少女と竜は今日も共に歩く
不意にまぶたの裏に光を感じた。
くっとまぶたに力が寄り、身を丸めて眠っていたティシェの意識を揺り動かす。
それは淡く、優しい灯り。薄らまぶたを開けば、ぼやける視界に灯りが映る。
ぼんやりとした思考で、それが灯の珠だと認識した瞬間――ばちりと一気にまぶたを持ち上げた。
勢いよく身を起こし、もつれるようにして眠っていた場所から飛び出す。
突として己の懐から飛び出したティシェに驚き、アーリィは顔を上げた。ティシェが垂幕を捲り上げ、そこから差し込む朝陽に目を細める。
トールがもそもそと身を起こした。
「ん……、ティシェさん……?」
眠たそうな声。けれども、ティシェの姿は既にうろにはなかった。
*
夜は名残りおしげに薄ら暗さを残しつつ、けれども、登る陽が朝を呼び込み始める。雨は既に上っていた。
岩が盛り上がり、起伏ある足元をティシェはもどかしげに降っていく。
昨夜の雨で濡れた岩場に時々足を取られている間にも、灯の珠は向かい方向から流れてきては、ティシェの横を通り過ぎて行く。
最後の足場として隆起した岩に足を下ろし、平地へと一気に飛び降りた。
点在する木々の合間から灯の珠がまた姿を見せた。だが、姿を見せた珠は一つではなく、その幾つかの珠はそれぞれの方角から流れてくる。
ティシェは途方に暮れたようにそこで足を止めた。
向かうべき方向を見失った。ぐっと手を握る――ふと、その手に冷えた何かが触れた。
のろのろと視線を落とすと、ティシェの影から顔を出したカロンが手を突く。
「グローシャ、場所わかる」
ティシェの蒼の瞳が小さく見開いた。
それを合図だと捉えたカロンは、影から完全に顕現してティシェの先導するために前へと出る。すんっ、と何かを感じ取ったのち、一度ティシェを振り返って歩き出した。
ティシェも息を一つ吐き出すと、カロンの後に続いた。
気が付けば、岩場続きだった足下は土も混ざり始めていた。
下草が所々に生え、点在する木々は昨夜の雨でしっとりとしていた。それが朝陽を弾いてきらめく。
その間にも灯の珠は流れ行き、ティシェの横を通り過ぎていく。
先導するカロンの後に続くことしばらく、不意に彼が足を止めた。それにならってティシェも足を止める。
カロンが一点を見つめる先を追うと、点在する木々の一つに行き着く。その根本に金の鱗を持った尾が見えた。尾先を飾る鉱石に似たそれが淡く明滅する。
はっと蒼の瞳を見開き、気付けばティシェは駆け出していた。
下草を踏む音。金の尾がゆらりと動く。
ティシェが木の根元に行き着いた時、むくりと竜が顔を上げた。眠たげに橙の瞳が瞬く。
「……グローシャ」
名を呼ばれたグローシャは、なぁに、と言わんばかりに、くわぁ、と呑気にあくびをする。その口から灯の珠がもれる。
先程から流れてきていた灯の珠は彼女のあくびだったのだろうか。
だが、ティシェは構うことなくその鼻先に触れた。
始めは手で触れるだけ。グローシャは応えるように体内を淡く明滅させる。どうした、と。
じんわりと伝わる温度にティシェは、くっ、と眉に力を入れ、今度は身を寄せた。
ぽつりと言葉を落とす。
「雨は凌げたか……? 濡れてないか?」
続く問いかけに、グローシャは、もちろん、とピルルと鳴いて答える。
顔を背に向け、鼻先で積荷を示す。積荷に濡れた様子はなかった。ふんっ、と鼻を鳴らす様は得意げだ。
隣で様子を見ていたカロンが「荷物、大丈夫だって、グローシャ」と伝えてくれる。
ティシェは蒼の瞳を瞬かせたのちに小さく苦笑した。問いたかった対象は積荷ではない。
「ああ、荷物を護ってくれたんだな。ありがとう」
だからか。グローシャを見た途端にくしゃりと顔を歪める。
ティシェにしては珍しい表情の動きに、グローシャは軽く驚き、慌てて顔を寄せた。どうしたと心配する気配をまとわせ、ピルピルルゥと声をもらす。
鼻面を推し当ててきたグローシャに、ティシェは身を預けるように触れると、か細く声をもらした。
「……まだ私は、グローシャが居ないとだめらしい」
揺れる声音は震えているようでもあって、カロンはそっとティシェに寄り添う。
「――……さみしかった」
吐露された言葉に、グローシャは橙の瞳を瞬かせた。そして、ふすぅ、と大きな息を落とす。
そのため息のような息が、しょうがないなあ、と言っているように聞こえたのは気のせいだろうか。
ピルゥと穏やかな声をもらすグローシャと、寄り添ってくれているカロン。
なんだかあやされているような、慰められているような心地になり、ティシェはグローシャから身を離した。
グローシャを見やるティシェの表情は、既に常の表情が乏しい顔に戻っていた。けれども。
「……トール達が待っている。戻ろう」
その顔が渋面に染まっているようにグローシャには見えた。
そのままくるりと踵を返すティシェに、グローシャとカロンは顔を見合わせる。互いに笑うような雰囲気を醸し出すと、ティシェに続いて歩き出すのだった。
これは旅する者らが、改めて傍在るぬくもりを想ったひとこま――旅の一頁だ。
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