#19 絵の具は語る
絵の具で汚された美術室の中から、雨海の持っていたマスコットが発見された。
そして、その真っ青なマスコットには赤色の絵の具が付着していた。これが一体何を意味するか……。
「……そう言えば。この現場を最初に発見したのは、あなただったわよね?」
「そ、それは……」
雨海は動揺している。今、彼女はマスコットを付けていた例の鞄は持っていない。つまり『今ここで偶然落とした』というわけではない。やっぱり……自然に考えればそうなるよな……。
「ちなみに、雨海さんはあの大きな音が鳴る前はどこにいたのかしら?」
「……渡り廊下にいました」
「それはなぜ?」
「あたし、大体4時半過ぎまで職員室で兄や担任の先生と面談してたんです。それが終わってしばらくしてから、兄に『確認したいことがあるから2階の階段近くで待ち合わせたい』って言われて、だから渡り廊下にいたんです」
だが槙人さんが来るより早くあの物音が鳴り、雨海はそれを聞きつけて美術室へ向かったと。なるほどな。そりゃ、一番最初に発見するわけだ。
「でも、本当に偶然なんですっ!」
槙人さんは考え込み、それからやっと再び口を開いた。
「それより……あの音を聞いてから愛依がここへ向かっているところを見た人はいないのですか?」
「今のところ、いませんね……」
「あたしも多分、誰にも見られてないと……思う……」
答えを聞いた槙人さんは苦々しい表情をした。もしそこを目撃されていればタイミング的にも雨海には不可能だったと言えたのだろうが……。槙人さんが妹をなんとか助けようとする一方で、雨海の潔白を証明できる根拠は中々出てこない。
俺が雨海とまともに関わったのは、昨日が初めて。それまで彼女のことなんて全く気にも留めなかったし、正直信用もクソもない。嘘を言っている可能性だってある。
……けれど、本当に彼女が?、と思う自分もいる。今朝転んで怪我をした一人の女子を助けた彼女、雨海愛依は本当にこんなことをしたのか?
……もう一度だけ、考えてみることにしよう。”雨海には不可能だったのか”という可能性を。あの音が鳴ってから俺が美術室に着くまで、時間はそうなかったはず。もし他に犯人がいたとしても、あの音をたてて美術室から逃げ出す猶予などあったのだろうか? 先に着いた雨海すら、誰も見かけてないと言っていたのだ。
俺はさっき調べた”アレ”をもう一度見てみた。
……! やっぱり……。
「無力な兄で……すまない。しかしこれ以上僕にできることは……」
「……まだこれで終わりにしちゃいけないかもしれない」
諦めかけていた槙人さんの言葉を遮って、俺はそう言った。雨海は目を丸くしてこちらを見た。
「えっ……それって」
「雨海を犯人だと決めつけることは、まだできない」
「……もしかして何か根拠を見つけたのかい?」
表情にやや乏しいが、槙人さんも驚いているようだった。なんか間違ってること言っちゃったらやだなぁ……恥ずかしいなぁ……などと思いつつ、俺は口を開いた。
「……あの”時計”がそれを示しています」
「”時計”って、美術の先生が昨日置いたばっかりってやつ?」
さっきも調べた時計。『針や時計盤がむき出し』になったデザインで、その針も時計盤も青色の『絵の具で汚れて』しまっている。
「この時計。時計盤がむき出しになってるせいで絵の具がついちゃってますけど、一部だけ”絵の具の付いていない部分”がありますよね。まるで、時計盤の中心から2本の線が引かれたかのように」
「これは……まさかっ!?」
槙人さんはいち早く気づいたようだ。どうやら雨海や先生はまだ理解していないと見える。
「よくよく考えてみれば。絵の具がかかったとき、時計盤には
針と時計盤がむき出しのデザインだったからこそ、残された手がかりだ。
「要するにこれ、”時計の針のカゲ”なんですよ。そしてこの”カゲが指す時間”を読み取ると……大体『4時25分』です」
これは『針のカゲができた時刻』であり、そして『時計に絵の具がかかった時刻』に等しい。今は……4時45分。つまり時計に絵の具がかかったのは、なんと約20分も前のことだったわけだ。おまけに、この時計は手動で時間を調節できないタイプの電波時計。信憑性はかなり高い。
「それってあたしがここに着いたときより前……っていうかそれどころじゃないよ!!」
雨海は声を上げた。そう……彼女が思っている通りだ。
「4時25分って……あたしと兄ちゃん、まだ職員室で面談してた時間だ! 美術室になんて行ってるはずないよ!」
・・・
『あたし、4時半過ぎまで職員室で兄や担任の先生と面談してたんです』
・・・
……やはり雨海には不可能だった可能性が高い。あとついでに槙人さんも。まぁこの人に関しては元から完全部外者だけど。例のマスコットの謎は依然残るが、信じられる余地は十分あると言える。
「そうだったのね……本当にごめんなさい、雨海さん。疑ったりして……」
「ま~……さっきのは仕方がなかったですって! ……でも、じゃあ一体誰がやったんだろ、これ? 振り出しに戻っちゃったじゃん!」
もどかしそうに声をあげる雨海。だがこれまで発見してきた手がかりにもまだ謎は残っていたはずだ。さて、どこから考えようか……。
「二駄木くん……だったかな?」
「えっ」
突然、そう話しかけてきたのは槙人さんだった。
「ありがとう。妹を助けてくれて」
「あぁ、はい……。どういたしまして」
槙人さんは礼を言ってお辞儀した。さっきも妹を助けられずにいてもどかしそうだったし、雨海の態度を見るに兄妹仲は悪くなさそうだ。……ウチとは全く、大違いだ。
「あんな推理をしてみせた君にこんな助言というのも出すぎた真似かもしれないが……あの制服。なんとなくだけれど、引っ掛かるんだ」
”あんな推理”……なんて、もしかして俺のことを買い被っているのだろうか。俺なんてそんな大層な人間じゃないんだが。しかし……制服か。
槙人さんのアドバイスの通り、俺は改めてあの制服のほうを見た。赤と青の絵の具が付いた制服。雨海がそれを持ち上げると、その下の床には青色の絵の具が飛び散っていた。奇妙な状況だ。これを見るに……
「絵の具が飛び散ったとき、”床に制服はなかった”ってことだよな……」
ならこの教室で絵の具が飛び散ったとき、制服は”どこ”にあった?
……ひとつ、思い浮かんだ。この奇妙さに説明をつけるシナリオを。しかしそれなら……。
「何か、残ってないか……?」
俺は制服を徹底的に調べた。
「名前は……どこにも書いてないか」
オモテだけでなく裏返してタグまで見たりしたが、残念ながら何も書かれていなかった。……だがスカートのポケットに手を突っ込むと、何かを掴んだ。
俺はそれを取り出し、見て……驚愕した。
「ふ、二駄木……まさか女子の制服をそんなまさぐっちゃうようなヤツだったなんて、ホントにへんた……って。えっ……それってっ!?」
ポケットから見つかったのは、一枚のハンカチ。そのハンカチには薄赤い”にじみ”があった。見るからに絵の具ではない。これは……血だ。そして、俺はこのハンカチを一度見たことがある。
「まさか、こんな展開になるなんてな……」
「こ、これ……今朝あたしが
ここで絵を描いていたのは東金なのだから、当然、この制服も東金のものだと思っていた。だが、そのポケットからは雨海が金子に貸したはずのハンカチがでてきた。
これは……。
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