05、思惑

 再びネイハウスの頭を枕に戻させ、横向きに寝させて、片足を高く持ち上げる。

 口に咥えてコンドームのパケを開き、片手で着ける。

 片手を枕の下に隠し、片手で軽く枕を掴んで、目線を投げ出している横顔を見下ろして。

 あられもない格好をさせられながら、その顔には相変わらず表情が少なく、それでいて、見知らぬ若い男に犯されるのを大人しく待っている姿が、劣情をそそる。

 逆の手で支えながら、張り詰めた勃起の先を、濡れて光る尻の穴にこすりつけてやれば、ネイハウスの眉が引きつる。

 ついその顔を凝視しながら、腰に体重をかけるように身を沈め、窄まったアナルを開いてじっくりと押し込んでやる。

 括約筋の少し長い距離をこじ開けるのに食い縛られていた唇が、太い先端が小気味よく狭さを抜ければ、薄く開いて震える。

 押し込むから開く狭さを、開くのを待ってから沈めるほどの遅さで、たっぷりと時間を掛けて味わわせてやる。

 鍛えられ、引き締まった尻と腹の奥で、じわじわと柔い肉が開いていくのが、目に見えるように思えるほど。

 枕を掴み、唇を薄開きのまま、押し殺すネイハウスの息に、すすり泣きのような、うめきのような、微かな声が途切れながら混じる。

 控えめな喘ぎ声が、股間にくる。

 そうでなくとも心地のいい、熱くぬかるんだ腸壁にこすらせる勃起は、涎のようにだらしなく先走りを垂らしている。

 濡れて、滑りがよくなるたび深く挿入はいり、互いに呼気がふるえる。

 ネイハウスの尻の中に自分のペニスが消えていくのを見下ろし、同時に、張り詰めて薄くなった皮が溶けてしまうような湿った熱さに包まれる快感がリンクして、勃起はいや増す。

 全て収めたと教えるよう、腹で尻を押してやれば、赤くなった唇が震える息を長く吐き出した。

「ねえ、」

「――ふッ、」

 ざわめく柔壁が落ち着き、しっとりとペニスにまとわりつくようになるのを待ってから、それをまた乱してやるように、ゆっくりと腰を引く。

「……っ」

 握りしめる指が、枕カバーにしわを作っている。

「ずいぶん前なんじゃ? どこで尻を使ったんです?」

 穴の狭さに引っ掛かる亀頭を引き抜かず、今度はズブリと押し込んでやる。

「ふゥッ!」

 おののく唇が答えようとして開きかけ、けれど引き結ばれるのに、背を屈める。

 枕を握る手を覆うように掴めば、予想外に指を絡められて、胸が疼いた。

「ルスラン?」

 頷きを挟んでまた唇が開く間も、待ってはやらない。

 腹の中を長いストロークで漕ぎつけ、そのたび動きたがる腰を、掴んだままの足を引き寄せ、引き戻す。

「ァ、軍、で、……っハ、」

 ああ~…と、思わず相槌を打つ。

 任期が短いのもあって自分は機会を得なかったが、男社会に偏りがちなのは、グネイデンの軍でも同じだ。噂だけは何度も耳にした。

「っ、大抵のことは、はっ、……ァ、」

 経験した、と、多分そう言った。

 それもそうか、という思いと、自分の想像より、ネイハウスの言う“大抵のこと”は規模が違うのではないかという思いつき。

 この様子では、ハマりはしなかったのか。それとも、酒と同じように無駄な時間だと思ったのか。

 これでよく常習化せずにいられたな、というような、淫らな尻をよくよくほじくり返してやって、身を震わせるポイントを探す。

「ァッ、あ、あアー……」

 顎を上げて眉を下げ、開いた口から垂れる声は、むせび泣きにも似ている。

 これかな、と、探り当て。

 長く引いて真っ直ぐに貫く。直腸全体を正確にこすられるのが気に入るようで、ひっきりなしに身を捩ろうとし始めるのを、足を離してでも押さえつけ、受け止めさせる。

「――ふ、――ぅゥ、ン、……ゥふ、」

 声を抑えていた唇が縦に開き、アとオの間のような声をあげて。

 こちらもこちらで、汗にまみれる身体を雄犬のように振り立て、短く途切れる息も犬のように浅く弾んで。

 ああ、あア、と繰り返すネイハウスの声と、ハッハッと切れる自分の息が、似てくる。

「あああアアッ――!」

 この人、イク時に叫ぶんだなという気づきが、込み上げる射精感でお花畑のように甘く明るく、

「ハッ、……ッゥぁ!」

 己も声を立て、彼に少し遅れるように射精した。


 四つん這いにさせて後ろから突いてやれば、無意識なのか分かっていてやっているのか、水を得た魚のように腰を振って、貪欲に快楽を求めてくる。

 堅物のようだが人を馬鹿にする冗談は言うし、娯楽や嗜好品を軽んじているようだが、セックスの仕方が淫乱だ。

 なるほど、と思いながら次は腹を跨がせ、気に入ったとでも言い出しそうに夢中で腰を使っているのを、下から眺めて堪能して。

 残念ながら、それで打ち止めで、彼の手際に敗北するよう。精液はコンドームの精液だまりにすべて受け止められた。


 力尽きて寝落ちた翌朝は、気分爽快ではあるが、すぐに起き上がれない。

 目を覚ました原因らしい、物静かにスーツを着込んでいるネイハウスに気づき、身体の向きだけ変えてそちらを向く。

「もうお出かけですか」

 一晩のロマンスにしては、かなり豪華だったといえる。

 コーヒーも朝食も共にする気はなさそうだと、背に滑り上がるジャケットが、あるべきところに収まるのを眺めた。

「そうだ」

 ネクタイを結ぶ仕草は世界共通だなと考えながら、鏡越しに、昨日出会った時とまったく同じように髪を撫でつけた彼が、こちらに一瞥も寄越さないのが妙に嵌まっていて口許が緩む。

 じゃあ取材の続きはどう運ぼうか、ネイハウスはこの先も少しは情報を提供してくれるだろうかと頭を巡らせるのを、思わぬ言葉が遮る。

「ゆっくりしていくといい。細かいことは、また夜話そう」

「えっ」

 ネクタイを整え終えたネイハウスが、もちろん、行ってきますも言わずに部屋を出て行った。

 ポカンとして、しばらく閉じた扉を見守って。

 なんだ。どういう風の吹き回しだと、素っ裸のままでベッドから下りる。

 せめて扉から廊下でも見てみるかと、脱いだ下着を探して巡らせる視線に、確かに昨夜は見なかったものが、目につき。

 記者根性もあって、鏡台の上にこれ見よがしに置きっ放しの、書類の薄い束に目を落とした。

「ハ……?」

 ゾクリ、と、鳥肌が立ち、背中に冷たいものが流れる。

 氏名:ユクター・ミザックという表記から始まる文字列は、疑いようもない、自分の身上についての報告書だ。

 知らず目を剥いたまま文字を追い、震えそうになる手でページをめくって、うろたえ、唇を覆う。

 自分自身の、身分は元より、出生から現在までの事細かな経歴。一晩、いや丸一日か。それにしたって、自国民でもない自分のことを、短い間によく調べ上げたものだという驚き。

 だが、震えているのはそのせいではない。

 食事とトイレの回数まで数えたって大した文字数にはならない自分の調査が、数ページに渡る理由。

 家族は元より、同僚、上司、同級生、学生時代の知り合い、友人、元恋人達。少し親しく関わった人達まで、その名前と所在地まで挙げられている。

「冗談だろ……」

 自分は、選挙前に政局を嗅ぎ回る記者だ、身上調査くらい驚きに値しないが。何のスキャンダルを掴んだわけでもない、ここまでする理由が分からないのが、気味が悪い。

 いや、そうではないのだろうか、と。

 そっと書類を元の場所に置き直して、思わず後退りする。

 目立たない類の書記官とはいえ、ルスラン・ネイハウスは、再選を控えた与党現職の一味だ。抱いた男などいてはまずい、ということだろうか。

 そんなこと別に人に話さないけどな、などと、自分が思っていたって役には立たないことくらい、理解できる。

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