第33話 ダブルデート

一定のリズムで足を回転させて地面を母子球で捉える。上半身は脱力し、骨盤はやや前傾させる。


かれこれ40分走ったか…。この角を曲がればすぐに家まで着くけど、あと20分走るか。


途中、道路脇に立ってる案内標識が目につく。


右に曲がれば松葉公園…。嫌な事を思い出させやがる。


あの日から蘭とは1度も話してない。まぁもうすぐクラス替えだし、違うクラスになればいよいよ蘭と絡む機会も無くなるだろうな。でもこれでいいんだ、きっと。


60分走った。今、朝の6時半。向かいの家の隙間から差し込む朝日が心地いい。


世奈からもらった『スリープクラッシャー』は強烈で、流石の俺も秒で起きる事ができた。今は、こうやって朝練する余裕もある。なんとも言えないくらい心地良いんだな。これが。


「さてと、シャワー浴びて支度するか」


今日は春休み初日。ダブルデートの日だ。シャワーを浴びて私服に着替えたら、ワックスで髪をセットする。朝練やりはじめてから準備にバタつく事が無くなった。これも世奈のおかげだな。


朝飯も食って準備ができたところで世奈が家ヘやってきた。家に来るのは、最後の登校ぶりだ。


「晴琉〜、準備できてる?」


「あぁ、できてるよ。行くか」


俺達は2人で家を出た。


「ちゃんと自分で支度できるようになったんだね」


「あぁ、そうだな。今まで世奈に甘えてただけだったんだって、最近気付いたよ」


世奈は少しだけ悲しそうな表情になった。


「もう私がいなくても、大丈夫だね」


「…」


「これで私も安心して、陸と付き合っていけるよ!」


違うんだ。俺は世奈と、ただ一緒に…。そう思った時、ハッとした。俺は蘭だけでは飽き足らず、世奈にも自分の寂しさを埋めてもらおうとしてんのか?この思いとは決別しようと思ってたのに。情けねぇ。


いや、でも蘭の時とはまた別物の感情だ。寂しさの中にいろんな感情が入り混じっているのを感じる。蘭の時は正直、心の穴を埋めてくれれば誰でもよかった。でも、この感情は世奈にしか…


「あ、沙耶いるよ!」


気付いたら駅の改札口まで来ていた。沙耶と目が合う。


「おはよ!」


「お、おう…」


3人で電車に乗る。電車内の座席は2人掛けの座席のタイプだった。ちょうど前後で4席空いてる。


「晴琉、沙耶と座りなよ。私、陸と座るから」


と世奈は前の席に座った。まぁそうなるよな。俺は沙耶と席に座った。やけに狭く感じるな。一駅先で陸も乗車し、挨拶を交わして当然の様に世奈の隣に座る。なんかムカつくぜ。


遊園地にたどり着いたら、4人分のチケットを買って入園する。


「ねぇねぇ、4人で写真撮ろうよ!」


沙耶が提案する。ったく、小っ恥ずかしいぜ。


「なにこの顔、変なの」


「うるせぇ。俺は写真で笑顔作るの苦手なんだ」


俺達は4人でアトラクションを回った。4人とも乗り物酔いはしない方だったから、ジェットコースターやバイキング等、結構ハードなアトラクションを選んで満喫できた。


「そろそろ絶叫系飽きてきたな」


テラス席での昼食中、陸がボソッと呟く。


「そうだねー…、あ!じゃああれ行かない?お化け屋敷!」


な、なにぃ…。世奈の野郎、余計な事を。


「あー!いいね、いこいこ!」


沙耶も乗っかる。


「晴琉も行くでしょ?」


「いや、俺はその…こういうのはちょっと」


「決まりな。2組に別れて行くか」


「っておい!俺の話を聞け!……わかった、行きゃいいんだろ、行きゃあよ!」



陸と世奈が先に入り、俺と沙耶が後から入る事になった。


覚悟を決めて、暖簾のれんをくぐり、屋敷の中へ入る。世奈は今頃、陸とくっついて楽しんでるんだろうな。


そんな事考えてる矢先にいきなり、生首の様なものが上から落ちてきた。


「んぎゃーーーー!!!!」


なりふり構わず絶叫する俺。かっこわりぃけど、今そんな事気にしてる場合じゃねぇ。


沙耶も俺の腕にしがみついてきた。なんだよ、お前も怖いのかよ。あまりにくっつくもんだから歩きにくい。てか、さっきから柔らかいのが俺の腕に当たってるんだよ。まぁおかげで怖さは少し和らいだけどもよ。



次々と出てくるお化けをクリアして行ったら、長い直線の通路になった。その先には出口が見える。


「おい、やったぞ。出口だ!」


その時だった。背後の壁がぶち破られ、最後のお化けが俺達を猛ダッシュで追いかけてきた。


「や、やべぇーーー!!」


逃げようとしたけど、沙耶がついてこない。足がすくんで立てない様だった。ええい、しょうがねぇ!


沙耶を抱えて出口まで走った。流石に置いてけぼりで逃げるなんてかっこわりぃしな。


出口を出ると、世奈と陸が待っていた。お化けは追いかけてこない。


「…ねぇ、恥ずかしいからそろそろ下ろして」


「…あ!あぁ、すまねぇ!」


「どうしたの、お姫様抱っこなんかしちゃって」


「いや、これはそのっ…!沙耶が…」


「次行くぞ」


「って聞く気あんのかてめぇ!」


その後はゴーカートやシューティングゲーム等、朝の絶叫系とはまた別物のアトラクションを楽しんだ。


陸と世奈は2人の空間も楽しんでいる様だった。あからさまに俺達の前でイチャつく事は無くても、見つめ合ったり、肩が触れるくらいの距離感になったり…。それを思わず目で追ってしまう。


「2人、お似合いだよね」


沙耶が呟く。


「そうかな?」


俺は少しだけあらがってみる。やっぱどうしても応援できねぇ。


売店でチュロスを買いに行った陸と世奈が戻ってくる。


「そろそろ最後のアトラクションにしよっか」


「最後はやっぱ観覧車でしょ」


と沙耶が言い出した。


「そうだな」


陸も何故か乗り気だ。


観覧車はそんなに並ぶ事なく、すんなりと乗ることができた。


「4名ですか?」


係員が俺達に人数を聞いてくる。


「あぁ、4め…」


「2名ずつで」


「あ?…おい!」


陸が世奈をエスコートして先に乗って行った。マジかよ。


「私達も乗るよ」


沙耶に手を引かれて観覧車に乗り込む。


仕方なく、俺は沙耶の向かいに座った。なんか急に緊張感が増してきた。


「なに今更固くなってんの?」


「いや、向かい合って座るの、苦手でよ。ずっと目を合わせて話すのって恥ずかしいだろ?たまには視線を外したいっつーか…」


「なんだ、そういう事?じゃ、こうすれば緊張しないね」


沙耶が俺の隣に座ってきた。肩が触れ合う距離まで近付いてくる。


「ばか、余計緊張すんだろーが」


「へへ」


コイツもなんでまた、俺みたいなのがいいのかねぇ?


「今日のお化け屋敷の晴琉、最後男らしくてカッコよかったよ」


「ああいうのがいいのか?女は」


「んー…、ていうか、晴琉がアレやってくれたからよかったのかな」


「よくわかんねーや」


俺は前を見た。どうやら世奈と陸も、肩を並べて座ってるらしい。


「2人の事、気になる?」


沙耶はたまに俺の心を見透かした様な発言をする。


「別に。そんな事ねぇよ」


その時、俺は両手で顔を抑えられ、沙耶に強引にキスされた。急いで沙耶を引き剥がす。


「…なっ!いきなりなにすんだ!」


「だったら私を見てよ!今日、ずっと2人の事目で追いかけてたでしょ?気付いてないとでも思ってんの?花火大会の時から、あんたが世奈のこと好きだって私はわかってたよ!」


やべぇ、ゲームオーバーかもしれない。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

(世奈)


「気になるか?後ろの2人」


「え!?…ううん、全然!」


ダメダメ、陸との時間に集中しないと。でも、後ろの様子はやっぱ気になる。


「綺麗な夕焼けだな」


「うん、そうだね!」


陸はそう言いつつも、私を見ていた。やっぱ怪しまれてる…?


「あ、晴琉と沙耶がキスしてる」


「えっ!?」


私は後ろを振り向いた。けど、角度的に2人の顔は見えない。


「嘘。やっぱ気になるんだな」


「…ごめん」


「いいさ。いつか本当の意味で、俺が1番になれたら。ゆっくりでいい」


「陸…」


罪悪感で胸がいっぱいになる。陸は私のおでこにそっとキスをした。いつのまにか、私達は観覧車の頂上まで来ていた。




観覧車を降りてすぐ、晴琉と沙耶が降りてきた。でも、なんか様子がおかしい。


「私、先に帰る!」


「ちょ…沙耶!?」


沙耶は走っていく。


「晴琉?なんかあったの?」


「まぁ…ちょっとな…」


「ちょっとなって…追いかけなさいよ、あんたが原因でしょ!?」


「いいんだ、追いかけなくても。…じゃ、俺も帰るわ。あとは2人で楽しんでくれ」


そう言って晴琉も去って行った。


納得いかない私は沙耶を追いかける事にした。


「ごめん陸!私、沙耶を追いかけるね!」


「あぁ」


陸は察してくれたのか、私と一緒には来なかった。


全く、あの短時間で2人に何があったの?


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