第39話 賭け

(晴琉)


俺は自分の最寄駅のひとつ前の駅で降り、そこからまた全力で走った。


目的地までここから走って10分。どうか無事でいてくれ。



「ばあさん!」


俺はノックもせずに扉を開けた。


部屋の中には白衣を着た人が3人、そして私服姿のおばさんとスーツのおじさんが1人ずつ、そして光永がいた。6人に囲まれ、ベッドに横たわっているばあさんは身動きひとつせず、目を閉じていた。


「高尾くん…」


光永は涙ぐんでいた。俺はベッドに歩み寄る。


「ばあさん…嘘だろ…」


ばあさんは息を引き取っていた。


光永は俺に抱きついてきた。肩を震わせながらしがみついてくる。俺は光永の背中をさすってやる事しかできなかった。


ばあさん、俺は本当にこれでよかったのか?結局本当の事は何も言わずにここまで引っ張っちまったけどよ。



病院を出るところまで、光永は見送りに来てくれた。


「来てくれてありがとね」


「あぁ。いいんだ。俺も最後婆さんに会っておきたかったしな」


光永が歩みを止める。寂しそうな表情をしていた。


「これで、嘘つく必要も無くなったね」


「…あぁ。でも、本当にお前はこれでよかったのか?後悔してねぇのか?」


「またその質問?私は後悔なんてしてないよ。おばあちゃんの喜ぶ顔が見れた。そのための嘘なら、喜んでつくよ。それにこれからいずれ本当に付き合う事に…」


「ならない」


「…」


「でもこれからは友達としてよろしくな」


「…ずっと友達?」


「…そうだ」


「私が貴方を思い続けても?友達のまま、変わらない?」


「あぁ、変わらない」


「…」


「悪いが俺には好きな人がいるんだ。ずっと前から、この気持ちは変わらなかった。これからもきっと変わらない」


悪い光永、ばあさんを失ったお前に追い討ちをかけるような事を言って。でも、この答えが変わる事はない。グダグダ引き伸ばすのは俺のためにもお前のためにもならないんだ。許してくれ。


「だったら…」


光永がまた話し出す。


「もう友達にもなれないかな、私は。こんなに好きになった人と今更友達なんて、無理だよ」


光永の顔は笑っていた。明らかに強がってる。


「…そうか。すまない」


俺はまた光永に背を向けて歩き出した。泣き崩れる光永を背中で感じながら。もうモテ期なんてゴリゴリだ。なんで毎回こんな思いしなきゃならない。


さてと。世奈にも謝っとかねぇとな。怒ってんだろうな、あいつ。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

(世奈)


「ごめん」


そう言って私は陸の腕をゆっくり解いて、そのまま歩いて立ち去ろうとした。


「晴琉は世奈を大切にできるとは思えないな」


私の背中に陸が語りかける。


「俺なら世奈を悲しませたりしない」


私は一瞬、足を止める。確かに晴琉と近づこうとすると、いつもそこには障壁が立ちはだかる。陸なら決してそんな事は無い。でも、それでも…


私は何も言わず、家に向かってまた歩き出した。


家に着いてから、スマホに着信があった。晴琉からだ。


「もしもし…」


「もしもし。今日はその…、すまなかった」


「どこ行ってたの?」


「光永のばあさんのところに行ってた」


「…そっか。大丈夫だったの?おばあさん」


「死んじまったよ」


それを聞いた私は、これ以上晴琉を攻め立てる気にはなれなかった。まさかそんな事になってたなんて。


「あのよ…」


「なに?」


「この埋め合わせはまた今度させてくれねぇかな?」


「…いいよ」


「マジか!やった!次はぜってぇ成功させてみせるからな!」


「成功って、何を?」


「あぁいや、なんでもねぇ!こっちの話だ」


「変なの」


「うるせぇよ!…じゃあまた明日な」


「うん、また明日」


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

(晴琉)


よかった。世奈、意外に怒ってなかった。安心した俺は走りに行く事にした。着替えて体操を済ませたら、いつものコースを淡々と走る。


向かい側から見慣れたフォームの奴が走ってきた。陸だ。


陸は俺を確認すると、俺と並走し始める。世奈とのデート報告を受けた時以来か。コイツとここで並走しながらの話は、あまりいい話で無いことが多い。今回も何か企んでやがるのか…?


「やっぱりこの時間にここへ来たか」


「なんだよ」


「お前、また世奈を悲しませたな」


「てめっ…なんでそれを!?」


「なんでもお見通しだ。次、世奈を悲しませるような事してみろ、許さないからな」


「…」


「やっぱり俺は、お前には世奈を守れないし、幸せにできないと思うんだ。そこでだ。ひとつ提案がある。賭けをしないか?」


「賭けってなんだよ」


「次の試合、負けた方が世奈から身を引く。勿論ただでとは言わない。お前にハンデをやる。30秒差をつけられなければ俺の負けでいい」


「…」


「ハンデに不満か?40秒でもいいが」


「へっ!なめんじゃねぇ、ハンデなんていらねぇよ!上等だ。俺の心配事といやぁ、お前が世奈とくっつく事くらいだ。この試合でそれが解決すんのなら、喜んで受けてやるよ」


「決まりだな。後悔するなよ」


「てめぇこそ、吠え面かかせてやるから、覚悟しとけよ」


陸はペースを上げて視界から消えた。


ってか、なんだよ陸のやつ。俺に世奈が守れない?幸せにできない?言いたい放題言いやがって。…よし、逆に気合い入ってきたぜ。次の試合まであと3週間切った。ここからもう一皮、二皮剥けて、試合当日はぜってぇ陸を倒す。

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