第6話 お兄様の思惑も通りません。冒険者組合の後ろ盾は強力ですわ

 赤身を帯びた黒い大熊ブラッドベアの咆哮が森の木々を揺らし、この辺りを震撼させる。

 騎士達は満身創痍、肩を担ぎながらこの場から離れている。

 それなのに、兄フォクスは震える手で武器を持ち構えている。

 あんな理性のない巨躯の猛威を全身に受けて生きているのは、魔障の攻撃だからかしら。

 兄の持つギフト《黒獅子》の効果の一部、魔障からの損害をかなり防ぐもの。

 そうよね……どんな大技を喰らおうと、魔障の攻撃なら半減以下だもの。そりゃ立っていられるわ。

 私は、剣を抜き横目でただ立っているだけの兄をやり過ごす。

 

「ちっ、こんなに素早いものなのか! 熊はっ」

 

 大木のような腕を振るうブラッドベアを交わし続けナディアは、愚痴を言う。

 

「魔障の魔物よっ。この騎士団を壊滅に追いやった魔物よっ」

「まだ。俺がいるっ!! マリベルその言葉を取り消せっ」

「部下が、あの熊に恐れて離れているのに、これが壊滅と言って当然じゃありませんか、お兄様?」

「お、お前らっ!! 持ち場に戻れっ」

「お兄様、それはあまりにも酷では……折角の撤退のチャンス無駄にしては命を粗末にする――――暴虐のようですわ」

「ちっ、騎士は国の民を守る存在。魔障を取り逃がすことなどあってはならないっ」

「なら、その震える手、満身創痍……やっと立っているだけで倒してはいかがですか。お兄様?」

「おい、だれか回復薬……ポーションをっ」

 

 大きな声を荒らげる兄、しかしその言葉は他の騎士には届かず、早くこの場から離れ森の外にある陣営へと戻るのに必死なのだ。

 騎士もただの人なのですわ。皆様にも家族や友人がいらっしゃるのに……。

 

「早く倒してあげましょう。ナディア、騎士達も胸を撫で下ろしてもらいたいですわ」

「簡単に言ってくれるっ!! こいつは――――この熊は疲れを知らんのか?」

「魔障の発生源が近くにあるのですわっ」

 

 私は、ブラッドベアに向け走り出す。

 ブラッドベアの攻撃を避けるナディアを追い越す。

 迫る私に、注意がいくブラッドベア。

 大きく振るいあげる鋭い爪を見せる腕。

 狙うは足!!

 ブラッドボーンは、大きく勢い任せに腕を振り下ろす。

 滑り込み足にキズを負わせる。

 しかし、止まらない鋭い爪の腕が私を狙う。

 ――――まだ、私のレベルではこの程度のキズをしか。でもここでっ!!

 その傷に向け、手を向ける。

 

「ファイアボール!!」

 

 鋭い爪が近くまで。

 咄嗟に放った魔法の反動でブラッドベアから飛ばされ離れる私。

 ブラッドベアの悲痛の鳴き声が、こだまする。

 地面を転がってしまいましたが、大成功のようね。

 そりゃ痛いでしょ。

 傷口を燃やされる苦痛。

 立ち上がる私。

 苦しい叫びを上げ暴れるブラッドベアに、人差し指を向ける。

 

 

「ショックボルトォッ!!」

 

 指先から電撃がブラッドベアを突き抜ける。

 痺れ固まり白目になるブラッドベアは、崩れ落ち仰向けになる。

 その状況に呆然とするナディアを怒鳴る。

 

「何しているのですっナディアッ!! 一時的に意識奪っただけ、ここでトドメを」

「えっ、あっ!!」

 

 両手で剣を持ち飛びかかるナディア。

 ブラッドベアの胸に深く突き刺さるナディアの剣。

 噴き上げる血にまみれるブラッドベアの怒りと苦痛の咆哮。

 先ほど私が切った傷口がもう塞がってますわ。

 致命傷には至らなかったし、目を覚ましてしまいました。

 ですが、あんな熊――――何度手合わせして弱点やら身をもって知ってます。

 

「ナディア!! 少しだけ耐えてください」

「えっ……えぇわかったわ」

 

 立ち上がるブラッドベアが血なまこになって大きな腕を、無尽に振り回す。ナディアは交わすだけ。

 手のひらに液体の入った小瓶が現れ、その中身を一気に飲み干す。

 

「回復したわ。そんでもって喰らいなさいっ」

 

 私の手が、ぼんやりと白く光が集まってくる。

 その手を前へと突き出しブラッドベアに向ける。

 最初に対峙した時は、腕や足の動きが速かったけど――――これならっ。

 

「ナディア!!」

 

 私の大声にナディアは、察知し笑みを浮かべブラッドベアから大きく距離を取る。そのブラッドベアは、私の手にある光を見ると血なまこになった目が一瞬して血が引くように薄くなる。

 やはり、実戦は重要ね。

 早くも魔法に頼ってしまったわ。 

 本当なら剣で圧したかったのですけど。

 手に集まった白い光が弾けそうなほど揺れる。

 

「魔を滅せっ。ホーリーレイィィッ!!」

 

 私の手から弾け飛ぶ光の玉が、瞬きすらしないほど一瞬にてブラッドベアの体を貫通。

 白目を向き舌を出し崩れるブラッドベアは、地に伏し活動が止まる。

 

「ハァハァ」

「やったぁっ!!」

 

 私も崩れ落ちるように地面に座る。

 痛いわ、なんなのあの魔法――――反動で手がしびれて……はぁ痛い。

 だけど、ホッとする私。

 ブラッドベアがやられ残っていた騎士が、歓喜を上げる。

 大きな声に木々も揺られ私のいる場所に光が指す。

 感激するナディアに飛びつかれる私。

 鎧の金属がぶつかっているのよ、体も痛いけど。

 ナディアと私の頬が擦れ、吐息が私を……ダメよ。

 ナディアを離し私の目は真剣。

 

「まだ。魔障源を」

「それなら、消したわ。あなたの兄が」

 

 禍々しい気配を感じる黒い沼に、液体を振りかける兄の姿。

 その沼は次第に小さくそして、消えた。

 私に対し憎しみのこもった睨みで近づいてくると、ナディアが私の前に立つ。

 

「フォクス騎士団長……今回の件上に報告しますよ」

「所詮冒険者の群れの上に報告しようが、勝手に――――上?」

「ええ、冒険者組合の上……教会の方に報告がいくと思いますわ」

「まっ待てっ!! それをしたら」

「ええ、この領主様がどう動くか……ですね」

「ぬぐぐぐ」

 

 兄は、悔しそうにナディアと私を睨む。

 私はこの機会を逃さない。

 

「ナディア。今回の功労者は誰でしょう?」

「それは――――マリベルあなた」

「なら、今回の件。内密にしていただけないでしょうか?」

「マリベル?」

「おお、さすが父思い兄思いの妹だ。ライフェイザ家の誇り……」

 

 目を輝かせる兄に私の表情がどう写ったか分からないが、兄は視線を合わせた途端目を背ける。

 

「お兄様、私は冒険者になりたいのです。この状況で、この言葉――――わかりますよね?」

「……わかった」

「ナディアいい?」

「はぁ、わかったわ。近日中にマリベルが冒険者組合に顔を出さず組合に登録しなかった場合は、直ぐに報告するわ」

「それでは、お兄様。お父様とお姉様を言いくるめて下さい」

 

 その言葉を残しナディアと共にこの森の外へ向かう。

 舌打ちをする兄の姿が見えなくなった時、兄の悔しさを吐き出す大声が森の中で響いた。

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