第345話
扉の先に広がる空間に一歩進む。
先ほどまではまだギリギリ耐えられる暑さだったが……
「ラグナ様、無理だと思うたら遠慮せずにあの部屋にお戻り下さい。我らドワーフは人族よりも暑さには強い身体を持っていますが、それでもこの部屋に長時間滞在する事は厳しいのですじゃ。」
「むしろラグナ様がここまで耐えている事に驚くぞ、俺は。」
確かに、ラグナの身体は汗でびっしょりと濡れていて会話をする余裕は無い。
それほどまでの熱波が目の前の空間には広がっている。
ドワーフ達でも長時間は耐えられないという環境……
こんな劣悪な場所に神がいるのか?
そう思ってしまう。
カーン!
カーン!
カーン!
二人の後を付いて歩くと、一定のリズムで金属を叩く音が聞こえてきた。
カーン!
カーン!
更に音は大きくなる。
カーン!
カーン!
二人が歩みを止め、立て膝で祈りを捧げる先にいたのは半裸の男性。
しかし、人では無いとすぐにわかる。
『手……手が……』
ラグナの目の前にいる男性の右手が大槌になっている。
その大槌を一定のリズムで振り、金属を叩き出していた。
その姿をじっと見る三人。
流石のラグナも目の前にいる方が鍛冶神様だと気が付き、ただ作業をじっと観察していた。
前世でもキャンプ用品を作っている職人さんと話をする機会があったが、皆作業中に話掛けられるのだけは一番嫌っていた。
暑さと渇きでラグナの意識がボーッとし始めた頃、鍛冶神の腕が止まった。
「どうした?」
ガッデス王は懐から手紙を取り出すと
「こちらを」
と鍛冶紳へと手渡す。
鍛冶神は無言で受け取ると手紙を読み、すぐにまた折り畳む。
「雑事はお前たちの仕事だ。好きにするとよい」
「「はっ!!」」
ドワーフの二人がそう返事をすると、鍛冶神は無言で地面に置かれていた小槌をルヴァンに手渡す。
「振るえ」
ただその一言。
ルヴァンさんが一瞬武者震いの様に震えたかと思うと、見たこともないほど真剣な表情で先ほど鍛冶紳様が打っていた金属の元へと向かう。
そして祈るような動作をした後、ただ小槌をただ一振り。
カーン!!
金属が打たれた音が響く。
鍛冶神様はルヴァンさんが打った金属を見る。
「まだだ……力が均等に伝わっておらん……ここだ」
ルヴァンさんは鍛冶神様が指さす方を見る。
「た、確かに……」
「見ておけ」
そう言うとルヴァンさんが先ほど振るった様に鍛冶神様が小槌を振るう。
カーン!!
ルヴァンさんが振るった時と微かに違う力強い金属音が響いた。
「見ろ」
ルヴァンさんは鍛冶神様が振るった場所を真剣な表情で見つめている。
俺とガッデス王は大人しくその光景を見ているのだった。
「ご指導ありがとうございます」
ルヴァンさんは片膝を付き鍛冶神様に感謝を伝えていた。
「良い。さらに励め」
本当に一瞬だけ優しい目をした気がしたが、すぐに元に戻った。
そして気が付いた。
「……いつの間にか暑くなくなってる?」
思わずそう呟いてしまった。
この場にいた時は暑さと必死に戦っていたが……
鍛冶神様の鍛冶を真剣に見学していたら、いつの間にか暑さを感じなくなっていた。
「ラグナ様!?それは危険な兆候ですじゃ!同じ様に暑い場所で暑さを感じなくなった同胞が倒れる光景を何度も見てきたのじゃ!!」
ガッデス王とルヴァンが慌ててラグナを戻そうとした所で、
「加護だ」
鍛冶神が一言そう伝えてきた。
「か、加護ですと……?」
二人がギギギと壊れた人形の様にゆっくりとこちらを向いてきたので必死に首を振る。
「し、知りませんよ!?いつの間に加護を授けて下さったのかも!」
本当に知らない。
気が付いたら暑さを感じなかったから。
二人からの羨ましそうな視線に耐えながらも、鍛冶神様をチラリと見る。
「出せ」
急に鍛冶神様が手を差し出してきた。
「出せとは……?」
何を差し出せばいいんだ……?
「ルヴァンが拾った素材だ」
「ルヴァンさんが拾った素材……?」
自然と今度はルヴァンさんに視線が集まる。
「お、俺は何も……あっ!?」
そう言うと腰に着けていたポーチから破損している金属片を取り出した。
それは最初に召喚したアルミ製のペグ。
強度が足りなくグッシャリと曲がっていた。
「それと、もう一つの素材を出せ」
鍛冶神様が求めているのはチタン製のペグなのだった。
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