第46話 一生、無能力者のままなの?

 カレイドス先生は、アランに促されて帰られた。


「それでは、エヴァ様……失礼いたします」


 緊張と畏怖を湛えた声色で私に別れの挨拶をするカレイドス先生から、精霊魔法を教えてくださっていた時のような親しみは感じられなかった。


 ついさっきまで、先生と生徒として、楽しく授業をしていた関係なのに。一瞬にしてその関係が崩れ、他人以上の距離ができてしまったことがショックだった。


 私は……なにも変わっていないはずなのに。


 そう思いながらも、気持ちを言葉にはできないまま、カレイドス先生の姿がドアによって遮られるまで、見つめているしかできなかった。


「さて……どこから話せば良いかな?」


 アランが苦笑いしながら、テーブルを挟んで私の前にくると、ルドルフが椅子を引いて席を勧めた。それに軽く礼を言って座るアランを見届けると、ルドルフは彼の横の席に座った。


 二人の目が――青と琥珀色の瞳が、私を見据える。


 彼らの視線に耐えかね、私は俯くと、ギュッと両腕を掴んで自身を抱きしめた。


「信じられない……私が精霊女王だなんて……やっぱり、何かの間違いじゃ――」

「フォレスティ国王から賜った大精霊魔術師の称号に誓って、エヴァ嬢ちゃんが精霊女王だということは本当じゃ」


 私の言葉に被せるように否定するルドルフ。

 思わず顔を上げて見た彼の虹彩は、カレイドス先生と同じように光っていた。


 ああ、なるほど。

 

「あなたにも、カレイドス先生と同じように、精霊を視る目があるってことなのね、ルドルフ。あなたの目には、どう視えているの?」

「そうじゃな……エヴァ嬢ちゃんの背後から膨大な光の粒が、空に向かって舞い上がり、あらゆる方向に広がっている。そのように視えるな」


 じっとこちらを見つめながら話すルドルフが、嘘を言っているようには思えなかった。


 隣にいるアランの表情も、全く崩れない。私からの目線に気付いたのか、ルドルフの発言に同意するように、アランの顎が僅かに動いた気がした。


 やっぱり、私が精霊女王だという事実は冗談じゃないみたい。

 少なくとも、この二人にとっては。


 街の雰囲気になじめるようにと着ていった手作り感満載のスカートの布地を握りながら、誰もが当事者になれば思う疑問を口にする。


「か、仮に……私が精霊女王だったなら……何故、精霊魔法が使えなかったの?」 


 確かアランはさっき、精霊女王自体が無能力者だって言っていた。


 でも話によると、三百年前、フォレスティ王国の土地を蘇らせたのよね?

 精霊魔法を使っているからじゃないの?


 あくまで仮の話、として尋ねる私に、アランは一瞬だけ諦めたような力ない笑みを浮かべると、気を取り直したように表情を改めた。


 両肘をテーブルについて両手を組み、カレイドスから精霊魔法の基礎的な知識は勉強したと言っていたよね、と前置きをすると、少し前屈みになって口を開く。


「エヴァは、俺たちが精霊魔法を発動する際、願いを精霊に伝えるために呪文を唱える必要があるのは知ってるよね。呪文を唱える際、人間の内なる力である<オド>が無意識に働くんだって」

「ええ、先生から習ったわ。オドが働くから、呪文が精霊に届いて力を貸して貰えるのだと」

「だけどエヴァの場合、オドの力は全て、精霊を生み出すこと、精霊に力を与えることに費やされている。だから呪文が精霊に届かないんだ。ギアスもオドを使って発動しているから――」

「だからギアスも使えなかった、そういうことなのね?」


 アランの言葉を引き継ぎ、自分の考えを口にすると、彼はそのとおりだと深く頷いた。

 彼の反応を見た瞬間、私は勢いよく立ち上がっていた。ダンッと、私の両手がテーブルを押し叩く鈍い音が部屋に響く。


「じゃ、じゃあ、私は精霊魔法を使うことが出来ないの?」


 一生、無能力者のままなの?


 絶望に似た気持ちが、心を満たす。


 ずっと無能力者だった。

 仕方ないのだと諦めていた。


 だけど、カレイドス先生の存在を聞いたとき、諦めていた私の心に明かりが灯って、こんな私でも精霊魔法が使えるようになれるんじゃないかって、期待してしまった。


 だからこそ、失望は大きい。


 精霊魔法が使えるようになれば、やっと皆の役に立てると思ったのに。


 突然立ち上がった私に驚きながら、アランは少し困ったように肩を竦めた。


「もうエヴァは使っているんだよ。俺たちが使う精霊魔法以上の力を、無意識にね」

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