第313話

ラグナがアルテリオンでそんな話をしている頃、ミラージュでは困惑が広がりつつあるのだった。


「おい、一体どうなっているのだ!!」


報告に来た兵士を怒鳴りつける男がいた。


「それが……全く連絡が取れません。斥候に調べさせてはいるのですが……」


「くっ!!これで何件目だと思っているんだ!!すぐに手掛かりを見つけよ!!」


「わ、わかりました!!」


慌てながら退出する兵士を睨みつけつつも、誰もいなくなった部屋でため息を吐く。


「本当に何が起きているのだ……ガッデスやアルテリオンへと向かった兵士達の行方が突如として消えるとは。異端者共に捕まった様子も無しとは……」


アルテリオンの国への入り口の探索へと向かわせた小隊が、連続して行方不明になるという不可思議な現象が続いていた。


無事に帰還した小隊の中ですら、1人~2人の兵士の姿が消え行方不明になっているような状況。


トイレに向かったまま行方不明になった兵士や、火の番を担当していた兵士だけが行方不明になったりと……


更に全員が無事に帰還した小隊ですら問題を起こしていた。


「帰還したあやつ等も、急に物資が燃やされただの世迷い言ばかり……しまいには水を掛けても消えない火だと?そんなものがある訳ないではないか!見え透いた嘘を!!何故この様なことが連続して起こるのだ。このままでは私の立場が丸潰れではないか!」


全員が無事にこの国へと戻ってきた兵士達は、空腹によって餓死寸前の様な状態で帰還していた。


その様子から何かしらが起きて物資を失った事については事実なのだろう。


しかし、水を掛けても消えない火など存在するわけが無かろう。


火は水を掛ければ消える。


そんな当たり前な事にすら一々嘘を吐くとは……


「枢機卿?如何しましたか?」


枢機卿と呼ばれた男は声の主に気がつくとすぐに膝を突き、頭を垂れる。


「これはこれは聖女様。このような場所に足を運ばれるとは……」


聖女と呼ばれた少女はにっこりと笑いかけると


「枢機卿、頭をあげてください。」


「はっ!!それで今日はどうしてこちらへ?」


枢機卿は美しい聖女の姿に年甲斐もなく見とれつつも、冷静を装う。


「何やら枢機卿が悩んでいると、そんなお噂がありましたので足を運んだのですわ。」



『くっ……誰かが聖女様に報告したのか。』


「悩みなどと……ほんの些細な事です。聖女様のご苦労に比べましたら私の事など……」


「悩みを溜め込むのはよくありませんよ?さぁ、私の目を見て?全てを打ち明けるのです。」


聖女はそう告げると優しく枢機卿の頬に手を触れると、自分と見つめ合う体制になる。


『ま、まずっ……』


枢機卿がそう考えたのも一瞬だけ。


「聖女様……実は……」


枢機卿は聖女と見つめ合うと、全て洗いざらい話をしてしまうのだった。


「そうですか……では、枢機卿。あなたも自らの足で我らが女神を信じる信徒たる兵士を探す必要があるのでは無いのでしょうか?」


「……はい。」


「それでは、行ってらっしゃいませ。いい報告をお待ちしておりますよ?」


「……全ては聖女様の望むままに。」


先ほどまで枢機卿と呼ばれていた男は異様なまでに目を見開いたまま、着の身着のまま国の外へと旅立っていくのだった。


「聖女様、よろしかったので?」


聖女の後方にはいつの間にか、金糸で刺繍が施された服を纏う高齢の男性が後ろで腕を組んで微笑んでいた。


「あら、教皇様。貴方もわかっているのでしょう?大切な信徒から集めたお布施を懐に入れる様な不届き者の枢機卿に用はありませんもの。権力闘争などと、嘆かわしい限りですわ。」


「耳が痛いですなぁ。そんな事をしているのは彼だけではありませんので。」


「そうですの?また以前の様にお話し合いが必要なのでしょうか?」


「今はその時期では無いかと。出来ることならば、戦後にしてもらいたいものですな。」


「うふふ、仕方ありませんわね。それにしても、本当に何が起きているのでしょうか?何か掴んでいらっしゃるので?」


「掴んでいるというほどでは無いのですが……聖女様はあのエチゴヤが動いた件をご存知で?」


「えぇ。まさか我らが女神様が存在をお認めになっていない、人モドキである亜人共の為に動くとは思いませんでしたが……」


「そのエチゴヤですが、何者かの襲撃を受けたという話を耳にしました。エチゴヤは無事だったものの、他の商隊は壊滅したとのことです。」


聖女と呼ばれている少女は目をパッと輝かせ、手を叩いて喜んでいた。


「なんと素晴らしい!これは女神様からの神罰に違いないわ!!あぁ、女神様、か弱き我らの為に動いてくださり感謝いたします。教皇様?あなたもすぐに祈るのです。」


聖女にそう命令された教皇はすぐに膝をつくと自らが信仰する女神へと祈りを捧げるのだった。

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