壱駅

花乃緒

第1話 多分私は負けた。自分を曲げてしまったのだ。

別に不都合はない。

かといって、特別に目立つ売りも無い。

それがこの町の印象。

神奈川県川崎市。 

川崎駅の周りは日々開発が進み、大きなショッピングモールができたり、取り壊されたビルが更地になって、また新しくビルがはえてきたりしている。

朝6時45分。所々にある時計は大体同じ時間をさしている。


太田サキは、街の一角にあるDVDレンタル屋のポストに、借りていたDVDを投げ込み、川崎駅へと引き返す。サキの地元にも同じ系列の店があるのだが、品揃えが違う。特にサキが好むようなマニアックな作品の品揃えは抜群だ。

「バイトするならここか誰も来ないような古本屋だな」

借りていたDVDが楽しめた時に決まってサキはそう呟く。


〜AM6:47 太田サキ〜


赤信号につかまり、ふと町を振り返ると、起きたてのカラス達が、なにやら合図を送りあっている。

スクランブル交差点 映画館 大手居酒屋チェーン店の看板

一見すると整理された政令指定都市。

駅の周りは綺麗に整って安全そうに見える。

しかしその裏から、昔ながらの宿場町の面影が滲み出て・・

それに惹かれて、夜に向けてフラフラとした人が増え、それを囲むかのように


「オニイサンマッサージイカガ?サンジュップン三千円キモチイイヨ~」

「どうですか?お遊びは?」

「写真だけでも見ていきませんか?」


風俗の呼び込みの声があふれていく。

店が営業時間外の今でも、なんとなしに、そういった何かがにじみ出てくる感じがサキにはするのだ。

「カラスはその残りカスをついばんでいる・・・」

そんな妄想つぶやきを振り払うように、サキは歩き出した。


・・・考えたはじめたことは止まらず、次から次へと形を変えていく。


子供ころは映画を見に行ったり、ご飯を食べに行ったりと、楽しいことがいっぱいの町だった。

でもふとした瞬間に、あの先は入ってはだめと大人にいわれる。

そんな場所は、すごく怖い所だと感じていた。

年を重ねるに従い、周囲からなんとなく情報が入り。

今となっては、そこがどういう場所なのか、納得できる年になった。


小学校では、アジア系外国人の子供が、1クラスに1~2人はいたし、それが普通だった。家に遊びに行くと、見たことのない文字の書いたお菓子が出てきて、みんなでそれを食べた。

高学年に入り中学へ移るころになると、どこからともなく、その子の親や、周りの環境の話がにじみ出てきて、仲のよかった子が学校に来なくなった。


 私は何もしらなかった。何もしなかった。


一度家に遊びに行ったけど途中で気まずくなり、帰った。

なんで会話が続かなかったのか、それから後に、会いに行こうとしなかったのかは、よく覚えていない。

ただ、家の玄関の前で、涙がにじんできたことは覚えている。


 多分私は負けた。自分を曲げてしまったのだ。


そんな世界の居心地が悪くなり、サキは東京の私立高校を受験した。

東京といっても端っこの町で、受験といっても環境と人が変わっただけだ。

サキ自身が変わったわけではない。思い描いていたような生活では無かった。

 

川崎駅から、電車を二つ乗り換えて、一時間通勤通学ラッシュにもまれる。

もまれるというよりも潰されるが近いかもしれない。

なぜこの時間に皆この電車に乗るのか・・私と同じで朝起きれないのだろう

そう思えば、一緒に戦う仲間のような気もしてくる


何と戦っているのかは不明だ。記録だろうか?乗り込む人数を競うのか??

 

乗り継ぎの時は流れに逆らってはいけない。はみ出す人に対しては一致団結して攻撃するのが日本人だからだ。普通に見える人に突き飛ばされて、怪我をするなんて事も起こる。だから前の人に続いて、鞄を前に抱えて後ろからグイグイくる流れに乗ってサキは移動する。

一時期、世界的なパンデミックでこの状況も少しマシだった。しかしパンデミックが終息したと宣言が出ればあっという間に元通りだ。

マスクをつけている人も随分と減った。あの時はマスクをつけていない人は悪の様に思われていたけど、時代によって正しい事が変わる現実を、この年齢で実感してしまう・・・時折痴漢かな?と思うことはある。

けど、こんなもみくちゃにされていたら偶然かなとも思う。


 だけど一応・・・毎回乗る場所は変える。


地味で大人しそうな人、つまり被害にあっても騒がない人が狙われるらしい。サキの見た目はまさにそんな感じだ。だけど黒髪も気に入っているし、ピアスは痛そうだし、メイクはうまくできる自信がない。

目立つ位置に痴漢用と書いた警報ブザーを着けておこうか・・とサキが考えた所で電車が止まりドアが開いた。

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