脱出
第8話
森の中を目にも見えない速さで駆け回る二つの影がある。片や、四つ足の大きな影。片や、小さな人型……人間でいう五、六歳ぐらいの影だ。
「Gyaooooooo!!」
「フッ……っと!」
その小さな影は大きい方の影に追いかけまわされている。大きな鳴き声を上げた影は木々をなぎ倒していくが、追いかけられている小さな影は地を駆け、木々をすり抜け、時には上にある枝を足場にしてはしり抜けていく。
「よーし!いい運動になったし、そろそろ倒すか!」
そう声を上げて急遽立ち止まった小さな影は振り向いて飛びかかってくる大きな影へと手を向けた。
魔力を練り、イメージを乗せて、キーとなる言葉を呟く。
「シャドウランス」
宙に黒い槍が生まれ、それが大きな影へと発射される。それは目で追うのも難しいほど速く、呆気なく刺さる。
頭に刺さったそれに痙攣し、地に倒れ伏した。
「よし、これでしばらくの食料は手に入れられたかな」
たった今倒したばかりのブラックカウを伸ばした影の中に沈める。
あれからまた数ヶ月の時が経った。
魔法の練習をしたり、掲示板を覗いて住民と交流してみたり、意外と充実した生活だった。
現在では先程のように魔物を倒したりして、食卓も潤いを持たせていたりしている。
「さて、魂の階位は上がったはずだけど」
やはり、一人でいるからか独り言が多いが。
現在のステータスは、こんな感じだ。
『ステータス』
ルネ=アンブロワーズ
五歳 男性
種族:
状態:超優良
魂の階位:22
適性
闇 風 水 光 土 火 (+α)
加護
ラナエルの寵愛+ フェアリエルの寵愛 アジェットの慈愛
特殊能力
称号
神々の御子 世界の愛子 悪魔の子
まず、この数か月間で魂の階位が上がった。その数字は、一般では冒険者と呼ばれる組織の者達では中堅に入るか入らないかぐらいである。よもや、五歳児が手に入れられる数字ではない。恐らく、風の女神であるフェアリエルの寵愛という加護と神々の御子という称号のお陰だろう。
簡単に魂の階位が上がることはないのだ。例え、常に命の危機に晒されている冒険者だとしても。
しかし、だいぶ魂の階位が上がったお陰か、ルネの力も魔力もさらに大きくなった。
この世界の住民では魂の階位とはこうやって数字に表れるようなものではない。しかし、世界は魂の階位というものを知っている。
では、どうやってその数字を把握しているのか。それは、魂の階位が一つ上がる際に体中が熱くなる。人々はその回数を数え、魂の階位が今どれぐらいかを探るのだ。
しかし、それもだいぶいい加減なものではあるが、強さの一つの指標となるのも確かである。
次に魔法だ。魔法は本来持っていた属性のものだけではなく、括弧の中にあった基本属性のものも習得、使用したりした。
本来持っていたものは、すぐに使用することができたのだが、括弧の中にあったものは初めは使うことはできなかった。しかし、しばらくイメージしながら魔力を練っていると突然
それ以降は本来持っていたものと同じように自由に使うことができるようになったのだ。ルネはその枷が外れる感覚を忘れないようにすぐさま他の魔法も習得していった。きっと、これは魔法だけではない。そんな気がするのだ、例えルネにとってそれが何の為なのかわからないとしても。
そして、一番気になるのが特殊能力だ。未だに黒で塗りつぶされ、見ることができないのだ。条件未達成とも書かれてはいるが、その条件とやらもわからない。
今のところ手詰まりなのでそれは放っておくしかない。ルネは名残惜しそうにその文字を見つめてステータス画面を閉じた。
そしてインベントリを確認。実は、影とインベントリは繋げることができ、先程入れたブラックカウもインベントリの画面に文字として存在を表記されていた。
ちなみに、手に持った状態で意識すればどういう原理かわからないがそのままインベントリに入れることができる。影に沈めてから入れたのはただのおふざけだ。
「水も汲んだ、神水晶の果実も取った、その他の希少な材料も手に入れた。今のところはこれで足りるよね」
そして掲示板を開いて一つ書き込むと、全ての画面を閉じて聖域へとその足で向かう。今日は寝よう、そして明日には―――
朝、ルネは聖域を出た。
ひょいひょいと木の枝から枝へと飛び乗って渡る。数ヶ月の間だが探索や、魔物狩りなど駆け回っていたので既にこの森はルネにとっては自分の庭のようなものだった。
なぜ枝を足場にしているのかというと、魔物に遭遇しないようにするのとただ単にかっこいいという考えからである。
しかし、稀にフォレストモンキーと遭遇するのでその場合には魔法で切り捨ててはいるが。
「はー、ここからアヴァグルドか……」
森を抜けた先は広大な草原があった。
「で、迎えに来てくれてありがとうとも言うべきかな?」
遠くに一本の街路があり、そこに一つの馬車と多くの馬に乗った鎧を被り、腰に剣を着けたいかにも騎士みたいな人達がいた。いや、本当の騎士なのだろうが。
馬車に近づくと一人の騎士がルネの方へ歩いてくる。
「貴方がルネ=アンブロワーズでしょうか」
「そうだよ」
「でしたら、げーむとやらの名前は」
「明けの聖剣」
ルネが問いに応えると、確認が取れたのか騎士は合図を出すと馬車の隣に立っていた騎士が扉をノックする。
「はじめまして、ですわね」
貴族が使うと言われている言葉遣いをした少女が馬車の中から出てきた。
緩くカーブした金髪を風になびかせ、海のような深い青の瞳がルネを見つめる。
「ルネ=アンブロワーズ、いえ」
聖母のような微笑みを浮かべ、彼らしか知らない言葉を使った。
『未来の"麗しの狂戦士"さん』
日本語という、この世界に無いはずの言葉を。
―――――――――――――――――――
英雄、ルネ=アンブロワーズの過去は謎に包まれている。
初めて、記録に残されたのは荒野の災厄である。
しかし、それ以前の記録は残っておらず、後の世界に様々な憶測をもたらした。
曰く、彼はある貴族の庶子である。
曰く、彼は神がもたらした救済である。
曰く、彼は流浪の民である。
一体、どうして彼は荒野の災厄の場に居たのだろうか。出自は、経緯は、どこでどうやってその力を手に入れたのか。
だが、これだけは確かである。
彼はこの世界を救った。
その事実だけは変わりようがないだろう。
〈カグマ=ヤノル=ブリジット、『暗君の自記』より一部抜粋〉
終焉からの導き ―中ボスになるはずだった男の俺TUEEE物語― @TORIK666
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