンと大きな音がして、空き地となった場所に落ちてきました。ホラー映画は大好物のサナでした。

恐る恐る、弾むような気持ちで興味本位でのぞきに行くと・・・

「ΛΔ¶・・」

自分と同じくらいの男の子が頭を抱えて立ち上がりました。彼には耳が見当たりません。

「大丈夫?」少年は顔を上げました。

「ΦΛΔ¶ΩΩΨ・・・Λ・・」

少年は慌てて両手を広げた後、左右の人差し指をこめかみに差し込みました。

「言葉を調整するのを忘れていた。驚かせてごめんよ」

(なんなんじゃお前は!?)

サナはこくこくと頷きました。

「僕の名はメド。君は?」

「・・・サナ」

(・・個人情報を漏らしてしまった・・怒られる)

「サナ。何か悲しいことがあった?」

「ずっと飼っていた犬が死んじゃったの・・・」

(こうなったら適当に・・)

サナは捨てようと拾ったくしゃくしゃに丸められた写真をしっかり広げた後メドに見せました。

泣きながらサナは両足を抱え込みながら演じました。

「僕、お師匠さまにお願いしてみるよ。もしかしたら、モーラを生き返させることが出来るかもしれない」

それを聞いたサナの涙が止まりました。

(それは素敵な能力だ)


あれから、数年後。何とかして色界へ戻ることができました。

「お師匠さま、お師匠さま」

「おお!メド!今までどこへ行っておったのじゃ。心配しておったぞ。それに、大事件じゃ!テスカのところのアメがもうなくなる。あやつは、仕事が嫌で失踪してしまったんじゃ」

「テスカが!?お師匠様、そんな大変な時に、お手伝い出来なくてすみません。ですが・・・」

メドはこれまでに何があったか。人間のサナという少女のことをとうとうと話しました。

「メドよ。それは出来ない。それを許されてはいないのだ」

豊満な胸の膨らみを両腕で挟んで、コウショウは俯いた。

「・・でも、ひとめ会うだけでも・・何とかしてあげたいのです」

大鹿に力水を飲ませ、コウショウは寂しそうに落ち込むメドを見つめていました。

「ここにひとつだけ残ったアメがある」

お師匠様の取り出したアメを見てメドはハッとしました。

すっかりと、太陽は沈んで夜は訪れました。



「サナ」

ふと呼ばれて、サナは顔をあげました。窓越しにメドがいました。

「誰!?」

(ふ・・不審者)

「ごめん、君の願いを叶えてあげられない。代わりにこれをあげる。眠る前に食べて欲しい」

それを聞いてサナはすかさず、スマホのボイレコを気づかれないよう静かに起動しました。

メドは七色の紙に包まれた小さなアメを置き、そこを離れました。

「何なの?」

すっかり成熟した少女は困惑気に、寝直しました。

熟睡した夜でした。



「わしらの仕事は希望のアメを人間たちに届けることじゃ」

「はい」

そう頷きながら、メドは鹿の手綱を手首にからませました。


翌朝

「お!美味しそうな飴じゃん」

サナはメドが置いていったアメをポケットに入れて学校へ出かけました。


「マジ、朝からバスケ辛み。朝食抜いてきたし、腹減った」

更衣室にサナと親友の里奈二人が入ってきました。

「おうおう、ならこれやるよ」

サナはポケットから飴を取り出しました。

「何~くれんの?ありがとう」

「いあいあ」

(そんなわからんもん食えるかっての)

あれから、パズルを組み立てて行くようにサナの記憶がゆっくりと繋がってきたのでした。

そして、思い出したのです。

今から7年前、空から落ちてきた飛行物体。そして自分のこめかみに指の第3関節まで差し込んだ変質者のことを。


その夜のこと。

「マジで?おけおけ。明日持ってくわ、お休み~」

散々話し終えたあと、里奈はサナとのゲームのログアウトをしました。

ブルーライトの弊害なんて存じあげません。とのごとく、ベッドにダイブして1分足らずで大きないびきを始めました。

テーブルの上には七色の包み紙がありました。



金色の光の中、いつしか、里奈は公園のベンチに座っていました。

見るとここは、小学生の頃、親戚の家に遊びに行ったとき、よく遊んだ公園のようでした。

『ここ・・』

遠くから声が聞こえて、何かがこちらに向かっているのが見えました。

『え・・誰』

里奈はホラー映画は大嫌い。

『ちょっと待ってよ~勘弁してよ~』

靄の中からの黒い影が一層濃くなりました。

金縛りにあったように身動きとれない里奈にとって拷問でしかありません。

『た・・助けて』

そう言葉が漏れたとき、黒い影が目の前に飛び出しました。

『うわっ』

『里奈ちゃん!!あなたのことちゃんと見てるわよ!もう少しきちんとしなさい!』

えっ?と瞳を開けた先に激昂している老婆がいました。里奈の祖母のようです。

『え?婆ちゃん?・・死んだんじゃ?』

『死んだわよ!!』

これくらいなら里奈のホラー嫌いでも堪えられそうです。

『じゃあ、なに?』

『神様のコウショウさまの計らいによってあなたに会えるチャンスを頂けたの。それにしても、いつもあなたを見てるわよ!ほんっとにだらしなくって』

『あは、うける』

里奈は両手を二、三度叩いた。

『うけるって何よ』

言い終わったすぐに、二人の間に靄が立ちこめました。

『聞いてるの?』

『聞こえ・・・』

里奈は妙におかしくなって楽しくなりました。


「・・・ませーん」

気が付くと朝でした。

空腹に気が付いた里奈は台所へと降りて行きました。寝汗がひどくて体中べたついています。

「マジ、勘弁なんですけど」

里奈はマーガリンたっぷりの食パンをかじりながら、スマホを開きました。

【サナ、おはよ。超面白い夢見た。後で聞いてくれ♡】

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飴とメド 御法川凩 @6-fabula-9

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