第38話 勝負どころ
(晴琉)
勢いで世奈をデートに誘っちまったけど、マジで大丈夫か、俺?
名古屋の街を歩きながら、このデートが本当に起こってる出来事なのか、頭の中で事実確認を繰り返していた。
俺にしてはスムーズに、スマートに行き過ぎて、逆に怖いんだ。
世奈と2人で街中を歩くのは、全国大会の前日以来2回目だ。今日の目当ては世奈が好きなパンケーキを食べに行くのと、ボウリング。でもせっかくデートまでこじつけたんだ。絶対に今日、告白まで辿り着いてやる。
「ここのパンケーキ、ずっと食べたかったんだ〜」
世奈が幸せそうにパンケーキを頬張る。生クリームが必要以上に盛られていて、とてもじゃないが俺は最後まで美味しく食べれる自信がない。
世奈は俺よりも先にパンケーキを平らげた。
「食べるのキツイの?じゃあそれ、一口ちょうだい」
すでに世奈の皿やフォークは下げられたので、俺のフォークを使ってケーキを口に運ぶ。
おいおい、これって間接キスだぞ…。
世奈は気にする様子はなかった。
でもここで俺が気にする素振りなんて見せたらダセェよな。俺も気にしてないフリをして、同じフォークで続きを食べ始めた。
そんな駆け引きを勝手に繰り広げる俺をよそに、世奈は次の事を考えていた。
「ボウリング久しぶりだなー、楽しみ」
「負けねぇぞ」
パンケーキを食べ終わった俺達は、ボウリング場に向かう。世奈も俺も、小さい頃から家族絡みでちょこちょこボウリングには来ていたから、慣れた感じで受付を済ませて、シューズとボールを選ぶ。
「負けたらどうする?」
シューズを履きながら、世奈が俺に聞いてくる。俺は合宿の時の沙耶を思い出した。
「ひとつなんでも言うこと聞く、でどうだ?」
「いいね、のった!」
そう言って勢いそのままに1投目を投げた世奈は、いきなりストライクを取ってきた。
負けじと俺もストライクを取る。俺もボウリングだけは割と自信あるんだ。
2人で黙々と投げ続けた結果…
世奈 : 166
晴琉 : 183
「よっしゃー!俺の勝ち!」
「負けたかー、長距離走意外なら晴琉にも負けたこと無かったのになー。男女の差が出てきたのかな?」
「男女の差?」
「うん、最近思うんだけど、晴琉随分と逞しい体つきになってきたよね。それに比べて私はちょっとムニってしてきたというか…」
「…」
「最近胸もちょっと出てきたしな〜、走るにはちょっと動かし辛いかも」
世奈は自分の腰や胸をさわさわ撫で始める。その手つきが何となくエロい。俺は頬が熱を持っているのを感じた。顔が赤くなってるのは明らかだ。世奈も自分の発言の恥ずかしさに気付いたのか、少し顔を赤らめる。
コイツ、いつもの幼馴染として俺と接する自分と、俺の事を異性として意識し始めてる自分が混同して変な事になってやがる。
まぁでも、俺にも少し世奈の気持ちが見えるくらいには、俺の事を男として意識してくれてるって事で良さそうだな。少し自信が湧いてきたぜ。
「で、罰ゲームはどうするの?」
「んー、今は思いつかないから、あとで使う事にするよ」
ボウリングが終わったら外へ。ここで俺は勝負に出る事に決めた。実は最後、告白する場所を考えてたんだ。それがこのボウリング場の隣にあるビル。ここの屋上は無料開放してて、名古屋の街を一望できる。告白を成功させるには、まずはロケーションからだ。
「なぁ世奈、最後にちょっと行ってみたい場所があるんだけど、行ってみていいか?すぐそこなんだけど」
「ん?いいよ、いこいこ!」
世奈はニコッと笑った。ドキッ。気のせいかな、今日はいつもより世奈が女の子らしく見える瞬間が多い気がする。こんなに可愛かったっけな?
俺達はビルに入った。屋上に行きたい人は他のフロアとは別のエレベーターが用意されていて、そこそこ人が並んでいた。
「このビルの屋上なの?」
「あぁ。まぁ何も言わずに着いてきてくれ」
「えー、なんかあやしー。やらしー」
「いいから!別にそういうんじゃねぇよ!」
そうこうしてる間に俺達もエレベーターに乗る事に。エレベーターも周りが透明ガラスで、乗ってる間から景色を楽しめた。
「わぁ〜、綺麗!」
エレベーターを降りたら、いち早く世奈は駆け出していった。世奈のやつ、景色に見惚れてるな。降りて早々、手応えあり。空もいい感じに薄暗くなってる。もう17時過ぎだ。俺達は端からぐるっと一周回って景色を堪能する事にした。
2人で夜風に当たりながら、ゆっくりビルの端を回る。俺は景色よりも、今にも触れそうな俺と世奈の手がずっと気になっていた。絶対世奈も意識してるよな、この手と手の距離。今の俺にとって、世奈の手は餌をぶら下げた釣竿にすら感じた。手を繋ぐか?でも…。いや、どうせここで告白するんだ。大胆にいこう!
その時だった。俺のスマホが鳴り響く。メッセージが届いた音だ。
なんだよ、こんな時に。スマホを開いて誰からのメッセージか確認する。
「…なんだよそれ」
「え?どうしたの?」
「わりぃ、急用ができた。先に帰っててくれ!」
俺は世奈を置いてその場を後にした。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
(世奈)
なによ、晴琉ったら理由も言わずに立ち去って。せっかく今日は晴琉との距離縮めようと、ちょっと頑張ったのに。何も私を置いてく事ないじゃん。やりきれない気持ちを抱えながら、駅から1人でトボトボ帰る。
「世奈?」
聞き覚えのある声。この声は…
「…え?陸?」
「どうした、こんな時間に」
陸がキョトンとした顔でこっちを見ている。
「なんでもない」
そう言って陸の前を通り過ぎようとする。
「じゃあ家まで送ってくよ。もう暗いし」
「…ありがと」
それから私達は何を話すこともなかったけど、陸はただ隣を歩いてくれた。
「ここでいいよ、ありがと」
家の近くまで来ると、少し勾配がキツい坂道を登らなければならない。流石にそこまで来てもらうのは申し訳ないので、坂の下で陸には帰ってもらう事にした。しかし立ち去ろうとする私を、陸は後ろから抱きしめた。
「やっぱり何もなかった様には見えないな」
「陸…」
陸の抱擁はどこかホッとするような、中毒性のある安心感がある。
私はすぐに陸の腕を振り解くことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます