第6話

 改めてそのチートを自覚した後、手に留めていた魔力を散らして神水晶の果実を手に取る。


「んぐっ……本当に、なんでこの子がなぁ……」


 中ボスなんだろう。それの一言に尽きる。


 ルネ=アンブロワーズとはほとんど謎だと言っていい。


 彼の初登場は王立学園編だった。主人公が入学して初めて知り合った人物。そして後に友人となる少年だった。


 少し冷徹な印象を受けるその相貌だが、常に笑みを絶やさず落ち着いた、穏やかな人物に見えた。苦労性だが何かとそのスペックからやらかしがちの主人公と元気溌剌としすぎた一人目のヒロインという問題児と自然と活動するようになり、その困った二人の世話を焼くお兄ちゃんポジでもあった。


 しかし、それが一転したのは物語を通して敵となる邪教が特別授業で襲撃を掛けた時だった。


 強襲を掛けてくる魔物と教徒。混乱の最中にヒロインが主人公の前で攫われてしまう。それを防ごうとするも魔物に襲い掛かられてそちらに対応せざるを得ない。魔物を切り捨てた時には教徒とヒロインは森の中。


 魔法ソナーを使い、離れていくそれを見つけて主人公はルネと森の中へ追いかけていく。


 辿り着いた場所は森の中に不自然にできた空けた場所とそこに書かれていた巨大な魔法陣だった。その中心で気を失っているヒロインが横になっていた。


 ヒロインの周りには大人数の教徒が立ってこちらを見ており、今にも魔法陣を起動させようとしていたところだった。魔法陣に乗っかって起動するのなら常識的に言うと転移魔法陣だろう。

 このままだと転移されてしまう。そんな風に焦って主人公達も魔法陣の中に足を踏み入れた瞬間―――


 周囲に分厚い氷の壁が覆った。


 罠だ、そう思った瞬間教徒達は主人公に襲い掛かってくる。逃げることはできない。そんな暇もないしそうすればヒロインを見捨てることになってしまう。


 主人公は必死に、それこそ目立ちたくないと今まで隠していた実力をもって教徒達を切り捨てる。ルネの無事なんて確認する余裕もなかった。


 なんやかんやあったものの、ルネと合流し無事にヒロインを取り戻し、未だに目覚めないヒロインを背負って帰ろうか、そんな時。


 主人公は嫌な予感がして咄嗟に右へ飛んだ。先程まで主人公がいた場所にはダークスピアが突き刺さっていた。


 それを飛ばした主はルネだった。驚いて問い詰める主人公。未だに笑うルネ。


「ねぇ、遊ぼうか」


 遊ぶことが好きだったルネ。どうしてと主人公が問い詰めようとするがそこに容赦なく魔法を放たれる。


 いつもと変わらないその表情で、言葉で、その魔法を使って主人公を追い詰めていく。


 もう、後がない、そんな時ルネの腕は下ろされる。


 なんで、こんなことをするんだ。その問いかけにあっさりと、決定的な言葉が返される。


「ヴェネアス教の幹部、だからかな?」


 今日のお遊び、楽しかったよ。また遊ぼうね。


 衝撃的な言葉に目を見開いた主人公にそう言い放って、氷の壁を吹っ飛ばして去っていた。

 満身創痍な主人公は一歩も動くことができず、ヒロインを抱きしめたままルネの小さくなる背中を見ることしかできなかった。


 それが一連の流れだ。結果として親友が敵であった。その事に主人公の心に傷跡を残す。


 この終わり方にルネを推していたファン達は嘆きに嘆いた。ネットでは阿鼻叫喚の絵図。中には寝込んで会社や学校を休んだ人までいたらしい。それを知った時はどんだけだよと引いた。


 主人公はルネのことはほとんど知らなかったことにもその時気づく。知っていたのは彼がよく世話をしてくるしっかり者のお兄さん気質と遊ぶのが好きということだけ。


 彼が好きな食べ物も過去も何もかも知らなかった。


 その謎の一部が明かされるのは物語が大分進行した後。とある場所を訪れたことで判明する。

 そして訪れる二人の再会。それまではルネの暗躍の影しかわからなかったが、そこでルネは待っていた。


 交わす言葉も少なく戦闘に入る。ルネはニコニコと微笑んだまま剣を振り、忌み嫌っていた魔法を主人公に向けて放つ。


 それは主人公がルネに止めを刺すまで続けられた。


 その後にもいろいろとあるが、その大部分の謎は明かされなかった。


 彼の使う不思議な力、そしてどうやって主人公の持つ聖剣・・・・・・・・と同化できたのか・・・・・・・・


 物語の最後まで、明かされることは決してなかった。


 読者が見たのは聖剣が胸に突き刺さった状態でほの悲し気に笑い、刺さった聖剣を気にせずに勇者を優しく抱きしめていた姿だった。


 神絵師と呼ばれていたイラストレーターが『これ以上にない至上の一書き』と言わしめた絵だ。


「あのシーンは凄かったなぁ……」


 壮絶な戦いの末に訪れる終演。何処か泣きたくなるその会話と鮮やかな戦闘描写。学園では一番の親友だった二人は何の因果かこうして殺し合うことになってしまう。それは主人公に迫られる決意の表明である。


 アニメの方でもそのシーンは一番に力を入れられていただろう。そしてそのシーンの視聴率は驚愕の数字を誇った。


「だからといって死のうとは思わないんだけどな」


 だからこうしてこの聖域に留まっている。


 原作では五歳の第二の日も町にいた。そして闇の紋章が出てしまう。


 闇の力は悪魔が持っている力として忌み嫌われている。だから髪と瞳の色も合わせて正真正銘の『悪魔の子』と弾劾され殺されそうになるのだ。


 そして、死の危機に魔力が暴走、その場にいた人々は闇に喰われ消滅。ルネは逃亡して何処かへと消えた。


 この部分は物語が進行するにつれて判明したルネの過去だ。反対に、この部分しか判明されていない。


「そして俺はもうあの町に戻るつもりはない」


 だからそんな悲惨な過去は無くなるのだ。


「さて、次は魔力の放出だな」


 これはただ単に魔力を外に出す感じだ。体と外という境界を通すわけだが正直体内で魔力を逆流させるより楽だ。


 魔力を逆流させるのは川を下流から上流へ向けて泳いでる感じだ。

 それに比べて放出は……押すだけっていうか……それぐらい簡単というか簡潔?


「で、練った魔力を……集めて……」


 この世界の魔法は何個か発動する方法がある。


 魔法陣、詠唱、イメージの三つだ。一番発動が容易なのが魔法陣だ。


 魔法陣は魔力の籠った何かを使って作る。それは魔法陣が描けるのなら何でもいい。

 陣使いとなると魔力を宙に投影して魔法を使ったりする。


 まあ、魔法陣と言ったら円形のやつを想像するが一般的に流通しているのが陣を埋め込んだ魔術具だ。小さいものでも魔法文字を意味が繋がるように記入すれば済むだけだし。これらを使う人は魔術師と呼んでいる。


 で、詠唱だがこれはラノベとかでよくある精霊魔法使いである。精霊語を使い、精霊に語り掛けて魔力を精霊に渡して精霊によって魔法を放つ。この際には精霊に放ってほしい魔法を伝えなければならないため詠唱を必ずすることになる。しかし、詠唱をするにはまず精霊が見えないといけないため、安全に・・・使える人は限られる。


 そしてイメージだ。イメージは一番の高難易度を誇る。

 単純に想像力がないと実用性のある魔法が使えないからである。確かに日本とかにはアニメとか漫画とかあるから想像は容易いだろう。だけどこの世界にはそんな物はない。育つ余地が無いのだ。


 一般的にある魔術具の魔法を見てそれを使うのもありと言ったらありだろう。だけどそれは魔術具を持って済む話ではないか。そういうことだ。それにその模範したものでもいちいちイメージをしなければ使えない。


 一方で強大な魔法を模範するという話もある。だけどそこまで行くと全容は見ることが叶わない魔法が多い。そしてそこまでになると個人で持つ魔力が圧倒的に足りなくなる。


「まあ、それもこの世界の住人なら、だけど」


 勿論ルネには日本人の魂が憑依してその魂が魔法を使おうとしているのでイメージで使える可能性が高い。というか使えた。


 今ルネの目の前には硬質化した・・・・・闇の針によって房を斬られ落下した神水晶の果実があった。


「……これ、イメージ次第ではおっそろしいものができそう……」


 こじつけだが考え次第では恐ろしい魔法ができあがりそうな発想が次々と頭に浮かんでしまった。


「いや、これの前に完全記憶とかを創るか」


 数々のラノベでは主人公やその他のキャラクターが完全記憶能力を持っていたりするが、残念ながらルネにはそんな都合のいいものは持っていなかったのでそこら辺はどうにかするしかないのだ。このハイスペック加減なら勉強とかそこらなら困ることはないだろうが、どうしても時が経つにつれ記憶が薄れていくのは免れない。


 転生して数ヶ月経った今ではまだ鮮明に前世のことも思い出せるが、これが一年、二年と過ぎていくとそれも朧気おぼろげになっていくだろう。


 現在、ルネは五歳であるが本編開始時期はルネは十五歳だったはずだ。流石に十年の時が流れてしまったら本編の内容もどれだけ覚えていられるか不安だ。


「完全記憶……そのまま固まる……やっぱり、氷かなぁ……」


 まず一番に思いついたのは先程考えた氷での凍結だろう。というか、それ以外に考えられないというものがあるが。いや、あるにはあるのだが魔法でどうすればいいのかわからないって感じだ。


 全ての記憶を覚えなくていい、ただ覚えなければいけないものだけその覚えた、という状態で凍結すればいいのだ。そうイメージする。


 形ないモノを凍結とは、なんて考えてはいけない。そうすれば凍結することはできないのだから。


 まずは前世の記憶の一部……まあ、日常生活程度のものを。


「………成功したな」


 魔法が発動した気配がした。


 それでは次に前世の記憶の全般を、そして念入りに明けの聖剣の内容を。


 後はないだろう、多分。既に朧気な記憶はしょうがないし、今世での記憶なんて殴られたりしたぐらいしか覚えていない。


 まあ、覚えなくてもいいだろう。


 ルネはそう結論した。


 空を見上げると既に夕暮れとなっていた。ルネは考えるのをやめ、神水晶の果実を食べて寝床についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る