【KAC202210】真夜中の訪問者 ~勘違い異世界冒険譚~

鈴木空論

真夜中の訪問者

「ああ、勇者さま。目覚めて下さったのですね」

「………」

 誰かに体を揺すられて目を覚ますと、そこにはRPGゲームから出てきたような僧侶の格好の女が立っていた。

 自分と同年代か一つ二つ下くらいの少女。

 コスプレ?と思ったが、どうもそんな感じではない。

 しばらく女を眺めた後、タケルは枕の傍の時計に目をやった。

 午前二時。

 なるほど把握した。

 これ夢だ。

 タケルは高校の期末テストのためにここ一週間ほどゲームを我慢していた。

 きっとその禁断症状(?)でこんな夢を見ているのだろう。

「勇者さま、私とともに来て頂きたいのです」

と、僧侶が言った。「異世界の方に突然こんな事を頼むのは心苦しいのですが、女神様によると私達の世界を救えるのは貴方以外にいないそうなのです。ですからどうかお願いします。私たちの世界を救って下さい」

 ほほう、そういう設定か、とタケルは思った。

 それから周囲を見回した。

 夢の中のはずだがタケルがいたのは自分の部屋の中だった。テスト勉強の途中で少し仮眠を取ろうとベッドに入る前そのままの状態。

 そんな所に僧侶がいるから凄いシュールな光景になってしまっている。

 俺、もうちょっと想像力あると思ってたんだがなあ……。

 タケルが返事をしないので僧侶は拒絶されたと思ったらしい。

 泣きそうな顔でその場に跪いて、

「無理を言っているのは承知しています。ですが私達にはもう他に方法が無いのです。お願いです、私にできることなら何でもします。ですからどうか力を貸して下さい」

 何でもする、と言われてタケルは反射的に僧侶の身体に目を向けた。

 眠気が勝っていたのもあって気にしていなかったが、服の上からでも胸元の膨らみがかなりあるのがわかる。

「………」

 一瞬だけ邪な考えが脳裏をよぎったが慌てて首を振った。

 経験上、こういう夢で妙な行動を取ろうとすると中途半端な所で目が覚めてしまう。

 折角面白そうな夢だし、ここは相手に合わせて勇者っぽく振る舞ってやろう。

「貴女のような可愛らしい方が何でもするなどと口にしてはいけませんよ」

 タケルは騎士のように片膝をついて微笑んだ。「突然の事で返事が遅れましたが、俺で良ければ協力させて頂きます」

 やってみてから、勇者っぽいかこれ?と思ったが咄嗟に頭に浮かんだのがこれだったから仕方ない。

 僧侶はしばらくタケルの顔を見つめていたが、突然顔を真っ赤にするとさっと俯いてしまった。

「あ、ありがとうございます……」

 蚊の鳴くような声で言う。

 これ、笑い堪えてるな、とタケルは思った。

 失敗したと思ったがここでキャラを変えるのもおかしくなりそうだし、このまま押し切ることにした。

「それで俺は何をすれば?」

「は、はい! では転移を行いますので私に掴まって下さい」

 僧侶が慌てた様子で手を差し出す。タケルはそれを握った。

 柔らかい。

 夢なのに本物みたいな感触だな。

 そんな事を考えた矢先、二人の頭上に魔法陣が広がった。

 周囲の景色がグニャンと歪み、気付けば辺りはファンタジーな世界。

「転移成功です」

と、僧侶は言った。「まずはこちらへ。国王から旅の許可を頂きましょう」


 タケルは城で国王から参加賞みたいな軍資金と装備品を受け取って冒険に出発した。

 王の話から察するに、道中のモンスターを倒しながら旅をし、最終的にラスボスを倒せばいいらしい。

 何というか、べたにも程があるRPGな世界だった。

 てっきりタケル一人で旅に出るものと思っていたが、僧侶も一緒について来てくれた。

 僧侶はタチバナという名前だそうだ。

 タチバナは戦闘自体には参加しないが、受けた傷の手当や野営での食事の準備、辿り着いた町での宿の手配や消耗品の補充など、身の回りのほとんどをしてくれた。

 その手の事を面倒に感じるタケルとしては有難かった。それに女の子と一緒というだけでやる気が出る。

 旅の途中、タチバナはこの旅の目的であるラスボスの事や自分の事などを語ってくれた。

 タケルがこの世界に招かれたのはこの世界を滅ぼそうとしている邪竜ガルドを倒すため。破壊を楽しむ事だけが目的の巨大な竜で、配下のモンスターを大勢従え、すでにこの世界の半分を手に入れたらしい。

 タチバナはその竜に滅ぼされたある村の生き残りなのだそうだ。

 親しい人達を目の前で殺された彼女は自分の手で復讐をしたかったが、生憎彼女にはその力は無かった。だから勇者を召喚できる僧侶の道を選んだのだという。

 勇者さまには関係ないことなのに、私の都合で巻き込んでごめんなさい。

 身の上話の後、タチバナはそう言った。

 ――旅の途中に商人から聞いたが、僧侶になるには本来数十年にも渡る修行が必要なのだそうだ。それを数年で習得するためには血を吐くほどの努力が必要だっただろう、とその商人は驚いていた。

 正直この世界自体はどうでもいいが、この子のために必ず邪竜を倒そう。タケルはそう思った。


 旅は順調だった。

 この世界の唯一紳だという女神様とやらが推しただけあって、タケルは自分でもびっくりするほど強かった。

 並みのモンスターは一撃で倒せるし、中ボス格には多少ヒヤリとさせられる事もあったが負けることは無かった。

 思いのほかサクサクである。

「まあ俺の夢なんだから当たり前か」

「? 何か仰いましたか?」

「いや、独り言」

 この分なら邪竜とかいうのも大したことないだろう。

 さっさと倒してハッピーエンドだ。

 タケルは意気揚々とラストダンジョン――邪竜の棲む城へと向かって行った。


 だが。

「ぐっ!?」

 死角からの尻尾の一撃で城壁に打ち付けられ、タケルはそのまま崩れ落ちた。

 必死に起き上がろうとするのを邪竜がニタニタと見下ろしている。

 邪竜はそれまでのモンスターとは比較にならないほど強かった。

 見上げるほどの巨体の上、鱗が鋼のように固くまるで攻撃が通らない。

 爪で肉を裂かれ、ブレスで焼かれ、尻尾で殴られ……思い出せないほど攻撃を受けたタケルはもはや満身創痍だった。

 夢だというのに滅茶苦茶痛い。正直泣きそう。タチバナが見てるから泣かないけどさ。

「勇者さま、大丈夫ですか」

 タチバナが駆け寄ってきてタケルを抱き起こした。

 タケルは無理やり笑顔を作って、

「大丈夫大丈夫。見ててよ、ここから逆転してやるから」

 勝てる策などない。勇者っぽく振る舞う余裕ももはや無かった。

 だが、どうせ夢なのだ。何だかんだできっと勝てるはずだ。

 タケルはそんな風に考えていた。

 すると、タチバナが意を決したように、

「私が活路を開きます。……後のことは宜しくお願いしますね」

 優しく微笑み、タケルを床に寝かせる。

 タケルは戸惑って、

「何を……」

 タチバナは邪竜のほうへ歩いて行った。そして祈るように両手を合わせた。

 眼が眩むような光がタチバナから溢れ出した。

 タケルは目を見張った。

 最後に立ち寄った村の長がしていた話が脳裏をよぎる。

 邪竜に通るかもしれない唯一の攻撃手段。

 使用者の命を犠牲に発動できる、失われし禁断の攻撃魔法。

「や、やめろ! ていうか何でそんなの使えるんだ!」

「女神様が授けて下さったのです。いざという時はこれを使えと」

と、タチバナは言った。「これ以上あなたに負担は掛けられません。これは私の問題です。私はこのために生きてきたのだから」

 ――お願いです、私にできることなら何でもします。

 最初に出会った時のタチバナの言葉を思い出す。

 確かにあれなら邪竜に致命傷を与えられるだろう。

 邪竜も本能で危険を察したらしい。地面を揺らしながらタチバナの眼前に降り立つと、脅すように片腕を振り上げる。

 タチバナは避ける素振りも見せない。ただ淡々と発動の手順を踏んでいく。

 光がさらに強くなる。

 邪竜の顔に余裕が消え去った。

 タチバナの頭めがけて腕を振り下ろす。

 同時にタチバナの魔法が発動した。

 長い冒険話の結末がこれか?

「――ふざけんな! こんな終わり方寝覚めが悪いわ!」

 タケルは無我夢中で飛び出した。頭の中には怒りしかなかった。誰に対する怒りなのかはわからない。邪竜か、タチバナか、それとも夢だからと真剣に戦っていなかった自分自身か。

 とにかくタチバナと邪竜の間に割り込むと持っていた剣で邪竜の腕を迎え撃った。

 これまでまるで歯が立たなかったのだ。止められるわけがない。

 それでもタケルは全力で剣を振った。

 すると。

 巨大な何かが宙を舞った。そして邪竜の悲鳴が響き渡った。

 あれほど硬かったはずの邪竜の腕が切れている。

 見れば、タチバナから溢れていた光がタケルの剣に集まっていた。

 タチバナも目を丸くしている。命に別状はなさそうだ。

「……よくわからないが、これなら勝てそうだ」

 タケルは剣を握りしめて邪竜に向かって行った。


 世界は平和になった。

 盛大な祝典の後、タケルは元の世界に戻されることになった。

「勇者さま、ありがとうございました」

 タチバナはタケルの手を握りながら涙を浮かべて言った。

 タケルも笑顔で、

「とんでもない。また何かあったら呼んでくれ。いつでも力になるよ」

「本当ですか?」

「ああ。また君と一緒に旅がしたいし」

 何故かタチバナの顔が真っ赤になった。そして、何かを言おうとしたようだった。

 しかしその時魔法陣が現れて、辺りがグニャンと歪んだ。



 気が付くとタケルは自分の部屋にいた。

 時計を見る。長い旅をしていたはずだが、まだ十数分しか経っていない。

「……まあ、夢だよな。妙にリアルな夢だったが」

 頭が冴えて眠れそうになかったので、タケルは机に向かってテスト勉強を始めた。



 それから数か月後の真夜中、タケルの元に再びタチバナが現れた。

 そしてタケルは再びファンタジーな夢の冒険に出ることになるのだが――それはまた別のお話。

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