5-4

この辺りで唯一のファミレスは、夕食時前でありながら、喧騒に包まれていた。


 春休みと言う事もあってか、暇をもて余した中高生らしき姿がちらほら散見できるせいか。


「じゃあ、何でも好きなもの頼んで良いわよ」


 窓際の席に通され、席に座ったかどうかの所でやすみ母


 ここで変に遠慮するのもいかがなものかと、メニューをテーブル横から引き抜き、同じ物をやすみ母にも手渡した。



「ありがとう」


 やすみ母とお互いに正面で顔を付き合わせたのはこれがはじめてのことだったのかもしれないのだけど、とても気になった事があった。


「大丈夫ですか?」


 以前会ったときよりもかなり痩せている、……やつれているように見えた。


 やすみそっくりの優しい目元にも大きな隈ができていて、別人のように見えるほど疲れきっているようだ。


「ははは、多分大丈夫かな……」


 いつも気丈に振る舞っていたやすみ母とは違う、力ない返答にかなりの違和感を覚える。



「無理はしないでくださいよ。やすみも心配しているんじゃないですか?」



 やすみ母は、到底心から笑えているとは思えない笑みをたたえて、呼び出しボタンを押した。


「えっ?」


 俺はまだ何を注文するか決めていなかった。


 でも、そんなことお構い無しとピンポンと呼び出し音が店内に響き渡り、すぐにウエイトレスさんがやって来た。


 やすみ母はホットコーヒと注文を告げる。

 それならば俺もと、少し背伸びをしてやすみ母と同じ物を頼んだ。


 ウエイトレスさんは注文を繰り返し間違いが無いことを確認すると飛びきりの営業スマイルを浮かべ、バックヤードへと消えて行った。


 その姿をなんとなく見送っていると、


「涼君はコーヒーを飲めるんだ。子供舌の美優紀とは大違いだ」


「あの、さっきのメッセージにもあって気になってたんですけど……みゆきってのは誰の事なんですか?」


 俺の問いを受けて、やすみ母は首をかしげるような仕草を見せるも、次の瞬間には寂しげな笑顔に変化させてこう言ったのだ。


「そうだったね。すっかり忘れちゃってた。

 美優紀ってのは、涼君の呼び方で言うなら、やすみの事」


「えっと……どういう事ですか?」


 俺は軽く混乱していた。やすみ母の言う美優紀がやすみ?

 と言うことはやすみ=みゆきと言う事で……


 たしか、メッセージにはこう書かれていた『美優紀に関して大事な話がある』と


「あなたの言うやすみが美優紀なの。

 安岡美優紀。あの子ちゃんと自己紹介もしてなかったんだね」


「えっと……やすみはやすみじゃないんですか?やすおかみゆき?」


「やすみがやすみじゃない訳じゃないけど、戸籍上の名前が安岡美優紀なの」


 やすみ母の言うことが正しいのならやすみは俺に偽名を名乗っていた事になるのか……

 複雑な心持ちで少し考えこんでいたのだけれど、やすみ母は続ける。


「なんかごめんなさいね。でも、きっとあの子も嘘をつこうとか、涼君を騙そうと思ってそう名乗った訳じゃなかったと思うから。今となってはもう確かめるすべはないんだけど……」


 どうも聞き捨てならない言葉があったように思えた。

『今となってはもう確かめる術はない』……?

『美優紀に関して大事な話がある』……?

 そして、美優紀はやすみで……



「……やすみは、元気にしているんですよね?」


「……」


 やすみ母は答えない。

 らしくなくうつむいたかと思えば、次の瞬間には顔を上げ、窓の外へと視線をずらし一つため息を漏らした後下唇を噛み締めた。


 やすみ母の反応に、これ以上話の続きを聞くのが怖くて、きっとやすみ母も話すのが怖くて、やすみ母と俺の間には沈黙が訪れる。


 俺達のテーブルの時間は静止したようにも感じられたのだけれど、無情にも注文していたコーヒーが運び込まれて来たことで、止まっていた時間が動きだす。


 ウエイトレスは俺達二人の間に流れる異様な雰囲気を感じ取ったのか、コーヒーだけを俺達の前に置くと黙ってバッグヤードへと消えていった。


 ずっと黙っている訳にもいかないか。

 目の前に置かれた何も入っていないコーヒーを一口含む。とても苦い。


 でも、ちょうど良かった。少し大人になったような気がして、踏ん切りが付けられた。


「あの……やすみに関する大事な話ってのは何ですか?」


 この先のやすみ母の自白を聞いた時、きっと俺は後悔するだろう。


 なんとなくだけど、それはわかっていた。


 でも、聞かずには居られなかったんだ。



 やすみ母は戸惑いのせいか、緊張のせいか唇を震わせ、戦慄かせて一拍あってようやく声を発した。


「________美優紀は……二週間前に亡くなったの。美優紀の日常に彩りを与えてくれて、本当にありがとうございました」


 言い終えると同時に、やすみ母は深々と頭を下げたんだ。

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