第76話 精霊の報復(第三者視点)

 目の前の男から笑みが消え、ピリッとした緊張感がリズリーの肌を刺す。


「後、これは忠告だ。命が惜しければ、エヴァを無理矢理連れ去ろうとしないほうがいい」


 突然、アランが物騒なことを口にしたため、リズリーはギョッとした。

 それを見て、アランは心の中で唸る。


(この男がエヴァについて知っていることは、今のところ、精霊を生み出す力だけのようだな)


 彼女の願いを叶えるために精霊たちが動くことは決して伝えるわけにはいかないが、これだけは言っておかなければならない。


 この馬鹿が気の迷いを起こし、エヴァを無理矢理連れ去ろうと考えないように、釘を刺しておかなければ――


「エヴァは精霊たちの母だ。彼女が望まないことを強要しようものなら、精霊女王を守る精霊たちによって、報復を受けることになる」


 本当ではないが、嘘ではない。

 彼女から発された強い感情に反応した精霊たちが、結果的にエヴァを守ろうと動くのだから。


「ほ、報復? 一体どんな……」


 案の定、恐怖を滲ませながらリズリーが詳細を求める。


「ヌークルバ関所の石壁の穴を知っているか?」

「あ、ああ、ここに来る途中で見た。ほとんど修復されていたが、かなりの大穴だったと聞いたが……」

「あれを開けたのは、エヴァを救おうと動いた精霊たちだ」

「ま、まさか、あんな大穴を精霊が⁉ 彼女を救うって、一体何が……」

「バルバーリ王国の兵士に襲われたんだ。まあ、ヌークルバ関所の中立地帯で起こった事件だったから、すでにフォレスティ王国が対処済みだが」


 自国の兵士がエヴァを襲ったと聞き、リズリーの顔色が真っ青になった。

 自分がエヴァに関係を迫ったときのことを思い出したからだ。


 あの時、花瓶が突然割れた。

 偶然だと思っていたが、


(本来あの場で粉々になっていのは、僕……だったのか?)


 恐ろしい可能性に行き着き、恐怖で肌が粟立った。


 恐れ戦くリズリーを心の中で嘲笑いながら、アランは静かに警告した。


「覚えておくことだ。誰一人、精霊女王たる彼女の意思を、自由を、妨げることは出来ないのだと。そして覚悟しておくことだ。彼女の意思を、自由を妨げようとしたとき、相応の報いを受けることを」


 リズリーは何も言えなかった。

 ただ、恐怖と混乱で頭がいっぱいだった。


 彼女を無理矢理連れて帰れば、精霊に報復される。

 かといって連れて帰らなければ、自分の進退が危うくなってしまう。


 いや、それ以前に国が滅びてしまう。


(エヴァの要求をのむ? ……いや、無理だ。かくなる上は……)


「フォレスティ王国に戦争でも仕掛ける気か?」

 

 冷たすぎる声が、リズリーの鼓膜を震わせた。


 微笑むアランが、こちらを見つめている。

 しかし、瞳は一切笑っていない。それどころか、微笑み程度では隠しきれないほどの憎しみが、溢れ出ている。


 先ほどまで会話を交わしていた男と、同一人物かと疑ってしまうほど。


 目の前の男が、クスリと笑う。


「よくもまあ、の前でそのようなことを考えられるものだな。精霊を失い、精霊魔法が使えなくなったバルバーリ王国に勝ち目はないことなど、誰に目から見ても明らかだと思うが?」


 彼の発言に、何か引っかかるものを感じたリズリーだったが、祖国の弱体化を笑われたため、疑問は怒りへと塗りつぶされた。

 思わず声を荒げて反論する。


「わ、分からないだろ⁉ こちらにはギアスがある! 二十五年前と同じく、フォレスティ王国の精霊を奪うことだってできるんだ! そうなれば、こちらにも勝機はある!」

「お前たちがいくらギアスで精霊を閉じ込めても、それ以上の精霊を彼女が造り出す。フォレスティ王国の精霊を奪い、精霊魔法を封じるつもりならば、彼女が生み出した精霊全てを霊具に捕らえられる強力なギアス使いが必要だな」


 リズリーは、唇を噛みしめた。


 どれだけエヴァが精霊を生み出しているかは分からないが、バルバーリ王国の精霊魔法を今まで支えてきたのだ。

 膨大な数と言えるだろう。


 それを、ギアスで一気に捕らえられる人間などいるわけがない。


 バルバーリ王国の歴史上、ただ一人を除いて――


 笑みを形作っていたアランの唇が、真一文字に結ばれた。


 無表情なのにも関わらず、心の奥を見透かすような鋭い視線と、どこに隠し持っていたのかと思うほどの威圧感がリズリーを圧倒する。


「諦めろ。バルバーリ王国に彼女を奪う力はない。本気でこの国と戦うつもりなら……」


 アランの口角が上がる。


「あの男――ソルマン・ベルフルト・ド・バルバーリを連れてくるんだな」


 次の瞬間、部屋にノックの音とともに、


「失礼いたします、アラン殿下」


 ルドルフの低い声が響き渡った。

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