第78話 罪と罰
絶叫するマルティをよそ目に、マリアは私たちの会話を記録した紙をアランに差しだした。
受け取った彼が、早速会話の記録に目を通す。
紙をめくるたびに、アランの表情から感情が読み取れなくなっていく。代わりに、掴んだ紙の両端に、深い深い皺が刻まれていく。
「ははっ……妄想癖が強いのは、あんただけじゃなかったようだな」
最後まで目を通したアランが乾いた笑い声をあげると、リズリー殿下に紙束を差しだした。
アランの言葉に、ムッと不快感を露わにした殿下だったけど、手渡されたそれを読んだ彼の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
全てを読み終え、唇を震わせながらマルティを見た。
「き、君は……本気でこんなことを考えていたのか……? 自分たちの婚約者を交換しようなどと……」
「違うっ! 違うのです、殿下っ‼ バルバーリ王国を救うための、苦渋の決断だったのですっ‼ れ、霊具の件だって、貴方さまのお役に立ちたくて……」
「霊具の件……ということは、やはりあの大量の霊具は、君が持ち込んだものだったんだな……ここに書かれている通り……」
マルティが、小さく声を上げた。
やってしまったと心の声を顔に出すと、諦めたように項垂れた。
その時、部屋に護衛騎士の一人が入ってきた。アランに近付き、耳打ちする。
彼は一つ頷くと、マルティとリズリー殿下を見下ろした。
「さきほど、その女が持っていた瓶の中身が、眠り薬だったことが分かった。同じような効果の薬が、エヴァのティーカップ内からも発見されたと」
泣いていたマルティの肩が、僅かに震える。
「これでここに書かれた会話の通り、マルティ嬢はエヴァを眠らせ、彼女が生み出した精霊をギアスで奪うため、あんたに同行したことが証明されたな。姉の身を案じ同行を願い出たなど……聞いて呆れる」
「これも全て、リズリー殿下のため、そしてバルバーリ王国を救うためだったのですっ‼」
マルティが、リズリー殿下に縋り付くように訴えた。
しかし殿下は彼女から目を背け、唇を噛んだだけで、何も答えようとしなかった。
代わりにルドルフが、マルティの言葉に返答する。
「しかし、いかなる理由があろうとも、フォレスティ王国への霊具の持ち込みは重罪じゃ、マルティ嬢」
「じゅっ、重罪……?」
「フォレスティ王国で霊具の持ち込みが判明した場合、王都引き回しと三日間の晒し刑、その後は五年間の鉱山労働が課される」
「う、うそ……」
「今回は霊具の数も多く計画的じゃったこと、さらに未遂とはいえ、アラン殿下の婚約者に薬を盛り、危害を加えようとしたんじゃ。この程度で済むと思わないで頂きたい。最悪――」
琥珀色の眼光が鋭く射すくめる。
「死罪も覚悟すべきじゃろう」
マルティの全身から力が抜けた。
王都引き回しは、犯した罪が書かれた木の札を首からぶら下げ、縛られた状態で、王都内を罪人として連れ回される見せしめだ。
罪人だと知らしめられたあとは三日間、木枷を付けられた状態で広場に晒される。
その間、水だけは与えられるけれど、それ以外で動くことは許されない。季節が季節なら、死ぬ可能性だってある。
私なら――いえ大抵の令嬢であれば、この刑を執行される前に自死を選ぶほどの恥辱刑だ。
絶望し涙も流せないマルティに、ゾッとするほどの冷淡なアランの声が付け加える。
「あと、エヴァへの様々な暴言は、フォレスティ王家への不敬罪にも当たる。覚悟しておくことだ」
「ちが、ち、違うのっ‼ あ、あれは単なる姉妹の会話であって……ね? お姉さま、そうでしょう⁉ いつもの会話でしょう?」
媚びるようなヘーゼルの瞳が、私に向けられた。ハッハッと犬のように口で息をしながら、身を乗り出している。
今更言い繕っても遅いのよ、マルティ。
あなたは私が差しだした救いの手を、たたき落としたのだから。
「姉妹の会話? 怒鳴りながら手を上げる姉妹の会話って、何かしら?」
「お、おねえ、さ……ま……」
マルティは絶望的な声を漏らした。
そんな彼女を捕らえている護衛騎士に、アランが目線で合図すると、騎士はマルティを立たせようと彼女を引っ張り上げた。
痛いと声をあげるマルティに、アランが近付く。
「さて、罪人は罪人らしく、大人しく牢獄に入って貰おうか。霊具持ち込み以外に関する罰は、後ほどフォレスティ国王の名の下に決定されるだろう。覚悟することだ」
「い、いや……嫌よっ‼ 違うのっ、違うのよっ‼ た、助けて、お姉さまっ‼ 助けてよっ‼」
「……と言っているようだがエヴァ、どうする?」
アランが私に尋ねると、叫んでいたマルティの顔が期待するようにこちらを見た。
だけど、私の答えはもう決まってる。
「どうもいたしません。私はイグニス陛下とアラン殿下のご意向に従うまでです」
「おっ、お姉さまぁぁっ‼ ま、マルティはあなたのたった一人の妹でしょう⁉ たった二人の姉妹でしょう⁉ さっきだって、そう言ってたじゃないっ! そ、その紙を……私たちの会話を、読み返してよ‼」
「……いもう、と?」
自分でもこんな声が出せるなんて驚くほど、感情を感じさせない声色だった。
救いを求めるマルティの表情が、強張る。
「ならばそこにはこうも書かれているはずよ。私はすでにクロージック家を勘当された人間であって、あなたとは赤の他人だと」
「……とのことだ。その罪人を連れて行け」
「ああああぁぁぁぁ――っ‼ 助けてっ、いやぁぁぁぁ――――っ‼」
叫び声とともに、ヘーゼルの瞳から涙が堰を切ったように流れ落ちる。今まで美しく、自信に満ちあふれていた顔が、みるみるうちに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。
演技ではない、本気の涙だ。
連れて行かれないように抵抗を見せるマルティだったけど、男の力に叶うわけがなく、ずるずると引きずられるように部屋の出口に連れて行かれる。
床に座り込み、今まで呆然と成り行きを見守っていたリズリー殿下に、マルティは最後の救いを求めた。
「た、助けて……でっ、で、殿下は助けて、くださいま、す……よね? す、全ては、殿下のためだったのですよ? ば、バルバーリ王国のためだったのですよ⁉ それなのに、こんな仕打ち……ひ、酷すぎますっ‼」
リズリー殿下は、目線だけをマルティに向けた。
「……他国で犯した罪に介入する権利など、ぼ、僕には……ない」
「婚約者である私を、守ってくださらないの⁉」
「ま、守ってはやりたいが……これだけ罪の証拠が揃っていては……」
殿下が気まずそうに目を逸らすと、マルティは俯いた。
一瞬の間の後、勢いよく顔を上げると、血走った瞳を大きく見開き叫ぶ。
「殿下が、た、助けてくださらないのなら……わ、私は死にますっ‼ それでもよろしいのですか⁉」
「な、何を言っている⁉」
突然の死ぬ発言に、リズリー殿下を含む部屋にいる人々が、ざわついた。
ただ一人、
「……なら死ねよ。今ここで」
微塵も動揺した様子を見せず、冷淡な声とともにマルティの足下に短剣を放り投げたアラン以外は――
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