自分の黒歴史小説に転移したっぽいけどそもそもあらすじ何一つ覚えてないんだが?
黒い白クマ
自分の黒歴史小説に転移したっぽいけどそもそもあらすじ何一つ覚えてないんだが?
目が覚めたら地面とこんにちは。ちょっと首ひねって前を見たらクソでかい門の前にいた。
いや分かる、これじゃあさぁっぱり状況が説明出来てないってことは私にだってよーく分かってる。でもそうとしか言いようがない訳よ。門。それも、金持ち学園アニメか金持ち学園ドラマでしか見ないようなアホみてぇにおっきい、門。私が地面に転がってるから余計大きく見えんのかな。
のさのさと起き上がるべく体を動かす。舗装されてない地面のせいで、服がべしゃべしゃでドロドロ。つうかこれ雨上がりじゃないかな。最悪。体が重くて仕方ないから、とりあえず自分の手足を引き寄せて崩れた正座のような格好になった。これで上半身が持ち上がったから、改めて目の前の門を見上げる。
なんか、すげぇ嫌な感じ。門は錆びているし、奥に見える城もなんだか辛気臭い。天気も悪いからか、ラスボスの城にしか見えねぇ。さっきの学園ドラマ訂正、これ完全にドラキュラ住んでるやつだわ。学園じゃなくてホラーの方。ほらもう、風が周りの木をざわざわ鳴らしている時点で雰囲気も百点満点……いやほんとここ何処なの。森だよ。日本になさそうなレベルの針葉樹林だよ。ツンドラ気候?それとも高山地帯?私いつの間に山登りしたのさ、いやしていない(反語)。
さっきまで何をしていたか、とかよく覚えてないし、今までにこんな映画セットみたいな場所に来たことも無い。心当たりが無さすぎる。兎も角早く人気のある所を探しに移動しよう。こんな屋敷に入ったら完全にフラグ回収だ。ホラー映画が始まってしま、もう風うるさいよ、鴉まで鳴かなくていいから!大自然の音響さんいい仕事するね、ホントに!
立ち上がって服についた泥を払おうとしたけど、全然落ちない。こりゃダメだな。濡れているからか全然落ちないし、なんなら泥が塗り広がる。うわ、ズボンなんか特にぐっちゃぐちゃ。
……ん?何これ。目線の先に地面に何か落ちているのが入って、顔をそちらに向けた。
本だ。いや、本っつーか、ノート?うん、ノートだ。よくある大学ノート。この地面に落ちていたっていうのに、拾い上げてみても全く汚れがない。表紙には何も書いてないし、裏にも……なんも書いてないな。パラパラとめくってみても大半がはく、し、なんだけど。
そんなことより。
開いた瞬間に音が止まった。ザワザワと煩かった森がピタリと黙った。
開いた瞬間に風が止まった。頬に感じていた冷たさが消えた。
は?
慌てて周りを見渡す。ぐちゃぐちゃの地面に足を取られながら二、三歩進み、顔を上げた先に見えたのは……翼を広げて大きく口を開けたまま静止した鴉だ。
「なん、え?え⁉」
何だ、これ。もっと近くで見ようと鴉のいる木の方へ走り出した瞬間、泥濘に足を取られて盛大にすっ転びそうになる。手から開いていたノートが飛んで、地面に落ちながら閉じられていく。あっやべなんかスローに見える、これ頭から盛大に突っ込むやつだ。こういう時スローに見えるんだから回避とか出来ればいいのに手が出ないんだか、
ら?
「……は?」
「カァ!」
備えた衝撃は襲って来ず、代わりに耳に届く大きな鴉の声。風の音。そして……私はこけずに、ノートを握ってまっすぐ立っていた。あれ、私……木に向かって走ったよね?数メートル移動したはずなのに、またあの鴉から離れてしまっていた。もしかして、走り出す前の位置に戻ってるってこと?……うん、体勢も、位置も、ノートを開く直前に、戻っている。それに地面に付けたはずの足跡が消え去っていた。これじゃまるで、私が走ったこと自体が、なかったことになって、る?
「な、にこれ。」
今度は意識しながら、ゆっくりとノートを開いた。やはり音も風も止まる。え、えぇ……なん、え……これどういうことなの?閉じたら?音が戻る。閉じる、開く、閉じる、開く。まぁ、何度やっても、そうっすよね。完全に、このノートのせいで、時間が止まってるよ、これ。
オッケーなるほど!完全に理解した!してないけど!
見覚えのない場所に、時間を止める奇妙なノート。ともかく現状としては、このノートくらいしか手掛かりがない。読んでみますか。どうせノートを閉じて戻れば服の汚れも戻るだろ、と汚れるのを厭わず地面に腰を下ろした。そのまま音のない世界で、諦めてノートを最初から確認していくことにする。さてと……最初の一ページ目の題を書き込む場所に、
魔法学校 Phoenix
の文字が見えます。はい。まだ幼い字っすね。小学生あたりの。ふぅん?見覚えがありますねぇ?この字は、多分?いやまさか?目を滑らせ、本文の冒頭を見つめる。
知ってるよ。私これ何か知ってる。
っはー、いやいやいや、これだってどこにあったのよ、いや、とっくにドブに捨てたつもりでさ、え?誰?私の黒歴史ノート持ち込んできたの。
まるで油が足りてないロボットみたいに立ち上がり、よろよろと門の方へ近づく。表札、表札みたいなのない?あ、あった。これだ。校章みたいなマークと、その下に。
魔法学校 Monstrosity
ほら。この、語彙力ない校名を見て。怒んねぇーのこれ在学生。間違いない。いやまさか。悪い冗談だ。夢だ。ここは多分このノートの世界線で、このノートの物語の敵側の学校で、多分この近くにこの物語の主人公がいるPhoenix校もあって、そして、このノートは。なんて。まさか。馬鹿言うなって。慌てて最後のページを開く。ノートの裏表紙の裏側。その右下には、
河中 楓
と、ハッキリと。私がいつもノートに名前を書く場所。小学校の頃からずっとそうしてきた、名前を書く場所に、ハッキリと、汚ぇ見覚えのある癖字で、私の名前が!書いて!あるね!知ってた!
これ私が小学生の頃に書いていた黒歴史小説だよ!
どうする?ここでずっと時を止めていようとも、どうすることも出来ないし。いやつうか、これどんな話だったっけ、そもそも。十云年前に書いた小説なんか覚えちゃいねぇよ。とにかくここにいちゃダメだった気がする。主人公の敵校って確か碌でもないつーか、なんか闇魔術的な、あのよくある主人公たちの敵対組織感溢れる学校だったような気がするもの。Phoenix校に逃げるか?でもこの森を適当に歩いていくのか?地図ないのに?マ?
手元にはこのノートしかない。持ち物なし。背後には激暗ツンドラ針葉樹林。眼前には黒魔術ラスボス城。うーん、全方位詰み!
あでもその点とりあえず、このノートを開いている間は時間が止まるんだよね?よし、とりあえずこのノートから読み取れるだけ情報を読み取ることから始めよう。けして現実逃避なんかじゃない、計画的行動だ。いいね?私はその場で門の横に座り込み、ノートを捲って一ページ目から読み始めた。黒歴史と向き合うとかそれなんて拷問?って感じだけど、背に腹は代えられない。
ノートには数ページにわたってPhoenix校の生徒三人、つまりこの物語の主役級三人が授業を受け、授業を終えて廊下を移動し、その途中にMonstrosity校の敵キャラ三人とエンカウントして、という様が綴られている。……うーん、見るに堪えない文章力!
さておき、ノートは何ページか書き込まれた後しばらく途切れて、白紙のページが続く。いや、なんかプロット立ってた気がしたし友達にこの後こうするんだ!って話はした気がするのにな。こんな少ししか書いてなかったんだ。
ペラペラと白紙のページを捲っていくと、かなり最後の方にまた文字が現れた。なになに、ドラゴンが出てきとる。突然のドラゴン。ラスボスか?最後のオチだけ決めてたタイプか?プロットガバガバですね旦那。……あ?ていうか六人手ぇ組んでるよ。敵対してたんじゃなかったんか。まぁ、アレね、よくあるやつね。より強い敵が現れると手を組むんだよね。分かりみが深い。五万回見た。
まだ後ろには数ページ残っているけど、ラスボスシーンも途中で止まってるな。しかも、途中から字が変わっている。
あれ、ここ印刷……だよな。書き込まれた最後のページは、拙い字で数文書かれたあと、真ん中あたりに数文今の私の字が入る。そう、今の私の字。書いた覚えないけど。そしてその後、何故か印刷したような綺麗な明朝体でまた数文続いているのだ。えーっと……
***
「ちょっと、どこ行くの!?」
突然ドラゴンと反対の方向へ走り出したヒースにサイネが声を上げる。
「対抗できるものがないんだ、あれを止められるものを召喚する!」
叫びながらヒースは走り去ってしまった。
***
ここが最近の私の字にそっくりな部分だ。待って?サイネとかヒースとか誰だっけ。サイネは確かこれの主人公で……まいいや、後でもっかい最初のページ見よ。
そんでこの後しばらく続く残った五人の会話が印刷明朝字。思いきしドラゴンに火を吐かれて、セカモアがそれを被ったところで終わっている。絶体絶命だな。……でセカモアは誰だっけ。
「ほんとにろくすっぽ覚えてないなぁ……『炎がセカモアを包み、』……ここで止める、普通。」
誰が聞いている訳でもないけど、指でなぞりながら最後の文字を読み上げる。はー、埒が明かないな、記憶がクソほどない。我ながら切なくなるほどの鳥頭。いいや最後手ぇ組むってんならMonstrosity校に拾ってもらおう。野営なんて無理だし。そう思って一度ノートを閉じた瞬間、
一瞬、ほんの一瞬だけ視界がぐにゃりと歪んだ。
……何、今の。何事もなかったように、また風の音が耳に届く。私は座っていた状態からやっぱりノートを開く直前の体勢に戻っていて、場所も門から離れて最初の場所に移動していた。でも確かに、それだけじゃなくて、さっきと違って……なんか今景色が波打ったんだけど。またこのノート?
恐る恐るもう一度ノートを開いて、最初から何か変わったところはないか点検していく。うーん時止めまくりだな私。にしてもこの無音は何度やっても、気持ちが悪い。
一見何も変わっていないように見えたんだけど、最後の明朝体のところが少しだけ増えていた。火で倒れたセカモアに、ウィズが駆け寄るシーンが追加されている。うーんセカモア、ウィズ、駄目だ名前が覚えられそうにない。これ、カタカナにしときゃカッコイイとか思ってたんでしょ当時の私。カタカナって覚えづらいんだよ、だから世界史落単ギリギリやったんやろがい私ぃ!
というか、そっかー……このノート勝手に文字が増えるタイプかァ……。なんかそういう怖い話映画にあった気がする。もういいや、難しいことは衣食住を確保してから考えようそうしよう。だって文字が増えようが増えまいが、私止め方知らないし。
改めてノートを閉じて、ラスボス城……じゃなかったMonstrosity校に向き合う。うん、普通に怖い。だれもドラキュラの住処になんか行きたくない。ルイー〇マンションに見えてくる。向かい風も良い演出してくるし、ほんと……いやほん……これ学校なの……?デザインミスってるでしょかつての私……
「そこで先程から何をしているんです。」
「ンギャア!?」
耳元で声がして、咄嗟にめちゃくちゃ酷い声をあげてしまった。なんなら十センチ跳ねた。振り返ったそこにいたのは、
「ロッt……」
「はい?」
eンマ、じゃなくて、いやマジで絵に書いたような古き良き教育係みたいなおばさま。あぶねぇ思わず代表格を口に出すところだったわ。あ、でも人の良さそうな笑顔だ。
「え、と何を、と言いますと。」
挙動不審のお手本みたいにジリジリとおばさまから距離を取っていく。ここでノートを開いて時を止めたところで、ノートを閉じたらここに戻って来ちゃうことはさっき学習したんだ。適当に誤魔化して、あわよくばこのドラキュラ城に入れてもらわないといけない。
「人が倒れていると彼から聞いたのです。それから、その倒れていた人が立ち上がったかと思えばぽかんと我が校の門を眺めている、とね。」
おばさまの指さす先を見れば、先程から煩く鳴いていた鴉がじっとこちらを見ている。ほぁーあの鴉、おばさまの使い魔的な?ありがとうございますこういうの大好きですー!
それにしても本当にノートを見ている間は時が止まっていたなら、鴉は私が立ち上がって、泥をはたいて、ノートを拾い上げて、そんでついさっき門と睨めっこしていた、っていう所しか見ていないことになる。私がノートを開いたり閉じたり、そこらを走り回ったりしている所は認知されてないって事ね。なるほど助かる。不審者感が軽減されてる。
「で、どうしたんです?我が校に何か用が?」
「えー……と。」
もごもごと口ごもって目が泳ぐのが止められない。何?私どこポジでこの世界に来たの?これ下手な事言って大丈夫?答えに窮する私を見て、おばさまの眉間にシワが撚った。ひぇ、迫力がめちゃくちゃ増すね。
「まさか、貴方Phoenix校の生徒じゃあないでしょうね?」
「違います!転校生、転校生の河中楓です!」
Phoenix校の生徒はまずい、スパイかなんかと思われる。お互いの生徒が敷地はいるだけでフルボッコにされる的な感じだった覚えがある。実際さっき読んだ冒頭で主人公たち六人ボコりあってたし。……ん?慌てて口走ったけど、いや、これ結構まずいことを言ったのでは?転校生なんていなかったし、本名を思いきし名乗ってしまったし、おぉん?早速やらかし、あれ?おばさまの顔が最初の笑顔に戻った。
「あぁ、聞いていますよ!カエデさん!」
……はい?
「長旅お疲れ様です。」
いけた。いけちゃったよ。……え、これ、もしかして、私の作者権限的なもの発動出来る感じ?それとも、私は転校生ポジでここに連れてこられているの?ははぁんなるほど、乙女ゲームかな?トラック転生ってやつ?
「一人で来たんですか?お荷物は?」
「あー、実は道中馬車が横転したので荷物と私は御者さんが連れていたグリフォンに乗ってきたんです。でも初めて乗ったから降りるのに失敗して半ば落ちるみたいになっちゃって。荷物その辺にありませんかね?」
大博打。あることないこと、いや違うな、ないことないこと持ち前のよく回る口で並べ立てる。作者権限が働くなら、ワンチャン。いや、ドラゴンいるならグリフォンいるでしょ。いるよね?
「あら、引越し屋のグリフォンがお客様を落としていって何もせずに飛んでいってしまうなんて。クレームを入れておいたほうがいいですよ。」
「はは、安いところだったので。」
ごめん、顔も知らない馬車の、恐らく私にグリフォン貸してくれたことに今この瞬間になった御者さんよ。でもマジで?これほんとに馬車横転してたりする?
「じゃあ明日あたりに馬車はつくかしら。荷物、全部持てた訳じゃないでしょう?」
「アッハイ。来る……来るんじゃないですかね。」
多分。きっと。おそらく。来るんじゃないかなぁー?と心の中でつけ加えておく。おばさまはきょろきょろと辺りを見渡した後、道の脇に転がっていたトランクを拾い上げ……転がっていたトランク?さっき私が鴉を見るべく走ったあたりだけど、私はトランクなんか見なかったぞ?
「これが貴方の?」
「っはい、はいそうっすね。」
「壊れては……なさそうね。良かったわ。」
おばさまからトランクを受け取り、とりあえず外装をくまなく確認する。名札、「KAEDE」発見。ありがとうございます私めのトランクでございます、初見だけど。
「どこかぶつけたりはしていない?痛いところは?」
「大丈夫です、そんなに高さなかったですし。」
というか落ちてないですし。と思った瞬間、体の何ヶ所かが軽く痛み始めた。嘘だろ、落ちた設定がこうやって反映されていくのか!?
「でも服が汚れてしまっているわ。いらっしゃい、部屋に案内しますから。すぐにシャワーを浴びた方がいいわね。」
「ありがとうございます。」
私のかつて通っていた高校もそうだったけど、大きい門ってパカッと両開く以外に普通の扉サイズの開ける場所がついてるよね。おばさまがそこを開けてくれたので、トランクをもってえっちらおっちらついていく。おばさま歩くの早いね、キャラ像の期待を裏切らないわ。
「そうだわ、名乗っていなかったわね。私はMonstrosity校の学生寮寮母のユーストマ。これから暫く宜しくね。」
あぁ、寮母さんだったのか。なるほど教育係みたいな雰囲気で、それでいて素敵な笑顔だったわけだ。
「はい、お世話になります。」
それにしても、ユーストマさんの足が向かっている先の……ラスボス城の隣の洋館。恐らくこれが寮、なんだけど。これは……なんていうか……九百九十九人の霊が住んでいる某ホーンテッ〇マンションってやつに見えるんだよね。私ここで寝泊まりするんか。そっか。そっかそっか……。野宿よりはいいよね。うん。屋根がある。おっけー。
「ここが我が校の寮です。貴方は、ええと学年」
慌ててノートを開いた。ユーストマさんが石像のようにピタリと止まる。とりあえず先手を打たねばならない、ええと何処だ、主人公たちの学年、学年……あった!最高学年!三年!三年が最高ってここ中学なんかな。高校なんかな。どっちにしろ成人女性にはきついものがあるけど高校の方が嬉しいな……。パタム、とノートを閉じる。
「はいくつ、」
「三年生です!」
タイミングを誤って食い気味で叫んでしまった。案の定ちょっと驚いた顔をしたユーストマさんだけど、すぐににっこり笑ってくれる。
「そうだったわ。三年生で転校してくる子は珍しいのよ。よく編入試験を受ける気になったわね。」
「いやぁ、一年で正規で入れなかったんですよ。親元を離れる必要が出来たので、どうせならと思い切って編入試験を受けたんです。」
知らんけど。編入試験ってなに。口ばっか達者なこともあって、ペラペラと返せてるけど……これ書いてあることと矛盾してたらどうなるんだろ。
「じゃあ念願叶って、なのね。」
「はい。一年もないですけどね。」
「いいじゃない、精一杯頑張るのよ。さて、と。三年の部屋は三階だから、荷物重いでしょうけれどちょっと頑張ってね。」
なんかいい感じに今が何月か聞き出せるかなぁと思ったけど無理だった。無念。ユーストマさんと部屋の前で別れて、受け取った鍵を使って部屋に入る。とりあえず荷物を開けて中身をチェック。ふむ、ここの制服らしいシャツとズボン、あとローブがあるな。あとこれは寝巻きか?他の服は多分横転から復活した馬車が明日届けてくれる。はず。これは財布だな。見たことないお金入ってる。あとは……おぉ、杖も入ってる!すごい!魔法学校流石じゃないか、え、これ魔法使えんのかな?……いやなんか怖いから振り回さないようにしよ。
一人部屋だって聞いたし……うん、シャワー浴びて制服に着替えっか。曰く今はみんな授業中で、私は明日から参加すればいいってことらしい。そろそろ昼休みだから、気が向いたらお昼を食堂でとって、午後の授業を覗いてくれば?ってユーストマさんが言ってたから、お言葉に甘えて例の三人を探してみよう。
無事シャワーを浴び制服に着替える。それにしても私が最初から来てた服、めっちゃ現代のそれだけど浮きまくってない?平気?うん今後は着ないでおこう。着替えも終わり、部屋のカギと財布をポケットに突っ込んで、杖とノートを抱えて外に出る。杖は一応ね、なんか、使えるかもしれないしね。決してワクワクしてるから、とかではなくてね。
ラスボス城に侵入すると、授業中と言ってただけあって、しんとしてる中に先生であろう声があちこちの部屋から聞こえてきた。……懐かしい感じがする。大学は常に講義のない生徒が話す声で溢れているから、この雰囲気は高校以来だな。
当てもなく歩いているうちにチャイムが響いて、あちこちから生徒が出てきた。どうしたもんかなぁ、顔の特徴とかも全然覚えてないし……んあ?
ぐい、と首元を何かに引っ張られた。慌てて首に手をやったけど、特に何も無い。振り返った先には、同じようにこちらを驚いた顔で見返してくる男の子がいた。そしてその男の子の手に、半透明っぽい、犬のリードみたいなのが見える。リードはこっちに向かって伸びて、伸びて、えーっと……私の首に、繋がってるみたいだ。触っても何も無いし、私の目から自分の首は位置的に見えないから確信はないんだけど。
「ヒース?どうしたの?」
男の子の隣にいた生徒が彼の肩を叩く。ヒース!さっき読んだ名前に目を開く。なんか召喚しに行ってた、あのヒース君!探していた子が見つかったことに喜びかけたけど、いやそれでもな。そんなことよりな。
なんで犬のリードなんだよ、なぁ?
少年、恐らくヒース君。彼も手元のリードに心当たりは皆目無いらしい。自分の手元と私の首元を交互に見て、口を開けたり閉じたりしてる。池の鯉か君は。いやまぁ分かるよ、見覚えのねぇ奴の手網持ってるとか意味分からな過ぎるもん。池の鯉にもなるよね。でも口は閉じなさい。
というか、これ私とヒース君にしか見えてないのか?誰も反応しないし、なんなら普通にリードぶち抜きで私たちの間を通り抜ける人もいる。
「ねぇってば?」
隣の少年がヒース君のローブをグイグイ引っ張る。多分彼も敵役組のうちの一人で、ちょっと先で立ち止まって不思議そうにこっちを見ている黒髪ロングの美丈夫がもう一人のメンバーだろうな。こう……キャラ立ちしてる空気感を持ってる。分かる?オーラ的なアレ。だいたいヒース君髪ピンクだし、隣の少年髪緑だし。周りの生徒は金髪と茶髪がほとんどだから、黒髪の子も目立つ。あ、私?焦げ茶やで。ちょっと目立つかも。まぁどうでもいっか。
さてお互い石化してても話にならないから、とりあえずヒース君たちの方に近づく。ありゃ、少し動いたらリードはフワッと消えてしまった。
「えーっと、ちょっといいですか?彼に話したいことがあるんですけど。」
なるたけ控えめーに、ヒース君と隣の少年両方にお伺いをたててみる。ヒェ、少年めちゃくちゃ睨んでくるぅ……
「なに、ヒースに用って。追っかけ?にしては見ない顔だね。」
「ウィズ、やめろ。彼女は、その、知り合いだ。知り合い。少し話すだけだから。」
ウィズと呼ばれた、番犬宜しくこっちにガルガルと威嚇してくる少年が顔を寄せてきたけど、ヒース君が肩を引いて止めてくれる。ありがと、美形に寄られると迫力あるんだよね。とはいえもちろん、彼とは初対面のはず。で多分向こうも私のこと知ってる訳じゃなくて、さっきのリードのことを話したいんだろう。気持ち顔が青ざめてるし、目が泳いでいる。嘘下手くそか。
「小鳥ちゃんたちにちょっかい掛けに行かないの?」
「おいその話は人がいる所でするな……今日はプルメリアと二人で行ってろ。」
「はーい。今日のヒース変なのー。」
小鳥ちゃん……ってもしかしなくてもきっとPhoenix校の事だろうな。もし私がノートの冒頭に転移したなら、授業の後は三人と三人のエンカウントのはずだし。不死鳥を小鳥ちゃん呼ばわりたァさすがヴィランサイド、煽りスキルが高い。
それにしても外すごい風だったけどわざわざちょっかい掛けに行くんだろうか。かまちょか?ちらっと外を見たけど、風の音こそ窓で遮断されてあまり聞こえないものの、窓は控えめにガタガタ言ってるし、木はグォングォン揺れてる。うん、森でも風の音すごかったもんね。
「プルメリア、行こ。」
ウィズって呼ばれた少年は、先程から少し離れてこちらを見ていた美丈夫、多分名前はプルメリア、の方へ近づき、二人で向こうに歩いて行ってしまった。二人の視線がこちらから離れた瞬間、ヒース君に右腕を思いきし引かれ、痛、痛い痛いちょっと、
「ちょっと止ま、痛いんだけど!」
声をかけてもヒース君は止まらない。ずんずん二人と、というか人の流れと反対の方に歩いていく。周りの人はだんだん少なくなり、廊下の突き当たりにつく頃には周囲に他の生徒はいなかった。途中廊下ですれ違った生徒たちの話からするに、今のチャイムで昼休みに入ったらしいから、みんな食堂にでも向かったんだろう。きっと食堂は向こうなんだね。
私の腕を掴んだまま突き当たりのドアを開けて、ヒース君はずんずん部屋に入っていく。用具室みたいな所だ。いくつかの椅子や机、それから清掃道具と、棚には理科の実験用具っぽいやつ。ごった煮の、いかにも物置って印象。開いた窓が一つだけあって、風の音が煩い。あとちょっと寒い。ヒース君に引き摺られるように私が部屋に踏み入れたところで、やっと彼は手を離してくれた。
「痛いよ、何ほんともう……」
「すまない。ちょっとその、驚いて。」
答えながらもテキパキバリケードみたく椅子と机と箒でドアを塞いでいく。おいおいおい、そんなに人を入れたくないんか。てか手慣れすぎてないかい?
「でもこんな話するなら、人のいない所の方がいいだろ。……心当たりは?」
「さっきのリードの?全然ないけど。」
いやまぁ全然って言うと嘘だよね、多分このノートとか私が作者だとかその辺の話になるんじゃないかなぁーと思わないでもないけどさ。でも説明する気もないし。
「リード、ってお前。」
「そもそもあれ何?知ってる?」
「知ってるも何も、使い魔と主人の間に出る反応だろ。ここの生徒の服装だが、お前人間じゃないのか?いつ俺の使い魔になったんだよ。」
……使い魔、とは?
「私普通に人間だし。何、使い魔って。」
「知らないのかよ、お前何年だ?」
「三年だけど、転校してきたから。授業は明日から。」
さっき決めたんすけどね。心の中でぺろっと舌を出す。ヒース君は、所謂序盤敵キャラで戦ったあと仲間になるツンデレキャラムーブ全開で、鼻で笑ってきた。いいぞ、それっぽいぞ。
「使い魔も知らずにここに来たのかよ。」
だってぇ……使い魔って……そんなん書いてあったっけなぁ。どうせヒース君も止まるんだし、ノート読み返すか。よいしょっと……えー使い魔使い魔……
「おい。」
なにもう、今探してんだからほっといてよ。
「おい!」
だから今、おん?え?ヒース君普通に話してる?窓から風の音はしない。時はちゃんと止まってる。でも、あれれ?
ぎぎぎ、と音がするかってくらいゆっくり顔をあげると、驚いたような顔でこっちを見つめるヒース君と目が合った。嘘だろ、冗談きついぞ。チート機能しっかりしてくれよ!
「今日周りが止まったのは、全部お前がやったのか……?」
ヒースが恐ろしいものを見る目でこちらを見てくる!カエデはどうする?
▽にげる
たたかう
せっとくする
心のディスプレイに出た選択肢を思いきし連打する。まぁしたところでもちろん、ね。さっとドアに目を走らせる。うむ、さっきヒース君が組んだバリケード、あれ突破するのにどんくらいかかるんかな。というかさ、突破してもノートを閉じたら私も、多分ヒース君もここ戻ってくるんだろうなぁ……ってことは。
に げ ら れ な い !
「えーっと、ヒース君は、その……さっきも止まってるところ、見たの?」
仕方ないのでコマンドを「せっとくする」に揃えて言葉を選ぶ。美形怖いねん……美形が眉寄せるとそれだけで迫力凄まじいねん……
「見たもなにも!今日は授業中何度か周りの奴らが固まったんだ。今みたいに外の風も止まってな。皆止まっていたから……俺しか気がついてなかったみたいだが。」
あー、私が森の中でパカパカしてた時かな。
「途中動いたり止まったりが繰り返された時はさすがに気でも狂ったのかと思った。」
パカパカしてた時だね!ごめ!謝罪!
「で、お前がやったのかよ。」
「いや、私がって言うか。このノート開くと止まるんだよ。私もよく分からないんだけどね。」
実際にまた開けたり閉じたりしてみせる。ヒース君は途中で閉じているときに窓に視線を合わせて、そのあとはしばらく窓の景色とにらめっこしていた。
「ね?」
開けたまま一度止まって彼の顔を伺う。わぉ、でかいため息。
「なるほどな。そのノートはどうしたんだ。」
「ここに来た時には持ってた。」
「ここに来た時?」
「あー……なんていうか……」
しまった、ろくな説明が出来ない。ここで異世界から来ましたーって結構やばい奴だし……なんて言えばいいんだ?
言葉に詰まってたらヒース君がムッとした顔をして、懐から杖を取りだした。……杖?待って待って何する気ですか旦那。なにやら指揮棒のごとく空中に杖を細かく振って、何、文字書いてんの?なんか青い光でどんどん書き込まれてるし、ねぇ魔法はちょっとかんべ、
「『正直に言え。』それ、どこで手に入れた?」
書き上げられた青い文字がこっちに飛んできた。当たっても痛くないけど、さっき爆散したと思ったリードが一瞬だけ見えた気が。あ?何今の。
「だから、ここに来た時には持ってたって言ったでしょ。気がついたら学校の前に倒れてて、このノートは足元に落ちてたの。その前のことは覚えてないよ。」
「学校の前に倒れていた?転校生なんじゃないのか。」
「違うよ、私多分ここの世界の人じゃないし。……あ?」
なーんでこんなにペラペラ喋ってるんでしたっけ。いやまぁ、ある意味お約束的な、自明の理といいますか。ハイ。
杖じゃろ?リードじゃろ?使い魔じゃろ?
「何、もしかして私ヒース君に隠し事出来ない仕様?」
「あぁ、らしいな。覚えちゃいないが、どうやら本当に俺の使い魔らしい。使い魔用の魔法が効く。」
憎たらしい顔で、再び鼻で笑うヒース君。クソ野郎、一発顔面にかましてやりたい……私腕力ないから殴ってもダメージなさそうだけど。
「うわぁ、人権侵害……」
「俺が好きでやってるわけじゃない。」
「いや今魔法かけたのはあんたの所業だろうが。」
「『三回回ってワン。』」
「あっくそ鬼畜外道!……ワン!」
野郎、さっきと同じ文字を手早く書いてこっちに飛ばしてきた。マジで勝手に体がクルクル回り始めたので全てを諦める。なにこれぇ、勘弁してくれほんと。
「すまない、つい。」
「笑いながら謝んなよ。」
くそったれ……でも、なんか最初の印象よりもフランクな奴だ。もっと話しにくいキャラを想定してたんだけど。いや、話の展開覚えてないから会った印象だけだけどね。
「で?」
「ん?」
美形は笑顔も迫力あるなー。なんてぼんやりと思ってたんですが。
「この世界の人間じゃないって言うのはどういう事だ?」
「アッ……」
思わず目逸らし。うぅ、視線がいてぇ……身バレが早いよ……なんとか誤魔化す方法とか、
「『教えろ。』」
ないよねぇー!杖禁止!せこいぞお前!
「私が書いた小説の中なんですよここ!」
「は?」
「このノート、私が自分で書いたの!ずっと前に!」
思ったことがそのままダダ漏れる仕様なのかな?やけ交じりのクソデカボイスが勝手に飛び出していくけど、これふつーに何言ってるか分かんねぇな。
「えー……と?」
「だよね分かんないよね。」
どうせ嘘もつけないし、懇切丁寧にノートを見せながら起こったことをヒース君に伝える。もうね、彼を味方につけるしかないよ。ホントに。
「一通りは理解したが……納得いかないな。」
「だよね、」
「Phoenixの連中と手を組む未来があるなんて。」
「あっそこ?」
本人は至って真剣に悩んでるけど、いや受け入れたくないポイントはそこかーい。しょうがないからもう一度最後のページを読んで貰おうかな、と捲ろうと……おや?
「だいたいその話に出てくる主役のPhoenixの連中ってランタナたちのことだろ、あんないけ好かない……」
「変わってるんだけど。」
「は?何が?」
グダグダ文句を続けていたヒース君の前に、開いたノートを突きつける。ここ、ここだよ。文字が数か所印刷みたいになっている所がある。いや君は変わる前のページ見てないから分かんないかもしれないけどさ。
「この後、さっきまではヒース君たち三人とPhoenix校の三人が会うシーンが書いてあったの。今見たら、ヒース君いなくなってる。」
***
プルメリアが壁に向かって打った魔法を、青い閃光が弾いた。
「いつも校長室を壊しに来るけど、ほんと暇だね君たちは。」
目線をやれば、呆れ顔でランタナが杖を構えている。
「暇なんじゃなくて、これがお仕事なんだよなぁー。」
ウィズがわざとらしくため息をつく横で、構うことなくプルメリアが再び魔法を放つ。慌ててランタナは再び杖を振った。
「ランタナ、早いよ君ホント。あ、何?もうおっぱじめてるわけ?」
校舎の影からおさげ頭が顔を出す。慌てて後を追ってきたので、いつも閉めているセカモアの白衣の前がパタパタと風に揺れていた。
「ありゃ、今日リーダーはいないの?」
彼女がわざとらしく首を傾げれば、ウィズがそれに応えてベッと舌を出す。
「小鳥ちゃんたちには二人でじゅーぶんってこと。そっちだって首席は欠席じゃない。舐めたもんだね。」』
***
「ここ、いないの主役の女の子だけだったんだけど。あとから女の子も来て、ちゃんと六人揃う流れだったのに……」
「は?三人がメインだとは言っていたが、主役はサイネなのか?」
「あ、やっぱりこの子がサイネちゃん?……ってそこじゃなくて!内容が変わったの!」
ヒース君はノートを受け取って前のページと内容が変わったページを見比べた。主役を聞いて不満げに寄っていた眉のシワがふと消え、代わりに目が少し見開かれる。
「なぁ、字が違うぞ。この手書きじゃないところが変わったところなんじゃないか?」
ヒース君に言われてもう一度よくノートを見ると、確かに残っている手書きの文字は三人そろっていようといなかろうと使えそうなセリフだった。ヒース君がいないことに言及しているところは印刷文字……さっき増えた後ろと同じだ。
「俺がここに来たから変わったんだろうか。」
「うん、私がいなかったらヒース君はPhoenix校の方にいたはずだもんね。」
「なるほどな。」
またひとつノートについて分かったけど、ぶっちゃけ私自身にとってはあんまりプラスにならない。あ、でも書いてあることと矛盾したこと言っても、ノートの方が合わせて変わってくれるってことなんかな。それは便利だな。
「それにしても、お前はどうすんだよ。」
「うーん、帰り方分かんないから、とりあえずここで生活するつもりだけど。」
「転校生として?」
「そそ。」
「使い魔なのに?」
せやった。すっかりその話忘れてたわ。
「なんか困るの?」
「あー、あんまり離れるとまた引っ張られる感じがするかもしれないぐらいだと思うけどな。それにしても、お前普通に……」
ヒース君は言葉を切って私の方を見た。え、何。
「お前、って言うのは無礼だったな。名前は?」
……うん、やっぱなんか印象と違う。もっとヴィランじゃなかったっけ。あいや、最後に味方になるんだったか。
「楓。」
「分かった。カエデは普通に人間なんだよな?」
「うん。」
「じゃあ普通使い魔なんかになりようがないんだよな……」
うーん。まぁノートにない魔法については、ヒース君が知らないことを私が知ってるわけないんだよなぁ。確かヒース君たち三人も、向こうの三人も、両方三年生の成績上位者じゃなかったっけ。確かノートにそんなことが書いてあった。……ん?待てよ。
「ねぇ、何処まで修正きくのかな?」
「は?」
「あ、いや待ってちょっと試してみるから。」
立ち上がってバリケードの傍に箒を一本動かして、一度本を閉じる。と、私はノートを開けた場所に戻り、ヒース君の立ち位置も少し変わった。窓から風の音が聞こえて、部屋の寒さが再び肌につく。見れば動かした箒は動かす前の位置に戻っている。うん、止めているあいだ干渉できるのは今のところ私とヒース君の意識だけだな。それ以外は戻っちゃう、と。そのままヒース君と目を合わせて、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「ヒース君は二年生の時にここに転校してきたんだよね。」
「いや、一年の時からいるぞ。」
「今日の食堂のメニューはカレーライス。」
「あぁ、確かそうだ。」
「入学試験は筆記試験だけなんでしょ。」
「いや、魔力も測った。」
「……編入試験は魔力測定だけ。」
「らしいな。」
とりあえずノートを開いて再び時間を止める。ヒース君が不思議そうにこちらを見てる目線は感じるけど、ちょっと待って。軽く手を上げて今のやり取りを反芻する。うーん。
「多分、だけど。君たち主役たちが経験したことは過去に戻りでもしない限りこれ通りで……テコでも変わんないだろうね。でも主役たちじゃなければワンチャン……?」
「どういう事だ?」
「いや、だって今誰か食堂にいるはずだし、食堂の人はもう前から調理してるはずでしょ。なのに今私が適当にいったメニューが反映されたし。」
「適当に言ったのか?」
「少なくとも過去の私が魔法学校のメニューにカレーライスをチョイスするとは思えん。」
分かんないかな、カレーライスはあんまり魔法学校に似合わないんだよ。感覚だよ少年。
ふむ……これ時間遡れたりしたらもうちょい色々出来そうだけど。とりあえず活字に変わった先のまだ手書きのところと、この先の白紙ゾーンは好きにしていいんだろう。あと多分オチの行動もこれに沿わなくても勝手に変わるはず。
「とりあえず君たちが経験してなきゃ平気なんじゃない?みんながやった入学試験はダメでも、過去に私が経験したことになってる編入試験は私が言った通りになったし。」
「ちなみにお前魔力なんだったんだ?」
「え、知らないよ測ってないもん。というか……覚えてないというか?」
「それもそうか。……待てよ、じゃあそれも思い通りになるんじゃないか?」
ヒース君と顔を見合わせる。確かに私まだ魔法一回も使ってないしな。抱えていた杖を見て、もっかいヒース君の方を見る。ノートを開く。時が動き出す。
「ヒース君、ここの世界の魔法の最高レベルってどんくらい?」
「……魔力量のランクはDからAまで。 A以上で測定不可が出ると総じてS。カエデ、お前の魔力量は?」
「……Sでした。」
知らんけど。でも彼の質問意図は分かったから、素直に最高ランクを答える。ヒース君はちょっと考え込みノートを閉じるよう言った後、窓の近くによって外に向かって杖を構えた。
「今から俺がすること、後で真似してくれ。いいか、紋を書かずに杖を振れば単純に魔力が飛ぶんだ。まぁ魔法を弾くことも出来るし攻撃にもなったりするんだがそれは今はいい。力加減なんて考えなくていいから、思い切り杖に力を込めるつもりで、あの木あたりを狙って……」
ブン、と振られた杖からは何も出てこない。ありゃ?ヒース君も不思議そうに自分の杖を見る。
「もしかして時間止めてるから?」
「だがさっきはカエデに魔法をかけられたぞ。」
「うーん、私も動いてるからじゃない?とりあえず閉じてみるからもっかいやって。」
ノートを閉じればまた音が溢れる。立ち位置が戻ってしまったので、ヒース君が改めて窓枠に近づく。もう一度彼が杖を振ると、青い閃光が窓から木に向かって飛び出し、そして見えなくなった。
「俺はAだが、Aあってもこの距離だとあの木にはギリギリ当たらない。カエデのランクは?」
「えすです……」
「なら当たるかもな。ほら。」
無茶振りがひでぇ。大体さぁ、丸投げだけどさぁ、何その杖に力を込めるって……チベットスナギツネみたいな顔になっちゃうんだが。まぁ私はSランクなので(やけくそ)あの木を丸焦げにすることくらい出来ちゃいますよイエーイ。
厨二心を総動員して杖を構え、力を……込め……物理的に強く握るくらいしか出来ね……ホラこう流れ込む感じでしょ多分……
お?
適当にイメージでやろうとしたら、なんか、すごく変な感じがした。なんか体の中を手に向かって水が流れていくみたいな、まぁそんな経験はないんだけども、例えるならそんな感覚が。ええいままよ。おりゃっ。
流れが止まった瞬間思い切り杖を振れば、少し反動でよろける。杖から飛んだ光がヒース君のやつとおんなじコースを飛んでいき、そして木の左側あたりを掠めて見えなくなった……掠めて?二人で窓に駆け寄る。先程まで至って普通の木だったはずの、左側の枝葉の、真ん中辺りが円型に抉られたそれを見つめて、二人で顔を見合わせて、もう一回木を見つめる。
えー……と。
え?
「当たった、な。」
「うん、なんか抉れてんね。」
二人で顔を見合わせて、そっと窓を閉めた。そのまま部屋の中に戻る。何か見ました?いえいえ何も?みたいな顔をして、それぞれその辺にあった椅子に座り……ヒース君は頭を抱え、私はそっとノートを開いた。
「聞いてないぞ、あんなになるなんて。」
「それ私のセリフ。」
「いやSにも幅があるんだ。俺の見た事があるSじゃなかった。木にあたるどころか通過しちゃったじゃないか。」
さすが測定不能。今更っちゃ今更だけども、もしかするとギリギリS、とか言った方が良かったんかな。いやー、あれ後で管理者的な人とかに怒られんのかな。ばれないよな。バレないバレない。
「カエデ。」
「ん?」
「気をつけろよ、上手く使いこなさないとお前が怪我するぞ。」
声に顔を上げると、ヒース君が真剣にこっちを見てた。さっきリード見た時の比じゃないくらい顔が青い。
「さっき俺が紋を描いている所は見ただろ?正しく紋を覚えないと魔力がその場で爆発したりするんだ……つまり、さっきの青い光みたいなものが手元で、塊で弾けるんだよ。」
「え、じゃあ魔力あり過ぎても危ないの?」
「加減を覚えれば大丈夫だ。だからまぁ、授業に出るようになって加減を覚えられるまでは、講師たちの指示以外に魔法は使わない方がいい。」
「そっか。分かった。」
出来心でSなんかになるんじゃなかったなぁ。そっと杖をローブの大きな内ポケットに入れて、またノートをペラペラ捲る。
「予想以上だったが……でも、やっぱりカエデ自身のことはかなり思い通りになりそうだってことは分かったな。」
ヒース君の言葉に頷いた。私の魔力は確かにノートに書かれてないし、魔法を使っているところを誰かに見られたわけでもなかった。うーんこのノート……さっきの変えられたことと変えられなかったことを考えると、微妙に納得出来るような出来ないような。いまいち法則がつかめない。
「ヒース君たちの過去なんてノートには言及されてないしなぁー。なんで変えられないんだろ。」
「人の過去を弄らないでくれよ。」
「それもそうね。」
私が書いたとはいえ今ここでヒース君たちは好きに動いて生きてるわけだし。彼らの過去を変えられないのは当たり前っちゃ当たり前……でもその過去はどっから来てるんだろ。昔の私?の頭の中?
「なぁ、仮定ではあるんだが。昔のカエデが書きながら想定していたことは、書いてあることと同じ扱いなんじゃないか?こっちが矛盾する行動を取らない限り変わらないんだろ。」
「あー、なるほどね。それは確かにあるかもしれない。昔の私が考えていない事なら結構思い通りかもね……」
まぁ今のところ食堂のメニューを好みの料理にすることくらいしか思いつかないけど。
「改めて聞くが、カエデはこの学校でしばらく過ごすんだよな?」
「うん、帰りたいは帰りたいんだけど……あ、ヒース君、使い魔解消出来たりしないの?」
ワンチャン使い魔解消するだけで帰れたりしないかな。期待を込めて手を叩けば、ヒース君はちょっと困ったような顔をした。
「俺がカエデを使い魔にした理由が分かれば出来る。こういう目的を達成した、お前を自由にする、と宣言すれば解消されるはずなんだ……覚えてないんだが。」
「うん、私も覚えてない。」
手詰まり!解散!
「やはりそのノートについてもう少し解明した方がいいと思う。」
「うーん……そうなるよね。」
「思い出したらお互いすぐに言おう。」
とりあえずヒース君が良い人でよかった……三回まわってワンの恨みは深いけど。なんか、思えば「Phoenix校の生徒からみたらクソ嫌な奴」だったけど、どう何が悪いかは書いてないし、最後は手を組んでるし、悪い人たちって訳じゃない、とか?だった気もしてきた。あれ、なんでこの二校ってこんなに揉めてるんだっけ。そんで最後はなんで……
「あ、そうだ。」
思わず呟くと、ヒース君がこっちを不思議そうに見てくる。いや、すっかり忘れてたけど、このまま突っ走っていけばドラゴン出てきて誰それが燃やされるんだったよね確か。
「ヒース君が協力してくれるなら、ノートのルールを見つけるのと同時にこのドラゴンエンド回避出来るかも。」
「え?」
「さっきノートの最後見せたでしょ。私が話の最後にドラゴンが出てきた理由を思い出せば、ドラゴンが出てこないように出来るかもしれないよ。もっと平和なエンドを探そ。」
もう一度ノートの後ろの方を開いて彼に渡す。ヒース君はしばらくノートを読んでいたけど、ひとつ頷いて私にノートを返した。
「そうだな、俺も助かる。手伝うよ。」
「ありがとう。」
「カエデはこの世界を作ったんだろ。なら俺の生みの親、恩人に当たるってわけだ。カエデの頼みは出来る限り聞こう。」
これで当面の動き方が決まった。帰れないのに漠然とドラゴン戦まで待ってたら下手すると私もヒース君も丸焦げだ。使い魔契約の解消と帰る方法を探しつつ、ドラゴンのことを思い出す必要がある。
と、ほぼ同時に私とヒース君のお腹がきゅうと音を立てた。そういやお昼ご飯!あでも、ほとんどノートを開いていたからまだ昼休みがありそうだ。
「ヒース君、食堂連れてってよ。」
「ああ……カエデはここのお金持ってるのか?」
「うん、財布カバンに入ってた。」
食堂に行くべくノートをパタン、と閉じれば、ノートを開く前の体勢……つまりヒース君が再び頭を抱えたものだから、二人して声上げて笑ってしまった。
魔力測定でSを出した……ことになっている私は、ヒース君たち三人がいる特進クラスに配属された。でも基本的な座学を叩き込むまでは、手の空いている講師の方と一対一で、ということになったらしい。
もーね、私記憶力無いったりゃありゃしないから、四日経ったけど未だに二、三個しか紋が描けない。あ、でも力加減はだいぶ覚えたよ!まぁ、覚える過程で一回だけ教室爆散したけど。
大変だった……いや私がというより先生が大変だった、というか。私と爆発に巻き込まれた講師に、別の先生が治癒魔法かけてくれたんだけどね。その人体力使い過ぎたって次の日お休みしてたもん。そんで私は私で、目が覚めた後はめちゃくちゃ修復魔法叩き込まれて、教室自分で直したの。おかげで修復魔法だけは完璧よ。
あ、そうそう。この世界のMP、いわゆる魔法を使うと減るゲージって、HP、いわゆる体力ゲージに直結するらしいんだよね。魔法を何回も使うと、物理的に疲れてくるのよ。ヒース君は生命力の問題って言ってるけど。
セイメイリョク……私に一番欠けてるやつだ……覇気がね……無いからね……。
紋は覚えないし、体力は無いから本当に大変。ヒース君に唆されて「私は記憶力がいい」「私は体力がある」って改ざんしてみようとしたけど、残念ながらこの世界に来る前の私のキャパは変更不可能らしかった。無念。メモリーも覇気も変えられなかった。外付けハードディスクが欲しい人生でした。
魔法の上達と同じくらいノートの解明も進んでないんだよなぁ。放課後色々と議論してるけど、ドラゴンのことはまだ全然分からない、というか、思い出せない。ただ、日に日にPhoenix校の記述がノートに増えていくおかげで、向こうの三人が何をしているのかはよく分かる。毎日昼休みにヒース君たちはPhoenix校にちょっかいをかけに行ってるから、初日以降はヒース君にノートは見せてない。増えてるよ、って言うだけ。うっかり向こうの三人しか知らないようなことをヒース君が知っちゃって、そんでそれを誰かに言っちゃったら、面倒くさいからね。ヒース君にストーカー疑惑がかかってしまう。
それにまだヒース君たちは向こうの三人と敵対している。私はどちらの味方でもないから、Phoenix校に不利になる行動は取らないつもり。その点はヒース君も渋々同意してくれた。ちなみにちょっかいをかけに、って一体何をしているのかは教えてくれないんだよな。
んで、授業以外の時間をヒース君と共に過ごすと、必然的にヒース君以外の本校のトップ三とも一緒に過ごすことになる。まずヒース君と同室のウィズ君。本名はウィスタリアだけど、長いからウィズって呼ばれてる。初日はヒース君の番犬よろしくガルガルされたけど、もうお互い慣れて威嚇されなくなってきた。どころか今ではいい友達だ。
そしてもう一人がプルメリア姉さん。話しているところを滅多に見ない。ヒース君曰く、必要に駆られた時に二言三言話すくらいなんだそう。何を考えているかよく分からないけど、表情豊かだし、目が合ったら笑ってくれるし、何しろ美味しそうにご飯を食べるから好き。我が校で一番頭が良くて魔法を使うのが上手いから、勝手に姉さんって呼んでる。
このヒース君、ウィズ君、プルメリア姉さんが学校のトップ三。彼らは基本特進クラスにいるけど、一部の授業は三人だけで、学校長直々に教わっているらしい。まぁ私今はマンツーマン状態だから、どの授業がみんなと違うのか分かんないんだけどね。人気者と一緒にいるから、よくある学園もののやっかみを受けるかと思ったけど。追っかけはヒース君にしかいないし、節度ある追っかけしかいないから平和だった。というか節度ある追っかけすらウィズ君に追い払われていた。
ヒース君にくっついてまわってるからってだけじゃなくて、部屋が近いのもよく一緒にいる一因かも。寮の階段のすぐ隣が私の部屋、階段の正面がプルメリア姉さんの部屋。その隣、私の部屋の正面がヒース君とウィズ君の部屋。私の部屋の隣は突き当たりで壁だし、他の部屋は階段と御手洗を挟んで向こうだからよく知らない。それにしても女子寮とか男子寮とかないんだな。まぁきっとかつての私は、寮のイメージあんまり持ってなかったんだろ、なにせ小学生だし。
ありがたいことに部屋が近いおかげで、放課後はヒース君と部屋に籠り作戦会議が出来る。まぁノートを開けているから、周りからはヒース君が私の部屋に入ってすぐ出ていくように見えるんだろうけど。
さて今日、私がこの世界に来てから初めての週末。二日目に無事私の私物を届けに来てくれた馬車のおかげで部屋に物は揃っているけれど、やることもないからヒース君とウィズ君の部屋にお邪魔して三人で神経衰弱をしていた。……ちなみに馬車の御者さんとグリフォンは並んでユーストマさんに叱られていた。ごめんね。
さっきウィズ君が購買にジュースとおやつを買いに行ってくれたから、今は彼が離席している間二人でスピードでもやろうとトランプを色分けしている。
「ねぇヒース君。やっぱり昼休み何しに行ってるのか教えてよ。ストーリー思い出すきっかけになるかもしれないでしょ。」
朝はよく四人で学校へ向かうし、昼休みに三人がPhoenix校から帰ってくれば一緒にお昼を食べるし、こうして部屋で遊んでるし、四日間でかなり馴染んできたけれど。でも三人はPhoenix校で何をしているか教えてくれないし、私はヒース君以外の二人に自分のこともノートのことも教えていない。トランプの山を作りながらヒース君に聞けば、彼も私と同じように顔をあげないまま、うーん、と困ったような声を出した。
「後で部屋に行ってもいいか?ノートがある状態で話そう。」
「いいけど。話してくれるの?」
「考えておく。カエデの言う通り、きっかけにはなるかもしれないからな。」
ヒース君に赤のトランプの束を渡せば、彼は無言で黒のトランプの束を私に差し出した。軽く切って、四枚机に並べる。
「「スピード」」
ド、と同時にお互い一枚トランプを出す。私が五、ヒース君がキング。一枚も出せない。ヒース君がキングにエースを乗せたので、二、三、と続けて四を出そうとしたらニュッと横から二が差し込まれた。そこでお互い出せるカードが無くなる。顔を上げたら、してやったりと腹立つ笑顔を浮かべたヒース君と目線がかち合う。んのやろ、ホントにこの顔腹立つんだよね。
「「スピード」」
「あれ、なになにー?二人だけで盛り上がってるの?」
ドアが開いてウィズ君が顔を出す。私がそっちに気を取られた瞬間、ヒース君がバババッと山にトランプを積み上げていく。
「ちょっ、ヒースこら!ずるいよ今の!」
「あはは、いいよいいよ、この試合は無しで。グラス出すからカエデはトランプをしまってくれ。」
ヒース君が笑いながら立ち上がって食器棚の方へ向かう。ここは二人部屋用だから私の部屋より少し広くて、そして私の部屋より遥かに家具が多い。寮の部屋に立派な食器棚置く奴がいるとは私は知らなかったよ。いやまぁ、寮生活したことないんだけどね。
「あれ、カエデってヒースのこと呼び捨ててたっけ。」
「え?ううん。」
腕をがっと机全体に滑らせてトランプをまとめる。ウィズ君が空いたスペースにジュースの瓶とお菓子を並べながら首を傾げた。にしてもこの世界に来てからペットボトルにお目にかかってないけど、小学生の私は時代設定をどの辺に定めていたんだろ。
「さっきヒースって言わなかった?」
「ホント?怒って咄嗟に出たからなぁ。」
無事トランプを箱に詰め終わったので、机の端に置いておく。早速お菓子の紙袋を……ああそう、紙袋なの。この世界プラの包装も見当たらないんだよ、ってどうでもいいか。ともかくお菓子の紙袋を割いて大きく広げたウィズ君に、グラスを持ってきたヒース君がムッとした顔をした。
「ウィズ、置く所がない。」
「あ、ごめんごめん。」
お菓子の袋を少し避けてできたスペースに、ヒース君がグラスを三つ並べる。瓶と栓抜きを引き寄せて開けようと、ん?
既視感。
なんだろ、こう、初めて見たんじゃない感じがすんな。デジャヴってやつ?まぁ多少脳みそが違和感を覚えたところで手の方はサクサクと瓶を開栓する、グラス三つに注ぎ入れる、お菓子の袋をずらしてそれぞれの前にグラスを押しやる、と動いていく。
「俺は呼び捨てで構わないからな。」
腰を下ろしながら言うヒース君も、私知ってる気がする。この先何があるかは全然ピンと来ないんだけど……何かアクションが起こる度にさ、あれ、これ前にも、って気持ちになんのよ。
「ヒースが呼び捨てなら僕もウィズね。」
「分かった分かった。二人とも呼び捨てでいいのね。」
「プルメリアのことも呼び捨てにしていいよ、多分。」
ちらっとヒースく、ヒースの方を見る。ヒースもちょっと変な顔をしてこっちを見た。ウィズは気にせずにジュースを飲んでいる。ウィズはデジャヴを感じていないのかな……?あ、今はデジャヴしない。なんだろホントに。
おやつを食べてまたトランプして、部屋を出たのは十五時くらいの事だった。ヒースにまた十八時頃部屋に来て貰うように耳打ちしてからドアを開けて手を振る。ほらまただ。うーん、自分の言動にしろ二人の言動にしろ、どうも既視感が凄まじい。
自分の部屋のドアを開けようと鍵を取り出した時、プルメリア姉さんが部屋から顔を出した。
「あ、プルメリア姉さん。今度から呼び捨てにしてもいい?」
さっきの話を思い出して尋ねてみる。あ、可愛い笑顔、これも見たような。
「いいよ。また明日、カエデ。」
「また明日、プルメリア。」
ドアを開けて部屋に入る。ん?あれ?また明日、って言った後うっかり姉さん呼びして眉を寄せられたから、慌てて言い直したのは何時の話だっけ?
しばらく部屋に寝転がって教科書を読んでいたら、控えめなノックの音がした。立ち上がってドアを開ければヒースと目が合う、直後に目の前に紙袋が突き出された。視界が茶色い。近い近い!とりあえず手を上げて紙袋を引っ掴む。お、ぬくぬくしてる。
「食堂まで行くの面倒だろ。夕飯買ってきた。」
「ありがと。入って。」
ヒースを招き入れてから、机の上のノートを指さす。
「食べてからでいいよね。」
「ああ。」
彼が買ってきてくれたのはサンドイッチだった。フランスパンのサンドイッチ。部屋中にいい香りがする。
「「いただきます。」」
そう、笑っちゃうけどいただきますの日本文化はここにも根付いているらしい。さすが小学生の私。世界観がガバガバしてるな。まぁ初日私がカレーライスにしちゃった時点でだいぶ日本的だけどさ。
「そういえば、今日なんか変じゃなかった?」
サンドイッチを頬張りながら尋ねる。ヒースがちょっと眉を寄せたから、大方食いながら口を開くなと思ったんだろうね。手は添えて口隠したのにダメか。慌てて飲み込んでから続ける。
「時々すごく既視感があったんだけど。」
「あぁ、確かにあった。ウィズの言葉なんて特に一度聞いたことがあるような気がすることばかりで……ただ、先が予想出来るわけではなかったんたが。」
つまりこの既視感、ちょっと座りが悪いけど、困りもしないし役にも立たないって感じ。ヒースの言葉に頷いて、とりあえずサンドイッチをもう一口。サンドイッチ美味い、美味いけどこれも初めて食べる味だと思わな……いやでもサンドイッチ的な味はここ来る前にも経験してるしなぁ……
「聞き終わってから見た事あるな、と思うんだ。」
「そうそう、あれ?ってなるんだよね。」
「ウィズにも聞いてみたんだが、特に感じないと言っていたぞ。」
「そっかぁ。」
じゃあ、やっぱり。もう一口サンドイッチを齧ってから、口をもぐもぐさせながら机の上を指さす。ヒースももぐもぐしながら頷いた。ノートが何か関わっているとしか思えないよね。
「食べ終わったらよく見てみる必要があるな。」
「だねぇ。」
私一人だったら今開いちゃうけど、ヒース割と行儀がいいから。物食べながらなにかしたりすると怒るんだよね、さっきのトランプもおやつ食べながらはNGだったし。
「ごちそーさま、なんか飲む?」
「コーヒー。」
「うぃー。」
私が昨日挽いてちょい残っていたコーヒーを入れている間、ヒースが机の上を片付ける。ちなみにプルメリアとウィズは挽きたてじゃないと怒るんだけど……私とヒースはコーヒーの味がすりゃなんでもいいっていうタイプだから、昨日のでもいいだろ。ポットのお湯をペーパードリップの上の豆に少量回しがけて、少し待つ。三十秒ほどで蒸れるから、またお湯を回しがけていく。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。ノート、見てみてくれよ。」
「うん。」
コーヒーカップを小さいテーブルの上に置いてから、机の上に放ったノートを取る。パラパラと捲って、ん?
「え、あれ?」
「どうした?」
思わず声が出た。え、待って待って、いつもはもう少しずつ……
「えっとね、二日分進んでるっぽい。」
「は?」
「だからね、」
私はゆっくりノートから顔を上げた。
「明日、日曜の話がもう書いてあるの。」
ノートの話を最初からちょっと整理しよっか、と私は考えながら言葉を続ける。
「ここに来た時に既に埋まっていた冒頭部分は、初日と次の日の途中、つまり……月曜の昼前から火曜日の始業前程度だった。月曜の一部が私とヒースのせいで書き変わった以外は小学生の私の文字のままだったから、物語通りつつがなく進んだんじゃないかな。まぁ、ほとんどPhoenix校の三人の行動を追っているんだからこっちのことはあんまり関係ないんだろうね。」
「なるほど。」
「火曜日の始業後、って言っても書き込まれるのは授業の一部と休憩中の三人の会話、あとはいつもの昼の襲撃って感じだから、うーんなんて言うの……物語に関係しないところは書かれてないんだよ多分。一挙一動って感じじゃない。ともかく火、水、木、金は印刷したみたいな字で向こうの三人の様子が増えていったんだけど……」
「昨日は昨日の分しか増えなかったんだよな?」
「そ、確かに昨日はその日の寮での会話で終わってた。でね、土曜日の、つまり今日の三人の行動が何ページか書いてあるんだけど、その後に、ほら見て。章が変わって、私たちの方、Monstrosity校の話が進むの。途中で日曜って言ってるし、それに明らかに今日の話じゃないんだよ。いや、拾い読みしただけだけど。だってヒース今日プルメリアと会ってないでしょ」
「ああ。ノートの中では会ったことに?」
「うん、ここではヒースとウィズとプルメリアが一緒にいる。」
一通りヒースに説明し終えた後、前を読まないように念を押して二章目のページを開きテーブルに置く。ヒースと二人で内容を確認することにした。あ、ヒース意外と読むの遅いんだな。彼がページめくるのに合わせればいいか。
どうやら明日ヒースとウィズは、月曜日に変わらずに校長の言うことを聞いてPhoenix校に行くかどうかで喧嘩をするらしい……校長の言うこと?
「そういえばヒース、あの話してない。」
「え?」
「昼休み。Phoenix校の校長室に奇襲する理由だよ。」
開いているノートの記述を指で刺す。
「これ。うちの校長がなにか噛んでるの?」
ヒースの目が少し泳いだ。読み進めれば、行くことを反対するのはウィズの方だし、ヒースはかなり校長の命令に責任感を感じているようだし……言い難いんだろう。
「まぁいいや。最後まで読も。」
ヒースとウィズの口論は、「校長が指示するからにはなにか理由があるはずだ」と思うヒースと「理由も言わないで他校の攻撃を促すのはおかしい、正当な理由なら僕らがコソコソする必要もない」というウィズの一点張りで、結局ヒースがその場から離席して終了。その後はウィズとプルメリアが言葉を交わし、明日……つまり月曜日か、その時校長にもう一度理由を訪ねてみようと決めるところでノートは止まっている。
「説明お願いします。」
「いや、説明っていうか、まぁこの通りだよ。」
「分かんないから聞いてんだけど。」
私はノートを開いたまま机の上に戻し、クッションに寄りかかりながらコーヒーを啜った。
「校長が、Phoenix校の校長室に奇襲しろって言ってる、ってことだよね。」
「ああ。」
「なんで?」
「分からない。」
思わず眉を寄せる。でもヒースも困った顔をしてコーヒーカップを見つめるばかりで、しばらく部屋に沈黙が横たわった。
「襲撃自体今年からなんだ。……あぁいや、多分去年は卒業した三年生が行っていたんだろうが。」
「君らに依頼されるようになったのは今年から、ってことね?」
「ああ。カエデが書いたなら知っているかもしれないけれど、この学校もあっちの学校もシステムはほぼ同じ。学年のトップ三として別枠で扱われるのは三年生になってからだ。」
「いやしょーじき覚えてないや。一、二年にはそういうのないんだ。」
「ない。特進クラスがあるだけだ。」
じゃあ、毎年毎年三年のトップが校長にけしかけられて奇襲しに行ってるわけか。あれ、じゃもしかして。
「それさ、ここと向こうが喧嘩してるのって全面的にこっちのせいってこと?」
「まぁ……そうともいうな。いや、なんつーか……うちの生徒はPhoenix校を敵視していて、向こうは敵視されたから警戒している。」
「なんでうちの生徒は向こうが嫌いなの。」
ヒースはまた困った顔でちょっと唸った。
「当たり前の事を聞かれると難しいものだな。……まず、元々Monstrosity校では闇属性の魔法を、Phoenix校では光属性の魔法を専門にしているんだ。」
「うっ!」
「どうした。」
「古傷が抉れた。気にせず続けて。」
右目が疼くやつだ。うん、覚えある覚えある……え、そのうち草とか水とか炎とか出てくる?それはスマホパズルゲームの話か。いやそう……そうね、敵対してたら大抵主役側光で相手闇にしときゃなんとかなるみたいな節、無きにしも非ずだわな。分かる。五万回見た。
「世間一般的にはどっちがなんだということはない。魔法を分類すると二種類に別れるってだけで、どちらも使う奴だっている。ただ相性が悪いから、光魔法は闇魔法に特化した魔法使いにダメージが大きいし、逆もまた同じだ。」
「へぇ、禁じられた魔術がどうとかじゃないんだ。」
「なんだそれ。」
「気にしないで続けて。」
ついうっかり口を挟んじゃった。いやだってこういうのって闇魔法は禁じられた魔術だからそれを扱うMonstrosity校は以下略みたいなやつじゃないんかなって……思うじゃないっすか。
「この辺講義でやらなかったのか。」
「とりあえず基礎魔法教え終わってから魔法の仕組みは話すって言ってたから、その時じゃない?」
「かもな。」
「まだ何個か紋を叩き込まれただけだよ。」
あ、コーヒーが無くなった。時間を止めながら飲み食いすると、時間が戻った時に元の位置に飲んだはずの物も食べたはずの物も綺麗に戻ることは四日間で学習済みだ。自分が飲んだはずの物がどういう経路を辿ってまたコーヒーカップに鎮座するのかはあまり考えたくないけど、まぁそこまで気にならない。ただ瓶から注いで飲んだやつがまた瓶に戻るとなんとも言えない気持ちになる。だから時間を止めている間になにか飲み食いしたい時は、お皿やコップに物を用意してからノートを開くようにしてる。あ、ヒースがサンドイッチ食べ終わってからノートを開こうとしたのはそれもあるのかもな。さっきからヒースはコーヒーにあんまり手をつけてないし。私がコーヒーカップと睨めっこしていると、ヒースがそれに気がついて吹き出した。
「一回ノートを閉じるか?」
「あ、いやいいけど。……いや、閉じて続けない?普通に飲みながら話したいし、ヒースあんまり飲んでないし。」
「いや、それはダメだ。」
「え?」
何気ない提案だったんだけど、思ったよりも真剣に止められてしまった。真っ直ぐな目がこちらを見つめてきて、思わず少し身動ぎする。なんか変なこと言ったかな。そんなにやばいことは提案してないつもりなんだけど。
「口止めされていることだから、あまり時を止めないまま話したくない。時が動いている中で校長の名前は出したくないな。」
「……部屋の中でも?」
ヒースは神妙な顔で頷いた。それってつまり、誰かに聞かれるかもしれないってこと?ユーストマさん曰く、全部屋に防音魔法がかかっているのに?
「校長程の力なら、寮内の盗み聞きなんて容易いだろうから。」
「うわ、気をつけるね。」
「ああ。……俺のコーヒーは気にしなくていいし、このまま話そう。」
「やっぱり時間止めてる間は飲みたくない?」
笑いながら尋ねれば、ヒースも苦笑を返してくる。だよねぇ、飲んでも意味ないって感じするもんね。私なんかは二回飲めてラッキーって思っちゃうけど。
「どうせ戻ると思うとなんともな。」
「まぁね。それにしてもな、相性が悪いからって変に警戒することは無いと思うのに。」
話を戻して彼に振ると、彼はスッと目を細めた。おわ、忘れかけてたけど、この人悪役サイドだったね。これはなかなかヴィランの顔。いいね、それっぽい。私が脳内で拍手喝采してるのなんて知らずに、ヒースは内緒話でもするようなトーンで話し始めた。
「まず、俺ら三人以外は、つまり毎年のトップ三以外の生徒は、こちらが向こうに攻撃をしているのではなく、向こうがこちらに攻撃してきていると思っている。去年まで俺もそう思っていた。」
「え!?」
「そう教えられてるんだ。向こうの生徒は闇魔法を駆逐すべきとの信念を持つからこちらを攻撃してくる、見かけたらやられぬよう警戒せよ、とね。」
一度目をつぶり深いため息をついたあと、彼は頭をくしゃりとかいた。渋い顔をする気持ちも分かる。彼自身、そうやって二年間教わってきたのだ。でも実際は、真逆の事が行われていた。そしてそれに、加担することを求められた。
「蓋を開けてみればこちらの問題だった。手を出しているのはこちら側だったわけさ。だからウィズがおかしいと言い出すことも自然な事だ。ただ……」
「ただ?」
「理由がないのに命令はしないはずだ。理由は問うなと最初に言われているしな。だからこれは……無駄な話だよ。」
指でトン、と示された箇所はウィズとプルメリアが校長にもう一度理由を訪ねてみようと決める、ノートの最後の部分だ。ははん、明日の喧嘩はつまり……ヒースが、自分も変だと思っていたけれど、見ないふりをしていたところをウィズに突っ込まれて、ついカッとなったからキレた、ってところね。言ったら怒りそうだから言わないけど。
「分かった。どうして校長がそんなことをしているのか思い出すように頑張ってみる。あでも、とりあえずさ、明日ウィズがホントにこうやって言ってきたら、一緒に理由を考えてみない?」
首を傾げれば、ヒースは少し目を見開いた。
「二人に話すのか?」
「ううん、全部じゃなくて。二人にも校長の意図を考えてもらうの。私たち二人だけで考えるよりも四人いた方がいいでしょ。」
「……それもそうだな。」
二人で頷きあってから、ノートを閉じる。私は机の前に立っている体制に戻ったから、そのままノートを机に戻した。振り返れば、うん、コーヒーカップは満杯だ。
「色々、頑張ろうね。明日時間があったら図書室とかでドラゴンのこと調べてみよ。」
「ああ。……その為にも、喧嘩しないようにする。」
お互いしばらく無言でコーヒーを飲む。まだ時計は十分も進んでいない。何度やっても、不思議な感覚。
「雪だ。」
ヒースの声に顔を上げて窓を見た。んー、外が暗いから分かりにくいけど……あ、ほんとだ。どうりで寒いわけだ。
「雪……そうだ。ヒース、今何月何日?」
「は?三月六日だが。」
「いやだって曜日の話はしたけどここまで誰も日付の話してくれなかったんだよ。」
初日にユーストマさんに聞きそびれたきりだった。うーん、ドラゴンエンドまで一体どれくらいの時間が残ってるんだろう。全員学校に揃ってたってことは卒業前だよね……え、三月?やばない?明日とか明後日の話なのこれ?
「ねぇ待って、君ら何月に卒業するの?」
「七月だ。八月から夏休みだからな。」
「アッそこは海外仕様なんだ。」
「え?」
「気にしないで。」
良かったぁ……つまりあと四ヶ月前後のうちのいつかってことね。ま、勿論明日とか明後日の可能性もあるっちゃあるけどさ。ノートの進む速度からしてもまぁ一ヶ月以上はあると思っていいんじゃないかな。
「ちなみに春休みってある?」
「三月の最終週は春休みだな。」
後で余っているカレンダーに予定を書いて渡してやる、というヒース。ありがてぇ。少し雑談をしているうちに三十分を回りそうだったから解散することにした。部屋に二人きりでいるのは時間が動いている時は三十分程度にするようにしている。何故って?何とは言わないけどウィズに疑いの目で見られるから。私、未成年に手ぇ出す趣味はないんだが……なんて言えないしな。
ヒースが帰ってから、一人でベッドに転がりながら今週見たノートの内容を反芻する。今ノート開くとヒースが怒るから、あくまで記憶をひっくり返すだけだけど。うーん……Phoenix校の三人の話を読む限り、向こうも「何故か攻撃してくるから守りに入る」というよりも「守れとお願いされているから守る」って感じなんだよな。ダメだァ、全然思い出せない。お互いが敵視する理由は何となく見えてきたけど、根本的なところが見えてこないな。
どうしてMonstrosity校はデマを教育してるんだろ?それに向こうだって、全生徒がヒースたちの襲撃を知ってるってわけじゃなさそうだった。なのに嫌い合う理由は?
襲撃するのはPhoenix校の校長室。命令するのはMonstrosity校の校長。つまりPhoenix校の校長とうちの校長の問題?うーん……全然ピンと来ん。まぁいいや、明日ウィズやプルメリアにも相談するんだし!姉さんならヒースが知らない知識を持ってるかもしれない。ウィズだってここ数日見てる限り発想は人一倍良いようだったからな。三人寄れば文殊の知恵とかいうし、四人寄ればなんとかなるでしょ。明日明日。そういえば、ヒースが部屋に来てからあんましデジャヴこなかったな。所々はあったけど……結局なんだったんだろ?まぁ、考えても仕方ない。分からないものは分からないもんな、とその日は思考を放棄した。
翌日。本日日曜日、爽やかな陽気。只今お昼時、場所は食堂なり。
「ねぇヒース、僕思うんだけど。」
来た。朝から昨日見たくデジャヴュかまされまくりで脳みそがバグり始めた頃。遂に昨日ノートの例のアレ、つまり第二章一行目に書かれていたウィズのセリフが。来た。プルメリアは顔もあげずに幸せそうにお昼のオムライスを食べている。お互いちょっと目配せをしてから、ヒースと私はウィズの方に向き直った。一応ちゃんとスプーンも置いとこ。
「やっぱり止めた方がいいんじゃないかなぁ。」
「……何を?」
ここまでは私がいること以外、ノート通り。ヒースさんや、あまり怒鳴ったりせずに事を進めてくれよ、ほんとに。いらない煽りをするなよ。穏便に、な?
「平日昼の日課だよ。大体目的達成出来た試しがないしね。今まで攻撃できたことある?」
「いや、ないね。いつも向こうの連中とやり合って時間切れになる。」
「でしょ?もういいんじゃない。行かなくて。」
ウィズはこっちを一向に見ない。ずっと手元を睨みつけている。彼も彼なりに勇気を出して言っているんだろうね。ヒースのリアクションは予想出来ているだろうしさ。オムライスとにらめっこしたまま、ウィズが続けた。
「向こうも僕らも疲れるだけだよ。理由も分からないのに馬鹿正直に言うこと聞くことないじゃない。だって……僕らが止めればあっちと喧嘩することも無いだろうし。」
「……向こうがこちらに攻撃するかもしれないだろう?」
「そんな素振りないでしょ。分かってるくせに。」
ノート通りの台詞、だけどヒースはかなり落ち着いている。……あれむしろなんか、面白がっているような節すらあるように見えない?まんま同じセリフ言われるからちょっと楽しくなってんだろうな、ホントに悪趣味なとこあるよこいつ。
「だいたい校長が、」
「ウィズ、声が大きい。抑えてくれ。」
「ほらそれ!」
あ、だいぶノートより譲歩した言い方にしたけどウィズのリアクションは全く変わんないや。食堂内に数名いた生徒の目線がこちらを向く。
「どーして僕たち口止めされてるのさ!」
「それは何か、考えがあるんだろう。」
「攻撃しろって言ってるくせに理由は聞くな、なんて変だよ!」
「……分かった。ウィズの言いたいことは一理ある。ただ……」
ヒースが少し困ったような顔でこちらを見た。いや知らんよ、私本来この話一ミリも理解出来ないはずだし口挟めないって。目は口ほどに物を言うってやつだな。助けろ、いや無理っす、と私と無言の攻防を繰り広げた後、ヒースが諦めてウィズに向き直る。
「ウィズ、この話を彼女に聞かれたらまずいかもしれないだろ。口止めされているなら、なにか裏があるのかもしれない。」
「……どーゆうことさ。」
「そのままの意味だ。それともお前は襲撃を止めたいと彼女に直談判出来るのか?理由を尋ねられるのか?」
ウィズの目が泳いだ。ねぇ、私ずっと気になってんだけど校長ってそんなやばい人なの?え待ってよ、ウィズの今のリアクションでより不安になってきたんだけど。これもう校長ラスボスの流れ見え隠れしてるよね。いや見え隠れっていうよりももっと露骨に見えちゃってないか。
「……出来るよ。」
「無駄だと思うぞ。最初に理由は聞くなと言われているだろ。」
「じゃーヒースは何かきっとあるはずだ、ってだけでこれからも馬鹿馬鹿しい襲撃を続けようって言うわけ?」
「いや?」
ニヤッと笑ったヒースにウィズが目を見開く。そりゃそうだ、昨日の作戦会議がなきゃヒースがこんな風に言うことないと思うし、ノートの展開とも大きく変わる。プルメリアもいつの間にか食べるのを止めてヒースの方を見つめていた。
「聞いちゃいけないなら自力で見つけるしかない。理由を突き止めるまではひとまず従うよ、俺は。」
「それが、いいと思う。」
ウィズより先にプルメリアが呟いた。お、いい感触ですな。これでウィズさえうんって言ってくれればいいんだけど。
「……分かった。でも僕手ぇ抜くから。いいでしょ。」
「好きにしろ。」
「あのさぁ、これ私聞いてていい話?」
一段落したと思うし、なんの事やらさっぱりという顔を張りつけて声を上げる。あ?白々しい?知らねぇーよこっちはずっとあることないこと語っとるんや今更じゃい。
「いや忘れてくれ。」
気まずそうな顔をするウィズとは対象的に、一ミリもそう思ってなさそうな涼しい顔でヒースが答える。
「OK忘れる。」
同じく一ミリもそう思ってなさそうな顔で返しとく。ウィズとプルメリアがなんとも言えない顔してるけど、まぁ私の前で話しちゃったのはウィズだし、私しーらない。
「二人とも何か思いつけば教えてくれ。とりあえず俺は今日の午後図書室で何点か確認しておく。……まぁ、今後は誰かに聞かれてもいいような言い方を心掛けるんだな。」
ウィズの方を流し見て嫌味を言ってから、ヒースが食事を再開した。いやマジよく喧嘩にならずにすんだよ、なんで喧嘩しないっつってんのにこんなに煽るのかなこの人は。煽らないと死ぬ呪いにでもかかっているのかな?あ、てか私も図書室について行かなきゃいけないんだった。食事を終わらせねば、と慌ててオムライスを口に詰め込む。うん美味しい。
「気になることがある。今夜、集まらない?」
いつの間にか食べ終わっていたプルメリアの言葉に、三人揃って頷く。プルメリアはそのまま食器を下げに行ってしまった。多分、そのまま部屋に戻っちゃうだろうね。いつもそうだし。
あれ?私頷いたけど話し合いに参加すんの?それ面白すぎない?
「僕が言い出したのに、僕ばっかりなぁんにも心当たりがないよ。面白くないな。」
ウィズがオムライスを突きながらぼやく。あっぶない、危うく吹き出すところだった。確かにね、ウィズはむしろ心当たりないからこそ止めよって話だったもんね。理由を探さないか?とか言われても困るよな。ごめんな。でも探さないと我々も困るのよ、なんたってなんでもいいからストーリー展開のヒントを拾っていかないと、ドラゴンエンドしちゃうから。
「色々今夜話そう。それでいいだろ。」
「いーけどさ……カエデ、なんかごめんね。」
「いいよ、忘れる忘れる。」
「あ、今夜の話し合いにはカエデも参加だからな。」
「マ?」
マ?何を言い出したのかとヒースの方を勢いよく向けば、奴は素知らぬ顔で肩を竦めて見せた。
「いつもの雑談だろ?別になにかコソコソやるってわけじゃない。」
あぁー私は話全部聞けるしいい感じにカモフラになるってことか、理解!
ウィズと別れて食堂を出て図書室に向かう途中、人の少ない廊下を歩きながら提案してみる。
「思ったんだけどさぁ。」
「何だ。」
「向こうの三人と話してみた方が良くない?」
案の定ヒースは形容しにくい顔でこっちを見た。そんな嫌そうにしないでいいのに。
「絶対に嫌だ。」
「いやいや、ヒースだって向こうの人たち嫌う理由ないでしょ。」
「二年間教わってきた嫌悪感はもはや生理的に無理なんだよ。」
ヒースにしては低レベルな理由ですことぉ。ジト目で見つめても露骨に目を逸らされる。まったく。じゃあ私一人で勝手に行ってやろっかなと思わなくもないけど、如何せんヒースにどこまで使い魔契約で行動を握られているのか分かんないんだよな。はぁー図書室で使い魔についても調べとこう。
「まぁ、思い出せればいいんだけどさ。まがいなりにも主人公いるし、あっちとも接触すればヒントが増えるかなって思っただけ。」
「……考えておく。」
うん、まぁヒースは嫌な奴じゃないんだよな。協力的だし。ただちょっと頑固って言うか融通ききにくいだけで。だから多分押せばそのうち折れるでしょ。
「カエデ、ノートは持ってきたか?」
「うん。ちゃんと持ってるよ。着いたら開いちゃおうか。」
「そうだな。っと、ここが図書室だ。開くまでは静かにな。」
わぁお、こりゃまたでかい図書室だ……ん?私ここ初めて来たよね。なんか、ここもデジャヴュするっていうか……どこかをモデルにして小学生の私はイメージしてたんかな。いやそれにしても、見た事ある気が。
先に進んでいたヒースが空いていた席を見つけたらしく、振り返って手招きしてきた。慌てて追いついて、その席にノートを広げ、っあ?
なんか、弾けて
「ウィズ、置く所がない。」
「あ、ごめんごめん。」
お菓子の袋を少し避けてできたスペースに、ヒース君がグラスを三つ並べる。私は瓶と栓抜きを引き寄せて、瓶を開けてグラス三つに注いだ。お菓子の袋をずらして、それぞれの前にグラスを押しやるうちにヒース君も腰を下ろした。
「俺は呼び捨てで構わないからな。」
「ヒースが呼び捨てなら僕もウィズね。」
「分かった分かった。二人とも呼び捨てでいいのね。」
「プルメリアのことも呼び捨てにしていいよ、多分。」
おやつを食べてまたトランプして、部屋を出たのは十五時くらいの事だった。ヒースにまた十八時頃部屋に来て貰うように耳打ちしてからドアを開けて手を振る。自分の部屋のドアを開けようと鍵を取り出した時、プルメリア姉さんが部屋から顔を出した。
「あ、プルメリア姉さん。今度から呼び捨てにしてもいい?」
さっきの話を思い出して尋ねてみる。お、可愛い笑顔。すこ。
「いいよ。また明日、カエデ。」
「また明日、プルメリア姉さん。」
「……違う。」
「プルメリア!」
うっかり呼び間違えて眉を寄せられたから、慌てて言い直す。満足そうに頷いたプルメリアに手を振ってドアを閉めた。
しばらく部屋に寝転がって教科書を読んでいたら、控えめなノックの音がした。立ち上がってドアを開ければヒースと目が合う、直後に目の前に紙袋が突き出された。視界が茶色い。近い近い!とりあえず手を上げて紙袋を引っ掴む。お、ぬくぬくしてる。
「食堂まで行くの面倒だろ。夕飯買ってきた。」
「ありがと。入って。」
ヒースを招き入れてから、机の上のノートを指さす。
「食べてからでいいよね。」
「ああ。」
彼が買ってきてくれたのはサンドイッチだった。フランスパンのサンドイッチ。部屋中にいい香りがする。
「「いただきます。」」
そう、笑っちゃうけどいただきますの日本文化はここにも根付いているらしい。さすが小学生の私。世界観がガバガバしてるな。まぁ初日私がカレーライスにしちゃった時点でだいぶ日本的だけどさ。
「早速だけど、昼休み何しに行ってるか教えてよ。校長室に襲撃してるんでしょ?」
サンドイッチを頬張りながら尋ねる。ヒースがちょっと眉を寄せたから、大方食いながら口を開くなと思ったんだろうね。手は添えて口隠したのにダメか。慌てて飲み込んでから、もう一度なんで、と聞くと、ヒースは
「食べ終わってから、ノートを開いて話そう。」
とだけいってサンドイッチに視線を戻してしまう。まぁ、いいけど後でも。私もとりあえずサンドイッチをもう一口。美味い。
「ごちそーさま、なんか飲む?」
「コーヒー。」
「うぃー。」
私が昨日挽いてちょい残っていたコーヒーを入れている間、ヒースが机の上を片付ける。ちなみにプルメリアとウィズは挽きたてじゃないと怒るんだけど……私とヒースはコーヒーの味がすりゃなんでもいいっていうタイプだから、昨日のでもいいだろ。ポットのお湯をペーパードリップの上の豆に少量回しがけて、少し待つ。三十秒ほどで蒸れるから、またお湯を回しがけていく。
「はいコーヒー。」
「ありがとう。ノート、開いてくれ。」
「うん。」
コーヒーカップを小さいテーブルの上に置いてから、机の上に放ったノートを取る。開いてとりあえずうつ伏せにテーブルの上に置いておく。
「はい、どーぞ話して。」
「どこから話せばいいか……あー、まず、俺ら三人は、うちの校長に命令されてPhoenix校の校長室に攻撃しに行ってる。つっても向こうの三人に阻止されるから、未遂だけどな。」
私はクッションに寄りかかりながらコーヒーを啜った。
「校長が、Phoenix校の校長室に奇襲しろって言ってるの?なんで?」
「分からない。」
思わず眉を寄せる。でもヒースも困った顔をしてコーヒーカップを見つめるばかりで、しばらく部屋に沈黙が横たわった。
「カエデが書いたなら知っているかもしれないけれど、この学校もあっちの学校もシステムはほぼ同じ。学年のトップ三として別枠で扱われるのは三年生になってからだ。で、別枠で扱われると同時に命令された。」
「いやしょーじき覚えてないや。一、二年には別枠ないんだ。」
「ない。特進クラスがあるだけだ。」
じゃあ、毎年毎年三年のトップが校長にけしかけられて奇襲しに行ってるわけか。あれ、じゃもしかして。
「それさ、ここと向こうが喧嘩してるのって全面的にこっちのせいってこと?」
「まぁ……そうともいうな。いや、なんつーか……うちの生徒はPhoenix校を敵視していて、向こうは敵視されたから警戒している。」
「なんでうちの生徒は向こうが嫌いなの。」
ヒースはまた困った顔でちょっと唸った。
「当たり前の事を聞かれると難しいものだな。……まず、元々Monstrosity校では闇属性の魔法を、Phoenix校では光属性の魔法を専門にしているんだ。」
「うっ!」
「どうした。」
「古傷が抉れた。気にせず続けて。」
右目が疼くやつだ。うん、覚えある覚えある……え、そのうち草とか水とか炎とか出てくる?それはスマホパズルゲームの話か。いやそう……そうね、敵対してたら大抵主役側光で相手闇にしときゃなんとかなるみたいな節、無きにしも非ずだわな。分かる。五万回見た。
「世間一般的にはどっちがなんだということはない。魔法を分類すると二種類に別れるってだけで、どちらも使う奴だっている。ただ相性が悪いから、光魔法は闇魔法に特化した魔法使いにダメージが大きいし、逆もまた同じだ。」
「へぇ、禁じられた魔術がどうとかじゃないんだ。」
「なんだそれ。」
「気にしないで続けて。」
ついうっかり口を挟んじゃった。いやだってこういうのって闇魔法は禁じられた魔術だからそれを扱うMonstrosity校は以下略みたいなやつじゃないんかなって……思うじゃないっすか。
「この辺講義でやらなかったのか。」
「とりあえず基礎魔法教え終わってから魔法の仕組みは話すって言ってたから、その時じゃない?」
「かもな。」
「まだ何個か紋を叩き込まれただけだよ。」
ボヤいてコーヒーを飲む。また鼻で笑われるかと思ったけど、ヒースは面白がってるみたいな随分人懐こい笑顔をうかべるだけだ。
「それにしてもな、相性が悪いからって変に警戒することは無いと思うのに。」
話を戻して彼に振ると、彼はスッと目を細めた。おわ、忘れかけてたけど、この人悪役サイドだったね。これはなかなかヴィランの顔。いいね、それっぽい。私が脳内で拍手喝采してるのなんて知らずに、ヒースは内緒話でもするようなトーンで話し始めた。
「まず、俺ら三人以外は、つまり毎年のトップ三以外の生徒は、こちらが向こうに攻撃をしているのではなく、向こうがこちらに攻撃してきていると思っている。去年まで俺もそう思っていた。「え!?」
「そう教えられてるんだ。向こうの生徒は闇魔法を駆逐すべきとの信念を持つからこちらを攻撃してくる、見かけたらやられぬよう警戒せよ、とね。」
一度目をつぶり深いため息をついたあと、彼は頭をくしゃりとかいた。渋い顔をする気持ちも分かる。彼自身、そうやって二年間教わってきたのだ。でも実際は、真逆の事が行われていた。そしてそれに、加担することを求められた。
「蓋を開けてみればこちらの問題だった。向こうがなにかしてきたことなんて一度もない。」
「じゃあなんで、従ってるのさ。」
「理由がないのに命令はしないはずだ。理由は問うなと最初に言われているしな。」
少しムッとしたような顔で顔を逸らす。……まぁ多分、彼も変だと思っていたけれど、見ないふりをしているんだろう。あんまり言うと怒りそうだけど、でもなぁ。
「分かった。私もどうして校長がそんなことをしているのか思い出すように頑張ってみる。ねぇ、ドラゴンのことも合わせてどこか……図書室みたいな所ない?調べてみようよ、何か見つけられるかもしれない。」
「それもそうだな。」
二人で頷きあってから、私は一通りノートを確認した。今日一日分、向こうの記述が増えている。うんまぁいつも通りではあるね。楽しそうな休日。ノートを閉じれば、私は机の前に立っている体制に戻ったから、そのままノートを机に戻した。もう四日間で慣れたとはいえ、勝手に元通り満杯になるコーヒーカップには笑ってしまう。ヒースとお互いしばらく無言でコーヒーを飲む。まだ時計は十分も進んでいない。何度やっても、不思議な感覚。
「雪だ。」
ヒースの声に顔を上げて窓を見た。んー、外が暗いから分かりにくいけど……あ、ほんとだ。どうりで寒いわけだ。
「雪……そうだ。ヒース、今何月何日?」
「は?三月六日だが。」
「いやだって曜日の話はしたけどここまで誰も日付の話してくれなかったんだよ。」
初日にユーストマさんに聞きそびれたきりだった。うーん、ドラゴンエンドまで一体どれくらいの時間が残ってるんだろう。全員学校に揃ってたってことは卒業前だよね……え、三月?やばない?明日とか明後日の話なのこれ?
「ねぇ待って、君ら何月に卒業するの?」
「七月だ。八月から夏休みだからな。」
「アッそこは海外仕様なんだ。」
「え?」
「気にしないで。」
良かったぁ……つまりあと四ヶ月前後のうちのいつかってことね。ま、勿論明日とか明後日の可能性もあるっちゃあるけどさ。ノートの進む速度からしてもまぁ一ヶ月以上はあると思っていいんじゃないかな。
「ちなみに春休みってある?」
「三月の最終週は春休みだな。」
後で余ってるカレンダーに予定を書いて渡してやる、というヒース。ありがてぇ。少し雑談をしているうちに三十分を回りそうだったから解散することにした。部屋に二人きりでいるのは時間が動いている時は三十分程度にするようにしている。何故って?何とは言わないけどウィズに疑いの目で見られるから。私、未成年に手ぇ出す趣味はないんだが……なんて言えないしな。
ヒースが帰ってから、一人でベッドに転がりながら今週見たノートの内容を反芻する。今ノート開くとヒースが怒るから、あくまで記憶をひっくり返すだけだけど。うーん……Phoenix校の三人の話を読む限り、向こうも「何故か攻撃してくるから守りに入る」というよりも「守れとお願いされているから守る」って感じなんだよな。ダメだァ、全然思い出せない。お互いが敵視する理由は何となく見えてきたけど、根本的なところが見えてこないな。どうしてMonstrosity校はデマを教育してるんだろ?それに向こうだって、全生徒がヒースたちの襲撃を知ってるってわけじゃなさそうだった。なのに嫌い合う理由は?
襲撃するのはPhoenix校の校長室。命令するのはMonstrosity校の校長。つまりPhoenix校の校長とうちの校長の問題?うーん……全然ピンと来ん。まぁいいや、明日色々調べるんだし。まだドラゴンは先っぽいし。なんとかなるっしょ。
日曜日、朝ご飯を買いに食堂に向かっていた所をウィズに捕まり、四人でお昼ご飯を共に食べる約束をする。ついでにウィズに「お昼の後図書室に行こう」とヒースへ伝えてもらうようお願いして、午前中はプルメリアとお茶をした。彼女の相槌は少ないけれど、コロコロ変わる表情につい喋りすぎてしまう。そのあとは、外を散歩したり授業の復習をしたりしていた。昼時になったから食堂に向えば、食堂に入った瞬間ウィズの怒鳴り声がして驚く。
「どーして僕たち口止めされてるのさ!」
見れば私以外はもう揃っていたらしく、少し奥の方に三人が座っているのが見える。まだご飯は買ってないみたいだし、私を待っていてくれていたんだろう、けど。うーん、近寄りたくねぇ雰囲気。
「それは何か、考えがあるんだろう。」
「攻撃しろって言ってるくせに理由は聞くな、なんて変だよ!」
「じゃあお前は止めると直談判出来るのか?理由を聞けるなら聞いてみろよ!」
うわ、喧嘩相手ヒースか。ていうか、ヒースって怒鳴るんだ。
「じゃーヒースは何かきっとあるはずだってだけでこれからも続けようって言うわけ!?」
「他にやりようがあるならやってみろ!……付き合ってられないな、俺は彼女の判断を信じる。」
ヒースが立ち上がってこっちに来る。あっやべ目が合っ、こっち来るこっち来る、痛ってまぁた腕掴みやがって!
「ヒース、ちょっと、ストップ!痛いって言ったでしょうが!」
無言でそのまま進んでいくので仕方なく後にくっついていく。もぉさぁ、お昼食べたいんだけど私……廊下を歩いているうちに冷静になったのか、ヒースが小さい声で謝って手を離した。しばらく無言で彼の隣を歩く。彼も何も言い出さない。しょーがないっすねぇほんと。意外と中身は子供っぽいっていうか、まぁ多分みんな私より年下だもんな。うん。
「なぁんであんなにキレてたわけ。」
「……昨日、話したろ。俺らは理由を知らずに従ってるって。」
「うん、聞いた。」
「ウィズが、いい加減やめないか、と。」
あー……地雷踏んだんだなぁ。自分が見ないふりをしていたところに突っ込まれて、ついカッとなったからキレたってところね。
「一理あるんじゃないの。」
「どうしようもないことを言う方が悪い。最初から理由を聞くことは拒否されてるんだから……」
「まぁ、とりあえず私が思い出すしかないかぁ。」
ヒースがふと立ち止まった。
「ここが図書室だ。……どうする?」
「あー、まぁどうせノート開いちゃうんだし、お昼は後でいっか。」
わぁお、こりゃまたでかい図書室だ……先に進んでいたヒースが空いていた席を見つけたらしく、振り返って手招きしてきた。慌てて追いついて、その席にノートを広げる。あ、ちょっと増えてる。……ん?
「ヒース、なんかノート、こっちの事書いてあんだけど。」
「え?」
「ほら見て、ここの昨日の所に戻るとわぁっ」
ヒースにノートを見せるべく、前のページを開いたまま彼の方に踏み出したら、立ち上がろうとしたまま固まったらしい生徒の足に思い切りつまづいた。あー、まぁたノート放り出しちゃったからこれは顔面から行くの回避できんじゃない、の
「「あ?」」
ヒースと二人で顔を見合わす。いーま、なん、え?
「待て、分かった、なるほど。」
「ね、うん、分かった。」
……じわじわ脳みそが整理されてきた。そう、あのノートを落とした時にさ、ポーンって時間が飛んで、二周目だったんだな今。あーだからノートも増えてて、なるほど?デジャヴュも感じますよそりゃ、だって二周目だったんだから。それは分かったけども。
「……なんで?」
「いや、知らないが。」
「だよね。」
とりあえず、今や喧嘩は無かったことになってる訳だ。多分、他の生徒とか、あとウィズとプルメリアにとっては一周目の喧嘩した下りは知らないもの、存在しない出来事になってるんでしょ。知らんけど。
「え、これ、よかった、のかな?」
「さぁ。まぁいいんじゃないか、お前がいる時点で色々おかしいんだろうし。」
「それもそうか。とりま今回はご飯食べたんだし、ゆっくり調べましょうか。」
とりあえずノートは机に広げておいて、ヒースの方へ近づく。
「それにしても、キレてたねぇ、一周目は。」
「予想してなかったんだからしょうがないだろ。」
「はいはい。」
本棚の表示に目を凝らして、本の背を一つ一つ眺めながら、とりあえずドラゴンとか、ここの歴史とか、使い魔とかについて書いてありそうなものを物色する。お、ここの学校のパンフレットあるね。歴史乗ってるかな。ドラゴンは魔法生物図鑑があるからとりあえずこれ、あ、ドラゴン図鑑もある。
「カエデ。」
「なーにー?」
「もしかして、開くまでに内容を言えば変えられるんじゃないか。」
「……マジ?いやありえるな。」
「だろ。」
とりあえずお互いに気になった本を机に積み上げて、顔を見合わせる。とすると。
「じゃあドラゴンの弱点とかでっち上げられんのかな。」
「分からない。過去のお前がどこまで考えていたかによるな。」
「時間止めながらじゃ試せないし、とりあえず何個か見てみる?過去の私の思考がここにあるのかも。」
無難にまずは、ドラゴン図鑑からいくか。バランスを崩さぬよう山から一冊抜きとる。あ、視線が痛い。絶対、ちゃんと上のやつを退かしてから取れよ、って思ってる顔だ。
「上の、退かしてから取れよ。」
ほらぁ!
「言うと思ったァ。」
あ痛っ、叩くことないのに。無言で肩をしばかれた。不服。肘でお返しに小突いてからページを読み進めていく。ちらりと横目で見れば、ヒースは隣で別のドラゴン図鑑を開いていた。
「ノートには何かドラゴンの特徴、書いてあるか?」
「うーん、黒い。あと背中は鱗、お腹はちょっと色が薄い。羽はコウモリみたい。火を吹く。それくらい?」
「鱗と羽の話はドラゴン共通だ。黒い、火を噴くあたりがヒントになるな。」
意外と黒いドラゴンって居ないんだねぇ。ページをめくっても色鮮やかなドラゴンばかり出てくるし、火を吹くのも白や赤。うーん。
「黒いドラゴンって、何か載ってる?見つけた?」
「全然。というか、冷静になってみれば黒いドラゴンは聞いたことがない。」
「マジか。」
よく異世界ものには居るのに、黒いドラゴン。
「あ。」
「何、ヒース。」
「いや、これ。」
ヒースが読んでいた本を私の方へ押しやってきた。えーと、指さしてるところ、字が小さいなこの本……コラム?
「野生のドラゴンには、黒い個体はいない?……突然変異による魔力の異常か、ないしは創造生物である場合は黒い個体も有り得るって。」
「ああ。」
「え?創造生物って?」
ヒースはうーん、と唸ってから天井を見上げた。
「……簡単に言えば、魔法で作られた生物、だな。」
「ちょっと待って……え?じゃあ、この、最後のドラゴンって誰かが作ったってこと?どっかから来たんじゃなくて?」
一気に情報が増えたな、おい。じゃあ敵はドラゴンそのものじゃなくて、ドラゴンを作った誰か、になるわけだ。
「まぁ、突然変異の可能性はあるけどな。」
「……あのさ、一応聞いておきたいんだけど。黒いドラゴン作るのは、闇魔法なわけ?」
「分からない。大体、創造生物が作れるのなんてそれこそSランクの奴らくらいだから授業じゃ全く扱われないんだ。俺も偶然読み物で読んだだけで……」
ヒースは低く唸りながら机に突っ伏して続ける。
「うろ覚えではあるが、俺やウィズみたいなAじゃせいぜい小動物くらいだった。プルメリアもSとはいえドラゴンなんてでかいものは魔力不足だろうな。紋も複雑らしい。」
「先生たちは?出来そうな人いる?」
「教師たちはランク、つまり瞬発的な魔力より、技術や持久力……つまり力加減、紋を書く上手さや体力を買われているんだ。勿論高い魔力を持つ方も多いが、どんなに上手く魔法を使えても、お前くらいの魔力がなきゃドラゴンはきついんじゃないだろうか。」
……嫌な、こと思いついちゃったな。ヒースに言うか迷って、結局やめた。確信はないのにあんまり言うもんじゃない。でも、なんとなく、ここの校長が噛んでるんじゃないの、と思っちゃうんだよな。すごい魔法使いみたいだし、言えないような理由でPhoenix校に攻撃してるわけだし。
「じゃあ、ドラゴンって言うよりも、創造生物について調べた方がいいかな。」
難しい顔で頭を抱えている彼に、半ば無理やり明るい声をかける。
「かもしれない。……カエデ、なにか思い出せそうか?」
「うーん。ごめん、何しろ書いたの十年くらい前だから……あ、そういえば向こうの三人は?」
「え?」
「Phoenix校の三人の魔力はどのくらいなの?」
ってそんなこと知らないか。分かんなきゃいいよ、と付け足すと、ヒースは目をつぶって黙り込んだ。
「多分、ランタナが一番魔法を使うのが上手い。」
あぁ、今までの戦闘を思い出してくれてるんだ。ランタナ、は確か……唯一の男の子だな。うん、結構ツッコミというか、他二人のブレーキをしている印象を読んでいて受けたから納得。頭良さそうだもん。ヒースは目をつぶったまま天を仰いで、記憶をひっくり返しているようだった。
「一番魔力があるのはセカモアか。純粋に杖を振ったのを一度だけ見たんだが、あれはSだな。」
セカモア。白衣着てる、三つ編みの子だ。ノートを見る限り多分……マッド枠なんだよな。頭のネジいくつかかっ飛ばしてそうな感じ。
「サイネ、確か主人公だよな?彼女はセカモア程じゃないがSあるかもしれない。あー、一度自爆したのを見たんだが、中々だった。」
……紋、間違えたんだな。思わず自分が教室をぶっ飛ばしたのを思い出して遠い目。ノートを見ていてもサイネは結構ドジっ子属性ぽいから、まぁ一回や二回は教室飛ばしてそう。主人公だしそれなりに魔力も高いんだろう。
「ん?てことはやっぱりドラゴン程じゃ?」
「ない、と思う。ただ全力を出していたかは分からないから、なんとも言えない。」
「そっかぁ。」
じゃあやっぱり、六人以外に主要キャラ、多分ラスボス枠がいる可能性が高いな。もしくは意図して力を隠しているキャラがいるか。全然覚えてないんだけどね。
もう少し本を探す、とヒースが立ち上がった。とりあえず創造生物についてはヒースにお願いすることにする。彼が本棚を物色し直している間、私は校長についてなにか分かりゃしないかとここの学校のパンフレットを開いた。Phoenix校のもありゃいいんだけどね。うーん、闇魔法に特化しているって話はもう聞いたな。あ、校長の写真。まだ若い、三十代くらいの女性だ。写真だけで、全然校長の説明は書いてない。普通略歴くらい載せてくれるもんじゃないの?
「ヒース、校長って校長になる前何してたか、とか知ってる?」
「全く。というか、彼女は自分のことについて何も言わないぞ。」
手詰まりじゃん。じゃあヒースが戻ってくるまで使い魔のことでも調べるか。
えーっと、使い魔は野生の魔法生物と契約するか、召喚術を使うかでつくる、と。ふむ。野生の魔法生物と契約するなら同意がいるけど、召喚術なら召喚した方が強制的に契約できるんだね。召喚の種類は、野生の魔法生物を呼ぶか、異界から引っ張ってくるか。野生の魔法生物を呼ぶと、その場にいない魔法生物を魔法陣の中に強制的にテレポートみたく連れてくることが出来るんだね……いや待って?異界って言った?異界から引っ張ってって、待って異界ってどこ?書いてないし。
「どうした、百面相して。なにかヒントでも見つけたか。」
「あ、いやね。使い魔のこと調べてたんだけど。ここ、ここ。この異界って何?」
「あぁ、悪魔とかを呼ぶ時の話だな。アイツらは異界にいるから。」
さも当たり前みたいな顔で言われましても。だからその異界が何って話なんだけど。
「異界、っていうのは、それ自体はなんなの。」
「うーん。こことは違う世界だからな、よく分からない。ただここにはいない魔法生物がいて、俺たちはその一部を従える方法を見つけた。それだけなんだ。」
「それしか分かってないってこと?」
「ああ。」
パラレルワールド的なやつなのかな。もしくはホントにあるかはさておき天国とかのイメージ?まぁ、元の世界でも深海とか宇宙のことはよく分かんないのに行き来したり生物引きずり出したり石拾ってきたりしてたし、そんな感じかな、多分。
「異界って何種類もあんの?」
「分からない、がそんなようなことを言っていた悪魔がいたとは聞いたことがあるな。」
「ふぅん。」
あんまし私が人間なのにヒースの使い魔になっちゃった話の解決にはならなかったな。こちとら悪魔でもなんでもないんすわ。
ヒースが何冊か新しい本を机に積んで、椅子に座った。そっちを一緒に見るべく、開いていた使い魔の本を横に退ける。
「とりあえず、創造生物について俺が見たのはこの本だ。」
「じゃあ私これ読むよ。ヒースは一回読んだんでしょ。」
「ああ。もう少し詳しそうな本があったから、先にこっちを読んでおく。お互い何か気になるところがあれば伝えよう。」
「おっけ。」
えー、と。うん、確かにヒースの言う通りつくる生物のサイズによって使う魔力の量が違うみたい。これ私も無理だなぁ、一気に出せる魔力はSだけど、持久力というかスタミナないから。その場で倒れる。あれ?でも逆に時間をかけようと思えば紋さえ上手くかける人なら誰でも……いや、一気に必要なんだねやっぱり。授業でいくつかの魔法を除いては、一気に出力しなきゃダメって聞いたし、うん、書いてある。創造生物つくるのも一気にいかないといけないタイプだ。うーん、ドラゴンはここには全然書いてないな。小動物の紋がいくつかあるけど、この時点で気が滅入りそうな難しさ。
「ヒース、そっちはなんかあった?」
「いや。ドラゴンは少し言及される程度で……」
「だよねぇ。」
それから体感数分、お互い本を眺めていたんだけど、さしたる収穫はないな。そろそろ諦め……ん?元からいる魔法生物の姿を変化させることも出来るんだ。魔法生物の同意がいるけど。これの方がちょっと楽そう。でもサイズアップは結局魔力が大きければ大きいほど必要そうだもんな……。
「ヒース、元々ドラゴンじゃないやつをドラゴンに変えたとしたら、多少は魔力少なくてもいいの?」
「まぁ、多少は。」
「多少だよねぇ。」
結局のところ私たちにゃ無理そうか。うーん……読み終わってしまった本を端に寄せて、ノートをパラパラとめくる。なにか思い出せりゃいいんだけど、なぁんにも出てこない。校長、ドラゴン、使い魔……うーん……
「……カエデ、空飛べるか?」
えっなに藪から棒に。ヒースのつぶやきに横を向くけど、彼は本から顔すらあげてない。
「えーっと、一応箒に乗れるようにはなったけど。」
「じゃあ、明日昼休み一緒に行くか?」
「えっ?Phoenix校?」
「ああ。」
まじで唐突だな。まぁでもいつかは会っておきたいし、確かについて行くのも悪くないのかも?でもな……喧嘩してるところに行くんだよな……
「ヒースたちさぁ、いつも読んでる限り、結構派手に喧嘩してるでしょ。」
「まぁ、そうだな。」
「箒から落ちる自信しかない。」
「っふ、」
「笑ったな!?」
「すまない、想像したらつい。」
肩を揺らすヒースに一発肘を入れてから、机に突っ伏した。そのまま顔だけヒースの方に向ける。
「それに校長に怒られない?」
「それもそうか……あぁ、じゃあランタナ辺りのポケットに手紙をねじ込んでくる。」
「え、まじで?」
さっきはあんなに渋々だったのに、なんでいきなり向こうの三人に会う気になったんだろ。あってくれるのは有難いんだけども。
「まぁ、やろうと思えば出来るだろ。」
「なんで突然会う気になったの?」
「いや、ふとこっちの校長の思惑を考えるなら、向こうの三人が誰になんと言われて俺らを止めに来ているのかがヒントになるなと思って。」
「確かにね。」
うん、やっぱりヒースは良い奴だ。実に協力的。まぁ彼は彼なりに、校長のことを信じる為にも早いところ理由を探したいんだろうな。
「駄目だ、この本にも特に何も書いてない。」
「ダメかぁ。一旦やめにする?」
「あぁ。一応これは借りるとして、部屋に戻ろうか。」
借りたい本の名前を覚えこんでからノートを閉じる。机の上に広がっていた本は消え、私たちはノートを開く前の体勢に戻り、周りの生徒たちが動き出す。ヒースは先程の創造生物についての本、私は使い魔についての本を探し出して借り、一度それぞれの部屋に戻ることにした。
何もやる気にならなくて、自分のベッドに転がり込む。明日は月曜日、ここにきてから丸々一週間が立つのか。これ、どうなんのかなぁ。ドラゴンエンドが回避出来たとしても……あれ、これ物語が終わったらどうなんだろ。終わったら帰れんのかな?うーん……
いつの間にか寝落ちてたらしく、ノックの音で目が覚めた。ドアを開けると、ヒースと目が合う。
「プルメリアが部屋に来た。」
「おっけ、私もそっち行くね。」
ヒースたちの部屋に行くと、ウィズとプルメリアがテーブルにご飯を広げているところだった。夕飯食うんかい。
「まだご飯食べてないでしょ。」
「うん、寝てた。……いくら?」
「気にしないでー。」
「なんか私最近ご飯貰ってばっかなんだけど。」
昨日はヒースに奢られたし今日はウィズか。我年上ぞ……と思わなくもないけど、冷静に考えて有り金最初の財布の分しかないしな。結構な金額あったから机に仕舞い込んでいるけど、あれで残り半年くらい持つのかとか授業料どうしてんのとかよく分かんないし、甘えとこ。
「じゃあまぁ、とりあえず食べながら話そっか。」
私とヒースが座ったのを確認し、ウィズがコップを持ち上げる。あ、乾杯するの。まぁ乾杯は日本特有文化じゃないしな、うん。プルメリアが少し待って、というように手を挙げた。そのまま杖を取りだし、さらさらと紋をかいて……あ、これは防音のやつだ。そして杖を振れば部屋の壁全体が光った。
「もう平気?」
ウィズの言葉にプルメリアが頷く。改めて全員でコップを持ち上げ、軽く当て合う。ガラスの音が心地いい。
「ここ、元々防音なんじゃないの?」
「まぁな。でも自分でかけた術なら破られた時に気がつくから、かけ直したんだろ。」
なるほど。最初から部屋にかかっていたのは学校側の誰かの魔法だから、破られても私たちはすぐには気が付けないってわけね。その点かけ直しておけば無問題。
「俺らは収穫なしだった。プルメリアは気になることってなんだったんだ?」
ヒースの言葉に今日分かったことを思い返す。うんまぁ確かに、二人に共有できることはないな。
「今日、校長に二つ確認してきた。」
プルメリアの言葉に全員固まる。えっあの流れで校長に会いに行ったの?なんか強いね、諸々が強いねプルメリア!
「まず、昼休みじゃなくてもいいか。次に、特に校長室のどこを攻撃したらいいのか。」
ここで一度言葉を切って、プルメリアはジュースを飲んだ。あ、そうだご飯あるんだった。食べながら聞こうと思って自分のお皿におかずをよそっておく。
「多分、校長はPhoenix校の校長を狙いたいんだと思う。」
「校長室にある何か、とかじゃなくてか?」
彼女は小さくヒースの言葉に頷く。珍しく彼女はすらすらと言葉を重ねる。
「時間は変えないで欲しいってことと、校長室全体、できれば広範囲に攻撃するように言われた。お昼休みには向こうの校長が校長室にいるはず。だから、きっと狙いは校長。」
「確かに時間にこだわるなら、そう考えた方が自然かもね。校長室結構大きいけど、最初から校長室の場所を教えられただけだったし。」
ウィズが口をもぐもぐさせながら同意する。あ、ヒースのこの顔は例のごとく口に物入れたまま話すな、だな。
「今日確認できたのは、それだけ。」
ヒースの視線などお構いなく、ウィズは頬を膨らませながら口を開いた。おいせめて口元を隠しなさい。
「小鳥ちゃんとこの校長とうちの校長ってなんか接点あるのかな?」
もちろん誰も知らないので一斉に首が傾く。というか、パンフの略歴すらなかったしな。あれ、ちょっと待てよ?そんな話あったな。なんか、先生の昔の話、みたいなターンを当時友達に語ったような気がしないでもないでも。うーん、なんやったかな。
「まぁ、みんな知らないよねぇ。」
「校長は自分のことを話さないからな。仕方ない。今の段階では向こうの校長に何かありそうだと言うくらいしか分からないな。」
しばらく無言で各自が夕食を頬張る。……ねぇウィズさんやい、よそう用のスプーンあるんだからそれ使いなさいよ、自分のスプーンでつつくな。無言でスプーンを持つ手を抑えたら、ウィズはすんごい納得いかないって顔で自分のスプーンを引っ込めて、大皿に乗っていたスプーンに手を伸ばす。プルメリアの肩が揺れている。ウケるところ違いますよ姉さん!
「あぁそうだ。一つ言っておかなきゃいけないことがあった。」
沈黙を破ったのは私とウィズの攻防を凄い顔で見ていたヒース。まぁうんヒースにしてみりゃ自分のスプーンで大皿つつくなんて絶対ありえない行為だよね、きっと。すごい顔にもなる。
で、言っておかなきゃいけないことだって?三人の目線がヒースの方に集まる。
「明日、ランタナ辺りのポケットに手紙をねじ込んでこようかと思って。」
言うんかぁあいそれ!ほらぁ、二人とも固まっちゃったじゃないか!もう私は知らない、私はご飯食べるのに忙しいからね。
「え?ランタナってあの……え?小鳥ちゃんとこの青髪ボーイ?」
ウィズの言葉にヒースは頷く。そして自分の爆弾発言の威力は十分分かってるくせに、何食わぬ顔でドリアを咀嚼している。こ、こいつ……ウィズをおちょくるのが趣味なのか……?
「待って待って、え??ホントに?なんで?なん、え?え?なんで手紙?」
ウィズはウィズで見事にその手のひらで転がされている。推しを前にしたファン並に語彙力失ってるし。お前は俺か?語彙力の失い方に親近感しか湧かない。え?しか語彙がなくなるの分かりみが深い。
「いや、一回聞いてみようかと思ってさ。」
「何を!?」
プルメリアはそのうちにヒースがちゃんと言うことを知ってるんだろう。食事を続けながら二人の様子を落ち着いて見守っている。まぁ三年も一緒にいりゃヒースの扱いも覚えるか。ウィズはどちらかといえばヒースに扱いを覚えられちゃってる側みたいだけど。
「誰に、なんて言われて俺らを止めに来ているのか、ってさ。」
「……そりゃ、校長なんじゃないの。小鳥ちゃんとこの。」
「いやぁ?だとしたらもっと大々的に止めてもいいんじゃないのか?お互いこそこそしてるんだ、もし向こうの校長だとしても訳ありだぜ。」
まぁ確かに。校長と校長が喧嘩してるにしては、あまりにも……なんというか、生徒を手駒にちまちまとやり合っている感じがする。
「なるべく襲ってることを伝えたくないのは分かるんだが、向こうの他の生徒が俺らの襲撃のことを知っているようにも思えない。何故向こうは防衛している事実をもっと声高に訴えないんだ?」
「それもそうかぁ。」
「……でも、聞いて、教えてくれる?」
黙って聞いていたプルメリアが口を挟む。私も大きく頷いた。そうそう、ずっと気になってたんだよね。
「ランタナに当てでもあるの?絶対手紙出しても怪しまれるだけだって。」
「当て……という訳じゃないが、あいつは多分賢いからな。」
そう言ってヒースは立ち上がり、引き出しから便箋の束を取り出した。
「正直に腹を割って話せば向こうも疑問は理解してくれるんじゃないかと思っただけだ。」
「小鳥ちゃんが?えー?」
ウィズが苦虫を噛み潰したような顔をしている。まぁ、そうね、ヒースの言わんとすることも分かる。ランタナのキャラクター的に、確かに話は通じそうだ。でも突然めっちゃ歩み寄るな。ホントにどうした。
結局、ランタナに渡す手紙には大きく三つのことを書いて封をした。こちらは教師側の要請で攻撃しているものの理由を教えて貰えていないということ。そして其方はなぜ攻撃されているのか、何を守るよう指示されているのか教えて欲しいということ。そして、私、カエデに会わないかという打診。三つ目は二人が反対して大モメしたんだけど、最終的に「いざと言う時は正当防衛で一発ぶちかませ」という物騒なコメントともに許可が下りた。向こうが応じるかはさておき、一番穏やかに話し合えるのはヒースでもウィズでもプルメリアでもなく私だろうという理由で決定。正直なところは、私が会っておきたいだけなんだけど。
月曜、いつも通り授業を受けてから食堂に向かう。三人は十分ほどPhoenix校と喧嘩してくるはずだから、いつもの様に席を確保しておく。
いやでも、気になる。手紙ねじ込むって、どうやったんだろ。上手くいくもんなのかな。ぼーっと席に座っていたら、いきなり上から緑頭が降ってきた。
「うわっ」
「席ありがと!」
ウィズが後ろから覗き込んできた、らしい。逆さまの顔から距離を取ろうと椅子を引いたら、呻き声と共に顔が引っ込んだ。
「あ、ごめん椅子当たった。」
「うーうん、こっちこそ脅かしてごめん。」
「何してんだ、ウィズ。」
声に振り返れば、後から歩いてきたプルメリアとヒースが手を挙げた。挙げ返してからふと変化に気がつく。
「あれ、ヒースここどうしたの。」
ここ、と自分の頬を指す。あぁ、とヒースが同じように自分の頬を指した。切り傷のような、赤い線が一本ついている。
「あの青頭、なかなかに素早くてな。」
ヒースが苦笑しながら椅子を引いた。プルメリアはすぐ昼食を買いに行くつもりらしく、立ったまま荷物だけ置いて椅子にもたれかかった。ウィズは相変わらず私の後ろでしゃがんでいる。
「二人に気を引いてもらっているあいだに、バレないようにポケットに入れたつもりだったんだが……気がついた向こうが振り向きざまに一発。」
「まぁ避けられて良かったよね。」
「頬、抉れそうだった。」
ウィズとプルメリアの補足に頬が引き攣る。穏やかじゃねぇー、絶対その場にいたくない。
「まぁ、ポケットに入れたのは気が付かなかったらしいから大丈夫だろ。」
「そのまま気が付かないかもよ?」
「いやまさか!」
何気なく言うとヒースが声を出して笑った。珍しく、嫌味のない屈託のない爆笑だ。
「今頃生きた化石よろしくゴソゴソ動き始めたはずだぜ!」
「確かに一見すると森に囲まれているが、直ぐに街に出られるぞ。ほら、ここを真っ直ぐ行って左に行くように道があるのが分かるか?」
「ホントだ。踏み固められてる感じ。」
ヒースとMonstrosity校の門の目の前に立ち、森の方を見る。明るいところで森を見るのは初めてだ。暗い中、しかも雨で濡れていた地面を見た時は思わなかったけれど、それなりに人の往来があるのか、思ったより道らしさがあった。
「じゃあ、行くぞ。」
今日は二度目の土曜日。ランタナと会う為に、ヒースが指定した場所までヒースと私の二人で行く日だ。ゴキブリもどきの手紙を仕込んでから四日間……一見、先週と同じ一週間だった。ただヒース曰く、ランタナは手紙を受け取ってから徹底して守りに回って、攻撃を仕掛けて来ることは無かったらしい。ウィズも宣言通り手を抜いていたし、サイネとセカモアはかなり違和感を覚えているようだった、とか。
そう、ノートを見ている限り、ランタナは何食わぬ顔でいつも通りの日々を過ごしていたんだよね。手紙を入れられたあと、彼はポケットの中で蠢き回った何かに驚いたものの誰にも言わず、自室に戻ってから読んだという記述はあったけど。それっきり。二人に手紙のことは話さなかったらしい。なんなら物語が動かなかったという認識なのか、ノートの記述も少なかった。こっちの話も二章の頭に出てきたっきりノートには登場しない。あ、そうそう、一周目と違う展開を踏んだらノートが書き変わっていたんだけど……ばっちり私も「同級生のカエデ」として登場していた。なんかいよいよ組み込まれちゃった感じがして、正直ちょっと不安だ。
「ランタナから返事はなかったんだよね。」
「まぁな。ただあの態度を見る限り、無視することは無いとみた。」
左に曲がれば森の出口が見えた。ホントだ、建物が沢山。大きな街だな、こりゃ。
「ほら、あれがPhoenix校。」
「ああー、あのでかいの。」
「そうだ。」
ヒースが指さす方を見れば、街の奥にお城のようなものが立っていた。おぉ、こりゃ正統派なお城だね。うちがホラー映画ならあっちはディ〇ニー映画。森を出て歩けば、あちこちの店先から挨拶が飛んでくる。みんな私たちの制服をみて、Monstrosity校の生徒だと分かっているようだった。
「街の人って、うちの生徒やPhoenix校の生徒に対してどう思ってんのさ。」
「どちらの生徒もこの街に買い物に来たり遊びに来たりするが、良くしてくれているよ。どちらも名門校だから有名だしな。」
「お坊っちゃまとお嬢様たちは良いお客なわけね。」
「言い方。」
ヒースの話に相槌を打ちながら振り返って森を見れば、線を引いたように木の壁が出来ていた。スパッと森が終わっているのを見る限り、この街は開拓地みたいなもんなんだろう。元は森だったに違いない。
「よく喧嘩にならないね。」
「まぁ、仲が悪いことも知れ渡っているからな。自然と俺たちがよく行くエリアと向こうがよく行くエリアっていうのが出来ているわけだ。」
どの辺から?と聞けばヒースがあっちは行かない方、とPhoenix校の方を指さす。いやアバウトで分かんねぇよ。思わず首を傾げると、今度箒に乗って空から説明してやるよ、とヒースは笑った。最近あんまり鼻で笑ってこないで、こうやって屈託なく笑ってくれることが増えた気がする。かぁいいなコノヤロウ。
「今回はどっちのエリアで会うの?」
「ちょうど真ん中あたりを指定した。どっちの生徒も滅多に来ない店だし、個室も多いから問題ないだろうと思ってな。」
「……個室?」
待って、何処で会うつもりなの?お高い店じゃないそれ?ジト目で見れば、わざとらしく肩を竦めてみせる。
「心配するな、ただのカフェだ。」
「……でもお高いんでしょう?」
「黙秘。」
「おい。」
「奢ってやるから。」
「そういう話じゃないでしょ。」
さすが全寮制というか、Monstrosity校の生徒は(多分Phoenix校も)ボンボンが多い。みんな金遣いが荒いんだよ、割と。私ほぼ二週間奢ラレイヤー状態だし。それにしても、確かにチラホラうちの制服がいるけど、他の制服を来た子は見つからない。歩いているうちにうちの制服も数が減っていった。
「このあたりは俺もあまり来ないな。ただ、プルメリアの実家がこのあたりで、たまにお邪魔するんだ。」
「へぇ。やっぱりこの町出身の人多いの?」
「いや、少ない。首都から来る奴が多いし、まぁ『お前みたいに』地方から越してきた奴もそれなりにいる。」
わざとらしく強調してきたので思わず肩を叩く。はいはい、親が仕事でね、引越ししてね、はいそういうことになっていますとも。
「ここだぞ。」
「うへぇ、立派な洋館だ。絶対お高い。」
「つべこべ言うなって。」
なかば引きずられるように建物の中に入る。ねぇー、もうカフェって感じじゃないよぉ、お高いホテルかレストランかなんかでしょ。ヒェ、ロビーみたいなのあるし従業員給仕服だぁ。高いレストランだ知ってる。見たことある。
ロビーの隣が食事のスペースなんだろうね、ここからでもテーブルが見える。でも、話し声からしてそんなに多くの人がいる訳ではなさそう。十時だと昼には早いからかな。
ずかずかとカウンターに近づいていくヒースの後ろを慌てて追いかける。多分何回か来ているんだろう、スタッフの方もヒースを知っているようだった。
「お久しぶりです。」
「お元気そうでなによりです。お嬢様は相変わらずですか。」
「えぇ、彼女も元気です。仲良くやっていますよ。」
ここも誰かの実家なんかな。にこやかに受け応えをするヒースを思わず恨めしげににらみつける。なんも聞いとらんぞ、私。
「今日のことは聞いていますか?」
「ええ。ただまだお見えになっていないみたいですよ。」
「そうですか。では彼女とテラスにいますから、来たら伝えてください。」
ヒースに手招きされるままに隣の部屋に移る。部屋の壁のうち一面が全てガラス張りになっていて、外にもいくつかのテーブルが見える。ヒースは迷わず窓の方へ進み、ガラス戸を引いた。ハァー毎回こういう時自然にドアを抑えて私を通してくれるのはなんなの?最初やられた時はレディファーストとかか?と思ったけどうちの生徒みんなこれするんだよね。最初の人がみんなを通してあげんの。ここのマナーなのかしらんけど、やられる度ときめく。みんなやたらスマートなんだわ。かっこよ。すこ。
ガラス戸を通って外に出る。庭はそんなに大きくはなかったけど、手入れが行き届いていて美しい。奥の方には白い花が見えた。
「時期が合えばバラが咲いているんだ。毎年、綺麗に。」
手頃なテーブルに近寄り椅子を引きながらヒースが呟く。バラかぁ。そりゃ、印象もだいぶ変わるんだろうな。見てみたい、けど。花が咲くのは四月……いや、バラは五月くらいか。二ヶ月先、ね。それまでこの世界にいるのかな私。彼の向かいの椅子を引いて座る。黙り込んだ私の考えが読めているのか、ヒースが眉を下げて微笑んだ。
「もしも春まで元の世界に帰れなくても、花が見られると思えば少しは気が楽かと思ったんだが。」
「……うん、そーだね。見てみたい。」
「その時はプルメリアが解説してくれるさ。」
ん?プルメリアって花詳しいんだっけ。首を傾げると、ヒースがニヤッと笑う。あっヴィラン顔。
「ここ、プルメリアの実家。」
「……えっあっそういう?」
あー、この辺りにプルメリアの実家があるって言ってたし?スタッフとも知り合いだったし?お嬢様とは仲良く?はーなるほど、色々納得はした、けど。
「いや言ってよ、先に。」
「萎縮するのが面白かったもんだからな。」
「こいつ……。」
まぁ、プルメリアの実家って聞いていても違う意味で萎縮した気もするけど。
「そういや、何時にランタナを呼んでんの。」
「十一時だ。こちらが呼ぶのに遅れるのは悪いと思って、一時間前に着くように来た。」
「なるほどね。」
「だからまだ三十分以上あるな。何か飲むか?」
私が返事をする前に、彼は体をねじってガラスの方を向いた。部屋の中にいたスタッフが手を上げるヒースをみてこちらに来て、メニュー表を渡してくれる。え、これ注文言うまでここにいてくれんの?めっちゃやりづらいな。まぁ確かに他に中にもスタッフはいるし、お客さん少ないけどさ。
「ヒースのオススメある?」
「よく頂くのはハーブティーだな。ここのは香りが飛んでなくて美味しいんだ。」
ハーブティー……あ、色々ある。ルイボスは聞いたことあるな。飲んだことないけど。ローズヒップ、ベルガモット、エトセトラエトセトラ。多くない?そして味が想像できない。くそ、いつも粉コーヒーとお徳用パックの紅茶だけで生きてきた人間には未知の世界だ。
「……飲みやすいやつってどれ。」
「クセがないものってことか?」
「そんな感じ。というか、味の想像がつかなくて。」
「あー、なら……林檎が嫌いじゃないならジャーマンカモミールはどうだろう。風味が林檎に似ている、と俺は思う。」
「じゃあ、ジャーマンカモミールをお願いします。」
オウム返しみたく、黙って横に立っていたスタッフに伝える。もはやメニューすら見ない。ヒースもメニューを見ずにモカを頼む。スタッフは注文を繰り返して一礼してから、ガラス戸の向こうに戻った。
「ここ、コーヒー豆選べるんだ。」
「ある時と無い時があるけどな。コーヒーの方が良かったか?」
「ううん、大丈夫。コーヒーはそこまで詳しくはないけど、まぁ味は知ってるから。せっかくなら新しい味に挑戦するよ。」
コーヒーは割と好きだ。ここに来る前は、基本は粉コーヒー、所謂豆も何もない市販のやっすいやつを飲んでた。でも時々ドリップでモカとかキリマンジャロとかも飲むからね。モカ美味しいよね、私一番好き。それにこっちに来てからは粉コーヒーもドリップもないから豆を買って挽いている。だから、少し詳しくなった。まぁ極論コーヒーの味がすりゃなんでもいいから、こだわりは無いんだけど。
私が作った世界で私の知らない知識が得られるのも面白い。細かい所は世界が勝手に補っているみたいだった。
ハーブティーはホントに初めてだ。元の世界でもこっちでも飲んだことがない。うん、美味しかったら向こうの世界に戻ってからも試してみよう。同じ味かもしれないし、もしかしたら全然違うのかもしれない。
戻れたら。やべ、またテンション沈んできた。
私の心配を知ってか知らずか、ヒースはうろ覚えだが、と前置きした上でお茶が運ばれてくるまで庭の花を教えてくれた。奥の方に咲いている白い花がプルメリア、つまりここのお嬢様であり我らが友人の姉さん、プルメリアの名前の由来の花。そしてテーブルの近くの茂みが、さっき言っていたバラらしい。ちなみに少し前までクリスマスローズが咲いていたらしいけど、枯れたのか見当たらない。ヒース曰く、枯れている花は庭師が素早く回収してしまって、まず見られないんだそう。
「枯れて、種が落ちて、勝手に繁殖するのが植物の面白いところだと俺は思うけどな。まぁ店の庭ともなると枯れているものが人目に付くのも、勝手に種を落とすのも嬉しくないことになるのだろうが。」
ヒースがそう言って肩を竦めるのに頷く。管理されていない美しさ、管理された美しさそれぞれに魅力があるよね。ここには徹底して人の手が入っているからこその美しさがある。
そうこう話していると、十分せずに飲み物が運ばれてきた。あ、ホントだ、ちょっと林檎っぽい香りがする。少し前に、貰い物のフレーバーティーパックの中にあったアップルティーを飲んだけど、それに似てる気が。……まぁあれは匂いがついた紅茶だけど。
「そういや、ヒースはランタナに会わないんだよね。」
「ああ、俺はここで待ってる。」
「じゃあ困ったらノート開いてここ来ればいっか。」
「それもそうだな。」
常にローブの内ポケットに杖と一緒に突っ込んであるノートを触る。やたら大きい内ポケットで助かったよね、ホント。
「話すこと、一応確認していい?」
「ああ。ともかく第一に、手紙の返事だな。」
「向こうの意図、だよね。」
「そう。何故、誰がってやつだ。」
「5W1H。」
「そこまではいらないだろ。」
三十分あるとなるとそんなに焦る気もおきない。
出会ってから二週間で、ここまで軽口を叩くくらい人と打ち解けるのも珍しい。まぁ、どうせお互い相手に嘘が付けないということが気を楽にしているのかもな。私にはノートがあるし、ヒースには使い魔の魔法がある。強制的な信頼ってやつ?
「他になんか聞いとくことある?」
「いやどうだろう……俺は特にないかな。」
「そう?」
「ただ……」
ヒースの目が少し泳ぐ。何、私もなんか気まずい気持ちになるんだけど。
「ただ、何?いいよ、なんでも言って。聞くかどうかは私も一緒に考えるし。」
「……出身を。」
「え?」
コーヒーに目線を落としたまま、小さい声で彼は続けた。
「ランタナに、出身を聞いてみてくれないか。」
「出身?え、どこで生まれたかって?」
「というよりは、Phoenix校に来る前にはどこにいたのか、だな。」
「別にいいけど……」
なんで?喉まで来た言葉を無理やり飲み下す。ヒースの居心地の悪そうな顔を見たら、なんとなく追求する気にならなかった。
他愛のない話をしていれば時間はすぐ過ぎる。二人ともカップを空にしてしばらくした頃、最初にロビーにいたスタッフがこちらにやってきた。
「お連れ様が……」
「今はどこに?」
「上の部屋にお通ししました。」
目配せされて、深く息を吐く。いよいよだ。
「彼女だけ連れて行ってくれ。」
スタッフの後ろをついて歩く。テーブルが並ぶ部屋を出て、ロビーを通り抜ければ階段があった。
「後でお飲み物のおかわりをお持ちしましょうか。」
階段を上っている途中に、前を行くスタッフが尋ねてきた。ああそっか、それなりに長く話すかもしれないんだもんな。
「えぇと、コーヒーを。モカで。」
思わず口をついたのはさっきヒースが飲んでいたやつ。ずっと香りを嗅いでいたから、だと思う。スタッフは一つ頷いて、またそれきり黙った。階段を登りきったところで右に曲がる。廊下はそんなに長くなくて、左右の壁に二つずつ、合わせて四つのドアがあった。左の壁の手前を、スタッフが軽くノックする。返事はない。
「では、あとでモカをお持ちしますね。」
スタッフが階段の方へ戻っていくのを横目に、ゆっくりとドアを引いた。寮の部屋より少し広い。ドアの正面の、大きな出窓が目に飛び込んできた。名前を知らない花が花瓶に飾ってある。部屋の中央には下と同じテーブルがあったが、イスではなく一人がけのソファが二つ並んでいた。そのひとつに、こちらに背を向ける形で座っているのがランタナだろう。ノートで読んだとおりの青い短髪が見える。
「……こんにちは。」
なんて声をかけるべきか悩んだけれど、取り敢えず挨拶してみる。考え事でもしていたのか、驚いたように彼の肩が跳ねた。
「すみません、気が付かなくて。カエデさんですね?」
立ち上がりこちらを向いたランタナは、予想に違わない柔和な顔つきの美少年だ。ごく自然に差し出された白い手を、思わず受け取る。
「はい、ランタナさんですか?」
「ええ。今日はよろしくお願いします。」
私インタビューにでも来たんだっけ。びっくりするほど警戒心がない様に、逆に緊張する。促されるままに彼の向かいのソファに座る。ドアが見える方を譲られたことすら、彼の気遣いのような気がしてきた。
「取り敢えず、軽く自己紹介させてください。ヒースの手紙には私の名前しか書いていなかっただろうから。」
「そうですね、同じ特進クラスだけれどこちらへの襲撃には関わっていない友人、と書かれていましたよ。」
なんというか、ホントによく来たなこの人。そんなアバウトな説明のよく分からない相手に会いに来ることが出来る勇気がすごい。
「ええと……私、この学校につい先週転入してきたんです。色々あってヒースと知り合って、なし崩しに貴方たちとの揉め事も聞きました。」
控え目なノック音。どうぞ、と声を上げればスタッフがトレーを持って入ってきた。私の前にコーヒーカップを置き手際よくランタナの前にあった空のティーカップに何かを注ぎ、一礼して退出する。
「……失礼、話が途切れましたね。続けて下さい。」
静かにランタナが言った。ティーカップを持ち上げて飲むだけの動作すら、洗練されている。この世界の奴らは学生すら貴族が板に付いているんすかね?嫌味な感じじゃないのが逆にすごい。
「ええ。それで、話を聞いて不思議に思ったんです。仲が悪いことは知れ渡っているのに、その原因も、トップ同士が毎日揉めていることも誰も知らない。」
「それで、ヒースにあの手紙を?」
「私が書かせたわけじゃないですよ。尋ねたら、彼も理由を探る気になったようです。」
うあー、こういう会話疲れるから嫌いなんだよな。元来コミュ障を極めている私にはこういうピリピリしたような会話はとてつもなくしんどい。
「では、本題に入りましょうか。お手紙の返事ですが……いえ、その前に。」
「はい?」
「どうせ同級生です。」
ニッ、と口の端を持ち上げて見せる表情は先ほどとは打って変わってやんちゃな少年を思わせる。お、この顔ヒースに似てる。
「敬語じゃなくて良くない?」
ランタナの提案に、思わず詰めていた息を吐き出した。伸びていた背筋がずるりと背もたれに落ちる。
「あぁー助かる。めっちゃやりにくかった。」
「あはは、あんまり同い年に敬語は使わないもんね。」
歳上なんですけどね、私。あ、もしやこの世界線って浪人とか留年とかあんのかな。だとすると分からないか。
「じゃあ手紙の話ね。本当は返事書こうかと思ってたんだけど……。ああ、動く手紙、結構心臓に悪かったよ。」
「ふふ、ヒースに言っとく。生きた化石みたいに動く手紙って、普通に嫌がらせだよね。」
「だから返事は目覚ましの音がする手紙にしてやろうかと思ってたんだけど。」
おわ、Phoenix校もなかなかに愉快なのが揃ってそうだな。ノート見る限りそんなにやんちゃ坊主感なかったけど……あぁまぁ他二人のボケ具合が凄いだけか。
「手紙渡すタイミングなかった?」
「サイネやセカモアにもバレたくなかったしね。」
ランタナが眉を下げて困り顔をつくる。コロコロとよく変わる表情が、とてもかわいい。ある程度警戒心は持っておくべきかもしれないけど、やっぱり私が書いたキャラクターだから、私の好みなんだよな、皆。
「二人には黙ってたんだね。」
「絶対話し合いにならないから。」
まぁ、うん、それは何となくわかる。ランタナにはノートのことは知られていないから、分かるとは言えないけども。
「さてと。まず僕らが聞いている分には、始まりはMonstrosity校の生徒が突然あの時間に校長室に襲撃に来たことらしい。迎え撃つようになった形だね。」
「それは、いつ頃?」
「創立の年の中頃。つまり、六年前くらいかな。」
「えっ、そんなに最近?」
思わず声を上げると、ランタナが不思議そうに目を瞬いた。
「え、知らないの?Phoenix校もMonstrosity校も、六年前にできたばかりでしょう。僕ら、五期だもの。」
……マ?もっと老舗だと勝手に思ってたんだけど。
「うん、ごめん。ホントに何も知らないんだ。なんて言うか、魔力だけで合格しちゃって。」
「そうなんだ。……あー、爆発には気をつけてね。」
ランタナ絶対今サイネのこと思い出したでしょ。一瞬遠い目になった彼に心の中で手を合わせてからコーヒーを啜る。
「それで、Monstrosity校は何をしに来てるって言われた?」
「いや何も。一期の先輩たち……えっと一期の先輩って言っても、一期の先輩三学年分いるからな……三年一年間だけいた先輩たちだね、その頃からずっと、とにかく来るのを追い払ってるみたい。」
「やっぱり、それってなんか変じゃない?」
私の言葉にひとつ頷いた後、ランタナはローブから杖を取りだした。
「良ければ、これちょっと聞いてくれる?」
さらさらと空に紋を書いていく。杖を振ると、紋がそのまま浮かび上がりテーブルの真上で静止した。雑音混じりの音が、紋がある辺りから響く。
『どうして襲撃の事を公にしないんですか?明らかに迷惑行為ですから、領主様も動いてくれると思いますが。』
『お前たちが守ってくれているなら大丈夫さ。』
ランタナの声に答える声は……若い女性の声かな。男性にしては高いけど、低くて太い、強い声。
『我々とて完璧にお守りできる訳ではありません。現に先週は校長室の窓が割れたじゃないですか。』
『すぐ直ったからいいだろう。』
『何か公表したくない訳がおありで?』
『……ランタナ、お前には関係がない事だ。深入りするなよ。』
紋が消えて、部屋に沈黙が降りる。……今の相手って、もしかして。
「Phoenix校の校長、だったり?」
「ご名答。手紙を貰ったあの日に、授業の資料を受け取るついでに聞いてみたんだよ。……なんか、変だよね。それもあって、今日来る気になったんだ。」
ヒースたちと同じで、ランタナたちだってそういうものだと思えば指示に従うことにあまり疑問を持たなかったんだろう。ただ一度違和感を覚えれば、無視できるようなものでは無い。杖を仕舞って、彼はかわりに例の手紙を取り出した。封筒から取りだし、テーブルに広げる。
「だから答えは、『校長から、理由不明』って所かな。そっちとあんまり変わらない。」
なるほど。どちらも校長が勝手にって感じなのかなぁ。じゃあ私たちの最初の予想があってたってこと……なんだけど、じゃあ公にしない理由は?少し悩んだけど、手紙の文をそっと指でなぞる。
「ここ、教師側の要請、って書いたけど。Monstrosity校の三人も、うちの校長に言われてやってるんだよね。他の教員は知らないと思う。」
「こっちと同じか。」
「そう、校長と校長なんだよね……」
じゃあ、どうするって言ってもね。取り敢えず両者話すところは話したから……手詰まりだな。時計が正午を指しているのを横目にみたランタナが、お昼お願いしようかと呼び鈴を鳴らした。スタッフが注文をとって下がったあと、彼がちょっと関係ない事言っていい?といってソファを少しこちらに寄せてきた。
「ちょっと髪の毛の色が気になっちゃってさ。触っていい?」
「いいけど、そんな珍しいかな。」
「んー、珍しい、っていうか。これ地毛?魔法?」
「地毛だよ。……え、髪色って魔法で変わるの?」
私の髪の毛を持ち上げて眺めているランタナ自身は、綺麗な青髪だ。染めたにしては綺麗だから、地毛だと思ってたけど。
「変わるよ。僕のはお店で変えてもらった。」
「魔法で?」
「うん。美容院の人の方がこういう魔法得意だし。」
はぁー、なるほど!ヒースやウィズの髪色もそういうことかもな。いやそれにしても、職業による魔法もあるんだね。え?昔の私ここまで考えてたのか?それとも勝手に充填されたんかな。
「カエデさんの、魔法で染めたにしては複雑な色だなと思ってさ。」
「呼び捨てでいいよ。」
「そう?じゃあ、僕も呼び捨てでいいよ。」
髪の毛がやっとこランタナから解放される。
「髪の色が変えられるなら、メイクとか、顔とか体つきも魔法でどうにかできるの?」
何気なく聞いただけだけど、相手はヒースじゃないんだから、この質問は一般常識が無さすぎてやばかったか?いまいち、この世界の世界観掴みきれてないんだよね。ちらっとランタナの顔を伺うと、少し驚いた顔をしていた。
「もしかしてカエデ、美容院とかサロンとか全く行ったことないの?」
「うん、ないね。」
自分で切ってたよ、と明後日の方向を見ながら嘯く。いや先月美容院行きましたわーハサミで普通に切ってもらいましたわー。
「まぁ髪切るだけなら鏡見て自分である程度整えられるものね。行けば分かるよ、髪を切るのも染めるのもメイクするのも大抵魔法だ。ごく稀に魔法を使わない人もいるけどね。」
職人のこだわりかなぁなんて思いながら頷く。みんなの髪を見る限り、髪を染めることに関しては、魔法の方が現実で薬剤を使うよりよほど綺麗に染まっているけどね。クオリティの問題じゃない部分もありそう。向こうの世界での、伝統工芸機械化問題的な感じかな?
「顔や体を直接変えることも、まぁ値が張るけどお店があることにはあるよ。創造生物の魔法の、応用魔法だね。」
「創造生物?あぁ、読んだことある。」
ドラゴンのあれか。そっか、元からいる生物の体を作りかえられるなら、人間にもやりようがあるよね。
「じゃあそれで別人になれちゃうんだね。」
「よほどリスクをとるなら別だけど、そんなに根本的には変わらないよ。面影は残る。」
頼んだお昼ご飯が運ばれてきた。ランタナはサンドイッチ、私はカルボナーラ。……なんかメニュー表のパスタのところにカルボナーラあると絶対頼んじゃうんだよね。自分であんまり美味しく作れないから。あれ待てよ、もしかするとこの料理も魔法で作っているのかな。なら面白いな。
「それにしても、校長の動きが妙だとして……私たち、どう動くべきかな。」
ご飯を食べながら、話を戻すべく聞いてみる。ていうかランタナソファ戻さないのか?めちゃ近いんだけど。ランタナは小さく唸り、首を傾げた。
「聞くな、って言われちゃうとなんともね。昔のことを調べるべきかな?学校が出来てすぐ揉めているなら、学校が出来る前の話が原因なのかもしれない。」
「あ、そっちの校長の略歴みたいなの分かる?今まで何してたかって。」
「学校のパンフレットに載ってたかな……見てみるよ。」
そう呟いたあとランタナがメモを取りだし、なにやら書き付けて一枚破った。私にそれを差し出す。
「遠距離会話、これで繋がるから。」
書きつけられていたのは彼のフルネームだ。……この世界、基本言語は日本語だしやり取りも日本語なのに、どうして大抵英語表記というかアルファベット表記の名前なんだろうね。カタカナだと恰好が付かないとか?まぁいいや。
この世界には電話っていう機械はなくて、遠距離会話用の魔法がその役割をしている。杖で紋を書いてから電話をかけたい相手の名前を書きつける必要があるから、フルネームを書いてくれたんだろう。ペンと紙を借りて、私の名前もローマ表記で書いて渡した。同姓同名はどうするのか、っていうと頭の中のイメージも必要だから、顔と性格が丸かぶりしていなければ問題ないらしい。まぁ……私も先生に聞いただけなのであまり詳しくは……
「取り敢えず何か分かれば連絡するから。……あー、サイネとセカモアには、言った方がいいのかな。」
メモを受け取ったランタナが、首を傾げた。そういや、あの二人じゃ話し合いにならないって言ってたもんなぁ。
「うーん、感情的になっちゃって校長に何か言われると困ると思うけど。」
「それとなくどう思うか聞いてみて、リアクションによっては黙っておくね。」
ともかくランタナとは、協力体制が出来たって訳だ。あ、そうだ。
「この下にヒース来てるんだけど、会う?」
何気ない提案だったんだけど、やっぱりお互い喧嘩しているだけあって、あんまり会いたい相手じゃないのかな。名前聞いただけで、ピタリとランタナのご飯を食べていた手が止まった。彼の眉間にしわが寄る。
「ヒース、ってピンク髪の子だよね。」
「そうそう。」
「うーん、まだ遠慮しておこうかな。おいおい、ね。」
無理は言いたくないから大人しく頷いておく。しばらく学校の授業がどうとか、このあとの喧嘩はなるべく物を破壊しない方向で、とか話してるうちにご飯が食べ終わったから、そろそろ解散することにした。食器も下げられたし、あとはお互い二杯目の飲み物が少し残っているだけだ。
「それじゃ、授業終わりの時間は大抵一緒だから。終われば自室にいるはずだし、好きな時に連絡してくれていいよ。」
「うん。今日はありがとうね、ランタナ。」
お互い荷物も特に持っていなかったから身支度もない。飲み終わったカップをテーブルに残して外に出た。階段を降りながら、最後に聞いておきたかったことを尋ねてみる。
「そういえば、私は引っ越してきたって話したけど、ランタナの出身はどこなの?この辺?」
「いや、結構遠いよ。なんならド田舎って言っていい。南の山より向こうの……谷のガーデンって呼ばれてる場所分かるかな?あの辺なんだけど。そこにずっと住んでて、入学の為にこっちに来た。」
そういや何人かの先生の自己紹介で、北の山、西の山とか聞いたな。なんたらアルプス的な感じで有名な山があるのかな?今度ヒースに地理教えてもらわないといけないかも。
「分かんないなぁ、あっちの方は行ったことないから。」
まぁどこも分からないんですけどね!
「あのあたりは年中暖かいから、いろんな花が見られるんだ。色々落ち着いたら、見においでよ。」
ロビーでランタナと別れてから、そのままテラス席の方へ向かう。途中ですれ違ったスタッフにもう部屋を使わないことを伝えて、ガラス戸を開けた。
「一回もノートを使わなかったじゃないか。上手くいったってことか?」
「開口一番それかい。」
お疲れとか言ってくれてもいいのに、とボヤけば鼻で笑われる。腹が立ったのでランタナと話しながら取ったメモを顔に押し付けて、文句を聞き流しながら彼の正面に座った。
「向こうがPhoenix校の校長について調べてくれるのを待つしかないかなって感じ。喧嘩は向こうの二人が変わらず本気だから、上手いことやってって。」
「なるほどな。」
「あ、あとねぇ、ランタナは谷のガーデンあたり出身って言ってたよ。今度地名教えてよ……ヒース?」
メモをみていたヒースが、谷のガーデン、と聞いた瞬間に顔を上げた。目を見開いて、随分驚いた顔をしている。え、何?そんな驚くこと言ったの?
「どしたの?」
「あ、いや。……なんでも。」
「いやめっちゃ気になるって。」
「……違ったら気にならなかったんだが、そうか……同じか……」
ぼそぼそと呟くヒースにムッとした。中途半端に気になるようなこと言っといて私には何も言わんのか?聞いてきたの我ぞ?口を開こうとした瞬間、ヒースが杖で例の紋を書いて、
「『この件に関しては聞かないでくれ。』」
「ちょぉっとぉ!ズルくない?」
「すまない、もう少し分かったらちゃんと言うから。」
はぁー。これだから使い魔はさぁ。初日以降食らってなかったからすっかり忘れていた。不貞腐れた顔をしてもヒースはそっぽを向いたきりだ。コノヤロウ。
微妙な収穫ではあったけど、ともあれ用事は済んだので、学校に戻ることにした。プルメリアの実家から出て、同じ道を辿りながら学校に向かう。
「この辺りだと稀に向こうの生徒もいるんだが……あぁほら少し遠いが。」
「あ、ほんとだ。制服がランタナと同じ。」
向こうの方におさげ頭が……おさげ頭?金髪?
「まってあれセカモアじゃない?違う?」
「セカモア?あの白衣野郎か?」
「いや言い方。」
遠目だからよくわかんないけど、それっぽい感じじゃない?でも白衣着てないんだよなぁ。
「待って待って、こっち歩いて来るよね?」
「俺たちに気がついてないっぽいな、あれ。」
「え?気が付かれる前に、逃げた方がいい?」
「どうす、待て見られたこっちに気が付いてるぞ、うわっほんとに白衣野郎だ。」
「めっちゃ走ってくるんだけど、逃げよ逃げよ!」
通りの向こうのほうから、セカモアらしき女の子が爆走してくる。慌てて二人で回れ右して学校の方にダッシュ!
「待って待って私めっちゃ足遅いんだよぉ、」
「箒の代わりになりそうなもんなんてないぞ!諦めて走れ!」
「てかなんで逃げてんの!?」
「知るか!追いかけてくる理由が分からん!」
おもむろに始まった鬼ごっこだけど、体力もやしの身にはマジできつい。後ろ見られないけど絶対追いつかれてる。
「この辺までくりゃ普通はあっちの生徒なんて来ないぞ!」
「ダメだよ足音するもん!」
「くそこっちだ、入るぞ!」
ヒースに腕を引っ張られて、角のところの雑貨屋さんのような場所へ入る。中は少し暗くて、お客さんはいないみたいだった。奥のカウンターに座っていたお姉さんが何事かと出てくる。
「あれ、ヒース君?どうしたの、」
「待って!なんもしないから!」
お姉さんの声を遮るような形で、入口から甲高い声がする。入口を振り返れば、そこには肩で息をするセカモアがいた。え、何ほんとに。私じゃないよな、ヒースだよな多分。
「……ここでお前と喧嘩する所以はないんだが。何の用だ。」
「あれ小悪魔んとこのヒースだ。」
ここにもいた煽り属性。小鳥ときたら小悪魔か。Monstrosityって別に悪魔って意味じゃないよな、魔物だっけ?まぁ言わんとしたいことは分かる気がするけど。
「いや、あんたじゃなくてさ、その隣の子。」
「……ゑ?」
私?思わず変な声出たわ。え、なんで?セカモアと会ったのは初めてだよね?
「今探してたの、さっきランタナに会ったでしょ。」
「エッアッハイ、え?なんで分かったの?」
「だって痕があったから。」
「あとぉ?」
再び素っ頓狂な声を上げて首を傾げる私に、あぁ、とヒースがため息のような声を落とした。
「ここに残っていたんだな……同じ部屋にいる時、ランタナは魔法を使ったか?」
「あー、うん。音流したね。」
「それだよ。」
私の肩をヒースが払う。同時にふわっと何かの気配がして、すぐ消えた。あ、ほんとだ。何故って聞かれると分かんないけど、これランタナの気配って感じがすんね。
「たまに魔法のカスみたいなのが残るんだ。それが痕。わざと残すことも出来る。」
「へぇ。」
「私今めっちゃランタナ探しててさ、思わず追いかけてきちゃって、ごめんね。」
夢中だったからMonstrosity校の生徒だとは思わなくて、とセカモアが頭をかきながら店に入ってきた。気持ちヒースから距離をとっているのは、警戒心の表れかな?
「休戦だよね、今はさすがにね?」
……警戒しているのか、してないのか、イマイチ分からないね、この子は。ジリジリと近づいてくるセカモアに、心の底からって感じの、ふっかいため息をついてから、ヒースが頷いた。その瞬間セカモアは店の奥、私たちがいる方にズカズカ進んでくる。
「ね、ランタナこの後どこ行くっつってた?」
「えっ学校戻るって……」
一応私もMonstrosity校の制服着てるんだけど。なんの警戒もなしに肩を掴まれてちょっとビビる。
「ほんと!?あーっすれ違ったな。ありがとう!」
「なんでそんな探してるの?」
「なんで、ってそりゃ、」
返事を聞いた瞬間に店を飛び出ようとしていたセカモアが振り返り、とっても良い笑顔をこちらに向けた。
「新作試してもらいたくて!」
颯爽と消えていったセカモアに、私は思わず頭を抱えた。ヒースは不思議そうにこちらに目をやる。
「新作、ってなんだ?」
「あー、ノート読んでる限りなんだけど……」
セカモアね。うん。マッド枠なのよ、ほんとに。
「多分、セカモアの趣味って魔法具?の発明なんだよね。私魔法具が何か分かんないけど、ちょいちょいランタナやサイネが試運転に付き合わされまいと逃げている描写が……」
そこまで言うと、ヒースにも思い当たる節があるのかぐっと眉を寄せた。そういや、戦闘時もたまに持ち出してたね、魔法具。
「魔法具っていうのは、杖の派生みたいなやつのことだよ。そうか、セカモアのあれ、自作だったのか。」
とするととんでもない奴だな、とヒースはため息交じりに呟いた。魔法具を作れる学生は珍しいらしい。
「はー、ビックリしたね、帰ろ帰ろ。」
「あぁその前に。」
ヒースは振り返って、お店のお姉さんの方を見た。あ、そういえばお店の人いたもんね。
「騒がしくしてすまない。」
「いいよ、いいよ。お客さんちょうど居なかったし。」
「いつも居ないだろ。」
「ちょっと?」
お姉さんとも知り合いなのか、ヒースは随分と遠慮がない。ムッとしたお姉さんを無視して、彼は何食わぬ顔でお姉さんと私の紹介を始めた。
「この店、顔馴染みなんだ。俺の杖もここで買った。で、彼女は転校生のカエデ。」
「こんにちは。」
「よろしく、気軽に遊びに来てね。」
ヒースは無遠慮に棚に近寄ると、ガラス戸をコン、と叩いた。
「ほら見ろ、この棚も全部魔法具ってやつだ。」
「へぇ、色々あるんだね。」
「この店にあるのは全部魔法具だよ。」
お姉さんが後ろから補足する。ほぁ、杖だけじゃなくて色々……いやほぼ形は武器だな。えっ待って、私こういうの凄いすこだよ!さっすが昔の私!分かってるぅ!銃めっちゃかっこいい!
「何か買っていく?」
「営業するなよ。帰るぞ、カエデ。」
「はーい、また機会があれば来ますね。お姉さん。」
後ろ髪引かれる思いではあったけど、とりあえず店を出て学校に戻る。道中ヒースがもう少し詳しく魔法具について教えてくれた。
「つまり魔法具ってのは、いちいち紋を書かなくても魔法が使える物って訳だ。」
「事前に仕込むってこと?」
「ああ。だからたいてい一つか二つの魔法しか使えないが、トリガーを引く、くらいの簡単な動作ですぐに魔法が使える。」
なるほどね。万能だけど手間がかかるのが杖、ぱっと使える特化型が魔法具って訳か。
「武器が多いようにみえたけど。」
「ああ、攻撃特化は多いかもな。杖を振るより狙いを定めやすかったり、範囲が広かったり、逆に範囲は狭いが威力を上げたりすることが出来る。」
「攻撃特化以外にもあるの?」
「あるぞ。職業によってはああいうものを多用する。時短になるからな。」
あー、じゃあ髪を染める魔法具もあるんだろうな。ランタナの話を思い出して頷く。
「まぁ俺は杖しか持ってない。学生のうちはそれで困らないと思うぞ。」
「なるほどね。」
「あぁ、この間ランタナにやられた後ここに貼っていたのもまぁある種魔法具だ。即席だけどな。」
相槌と共にヒースの顔を見て、そういやこの人頬に怪我してたんだったと思い出す。確かにすっかり綺麗になっていた。
「ただの絆創膏じゃなかったんだ。」
「治癒魔法を軽く仕込んだだけで、ほぼただの絆創膏だな。あんまり、杖で自分に魔法をかけるのは得意じゃないんだ。」
「言ってくれりゃ治癒魔法くらいかけたのに。」
「いいんだよ、慣れてるから。」
ヒラヒラと手を振る彼を見て、今度は勝手にかけてやろうと心の中で呟く。森に踏み入れれば、すぐそこが学校だ。道を曲がれば大きな門が見える。
「今日は疲れただろ。地名を案内するのは今度にして、もう休め。また良ければ適当なタイミングで夕食に呼ぶよ。」
「ほんと?ありがとう。じゃあお言葉に甘えて部屋に戻ろうかな。」
正直セカモアに追いかけ回されたのでかなり疲れたんだよね。寮に戻ってヒースと別れ、自分の部屋に入る。まだ三時くらいだ。ダラダラしていたら少々激しめのノックが聞こえてきた。これは多分ウィズだな。
「はーい。お、やっぱり、ってみんな居たんだ。」
ドアを開けた先にはウィズ、とその後ろにプルメリアとヒース。この人たちなんでこんなにワクワクしてんの?目が煌めいてるんだけど、ヒース以外。
「明日、グリフォン乗りに行こうよ!」
……はい?ウィズの言葉に首を傾げると、後ろのヒースが補足する。
「さっき、明日あたりカエデに空から地名を教えるってぽろっと漏らしたら乗り気になってしまって……せっかくなら箒じゃなくてグリフォン乗りに行きたいんだと。」
「グリフォンって、初日に私が落ちたやつか。」
「大丈夫、観光用のグリフォンにはちゃんとベルトついてるから!」
ウィズの間髪入れないフォローに思わず笑う。そんなに行きたいのかい、お前は。でもまぁ、乗馬とかワクワクしたし、遊園地のアトラクションは楽しいし、彼らにとってはグリフォンがそういう感じなんだろうな。
「いいよ、案内してくれるなら行こうよ。」
「やったね!じゃあ明日七時くらいには起きてね。あ、その前に今日も夕飯一緒に食べるんだよね!十八時に来てよ!」
まくし立てるウィズに、赤べこみたく頷く。良い笑顔で自分の部屋に回れ右した彼を見て、プルメリアも明日ね、と言って部屋に戻った。入る?とジェスチャーで示せば、ヒースはドアの隙間からするりと部屋に入ってくる。
「……まぁ、お前の出身地くらいは決めておくと楽かもな。」
「そーだね。おすすめの場所ある?」
「おすすめって。まぁ、西の方は人が少ないし家も森の中に点在している感じだから誤魔化しが聞くかもな。」
「西?」
「西の山の向こうに、迷いの森がある。そこから来たっていえばいいんじゃないか。」
時計をちらりと確認する。十六時半前、まぁ一七時前に別れればいっか。
「結局……ノートの使い道はよく分からないままだな。」
ヒースの言葉に、机の上のノートに視線をうつす。着々と増えて、突然時を戻した、それ。
「どうして時間移動したんだろうね。」
「直前に何をしていたか覚えているか?」
「一周目ラストってことだよね?コケたよ。」
「それは知っている。」
えー、何したって言ってもなぁ。手動のコーヒーミルをガリガリ回しながら、先週のことを思い出す。
「何を言ったか、とかどこに触ったとかそう言うやつだ。」
「ヒースに見せに行ったんだよね、昨日のところがーって。」
「昨日、って言ったのがまずかったのか?」
「うーん。今試す?」
挽き終わった豆をドリップに移して、ポットのお湯を回し掛ける。お湯、本当は沸かしたてがいいとかあるのかな、知らんけど。
「いや、あのデジャヴは出来れば避けたい。」
ヒースの顔が分かりやすく歪んだ。だよねぇ、私も避けたい。
「まぁいざと言う時試してみよ。そういや開く前に宣言すれば本の内容を変えられるか、ってのも試してないしさ。」
「そうだな……ある程度でいいからドラゴンの目処が立つといいんだが。」
「だよね。」
コーヒーカップを持ってテーブルの方へ向かって、と振り返ったそこに光る紋があった。
「っわ何これ、あ待ってランタナ?」
「遠距離会話か?」
「うんそうみたい。」
取り急ぎカップをテーブルに置いて、杖で受け取る為の紋を書く。
「……カエデ?」
紋からランタナの声がした。この間の録音よりクリアに聞こえる。
「うん、聞こえてるよ。」
「良かった。誰か他にそこにいる?」
「ヒースがいる。」
「彼なら大丈夫かな。映像繋いでもいい?」
いい?と目でヒースに尋ねる。彼が頷いたので、了承してこちらも映像の為に紋を書き足した。いそいそとヒースは写りこまないようになのか私の正面に移動している。そんなに顔を合わせたくないのか。
「あの後校長の来歴について調べたら、やっぱりパンフレットに載っていたんだ。見てもらったほうが早いと思って。」
宙にスクリーンが浮いているような感じでランタナがうつる。凄いなんか、近未来テクノロジーっぽくてかっこいいな。確かスクリーンイコールカメラだから普通に目を見て話せばいいんだよね。授業で習った時に一回実践させてくれりゃよかったのに。私が脳内でブチブチ先生への文句を並べている間に、スクリーンいっぱいにパンフレットの一ページがうつる。
「見える?」
「うん、この校長の紹介……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか……そのままで待ってて、ねぇヒース。」
手招きをするとめちゃくちゃ嫌そうな顔をされる。いやほんと、気持ちは分かるんだけど。だってこれ、絶対そうだもん。
「いやほんと見て、私パンフでしか見てないけど、これほぼうちの校長じゃない?」
「「え?」」
ヒースとランタナの声がハモる。慌ててヒースもこちら側に来て、スクリーンを覗き込んだ。
「本当だ、少し違うが……よく似ているな。」
そう、画面のパンフに写っている校長は、同じ顔という訳では無いけど、双子が兄弟かってくらいMonstrosity校の校長とそっくりだった。
「おわー、めっちゃ迫力あんね!」
たいそう大きなグリフォンを見上げて思わず漏らす。前に見たユーストマさんに説教されていたグリフォンよか一回り大きいんじゃない?
本日無事晴天。昨日気になることを発見したけどしたところで何になるわけでもなく、一旦それは置いておいて地名を学ぶべくグリフォンに乗りに来た。
「二人乗りだって、カエデとヒースが一緒に乗る?」
によによ笑いながら言うウィズ。うん、やっぱりこの子完全に勘違いしてんだよね……まぁ確かに、いつも私とヒースは一緒にいるけどさ。
「そーだな、そうする。」
そして特に訂正することなく頷くヒースは分かっているのか、いないのか。もう一度、辺りに何体かいるグリフォンを見回してみる。うーん、黒い子はいないね。
「あの、黒い子はいないんですね。」
なんとなくグリフォンを撫でるスタッフらしきお兄さんに声をかける。お兄さんは顔を上げて、笑いながら手を振った。
「いたら大変だよ、黒いってことは魔力がコントロール出来てないってことだから。」
「え?そーなんですか?」
「そう、自分自身の魔力を上手くコントロール出来てないってことなの。ま、ここの子みたいな野生の魔法生物の子に、そんなヘマをする子はいないけどね。創造生物だとたまにいるかな。ほら魔法生物って基本闇魔法だから、魔力が滲んじゃうと黒く見えるんだよ。」
やはり餅は餅屋なんだなぁ。思わぬ収穫にヒースとアイコンタクトをとる。お兄さんにお礼を言って、ヒースがまずグリフォンに乗り込んだ。そんで私を引き上げてくれる。
「なんかそこはかとなく乗ったことある感じ。」
「乗ったことになってるんだろ。」
「怖いんだけど。」
「落ちたことになってるからな。」
「ぐぬぅ……」
文句をたれつつ、大人しくグリフォンの鞍についたベルトをつける。うん?どこ掴まればいいんだろ。ヒースの所には私とヒースのあいだに持ち手があるみたいだけど、鞍の前の方にはそんなものは無いぞ。
「嬢ちゃんはグリフォンの首に腕回していいからね。」
「え、まじすか。」
お兄さんの言葉に思わず瞬きをする。確かに横目で確認したら、隣で前に座っているウィズは遠慮なくグリフォンの首を鷲掴んでいる。
「わ、かりました。ごめんな、失礼しまぁーす……。」
グリフォンの様子を伺いながらそっと首に腕を回す。お、もっふもふ。
「じゃあ飛ぶよー!」
お兄さんが笛を吹くと二体のグリフォンは並んで飛び立った。
「ぅえええ、高いよぉおおお!」
そういや私高所恐怖症やったわ!えっ箒より全然高い怖っ無理無理勘弁、
「下向くな、前むきゃまだマシだろ!」
ヒースの声に慌てて遠くを見つめる。おそらきれい。
「うん、多少マシ。」
「カエデー!あれが東の山ー!」
ウィズの声に振り返り、指さす方を追う。一際高い山だ。
「一番大きい山が東ね!んで今の正面が北の山!低いっしょ?向こうの首都見える?」
風がごうごう唸ってるってのに、ウィズの声はよく通るね。目線を向ければ、確かに向こう側は開けているように見える。
「僕あっちから来たんだよ、カエデんちはどの辺?」
あっこれ進〇……違うヒースゼミで見たやつだ!ヒースの助言を思い出しつつ、偽りの故郷を答える。
「私はねぇ、西の方の森に住んでたんよー!」
そう言った瞬間、頭の中に断片的なイメージが浮かんだ。
「んぁ?」
「どうした?」
向こうの二人に聞こえない声量でヒースが訊ねてくる。
「いやなんか、森の景色がいきなり色々浮かんだ。」
「じゃあ設定が生かされたんだな。」
「そゆこと?」
ヒースと話していると、ウィズが地名の解説を再開しはじめる。
「西って言うとあっちだねー!」
迷いの森から来たのかぁ、というウィズの声に違和感を覚える。あれ、デジャヴ?待って待って、また?
「で、南の山は今後ろにあるから……ねぇグリフォン、あっち向ける?」
ウィズの言葉に、二体のグリフォンは大きく旋回を始めた。いやこれ絶対デジャヴ、とヒースに同意を求めようとした瞬間、「カチッ」って不穏な音がした。あれ、さっきベルトの金属止めた時に、そんなお、と?
世界が反転。
あ?なんでかヒースの顔が正面から見える。ひでぇつらしてる、な、
刹那、風が勢いよく体を包んだ。やっべぇ落ちてない?落ちてるね!落ちてるね! 取り敢えず死にものぐるいで内ポケットに手を突っ込んで、ポケットの中で無理やりノートを開いた。
止まった!
空中に止まる羽目になったけど、まぁともかく止まった。よか…いやえっ怖い怖い、二度と下向けない。でももう落ちないや、とほっとした瞬間、この間みたいなフラッシュバックが起きて一回目もこうやって落ちたことを思い出した。そう、箒の代わりもないので一か八かで「落ちる前に戻る!」って叫んでノートを閉じたんだった。ホントに落ちる直前に戻ったんだな。はぁ……取り敢えずノートを開いたまま取りだしてしっかり抱えておく。
「ヒースゥ、二回目だよどうしよう!」
大声で叫んでみれば、上の方、ギリギリヒースがグリフォンから顔を出しているのが見える。
「戻ると記憶が無くなるなら、もう一度戻っても多分無駄だぞ!記憶が残るならベルトをつけ直せるんだが。」
「だよねぇ!なんかない!?」
「一回目に思いついている方法が一個無くはない!」
「なに!?」
周囲が無音な中、叫び合ってるのはなかなかにシュールだ。しかも私は空中に止まっている。歩いたり出来るように身動きはできるけど、不思議と落ちたりはしなかった。なんなら上に歩いていくことも出来る。試したこと無かったけど、今までも登ろうと思えば空中を歩けたのかしらん。取り敢えずヒースの方に近づいていく。
「使い魔の手綱を握れば、止められる。が、二人にバレるだろうな。」
「おわぁ……」
ピクリとも動かないグリフォンの上に再び乗り上げ(勿論時間を戻せば意味の無いことなんだけど)、ヒースの方をむく。
「それにそれ、めっちゃ首締まらない?死んじゃうよ私。」
「大丈夫、紋によっては腰につけられる。」
「安全ベルトかな?」
「肩まで固定もできる。」
「ハーネスかな?」
他には方法ないの、と聞いたけど、一番早く書ける紋がそれだという。ロープだとかを出したら私がそれを咄嗟に掴まなきゃいけないし、上手いことストップさせるには紋が複雑すぎる。物を浮かせる魔法はヒースの魔力の出力じゃ足りないし、私はまだ覚えてない。ていうかそれも複雑だから時間も掛かる。魔法も万能じゃないねぇ。
結果、誤魔化し方は後で考えるってことで、一度リードで止めたあとプルメリアに浮遊魔法を掛けてもらうことにした。意を決し、ノートを閉じる。
瞬間浮遊感が戻ってきて、遠くで私の名前を呼ぶ声がした。怖くなって思わず目をつぶった直後、体がグンッと引っ張りあげられる感覚がして、そして止まった。セーフ、紋を書くのが間に合ったみたいだ。
ただまぁ……なに?上向いた状態で吊られているから、すげぇ体が反るんだわ、痛てぇや。首を上げれば初日に見たような半透明のリードが、ハーネスみたく肩と腰で固定されている。そのまま上を見ればヒースは必死にリードの先を引っ張っていて、プルメリアが何か別の紋を書いていた。うん、これ首痛いな。諦めて力を抜くべきなのか、どうするのがいいんだ?紐一本だから体がゆっくり回るし、何よりヒースの両腕が心配。
あ、プルメリアが書き終わったっぽい。紋がこっちに飛んできて、当たると同時に体が浮く。そのままスルスルとリードで引っ張られてグリフォンに乗せられたので、今度はしっかりとベルトを締めた。プルメリアが杖を振り、再び体が重くなる。
「……お騒がせしました。」
今の、浮遊魔法にしては紋が複雑じゃなかったから……物の重さを減らす魔法かな。確かにその方が書くの早いもんね。
「えー、これ突っ込んでもいい?」
「あとであとで。取り敢えず無事で何より。」
ヒースのあしらいに納得してなさそうな顔でウィズが眉を寄せる。
「……今正面にあるのが南の山でぇす。」
「あっ続けるんだありがとう。」
南の山はMonstrosity校のある森の奥か。向こう側は、うーん、開けてはいるけど緑。田んぼか?畑か?こう見るとMonstrosity校のある森はそんなに大きくなくて、南の山と東、西の山はすぐ近くだ。……っていっても西の山の先にも森があるからパッと見繋がって大きく見える。東の山は大きすぎて向こうが見えない。Phoenix校の奥には街が広がっていて、北の山は少し遠い。
「降りるか、一通り見えただろうし。」
ヒースの言葉に激しく頷く。正直怖いので降りたい。グリフォンの首にしっかり掴まって、降下を耐える。
「取り敢えずノートの使い方は分かったな。あまり役に立ちそうにないが。」
「どこに戻りたいか言えば、戻れるっぽいね。」
先に降りたヒースに手を引かれながらグリフォンから降りる。ノートとドラゴン、校長のこと。ちょっとずつ材料は揃ってきたような。でもそんなことより目下の問題は。
「じゃ、詳しく説明してもらえる?」
「……どうします?」
グリフォンから降りて仁王立ちするウィズと、その後ろでこちらを伺うプルメリア。ヒースに言外にどこまで言うんすか、と尋ねれば彼はぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてから溜息をついた。
「詳しくも何も俺たちも分からないから今探っているところだ。」
「どういうこと?」
「初対面の時から使い魔の契約があった。契約理由も分からないから破棄しようもない。」
使い魔の契約だけ、話すことにするらしい。私は特に口も挟まず、うんうんと頷いた。
「……でもカエデって人間でしょ。」
「そだよ。」
ウィズの言葉に激しく頷く。そうそう、そうなんだよ。それ私たちも困ってんの。
「ヒース、カエデを異世界から連れてきたの?」
プルメリアが首を傾げると、ウィズがぽんと手を打った。
「確かにね!カエデが他所からヒースに召喚されたなら話は通じるのか。覚えてないわけ?」
……異世界から来るのって悪魔だけじゃないの?キョトンとする私を他所に三人は会話を続ける。
「だから初対面だったって言ってるだろ。カエデが引っ越してした日にはもう契約されていたんだよ。」
「だよねぇ、それにカエデは迷いの森出身でしょ。」
ああ迷いの森。その言葉に空の上で唐突に浮かんだ映像を反芻する。ホントに……思い出話が出来そうなくらい自分の「故郷」の景色が脳味噌にインストールされている。画面越しみたいであまり実感はないけど、これはここの私の思い出、ってことになるのか。考えようとしてなかったけど、言われてみりゃ馬車に乗っていたことや横転した様、取り敢えずグリフォンに乗って……落ちて……うん、それもやっぱり知っている。この世界における転校生のカエデ、は順調に形成されているということなのかな。
「まぁこのことは内密にな。お互い不便には思っているんだが……」
「解消する方法がないんじゃ、仕様がないね。」
無理やり話を収めた感あるけど、まぁウィズとプルメリアも取り敢えずはいいやとばかりに追求するのを止めたらしい。
「空の旅はどうだった?」
向こうの方から、別のグリフォンを見ていたらしいお兄さんが近づいてきた。落ちかけたんだけど、とクレームの一つや二つ言ってやろうかとも思ったけど、なんで助かったんだって話になるから黙っておいた。お兄さんにお礼を言ってお金を払ってから、Monstrosity校の方へ戻る。はぁ、また奢らレイヤーになってしまった。グリフォンに乗った場所は学校がある森の中、街とは反対のほうだったので、街に行く道ほどしっかり踏み固められてない。
「このまま街まで出てご飯食べる?それとも学校戻る?」
ウィズの問いかけにプルメリアが真っ直ぐ前を指差す。街一票。
「あっちの方が選択肢多いだろ。」
街二票。
「僕今日は甘い物食べたい気分なんだよね。」
街三票。あ、それ分かる。めっちゃ甘い物食べたい。パンケーキとか餡蜜とかああいう炭水化物だけど甘いやつ!
「私も甘い物食べたい。」
街四票。学校の前を素通りして真っ直ぐ進み、街まで出る。昨日進んだ方ではない道を通り、カフェ通りがあるらしい方へ案内される。
「色々あるよ、和菓子も洋菓子も。」
「世界観ガバガバか。」
「え?」
「いやなんでもない。」
和菓子あるのかい。しかも和菓子って呼ぶんかい。でも確かに所々日本風の建物交じり込んでいるんだよね、ほらあそことか茶屋って感じ。それにしても、このあたりは多分うちの生徒の領域なのかな。Phoenix校の制服は見当たらない。
「この辺はうちの生徒が多いね。」
「そうだな。ただこの辺りもたまに来る奴はいる。……まぁ会ったってお互い嫌な顔をするだけだ。関わらないようにすりゃ問題は無い。突っかかりに行くなよ。」
「いや行かないよ、ヤンキーじゃないんだから。」
ヒースの言葉に苦笑いしていたら、ウィズが振り返って入りたいお店を聞いてきた。四人指した店が見事にバラバラだったので、買って学校に戻って食べることにする。
私はさっき見た茶屋の方に戻って、暖簾をくぐった。話し声が聞こえる。薄暗い店内に瞬きしているうちに暗さに目が慣れてくる。奥のカウンターにお店の人がいて、客一人と談笑しているのが分かった。
客の赤髪のポニーテールを見た時に、あれ、と思って目を瞬かせる。店の人と目が合った。店のおばちゃんが、あらごめんなさい何になさる?と尋ねたのを聞いて、客もポニーテールを揺らしてこっちを振り返る。その顔にやたらと既視感を覚えるのは、昔の私のイメージ通りだからだろうか。彼女はPhoenix校の制服を着ていなかった。そりゃ、日曜日だから不思議はない。ただ私の制服を見て眉をひそめたのをみて、すぐにあっちの生徒だと分かった。それに、彼女の容姿ならよく知っている。
ようやく生で主人公を見ましたわ。
この子が多分サイネリア、サイネと呼ばれている女の子。赤髪のポニーテールなんてそうそういるとは思わないし、何しろここは物語の中。容姿が被るようなモブが配置されているはずがない。
でもなぁ、ここで話しかけるとノートがバレる、というかストーカー疑惑かけられるから。素知らぬ顔でカウンターの近くまでいって商品を吟味する。そりゃね、話せりゃいいと思うことは沢山あるけども。
「サイネちゃんはうちで食べてく?」
「あぁうん、そうする。ありがとうおばちゃん。」
「後で席持って行ってあげるから、適当に座ってな。」
ほらね、サイネリアだ。でもなぁ、何ってなぁ。ここで食べる訳でもないし……取り敢えず思考を放棄。
「オススメあります?甘いもん食べたいんですけど。」
顔を上げておばちゃんに向かって言ったつもりだったんだけど。何故かサイネが振り返って
「わらび餅。」
と答えた。振り返って私がおばちゃんのほうに話しかけていたことに気がついたんだろう、ぐっと頬が赤くなった。
「……美味しいよ、わらび餅。」
いや押し通すんかい。思わず笑うと、顔を逸らされた。おばちゃんにわらび餅とみたらし団子を注文すれば、おばちゃんは奥に引っ込んでいった。席に行くに行けなくなったのかこちらを伺うサイネに向き合う。
「ありがとう。」
Monstrosity校の子に声かけるの、嫌だったんじゃない。聞きかけたけど、ぐっと飲み込んだ。彼女は制服を着てないんだから、私が彼女の学校を知っているはずがないんだ。
「あれ、もしかして貴方、ランタナに会った人?」
と思ったら向こうからばらしてきた。げ。思わず自分の体を見下ろす。まだ痕残ってたかな?
「昨日、聞いた背格好に似ていたから。……違った?」
思わず瞬き。あれ?昨日ランタナ二人に話したって言っていたっけ。遠距離会話をした時にはそんな話はなかったし……あ、でも思えばあの後ノート見てないから、その後何があったのかは分かんないんだよな。
「うん、そう。会った。貴方はなんでそれを?」
「昨日、セカモアが『ランタナに会ったっていうMonstrosity校の生徒にあったんだけど』って詰め寄って、色々聞いてたから。」
セカモアに詰め寄られる……昨日の怒涛の勢いを思い出して、思わず苦笑いを浮かべた。そりゃまぁね、色々言っちゃうわな。後でノートを見て、彼がどこまで言ったのか確認しておこう。
「そっか。まぁ、彼からどこまで聞いたか分かんないけど、きっと貴方とはまたどっかで会うと思うから、よろしくね。えーっと、貴方がサイネリア?」
奥からおばちゃんが紙袋を持って戻ってきた。おばちゃんに渡された袋を受けとり白々しくたずねれば、彼女は小さく頷いた。
「じゃあ、また。」
それにしても、なんでこんなにサイネに既視感があるんだろう。なんか似ている人いたかな。それともまた例のデジャヴ?外に出ればヒースだけが通りに立っていた。
「二人は?」
「まだ。」
「そっかぁ。」
なんとなく手持ち無沙汰で、彼が買ったものをぶんどって中を覗く。あ、美味しそう。満足したのでそのまま彼の手元に戻せば、ヒースが子どもかよ、とくすくす笑う。
「あぁそういえば……昨日の校長二人の話、何か思いだ、」
「あ!」
ヒースの声を遮って思わず声を上げた。往来の人が一瞬こっちを見て、また興味を失って歩き出す。
「なんだよ、いきなり。」
「いや違うのよ、思い出した。さっきサイネに会ったんだけど、なーんか見た事ある顔だなと思って。」
「はぁ。」
興奮する私にヒースは体を反らせ気味で頷く。いやごめんでもマジ個人的には大発見なのよ。
「校長だよ!校長たちに似てない?」
「サイネがぁ?」
驚いたように片眉を上げた後、ヒースは首を横に振りかけ……いやでも言われてみれば目元が、うーん?と考え込んでしまった。えー、絶対似ていると思うんだけど。
「というかそもそもあいつに会ったのか。有名なくせに、よくこっちまで来たな。」
「制服着てなかったから、こっちでもあんま目立たなかったんじゃない?」
「あの赤髪で?」
「ヒースだってピンクでしょ。そんな珍しかないんじゃない?」
「まーな……」
そのあとプルメリアが合流した為、一度この話はお流れになった。
全員揃った後、何時ものように一番広いウィズたちの部屋に押しかけて各自買ってきたものを広げる。全員が腰を落ち着けると、ウィズがプルメリアに防音魔法をお願いした。なんでやろ。
「それにしても全然分かんないねぇ、校長の思惑っていうやつ?そっちはどお、ランタナに会えたんでしょ。」
パンケーキを頬張りながらウィズがボヤく。なるほど確かに手紙の内容は見ていたんだから、実際会ったか気にもなるか。
「二人とも、昨日なぁんにも言ってくれないからさぁ。」
プルメリアも横で頷く。そーいや昨日夕食の時、その話、しなかったな。正直校長二人がそっくりな理由を思い出すのに必死だったし。まぁ思い出せてないんですけど。
「うん、向こうも手伝ってくれるってよ。まぁ、ランタナ以外の二人はどうなのか、いまいち分かんないんだけど。」
「向こうはなんて言われているって?」
「よく分かってないみたい。向こうが来るから応戦しろ、ってくらいで。理由を聞いたら聞くなって言われたってさ。」
つまりは、割と手詰まり。ヒントはバラバラとあるんだけど、なんか繋がらない。そもそも校長同士の揉め事がなんでドラゴンになるんだ。いやなるのか分かんないけど、ここは物語の中なんだしその二つに関連がないわけは無い、と思うんだよね。
「協力しなきゃ分かんない部分はあるだろうけど、やっぱり割り切れないところはあるよね。」
ウィズがポロッとこぼした言葉に、プルメリアがサンドイッチを頬張るのをやめて首を傾げた。姉さんは偉いから、しっかり口の中身を飲み込みきってから口を開く。
「敵対する理由、ないよ。」
「そりゃね、確かに明らかに僕らは騙されて向こうを嫌ってるわけだけどさ。」
むーっと眉を寄せて、言葉を選ぶように黙り込む。うん、オススメされただけあってわらび餅美味いな。
「ずっと嫌な相手だと思ってたんだよ?やっぱり、すっと切り替え効かないでしょ。」
ヒースは偉いよねぇ、ランタナに手紙まで出してさ。そう言って再び食事に戻るウィズの言葉に、思わずジト目でヒースの方を見た。お兄さん本当は、だいぶ頑張って文句言いながら歩み寄ってますもんね。二人の前では涼しい顔で、サラッと向こうに協力を要請する、って言って見せたけど。おいこら目を逸らすな。
「知り合いの一人でもいれば印象変わるかもしれないけどさ。昔からの友達とかいないし。」
「だいたい進学する奴が少ないだろ、友人の大半は家業を継いでいる。」
「その職が使っている魔法だけ教われば、困んないもんね。」
なるほど。バラバラの場所から生徒が集まっている有名校のわりに規模が小さいのは、そもそも進学者が少ないからか。
「親近感ぜんっぜん湧かないもん。いざ協力って言っても顔合わせたら揉めちゃいそー。」
「親近感、なぁ。」
ヒースの含みのある言い方がちょっと気になったけど、彼はそれ以上何も言わなかった。
お昼を済ませて部屋に戻った後、ローブからノートを出して開く。多分ヒースが怒るけどそんなことは知らない。
「あー、こりゃ災難だったねぇ。」
昨日の分の記述で、私たちと別れた後のランタナの様子がよく分かる。
学校に戻ったあと図書館でパンフレットをゲットして、部屋に戻り、私に電話をかけて、そのあとランタナを探し回っていたセカモアが道中巻き込まれたサイネと部屋に押しかけてきた、らしい。それで魔法具の実験は躱しつつ、手紙のことや私の事、これから校長二人のことについて調べたいことを伝えたようだ。二人は現段階では邪魔はしないけど協力はし難いと言うスタンスのよう。
「いきなりノートを開けるな!」
「そう言うヒースはいきなりドアを開けないでくださーい。」
予想通りというかヒースがドアを開けて飛んできた。納得いってなそうに謝罪して入ってくるので思わず笑ってしまう。
「いや開けたらくるだろうなーと思って。今日は話しておきたいこと多いし。」
「ウィズと話している途中だったんだぞ……突然目の前の人間が硬直したらビビるだろ。」
もはや定位置になった、丸型テーブル(というか私には卓袱台にしか見えないんだけど)の前の床に座り込むヒースにクッションを投げつける。ベッドに腰かけていたけど立ち上がって、私もテーブルの近くに座り込んだ。
「魔法生物を作るのは闇魔法なんだねぇ。」
「そうなると、ドラゴンの主はうちの関係者の可能性が高いかもしれないな。」
伏せてノートをテーブルに置く。あ、コーヒー用意しなかったや。
「そういや、魔法って青いよね?滲み出ると黒いの?」
お兄さんの言葉を思い出しながらふと尋ねれば、ヒースが小さく首を傾げた。
「ほら紋を書くと青く光るでしょ。」
「ああ、あれは闇魔法でも光魔法でもない。通常魔法だから青く光るんだよ。」
曰く、闇魔法なら紋は黒く、光魔法なら紋は白く光るものだと言う。
「例えば何があんの?」
「基本的に通常魔法と同じものがそれぞれのパターンある。例えば火を出すにしろ、」
ヒースはさらさらと私の知っている紋をかいた。青く光った後、小さな火の玉に変わったそれは大人しくヒースの片手に収まっている。杖を再び振れば、火はすぐに消える。魔法を作るのには紋を書く手間があるのに、解除は杖を一振りするだけというのは、いつ見ても積み木を想起する。積むより壊す方が簡単だ。
「これがいつもの。少し紋を変えれば、」
次にヒースが書き込んだ紋は黒く光った後……黒く光る、というのも妙な表現だが確かに黒く光った、先程と同じように火の玉に変わった。あ、何かに干渉するわけではないなら、ノートを開いていても魔法は出せるんだな。
「な?まぁ何が違うって言うのは授業で詳しくやってくれ。攻撃の相性とか、魔力の出しやすさとか……まぁそんなもんだ。俺らは通常魔法と闇魔法しか習わないから、光魔法は実演してやれないんだが。」
Monstrosity校は闇魔法と相性が良い者が入試で選別されているらしい。だから基本的に皆、闇魔法のほうが魔力を出力しやすいそうだ。その分力加減を誤ると疲れるから、普段は通常魔法ばかり使うという。
「時々闇魔法でしか出来ないこともある。逆も然りだな。分かりやすいのだと、強い光を生み出せるのはあっちだし、完全な暗闇を生み出せるのはこっち。」
そのあとヒースは窓の外を指さした。目線を投げれば、森の木々が見える。
「例えばほら、あの木を一瞬で枯らすことが出来るのは確か闇魔法だけだ。」
「光魔法は?」
「正直、よく知らない。」
なるほど。今度ランタナにでも見せてもらおう。話が途切れたので、テーブルに半身を投げ出す……けどすぐに顔を持ち上げた。
「あ、忘れてた。私が異世界から来たならワンチャンってことはさ、もしかしてヒースが私の事この世界に呼んだんじゃない?そう仮定すれば、私がこの世界に来た流れも、なぜか使い魔契約を結んでいたことも説明がつく。」
昼間、ウィズに言われたことを思いだして尋ねてみた。ああそれな、とヒースは腕を組む。
「俺もその可能性は考えていたんだが、ただそんなことした覚えはないんだよな。」
「じゃあノートのせい?また時間が歪んでんじゃない?」
うーん、とヒースは手を顎に当てた。あり、可能性はあると思ったんだけどな。
「でもデジャヴしてないだろ。」
あ、確かに。じゃあ違うのかなぁ……。ん、でもそうすると、
「つまりノーヒント?」
「現段階では。」
「ちぇ。」
上げた頭を再びテーブルとこんにちは。木目と睨めっこしていると、上からヒースの声が降ってくる。
「少し話は戻るが、闇魔法で誰かがつくったドラゴンだとして、魔力暴走を起こしているんだろ?結構まずいよな。」
「校長二人の喧嘩と絶対絡んでんだよね。あそうだ、後でランタナにサイネが校長の親戚じゃないか聞いてみよ。」
顔を挙げずに言うと、何故か髪の毛がわしゃわしゃと撫で回される。なんでや。不満げに唸ると、珍しい色だよなぁと呟きが聞こえた。
「地毛にしては暗い色だな。」
「地毛だよぉ。」
ランタナに聞いた話を思い出す。この世界じゃイメチェン割と簡単だろうな。地毛と区別つかないくらい綺麗に染まるんだもん。伸びてプリンになるんじゃなくて、魔力切れるまで綺麗なまんまで、あとは全体がだんだん色落ちするらしいのよね。顔をちょっといじったり、髪の色変えたりすれば、印象もだいぶ変わるだろうな。
取り敢えずノートを閉じて、ランタナに電話……もとい遠距離会話をかけることにした。開き直ったのかヒースも今回は逃げることなく隣にいる。昼間だし出ないかな、と思ったけどランタナも部屋にいたらしく、すぐに繋がった。また映像も繋げておく。
「サイネが?あぁ、うん。よく分かったね、校長はサイネのおばさんにあたるんだよ。」
「やっぱり?似てんなーと思ってさ。あ、ならサイネは校長に姉妹がいるかとか分かるかな?」
「ああ、昨日の瓜二つだって話だね。」
聞いたことはないけど……と少し考え込んだ後、ランタナはポムと手を打った。
「呼んでこようか?」
「え?サイネを?」
遠距離会話が始まったきり隣に座って特に話していなかったヒースが、そっと枠外に逃げた。ランタナには慣れたけどサイネはダメってか。向こうでランタナが吹き出したのが分かった。
「じゃあまぁヒースの避難も終わったし呼んでもらってもいい?サイネは私のこと知ってるもんね。」
「うん、朝街で会ったんだって?」
「そうそう。二人に話したってのは聞いたんだけど……二人は協力してくれるって?」
まぁしてくれないってさっき読んだけど。案の定少し顔を曇らせて、ランタナは首を横に振った。でも校長の話を少し聞くくらい平気だろう、とのこと。画面からランタナが消えて、しばらくすると戻ってきて座り込んだ。そのすぐあと、画面の端から恐る恐るといった様子でサイネが覗き込んでくる。
「わらび餅、美味しかった。」
と笑えば、キョトンとしたあとサイネも吹き出した。良かった、ちょっとは緊張もほぐれたようだ。早速本題に入るべく、サイネにも校長二人がそっくりなことについて話してみる。
「ウィローおばさんには姉妹は居ないはず。お父さんと二人兄妹だと思うよ。」
「ホント?従姉妹とかでもいいんだけど。」
「聞いたことないや。おばさんに似ている人なんて、心当たりないよ。」
うーん、空振り。思わず肩を落とした私たちに、ああでも、とサイネは手を叩いた。
「ずっと気になっていたことがあるの。七年前くらいに、何かの魔法を研究している、って言って、ウィローおばさんに全然会えない時期があったんだ。」
七年……つーと学校創立の少し前か。
「一年くらい音信不通で、次に連絡があった時には学校建てたって話だったんだよね。でも、何度聴いても一体なんの研究だったのか教えてくれないの。」
失敗したんだって言って、それっきりだんまりを決め込んでいるのだそう。サイネが持っているPhoenix校の校長……ウィロー校長の情報はそれくらいとの事なので、一度お開きになった。遠距離会話を終えて、お茶でも入れるかと立ち上がりながらふと疑問をぶつけてみる。
「そーいやうちの校長の名前はなんて言うの。名字は違うって言ってたよね。」
「パンフレット見ただろ……エアオ校長だ。エアオ・ジェンダ。」
この世界あんまり苗字で人呼ばないのな。先生とか校長とか、敬称につけるのはファミリーネームがメジャーなイメージだけど。
にしても珍妙な名前だな。今のところキャラの名前って花の名前しかなかったのに。……ん?いや待てよ、もしかするともしかするな。
「ねぇ、それスペルわかる?」
「え、まぁ分かるが、どうした。」
不思議そうにしながらも、ヒースがペンを取って適当なメモに書き付けていく……ペンもメモも私の机にあったやつだけどまぁ許す。
「ほら。」
渡されたメモに目を滑らせる。流暢な字で書き付けられた
Jnde Eao
の文字を見て、私もペンを取った。
Jnde Eao
J N D E E A O
書かれた名前の下にすべての文字を大文字で書きだす。
「キャラクター名に統一感がある時にね、そこから外れる名前があるなら大抵意味がこもってんのよ。暗号かアナグラムとかだな。」
「名前が、か?でもそんなの、生まれた時から決まっていることだろ。」
「ここは物語の中なんだよ、ヒース。」
うっと言葉に詰まる様子を見て、なんだか申し訳ない気持ちになる。自分が作り物だなんていい気はしないよね。
「……うーん、語感悪いしアナグラムかな?」
つってもなー、良い感じに並べ替えるには……なんだろ。英単語だよね多分。
「良い感じの言葉が思いつかない。」
「なぁ、この話を書いた時に好きだったとことかないか?影響受けたりするだろ。そもそも何を見てアナグラムなんて思いついたんだ。」
ヒースの切り替えが早くて助かる。物語だと言うのなら、書いた時の心情が重要だろ、という彼の言葉に記憶を引っくり返す。
「え、なんだったかなぁ。待ってね思い出す。多分推理小説とかドラマだな。」
小学校の頃小学校の頃……何読んどったかな……
「推理小説って例えばなんか好きなのある、ヒース。」
「俺に聞いてどうする。そりゃまぁコナン・ドイルとかアガサ・クリスティとか。」
「えっそれはこの世界でも共通項なの。」
ますますガバガバの世界観と時代設定に困惑する。コナン・ドイルは名前こそ知っていたけれど、つい最近初めて読んだし。あ、でもアガサ・クリスティは読んでたな小学校の頃。オリエント急行だのそして誰もいなくなっただの。……あっ!
「U.N.オーエン!」
「は?」
「いやアナグラムっていうか、確かその頃U.N.オーエンを見て感動したんだよ。多分それだ。」
「なんだ、そりゃ。」
メモの続きに
U.N.OWEN
と書き付けて、ヒースに見せる。
「UNOWEN、綴りは違うんだけど読み方はunknownと同じでしょ。これが『そして誰もいなくなった』の冒頭で出てくる、本当は存在しない招待主の名前なのよ。」
「ああなるほど。」
ここから発想が来ているとすると……unknownは正体不明。となると他は、名無しの権兵衛とか?英語にもあったな、似たようなの。ジョン・ドゥだっけ。John Doeだから、
J N D E E A O
JO N D E
……HないしO足りないしEとA余るね。不発か。横からメモを覗き込んでいたヒースが、ジョン・ドゥって男性だよな、と呟いた。
「女性の場合はジェーン・ドゥのはずだぞ。」
横からペンを奪ったヒースが、メモに
Jane Doe
と走り書いた。……お?
J N D E E A O
JANE DOE
「おー!」
「ピッタリだな。」
「つまり……え待って、じゃあうちの校長は『名無し人』って事になるよね?」
「……実際には存在しない?いやでも、何度も会っているぞ。」
そうなんだよね。ヒースたちはその目で校長を見ているわけだし。でもウィロー校長には血縁で歳の近い女性はいなくて、エアオ校長は『名無し人』のアナグラム。じゃあウィロー校長とエアオ校長は同一人物?まさかな、同じ時間にどっちの学校にもいるし、第一顔も違って……顔も、違って?ランタナの話を思い出して、私は立ち上がった。
「ヒース、図書室って日曜日も開いてる?」
「あ、あぁ。スタッフはいないから持ち出しは出来ないが開いてるぞ。今から行くのか?」
「行く!」
私の勢いに半ば押されるような形ではあったけど、ヒースも着いてきてくれるらしい。私の部屋を出て図書室に行けば、平日より人はまばらだった。
「いい?この図書館の魔導書の中には自分から自分の性格を引き離して、もう一人の自分を作る方法が書いてあるものがあるの。」
「え、」
「あるんです。」
知らんけど。ここからは今の私の考えと、かつての私の考えが矛盾するかどうかの賭けだ。かつての私の考えと矛盾しない範囲でなら、私はこの世界を思い通りに出来るはずだってことは最初に分かっている。そう、だから私が今閃いたそれが、かつての私と同じならば。その為に必要な魔法がこの世界には存在するはずなんだ。
「魔導書の一番入口側の棚の下段一番右端の本に載っています。」
そう宣言して図書室にずかずかと入り、魔導書の一番入口側の棚の前に立ち、しゃがんで下段に目を滑らせ、一番右端の本に手を伸ばした。「自己分離魔法」、一ページ目の説明をヒースに見せる。
「私ねぇ、そのころジキルとハイドも読んだんだよね。」
「……なるほどな。」
自分の感情、性格などの一部を自分から引き離し、新しい人間として生成する。それが自己分離魔法だそうだ。その際つくられた人間は、自分と全く同じ容姿をしている。しかし分離してしまえばそれは引き継いだ感情や性格に加えて人格が形成され、つくった人間のコントロール下には置けない。
「で?これがドラゴンとどう関係するんだ。」
「まず、エアオ校長はウィロー校長が自己分離魔法を使って生みだしたもう一人のウィロー校長なんだよ。」
ヒースが私と彼の周りに防音魔法をはる。歩けばついてくるシールドは、内緒話には丁度いい。そのシールドの中で、部屋に戻りながら導き出されたことのあらましをヒースに説明していくことにした。とはいえ、全部が全部分かったわけじゃないんだけど。
「だからエアオ校長には過去がない。それにウィロー校長はエアオ校長が自分だってことを隠したがっているから、事を荒立てたくないんだと思う。これが襲撃を公にしない理由だね。」
「でも、似てはいたが同じ容姿じゃないだろう。」
「髪色は魔法で変えられるし、顔も変えようと思えば変えられるんでしょ。エアオ校長が後から自分で変えたんだと思う。」
サイネが言っていた失敗した研究も、恐らく自己分離魔法のことなんじゃないかな。それに必死にエアオ校長がウィロー校長を攻撃していることを考えると、もう一つ仮説が立つ。
「ドラゴンは確実にエアオ校長の仕業なんだよ。というか、この流れなら絶対そういう風に話運ぶ。」
「まぁ、分からなくもない。」
「それでね?君らを使って攻撃しているってことは、エアオ校長にとって、何かしらウィロー校長が居なくなると都合が良いことがある、ってことでしょ。ドラゴンが出てくるのも、エアオ校長がウィロー校長側に仕掛けた攻撃の一種なんじゃない?なかなか襲撃が上手くいかないことに焦れた、とか……」
ヒースは私の言葉に眉を寄せる。まぁ我ながらドラゴンの話と自己分離魔法の情報だけで多少飛躍しているとは思う。けれど、この世界には確実にシナリオってやつがある筈なんだ。全部の出来事は繋がり、襲撃とドラゴンエンドは何らかの形で因果を持つ。持たなければそれは物語には不要な要素だ。
「エアオ校長は、ウィロー校長を殺すつもりでいると?」
「君らの襲撃だけなら負傷させるくらいのつもりかもしれない、と言えるけど。でもドラゴンが本当にエアオ校長によるものならば、殺す気だと思わない?」
しばしの間。三年間親しんだ相手が人殺し、と言われてはいそうですかとはいかないだろう。ヒースはしばらく黙って歩いていたが、そうだな、とはっきりした声で口を開いた。
「問い詰めるか。」
「え?」
「ここの校長がジェーン・ドゥなのはほぼ確実だ。それで、この世界の、この物語の黒幕がジェーン・ドゥの方なら、エアオ校長よりはウィロー校長を問い詰めた方が安全なんじゃないか?」
それに関しては同意見。ふむ。ならまぁ……
「作戦会議だね、全員呼ぶよ。」
部屋にいたプルメリアを引きずり出し、ヒースとウィズの部屋に連れていく。ウィズにも説明してからランタナに電話をかけ、向こうもサイネとセカモアを半ば無理やり連れてきてもらう。
「……ということで。貴方たち三人に協力してもらうしかないんだよ。私たちもそっちの学校に行くから、校長に会わせてもらいたい。」
改めて襲撃のおかしさを説明し、そして今回判明したエアオ校長=ウィロー校長説を解説した上で、どうしてエアオ校長がウィロー校長を襲うのかの理由を問い詰めたい、というお願いで話を締めくくる。
ドラゴンの話は出来ないから、私とヒース以外の五人にはあまり緊迫感がないんだろう。ランタナは当初から賛同してくれているけれど、ウィズとプルメリア、サイネとセカモアは何となく協力体制に抵抗を覚えているように見える。
「わか、ることは分かるんだけどさ。なんか……ね。」
微妙な空気を代表するようにウィズがボヤく。うん、そうね。ずっと喧嘩してたんだもん、仕方ないよなぁ。どうしたもんかと腕を組んだ私の横で、ヒースがなぁ、と声を上げた。
「例えば、その、昔馴染みだったら信用できる、みたいな話をしてただろ。」
珍しく歯切れの悪い話し方。全員キョトンとしてヒースの方を見る。
「まぁ最初から協力してくれているランタナの話ではあるから、あまり効力はないかもしれないが。……お前さ、小さい頃、ランタナって名乗ってなかったんじゃないか。」
「……やっぱり、ヒースってヒース・テイラー?」
ランタナはヒースの質問に質問を返した。あ、そういうの一番良くない返しだぞ。質問返しってやつ。でもまぁヒースにとっちゃ答えも同然だったのか、詰めていた息を大きく吐き出した。
「そーだよ。お前、カマラだな?」
「うん、小さい頃はそう呼ばれていた。久しいね、ヒース。」
「テイラー、ってランタナのファミリーネームじゃない。え、親戚?」
画面の向こうでセカモアが驚いたように声を上げた。ランタナはそれにいたずらっぽい笑みで答える。
「従兄弟だよ、二つ下の。」
「二つ下ぁ?ヒース飛び級だっけ?」
ウィズの問いにヒースは首を横に振る。だから確信が持てなかったんだよ、とボヤくヒースにランタナは声を上げて笑った。
「実は僕、みんなより二つ年上なの。」
「「え!?」」
私たちよりも、勿論向こうの二人が大声をあげる。そりゃ今まで同い年だと思ってりゃ驚きもするわな。
「カマラは体が弱くて、中等部を卒業したあと迷いの森のほうに養生しに行ったんだよ。その後どうしたのか全く知らなかったが。」
「うん、二年休んだあとにここに進学したんだ。てっきり親がおばさんたちに連絡しているもんだと思ってたんだけど……まぁ、ヒースがMonstrosity校に行くから言いにくかったのかな?」
成長期の二年間顔を合わせなかったのだ。お互いまさかな、と思いながらも確信は持てなかったらしい。ランタナはヒースの名前を知って、ヒースはランタナの出身地を聞いて、疑惑が深まったのだとか。
「名前が違うから他人の空似かと思って……でもランタナって、おばさんの名前だろ。だから繋がりがあるのかとは疑ってたんだ。」
「僕の家、代々一人目の子供の名前はランタナなんだ。母方の風習なんだけど、母さんも長女でランタナだから紛らわしくて。今でも家に帰ればカマラって呼ばれるよ。」
この「従兄弟かもしれない」という思いが、ヒースもランタナもある程度すんなり歩み寄る気持ちになれたきっかけだと言う。確認がすみほっとしたのか、打ち解けた様子の二人に、周りの四人の緊張も緩んだ。二人に釣られたのか、はたまた友人の古い知人がいる、というのが心を許す気持ちにさせたのか。
驚いたけど、まぁこれで協力しやすい空気になったならそれでいいか。
「二個年上ねぇ……私みたいに途中から入りゃ良かったのに。」
「三年勉強しておきたくてさ。」
「カマラ、随分派手な色に染めたな。それもあって別人に見える。」
「ヒースも人のこと言えないでしょ。」
にへ、と笑う顔は確かにヒースに似ている。ヒースがじゃあ改めて、と声を上げた。
「親戚がいた、ってので、親近感は湧かない、だろうか。」
おずおずと言った彼に、ウィズが少し不貞腐れ多様な声色で、
「まぁ今の見てたらさぁ、ただ違う学校に進学しただけって言うのをまざまざと感じたよねぇ。僕別に、三人のパーソナルなことは何も知らないもん。」
と答える。画面の向こうでサイネも苦笑いを浮かべた。
「そうね。私の知ってるランタナが、信頼出来るっていうヒース君が信頼してる友達……って時点で学校にこだわる必要は無いのかも。」
プルメリアがそれに頷くと、セカモアが仕方ないなぁと一つ伸びをした。
「ランタナに免じて信用しようかな。じゃ、異論がないならちゃっちゃとウィロー校長をゆする方法考えよっか!」
いやゆするて。言葉が不穏なんだけど。ただまぁやることは確かにゆすりのそれだよな。
「聞き出すことは二つか。何故ウィロー校長はもう一人の自分をつくったのか。そしてエアオ校長、つまり彼女の半身が何故ウィロー校長を攻撃しているのか。」
ヒースが指を折りながら言うと、全員が頷く。プルメリアが問題は、と呟いた。
「どうやったら誤魔化されない、か。」
「そーだねぇ。絶対に逃がさないように聞かないと。」
セカモアが腕を組み唸る。自白魔法で何とかなるのかなぁとかまた不穏な単語を呟く彼女に、サイネが肩をはたいた。
「ウィローおばさんに私たちの自白魔法が効くわけないでしょ。」
アッ自白魔法を諌めてくれる訳じゃないのね。そんでなにやら他のみんなが「どうやったら我々の力でウィロー校長に自白魔法がかけられるか」っていう方向に話を進めていく。
「魔法具を使えば七人分の魔力が一気に使えるんじゃないか。」
「あ、確かに。それなら逃げ場を無くすのも同じように考えればいいよね。」
「魔力を貯められると厄介だし、まずはウィロー校長の魔法を封じる必要があるよね。」
次々繰り出される方法は完全に犯罪会議。お互い抜かりなく部屋に防音を施しているとはいえ、いやぁ……考えることがえげつねぇ。
「うん、じゃあ魔法具作れたらまた連絡するから!」
「今週の襲撃はお互い上手いこと躱そうね。」
取り敢えずセカモアの魔法具開発を待つことになり、一度解散。私たちも各自自分の部屋に戻ることにする。
「ドラゴンに繋がるヒントも得られるといいね。」
「あぁ……絶対にカエデを解放する。」
「うん。私も、絶対にこの世界をハッピーエンドにするからね。」
小さな声で約束を交わして、グーをぶつけた。この世界に来て半月。ノートの進みは早くなったり遅くなったりと定まらないから、残り時間は分からない。当初は、余裕で一ヶ月は持つだろうと思っていたけれど、もうノートは半分を過ぎようとしていた。クライマックスに文量が割かれることを考えれば、急がなくてはいけないかもしれない。
週末にはPhoenix校から連絡は来なかったけれど、私とヒースはノートのお陰で三人が魔法具の開発にしっちゃかめっちゃかになっているのを知っていたのでさもありなん、という気持ち。ウィズとプルメリアは心配そうだったけれども、のんびり待とうと言いくるめていた。
ことが動いたのは、それから一週間と三日……私がここに来てから四回目の水曜日の事だ。放課後、ランタナから電話がかかってきた。ちょうど四人がいつものように集まって夕食をとっているところ。ナイスタイミング。
「魔法具、出来たよ!」
映像を繋ぐと、昼の戦闘時同様白衣を着たセカモアが画面いっぱいにうつる。曰く、白衣は彼女が魔法具を作る時と使うかもしれない時に着る勝負服、だそうだ。
「無力化、自白魔法、部屋全体の隔離。この三つで大丈夫かな?」
「うん、作戦通りだね!」
ウィズが惜しみなく画面の向こうへ拍手を送る。セカモアで見えないけれど、ランタナの声が、
「あとは僕らの演技力と君らの素早さにかかってくるよ。」
と告げた。今週末が、勝負の日だ。
***
ノックし校長室のドアを開けたランタナは、中にいるウィローと目が合うと軽く会釈して手元の紙の束を掲げた。
「失礼します。頼まれたプリントを持ってきました。」
「ありがとう。」
ランタナに続き、サイネリア、セカモアが紙の束を持って部屋に入る。両手が塞がっているからか、入口のドアは開けたままであった。三人はそのままウィローの後ろに回って、テーブルの上に持ってきた紙を積む。ウィローが三人の方を振り返った。
「随分沢山ありますね。」
「全校生徒用だからな。すまないね、いつも雑用を頼んで。」
「いえ、たいしたことじゃありませんし。」
サイネリアとランタナがウィローと談笑している間、セカモアはウィローの座っていた机の正面に回り込んだ。
「校長、これなぁに?」
机の前にしゃがみこみながら声を上げたセカモアに、ウィローが再び正面を向いた瞬間。ウィローは首に何かが当たる感触に驚き振り返った。同時に入口のドアが閉まる音がする。部屋中に魔法がかかった気配がして、ウィローはただ目を白黒させた。
***
「校長、これなぁに?」
セカモアの声を合図に、私たちは開いたドアから部屋に滑り込む。私がドアを閉めた瞬間、ウィズがセカモアから預かった銃型の魔法具で部屋の隅を撃った。部屋中に魔法が走る。これで、部屋から人も物も音も出入りできないらしい。ちらと確認すれば、ウィロー校長の首にはしっかりと魔力無効化の魔法具が嵌っている。
「手荒な真似をお詫びします。」
……うわぁ一ミリも思ってなさそうな声。ランタナが爽やかな声で校長に詫びを入れる。詫びながら、校長の腕に素早く別の魔法具をつけた。あれが自白魔法具だね。
七人全員、ウィロー校長の前に並ぶ。ウィロー校長はしばらく驚いたように固まっていたけど、自分の腕と首元の魔法具に触れたあと、ふかい溜息をついた。
「毎度毎度よく出来ているね、セカモア。」
「お褒めに預かり光栄。」
にっこりと笑うセカモアに苦笑いを浮かべて、校長は机に頬杖をついた。諸々諦めが着いた、という表情に見える。
「で?七人がかりで何を聞きに来んだい。そっちの四人はMonstrosity校の生徒かな。」
「えぇ。毎度の襲撃をお詫び申し上げますが……その襲撃について少々お伺いに参りました。」
ヒースが内ポケットから写真を取り出す。昨日……金曜に、図書館のパンフレットからうつしたものだ。それを校長の机の上に置く。
「Monstrosity校校長、エアオ・ジェンダについて。」
ヒースはここで言葉を切った。予定通り、残りはサイネが引き継ぐ形で校長に尋ねる。
「ウィローおばさん。私たちが聞きに来たのは二つ。何故貴方はエアオ・ジェンダというもう一人の自分を造ったのか。そして彼女は何故貴方を攻撃しているのか。」
「どうして、彼女を造ったことを知っているのかい。」
「彼女は来歴を持ちません。一校の校長でありながら、経歴というものが一切ない。それに元は貴方と同じ顔だったと容易に推測出来る顔立ちですから。」
校長の問いには私が答えた。アナグラムは「作者」が「読者」に仕掛ける遊びだから、ここで言及する必要は無い。
「極めつけに、Monstrosity校の書類上の持ち主は貴方です。」
内ポケットから紙を一枚引っ張り出し、校長に見えるよう掲げる。
あの後ふと思い立ち、プルメリアに調べてもらったことがある。まぁ厳密に言えばプルメリアが親に頼んで調べてくれたこと、なんだけど。やはりというか、彼女の親は結構な地位の方だった。おかげで文書の確認が出来たのは良かったけどね、ちょっとビビったよね。
調べてもらった結果、予想通り文書上学校を経営しているのは二校ともウィロー校長になっていた。Monstrosity校のほうは「代理人が管理」することになっていた、らしい。にしては代理人の名前も何も無い当たりガバガバ感が……やっぱり時代設定結構古いんかな。ま、アガサ・クリスティ読めるけどな。時空の歪み?小学生の考えた世界なので考えたら負け。
「だからエアオ校長の正体は分かったんです。あとはなぜ貴方が自己分離魔法を使ったのか、そして彼ら六人はどうして喧嘩させられているのか、が分からない……教えてください。」
はっきりと私が言い放てば、校長は少し口籠ったが、すぐに手元のブレスレットが控えめに発光した。校長がそれに気がついているかはさておき、彼女はゆっくりと口を開く。
ウィロー校長の話はこうだ。話は七年前、サイネがウィロー校長と連絡を取れなくなった頃に遡る。予想通り、ウィロー校長……いやその頃は校長でもないのか。ウィローさんが取り掛かっていたのは自己分離魔法の研究だった。
何とか上手いこと、分離した自分をコントロール出来るようにならないか。その方法を模索していたのだという。研究中、作り出した自分を自分の中に戻す方法を卓上で作り上げた彼女は、実際に試してはコントロール出来ないものを戻す、という方法で実験を続けた。その過程で、エアオが生まれた。コントロール出来なかったゆえに、いつも通り戻そうと思ったのだが、上手くいかなかったのだという。理由は単純で、何らかのミスによりエアオがウィローさんより強い魔力をもっていたのだ。
「未だに理由は分からないんだ。私の魔力が減った訳では無いし、コピーされた訳でもない。なのに、何故か私よりも強い魔力を持っていた。コントロール出来ないなんて言うレベルの話じゃなかったよ。」
「エアオは、貴方の何が分離した存在なんですか。」
サイネの問いに、ウィロー校長は目線を落とした。少しの間の後、小さな声で彼女は呟く。
「言うなれば夢だな。」
「夢?」
「そう……願望。」
「それって、どういう意味ですか。」
問いには答えず、ウィロー校長はひとつ溜息をついて話を再開した。エアオは数日間大人しくしていたものの、じきにひとつの部屋に閉じ込められることに反発を始めた。そして遂に実験室から逃げ出してしまったのだ。
「私の振りをしてあちこちで仕事を探して回っていたらしいね。実験室を出る時に、毎回毎回『お前と違って私には仕事がある』と言っていたから、仕事があれば外に出ても良いのだと思ったのかもしれない。」
その途中で、壊れていた家屋を修繕したらしい。と言ってもウィローさんも直接それを見た訳ではなく、ケロッとした顔で帰ってきたエアオの話を聞いただけだというが。その修繕魔法の上手さ、魔力の強さなどをみた役人が、エアオに話を持ちかけてきた。
「全くなんでその日に限って国の役人の視察と被ったんだか……元々、その時期に新しい学校を立てる予定だったらしい。その創立に関わらないかと打診されたんだな。」
勿論ウィローさんの名を名乗っていたエアオであるから、役人は次の日にウィローさんの研究室を訪ねてきた。致し方なく、現状を説明して話を断ろうとしたらしいんだけど。役人はむしろウィローさんがエアオのことを隠したいのを良いことに、半ば脅迫する形で話を進めてしまった。
「なんでか知らないが、エアオは闇魔法しか使えないんだよ。通常魔法すら使えない。一方私は、元々光魔法と相性が良かった。どうせなら両方利用しようって訳だな。」
それで、Phoenix校とMonstrosity校の設立へと話は進んでいく。
「エアオは自ら容姿を変化させて、校長として表舞台に立つことを決めた。私も止めなかった……と言うよりは、止めるすべもなかった。まぁ、数ヶ月はそれでも何とか上手くいったんだよ。」
今までの経験といったものがないエアオをサポートしながら、ウィロー校長はなんとか学校を回していた。しかし、別人として人生を歩みだしたエアオは自分に「過去」がないことに不満を持ち始める。
「だから私が邪魔なんだよ。私さえ居なくなりゃ、私の過去をまるっと貰うことが出来ると考えてるんだな。それでこっそり生徒をこっちにやるようになった……そういう話だよ。」
「貴方を殺したら、彼女はそのあとどうするつもりなんでしょうか。」
ヒースが問いかければ、校長は腕を組んで唸る。彼女とて、もはや別人と化した片割れの思惑を理解しきっているわけじゃないんだろう。
「あぁ、もしかするとここを壊しにかかるかもな。」
「ここって……Phoenix校を?」
「昔は私をピンポイントで狙わずに、学校全体を攻撃してきていたんだ。ただ私が学校全体に保護をかけるようにしてからは、校長室ばかり狙うようになった。まず私を撃った方が早いと思ったんだろ。」
二人に別れてから「ウィロー」がしたことは全部抹消したいんじゃないか、というのはあくまでウィロー校長の推測ではあるけど。まぁかなり的を射ている気がする。
「エアオをウィロー校長に戻すには、何か手はないんですか?」
「私よりあいつの魔力が落ちればいいんだがね。もしくは戻すことを諦めてあいつを屠るか。」
ランタナの問いに、出来たらとっくにやっているとウィロー校長は苦笑いを浮かべた。聞きたいことは聞けたので、何か良い手があれば協力するという事を伝える。
ウィロー校長からも今まで隠していたことの詫びと、口外はしないで欲しいという願いを伝えられた。彼女から魔法具を取り外し、部屋の魔法を解除して、深く一礼してから私たち七人は校長室を出る。お互いまた何かあれば連絡する事として、それぞれの寮に戻ることにした。
「カエデ、何か思い出したか。」
「今回の話で?」
「そう。」
今回は特にノートも開かず、土曜日の午後を私の部屋での会議で潰すことにした。まぁ防音魔法かけときゃ何話すにも気兼ねはないし。午前中の気疲れもあって、二人とも床に溶けている様な状態で、ヒースの質問を頭の中で転がす。
「思い出したこと……」
正直思ったよりもドラゴンに関するヒントは得られなかった。んだけど。一個何となく思い出したことがある。確かウィロー校長が死なないのにドラゴンは出てくるのだ。
「ドラゴンさ。多分あの話だとウィロー校長が死ぬ、邪魔者がいなくなる、Phoenix校ぶっ壊すにゃドラゴンが一番楽、みたいな手順で登場すると思うわけね。」
「そうだな。」
選ばずに垂れ流した言葉にヒースが頷く。いつもなら言い方を考えろと言われそうなもんだけど、ヒースもまぁ疲れているんだろう。
「でも、ウィロー校長が死ぬことはなかったはずなのね。」
「へぇ?じゃなんでドラゴンが。」
「考えたんだけど、私が来なかったら君らって手を組む理由がなかったろ?」
「確かにな。」
あくまで元のプロットでは私はいないはずだった。で、その環境下でウィロー校長が死なずに、かつドラゴンが発生し、そんで六人が手を組む流れ。
「でこれは仮説なんだけど。まず何らかの出来事でウィロー校長が死んだ、ってヒースたち三人が勘違いして、それをエアオに伝えて、ドラゴンが発生する。」
「なるほど?」
溶けていたヒースが座り直した気配がする。立ち上がる気にならなくて、私は転がったまま話を続ける。
「次に、うちらの学校からやってくるドラゴンに驚いたランタナたちが、実は瀕死で生きていたウィロー校長を問いつめ、今日の話を聞く。」
「ふむ。」
「その話を受けて、こっちの三人に協力依頼してドラゴンを倒しエアオを校長に戻すべく……みたいな。」
ヒースが立ち上がって、私にせめてベッドに転がれといいながら台所へ向かった。紅茶のパックどこだったかといいながらあちこちをひっくり返している音がするので、棚の右の下、とベッドに移りながら答えた。
「そうだとすると……そのウィロー校長が死にかける出来事がいつ起こるか分からないし、それまでずっと俺たちも誤魔化しながら喧嘩しているわけにもいかない。いっそ嘘をついてドラゴンエンドを発生させたほうがいいような気もするが、ドラゴンを倒す策もエアオ校長をどうにかする策もないぞ。」
「そこなんだよなぁ。」
ベッドに腰掛けて、そのまま後ろに倒れ込む。ヒースが戻ってきて、カップを置いてくれた音がする。
「全然思い出せない、どうやって戻したんだろ。エアオを殺したらダメだよね?」
「戻すのとは話が違うな。その感情が永遠に失われる……夢、だったか。」
「殺さないなら、魔力を無くせばいいんだよね確か。」
「つってたな。」
起き上がって紅茶をもらう。クッキーでも食べるかと立ち上がれば、後ろでヒースが腹減ったと独りごちた。
「クッキー食べる?」
「それより昼食べてないぞ。」
「そーいやそうだったね。なんか買ってくる?」
「食堂で食おうか。」
「日曜日もやってると便利だねぇ。」
「全寮制だからな。」
食堂に向かう道すがら、ふと思い立ってヒースを見上げる。私よりだいぶ背が高いヒースだから、どうしたって立っている時は見上げる形になるのだ。
「ねぇ、今の……えっと彼女には夢がないってことだよね。」
「そうなるな。」
「どんな感じなんだろ。」
ヒースは前を見たまま、少し考え込むように遠くを見つめた。私も倣って前を向き、自分の夢を思い出そうとしてみた。夢。願望。なんだっただろう。
「さぁ……あまり自分の夢を意識することもないからな。」
少しの間の後に出されたヒースの結論は、私にしっくりくると同時に十代にしては意外な答えだった。
そのまま無言で食堂まで行き、食べている間は他愛のない話を続ける。人の目があるし、もしかしたらエアオの目があるかもしれないから。食事を終えたあと、ヒースが図書室に行こうか、と呟いた。なんでか聞こうかとも思ったけど、ここでは言えない理由だから言わなかったのかもしれないし、黙って頷く。
図書室に着くとヒースがノートを開くように促してきたので、適当に空いている席を見つけてノートを広げる。ありがたいことに日曜日だからか周りに生徒は少なくて、たくさんの人が固まっているという気味の悪い光景を再び見ることは避けられた。アレ結構怖いんだよね。
「さてと。ともかくこの間見つけた自己分離魔法の本をもう一度確認しないか?そもそもどういう方法で戻すのか確認しておきたい。」
「そーだね。えーっと、魔導書の一番入口側の棚の下段一番右端の本!」
歌うように言えばヒースが苦笑いながら頷いて、例の棚に近づいた。一冊抜き出し、パラパラとページを捲っていく。
「あぁなるほど。相手を気絶させる必要があるのか。」
「え、じゃあ魔力がどうのっていうのは、」
「実力行使で気絶させることが出来なかった、つーことだな。」
「めっちゃ思考回路が体育会系。」
「まぁつまり、どんな手を使おうとドラゴンを止めてエアオ校長を気絶させることが出来れば……」
そこまで言ってヒースは顔を上げた。目を合わせて数秒、どちらから示し合わせることなく
「「無理だろ……」」
と呟きが漏れた。
「え、ドラゴンでしょ?しかもノート見る限りアホみたいにデカかったよ。」
「しかも黒いのは魔力暴走なんだろ?理性のない相手を説得することは出来ないぞ。」
「待って待って、ドラゴンを説得出来なくてもドラゴンを操ってるエアオの方を説得出来れば、」
「いやだからエアオの言うことをドラゴンが聞かない状態なんだよ。」
「詰みだね。」
「ドラゴンが出てくる前にエアオを気絶させるべきか?」
「どうやって?」
「……どうやって?」
怒涛のように、というかもはやコントの速度で掛け合い、結局戻ってくるのは「How to」の話。しばらくフリーズしていたけど、ヒースがよし、と手を打った。
「最悪を想定しよう。俺らがドラゴン登場前にエアオを気絶させることに成功出来なきゃ、ドラゴンを倒すこととエアオを気絶させることを両方こなす必要があるんだろ?」
改めて文字化されると凄まじいミッションだ。うげ、と顔を顰めると、実際そうなんだからと窘められる。
「まぁ、そうなりますね。」
「だろ?だからまずはドラゴンを倒すことを前向きに検討する。」
「前向きに……」
「そう、前向きに。」
その言葉を受けて、私はうーむと腕を組んで目を瞑る。ということは次にすべきなのは。
「魔法生物学の一番入口側の棚の下段一番右端の本にドラゴンの生態及び弱点についての本があります。」
「一番入口側の棚の下段一番右端大好きかよ。」
「分かりやすいでしょうが。」
今度は魔法生物学の方の棚まで行ってみたものの、棚を埋めた本の背表紙に文字がない……え?全部ない!
「うわ、待ってなにこれ。」
「おい見ろ、全部ないぞ。こっちの棚も……今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。」
改めて本棚を見れば、今まで私たちが開いた本以外の背表紙には何も書いてない。コピーペーストを繰り返したみたいな本棚に頭痛がした。こりゃなかなか……SAN値にくるね。
「……開くと出てくる。」
「え?」
「開いたら、中身はちゃんとしている……それにほら、背表紙が。」
ヒースが手に持っていた本を私に見せて本棚に戻した後、その隣にあった本を取り、背表紙の方を私に向けてパラパラとめくる。じわりと背表紙が滲むように現れた。
「なかなかに気色悪ぃ……」
「口が悪いぞ、カエデ。」
一度席に戻り、ノートを閉じる。本棚に戻ると、全ての本に背表紙が現れている。認識しようと思えば読めるのだが、遠目に一望するとぼかしが入ったようにはっきりしない。
「一番入口側の棚の下段一番右端……違うな。」
ヒースが引っ張り出した本はグリフォンの躾方の本。やはりノートを開いている間の発言は適応されないらしい。
「じゃあ改めまして、魔法生物学の一番入口側の棚の下段一番左端の本にドラゴンの生態及び弱点についての本があります。」
二人同時に目線を左に滑らせる。……おぉう、「ドラゴンの生態」。
「あったね。」
「なるほどな。」
パラパラとめくって内容を見ていくと、確かに弱点についての記述がある。……うん?いやでもこれ、
「ヒースさんや、ドラゴンは首の後ろが一番弱くて、鱗に覆われてないから『他の部分より比較的』弱い力でも攻撃が通るそうですよ。」
気になるところをわざと力強く読めば、ヒースの左頬がひくりと動く。笑うしかないけど笑えない、みたいな表情。
「……比較的?」
「……ってどんくらい?」
「さぁ。」
本に視線を落として固まっていると、ヒースの目の前に青い紋が表れた。……遠距離会話だ。慌てて図書室から出て、先ず音声だけ繋げる。
「あ、ヒース!?やっばいよ、Phoenix校の校長室消し飛んだんだけど!」
ウィズの声が飛び込んでくる。……内容を把握するのに数秒。
「「は!?」」
本日二度目のハモリが廊下に響き渡った。
「いやマジで吹き飛んだんだよ、今箒で空散歩してたんだけど、いつも襲撃してる辺りがバコーンて、え?めっちゃ煙出てた!」
「分かるように言え!」
「いやいやいや、そうとしか表現出来ないんだって!」
「で今どこにいんだよお前は!」
「プリメリアの部屋!」
ウィズもヒースも声を荒げるから、周りの視線を集めてしまっている。慌ててギャンギャン言っているヒースを人気のない方に引っ張った。
「待ってくれ……爆発はいつの話なんだ。」
「今さっき!で、驚いて、プリメリアの部屋に窓から入って、」
「窓から入室は止めろって、いつも言ってるだろ!」
「今それはいいからぁ!ともかくプリメリアにみんなにも連絡したほうがいいって言われて、とりあえずヒースに連絡しただけだから、僕もよく分かってないっていうか、」
いまいち要領を得ないウィズとヒースの会話を聞いているうちに、目の前に遠距離会話用の紋が現れる。慌てて応答のために杖を振れば、ガラガラと何かが崩れる音が聞こえてきた。
「カエデ?っけほ、ランタナだよ。」
名乗った後、しばらくはランタナが噎せこむ音が続いた。ただならぬ様子だったのでヒースに声をかける。遠距離会話越しのウィズ、それからどうやらウィズと一緒にいるらしいプリメリアと共にランタナの話を聞くべく耳を澄ませた。いやていうかめっちゃ咳き込んでるし、崩れる音がBGMと化してるけど、これ大丈夫?
「ごめん、土煙みたいなのがすごくて。」
「大丈夫?なんか校長室吹き飛んだらしいけど。」
「耳が早いね。僕は大丈夫。でも、校長室に校長が居たはずなんだよ。今すごい音がして来てみたんだけど、けほ、何も見えない……うわ、これ一階も崩れてるな……」
今さっき訪れた校長室は二階の角にあったはず。そこが爆発して一階もやられたってことは、結構大きめの爆発だ。
「一旦離れた方がいんじゃない?何か爆発したなら第二波あるかもよ?
「それに足元が見えないんだろ?一階に落ちる危険があるぞ。」
「でも、ウィロー校長助けないと。」
またごほごほと噎せているみたいだ。うーん、聞いているこっちが苦しい。
「あれ……待って、この爆発ウィロー校長か?」
「え、どしたの?」
「ウィロー校長の魔力が残ってるんだ。随分はっきりした痕で……」
痕。私たちはウィロー校長が魔法を使ったところを見た事がないから分からないけど、ランタナは見たことがあるんだろう。一度魔法を使うところを見れば、その人の痕だとすぐ分かることは経験済みだ。
「ランタナ!」
向こうからサイネの声が聞こえた。合流したっぽい。
「ここ、って校長室、だよね。」
「気をつけて、下まで崩れてるみたい。」
「セカモアが校長に会いに行ったはずなんだけど!」
げ。思わずヒースと顔を見合わせる。ウィズが遠距離会話先で、セカモアまで!?と素っ頓狂な声を上げた。えっとつまり、何らかの理由で校長の魔力によって爆発が起きて、本人とセカモアが巻き込まれたってこと?
「俺たちもそっちに行く。」
「そうしよそうしよ!ランタナ、サイネ、あんま危ないことしないでね!」
ヒースとウィズの言葉に二人から返事があったのを確認して、自室に箒を取りに走る。今日が休日で良かった。校内には私服の生徒が多いし、きっとそれは向こうの学校も同じだろう。制服を着ていなければ、向こうに行っても悪目立ちせずに済みそうだ。
飛び慣れてなくてあまり速度は出ない私は後から行くことにして、三人が飛び去るのを見送った。行ったばかりだから、一人でも道は分かるけど……うぅ、二回もグリフォンから落ちたことになるし、そもそも高所恐怖症だし、幼心に空想したほど箒で飛ぶのは素敵じゃねーな。
後からちんたら行くと、瓦礫と化したPhoenix校の西側角が見える。あらかた土煙も収まり、惨状がありありと見えた。うーん、吹き飛ばした教室を思い出すぜ。近づくと、五人が近くを箒で浮きながら魔法で瓦礫を退かしている。
「遅くなってごめん!」
「あぁ、カエデも手伝ってくれ。セカモアが下で喚いている声が聞こえてるんだ。」
「喚いてるって何よぉ!」
……確かに下から声がする。しかも割と元気そうでクリアな声だ。兎も角私も見様見真似で浮遊魔法をかけて瓦礫を退かしていく。セカモアが防御魔法を張ったのか、瓦礫を退けるうちにドーム状の空間が表れた。
「私あんまり持久力ないんだよぉ、瓦礫まだ残ってる?」
覗いた空間の真ん中にセカモアが見える。ドーム状かと思ったけど、どっちかって言うと球体だ。セカモアを中心にうっすら白く光る膜が出来ていて、その中には瓦礫が入ってない。うん、これ青く光るのなら授業で見た。やっぱり防御魔法だな。セカモア自身はピンピンしているけど、彼女が抱えている人はぐったりしているようだ。……あれ、もしかしてあれがウィロー校長か?
「もうちょい頑張って、今シールド解除したら瓦礫に埋もれるから!」
「耐えられるならいっそ瓦礫一気に吹き飛ばそうか?」
「いや、そんなことしたらこっちにも衝撃は伝わるから!」
サイネの後にしれっとランタナが杖を構えて物騒なことを言う。セカモアの全力の拒否を受けたので一気に吹き飛ばすのはやめて、瓦礫を少しずつ退かし、なんとか二人を助け出した。
「校長は無事?」
「分からない。とりあえず誰か回復魔法お願い、私はもう体力が残ってない。」
とりあえず二人をPhoenix校の医務室に突っ込む。ベッドに転がりながらセカモアが言うには、先の爆発は魔法具の誤作動だという。
「私が誤作動したならそんなでもないんだけどさぁ、校長級ともなると部屋が吹き飛ぶんだねぇ。」
ヒースがちらっとこっち見る。やめろやめろ、教室が吹き飛んだ話は!確かにこんな感じだったけど!
「なんで校長がセカモアの魔法具を?」
ランタナの問いにセカモアが得意げに腕を振り上げた。といっても、ベッドに沈んだままだからなんとも間抜けだ。
「新しく開発したのが攻撃特化の銃型でね。どのくらい魔力を貯めとけるのか試してみたくて、校長に見せたの。」
「それで?」
「説明が足りなかったのか、校長、貯め方間違えたらしくて爆発した!」
「……なるほど?」
全くなるほどと思っていなさそうな声色でサイネが相槌を打つ。
「私はちょっと離れた所にいたから咄嗟にシールド張って平気だったんだけど、校長は爆発をもろに食らったみたい。んで、上に吹き飛んだ瓦礫が重力によってこっちに落ちてくる前、かつ抜けた床から私と校長が一階に落ちる前に、なんとか校長をシールド内に引っ張りこんだって感じ。」
抜けた床というか、粉砕された床だな。さっきの惨状を思い出して頬が引き攣った。セカモア本人はケラケラと笑って、火事場の馬鹿力って本当に出るんだねぇ、なんて言ってるし。
「校長が目を覚ましたら呼んでくれ。俺たちは戻る。」
「そだね、こっちに長居すると面倒くさそうだし!」
ヒースとウィズの言葉にランタナが頷いたので、我々四人は学校に戻ることにする。やれやれ、一日が長いな。そんで寮に戻ったところを、入口でユーストマさんに呼び止められた。三人がエアオ校長から呼ばれているとのことらしい。校舎へ向かうのを見送って、私は先に部屋に戻る。
でもなんで呼ばれたんだろう。このタイミングだと碌な事がなさそうだ、なにせ向こうの学校に出かける前にヒースとウィズがさんざん騒いでたし。
ぼーっと部屋にいること三十分ほど、部屋の外から階段を爆走する音がしたと思ったら、ドグシャァッ!みたいな音を立ててノックもなしにヒースがドアを開け放った。心臓に悪いな!驚いて飛び跳ねたせいで、ベッドから半ば転がり落ちる。文句のひとつでも言ってやろうと立ち上がって彼のほうを見れば、部屋の中に入ってきたヒースが机の上のノートを開いたところだった。
「なに、いきなり。」
「……あと一ページ。」
「は?」
「あと一ページでドラゴンエンドだ。やっぱりな。」
突き出されたノートを受け取れば、確かに空白のページは残り一ページになっている。で?何がやっぱりだって?
「なに、エアオはなんて?」
「さっきの爆発に気がついたらしくてな。俺たちが向こうに行ったのも見られていたらしい。まぁ、会話聞かれなかったのが幸いだな。」
ヒースは溜息をついて床に座り込んだ。
「それで、爆発がどれくらいやばかったか教えろって言われたんだ。ウィロー校長が身動き取れないってことをウィズが伝えたら、もういいから下がれ、と。」
「はぁ!?動けないって言ったの!?なんで言っちゃうかな!?」
「アイツは馬鹿正直なんだよ……。」
……つまり。そのエアオのもういい、が意味することは。
「っはー……待って来る?ドラゴン。」
「来る。多分来る。」
「なんなら、ウィロー校長がヘマったのってストーリー補正かもね。」
「は?」
ノートをパラパラと捲りながら呟けば、怪訝そうに彼が私の顔を覗き込む。いやだって、物語は起承転結が基本なんだもの。
「話を終わらせるには派手な事件、解決、ハッピーエンド。簡単でしょ。派手な事件を回避することなんて最初から出来なかったんだ。」
ドラゴンを回避なんて無茶な話だった。かつての私が想定していたことに反さない為に、ドラゴンは出てこなくてはならない存在だったに違いない。
「このノート閉じたら、ボス戦スタートだね。」
「……一旦過去に戻った方が良くないか。」
「記憶も無くなるんだもの、意味ないよ。」
ヒースが唇を噛んだ。手詰まりだ。手持ちの力で、とかくドラゴンを倒して、そしてエアオを元に戻す。それだけ。たった、それだけ。
「……ノート、閉じよう。まずはうちの生徒と向こうの生徒を全員守らないといけないね。ドラゴン自体は、事情を知ってる私たち七人で何とかする。ウィロー校長には回復次第来てもらうことにして……あと……何か決めとかなきゃいけないことあるかな。」
よく回る口がこの後のプランを紡ぐのを、他人事のように感じていた。ヒースが少しの間の後首を横に振り、私の手からノートを取ってパタリと閉じた。
「……やばくなったら、絶対にノートを開けよ。」
「うん。」
そのまま箒を引っ掴んで部屋から飛び出す。と、突然走って寮に戻ったヒースを追ってきたところだったウィズとプリメリアとかち合った。
「突然どうしたのさ!」
「まずいことになる。後でちゃんと説明するから、Phoenix校の三人への言付けを頼まれてくれないか。」
「なに、
「いいよ。」
プリメリアがはっきりと答えて、ヒースに頷きかける。ウィズも一瞬言葉に詰まりつつも頷いた。
「ドラゴンが来る可能性がある。生徒、教員を避難させてほしい。野生のドラゴンだと説明しろと言ってくれ。」
「それが終わったら二人にも、向こうの三人にも手伝ってほしいの。本当は、ドラゴンは野生なんかじゃない、エアオがウィロー校長に仕掛けた魔法生物なの。事情を知っている私たちだけで処理したほうがいい。」
「分かった、後でホントにちゃんと説明してよね!」
二人を見送り、私たちも学校の生徒を避難させるべく、まずは寮の門を掃き掃除していたユーストマさんに野生のドラゴンが来るかもしれないことを伝える。すると彼女は自分の鴉を呼び寄せて、
「校舎に人が残っていないか見回るのを手伝ってきてあげて。誰かいたら私じゃなくて、この子たちに伝えるの。」
と話し私たちに鴉を同行させることにしてくれた。道すがら鴉に
「今日見聞きしたこと、ユーストマさんに内緒にしてくれたりする?」
と私が尋ねると、鴉は私の箒の先っぽに器用に乗りながら一声鳴く。信頼出来る、と動物言語が分かるヒースが保証した。
さてヒースが校舎にいたMonstrosity校の先生方に、野生のドラゴンが来るかもしれないと説明する。生徒は全員寮へ、かつ本当にドラゴンが現れれば寮にシールド魔法を張ってもらいたいと言えば心配そうな顔をされた。
「ヒース君たちはどうするんだい。」
「俺らはドラゴンを何とかします。」
「危ないよ、教師陣も何人か討伐に手を貸そう。」
「いえ、こちらの都合で殺すことになるのは忍びないですから、威嚇して追い払うだけですよ。ドラゴンは基本的に穏やかな動物ですから、ご心配なさらず。それよりも先生たちはシールドに専念してほしいんです、俺たちの技量では建物全体を守ることは出来ませんから。」
野生のドラゴンというのは基本的に穏やかな動物らしい。だからなのか、信頼されたトップ三といつの間にかイカれた量の魔力を持つと有名になっていた私に任せることに不安は無い様で、先生は笑顔で了承した。ごめんなさい、本当は今から相手をするのは創造生物であり、魔力暴走したドラゴンです。しかも殺せるなら殺す気です。
休日であることもあって、生徒の避難はものの十分で終わった。鴉を窓から放ち、校舎を見回ってもらう。待っている間人のいない校舎でヒースと二人、校長室へ向かうべきか、そんなことをすれば巨大なドラゴンが出来るのに巻き込まれるのかと首を捻る。と、窓枠に戻ってきた鴉がカァと声を上げた。
「あれ?誰かいた?」
「カァ!」
「ついてこい、と言っている。なんだ?」
飛び立ち窓の近くをぐるぐると回る様に顔を見合わせ、窓から私たちも箒で飛び出す。鴉はこちらを振り返りながら校舎周りを進んだ。
「これ、校長室に向かってないか?」
「だよね?校長がいたからかな。」
鴉は校長室の窓からだいぶ離れた所で止まった。ギリギリ中の様子が伺えるものの、向こうからは意識しなきゃ気が付かれないだろう距離、って感じ。エアオらしき姿が見えるが、なんか……なん……黒く光る霧とでも言えばいいのかな。それが彼女を取り巻くようにあって、よく見えない。なかなか気味の悪い光景だ。
「なに、あれ。」
「……待て、まさか彼女は、」
ヒースの言葉が途切れる。私たちの眼前で、人の形をしていたエアオは変形を始め、
膨れ、
部屋を埋め、
窓が割れ、
床が落ち、
天井は崩れ、
それは、校舎の一角を抉りながら立ち上がった。
立ち上がった、それは。
「私たちが倒さなきゃいけなかったのはエアオが造ったドラゴンじゃない……エアオ自らドラゴンに変わったんだ!」
「じゃあ俺らのやることは、あれを殺さずに気絶させることだって言うのかよ!」
でも、ドラゴンが黒くない。これは最後に出てきたのとはまた別のドラゴンなの?奴はのしりと歩き始め、意志を持ってPhoenix校の方向へ歩み出す。と、ヒースが大きく口笛を吹いた。茶色いドラゴンがこちらを振り返る。なぁにしてんのこの人!?
「とりあえずドラゴンに攻撃しても弾かれるからな。避けるしかないが街の方には行かないようにこっちに気を引くしかない!」
そう叫び、再び口笛を吹いて空高く登っていく。とかく私は弱点だという首の後ろを確認すべく回り込むように飛び始めた。まだドラゴンはヒースに気を取られている。鱗がない所っつったな。いやどこよ……全身まっ茶色やし此奴……兎も角首元狙って一発入れてみるかとばかりに杖を振り下ろす。真っ直ぐ飛んだ青い光は確かに首元に当たった、けどさしたるダメージはないらしい。なんか今、つつきました?って感じでドラゴンがのっそりこっち向いた……こっち向いたぁ!?そりゃまそうなりますよね!
「ヒース、こいつ首元狙ってもぜんっぜん効かねぇぇぁあー!勘弁してくださぁい!」
叫んで報告する間にもドラゴンがこちらに火を噴いてきたので慌てて上に逃げる。いやこれ高所恐怖症治りそう! 高いとか怖いとか言ってられない!
「どうする!こいつ黒くないけどまだ他にもいるのか!?」
「もう一匹なんていてたまるかよぉ!」
防御魔法が比較的書きやすい紋で助かる。ともあれ街に行かないように気を引いてみたり攻撃したり、時折くる火を避けたりシールド張ったりしていたけど、ドラゴン……エアオのほうが私たちが大した驚異じゃないことに気がついてしまったらしい。羽をばさばさと動かし始め……浮いた。
「やっべぇ飛んだ!」
「行かせんな行かせんな!」
「どーやってだよ!」
「分からん!」
シールドを張ったままドラゴンの進路に割り込み、体当たり式で足止めを試みる。
「埒あかないよこれ!先生方呼んだほうがいんじゃない?」
「だがお前の魔力で無理なら誰呼んだって倒せっこねぇぞ!」
「へいへーーい、こっちこっち!」
いやに聞き覚えのある声。そろそろシールドも持たない、と思ったその時、ドラゴンの背後から呑気な声が上がった。ドラゴンが旋回して振り返る。背中見せるたぁ、まじで一切警戒されてねぇな。
「ウィズ!」
「向こうの避難も完了したよ!」
ドラゴンの攻撃を素早く避けながらウィズが答える。いつの間に来て回り込んでたのよ。ウィズを追いかけてきたのか、後ろから四人も次々と飛んできてドラゴンを囲む形になる。何発かサイネとプリメリアが攻撃をしかけるけど、やっぱりあまり効いていないっぽい。ウィズが拘束魔法を使いドラゴンの動きが鈍ったけど、ドラゴンの力が強いのかウィズの表情はかなり苦しそうだ。しかも定期的に火を吐くから厄介……下手すると森に引火すんな。攻撃が効かないので全員拘束魔法に切り替えるが、いつまで持つか。
「これ二人にもあげる。爆発したやつ!」
さっきのシールドで力尽きかけて、少し休憩していた私とヒースの近くにセカモアが飛んで来た。叫びながら何かを投げてきたので、慌ててキャッチする。ヒースも投げんなと文句を言いながら同じものを受け取ったようだ……銃型の魔法具?
「ウィロー校長がブッ飛ばしたのと同じ型のやつ、まだ十個ばかしあったからさぁ!さっき魔力詰めといた!」
「引き金を引けば出るけど、一発しか出ないから気をつけて!」
ランタナが拘束魔法をドラゴンにかけながら、セカモアに続けて叫ぶ。なるほど、つまり伝家の宝刀的な。おっけおっけ。しっかりと内ポケットに入れておく。
少し休めたし助太刀せねばとドラゴンの方へ近づく、と拘束から逃れようと身をよじっていたドラゴンが大きく一声吼えた。じわり、と鱗の色が暗くなっていく。
「ねぇ待って最悪かも知んない。」
「魔力暴走か?」
「そうかも。さっきまでエアオの意識があったとしたら、倒したいのはウィロー校長なんだから、私たちには手加減してた可能性ない?」
言う間にドラゴンは黒く染っていく。
「だとすると、もしこのまま魔力暴走したら、」
誰かの拘束魔法が切れた。それを皮切りに次々と拘束魔法が弾けていき、ドラゴンは魔法を振り払って高く舞い上がった。
「まずい、街の方へ行っちゃう!」
セカモアがドラゴンを追って上に上がる。あれ待てよ。ノートで火を被ったのは誰だったっけ。
「……っセカモア!避けて!」
思わず叫んだ次の瞬間、さっきまでの比じゃない大きな火が視界いっぱいに広がった。ああそうか、森に引火しないようにとか、意識がある間はエアオはその辺の調節もしてたわけ?
それがさっきの魔力暴走で、
じゃあ拘束魔法なんて使わない方が良かったのか、
でも止めずに行かせたらウィロー校長は、
一瞬の間に思考が絡まって転がってカラカラと虚しくまわる。対照的に体はすっかり硬直してしまった。熱風に煽られて、やっと事のまずさが脳に到達する。
ドラゴンが口を閉じたと同時に、セカモアが箒ごと下へ落下していく。
視界の端で炎が当たったのか校舎が燃え上がる。
一番近くにいたウィズがセカモアを受け止めて、そのまま共に落ちていく。
ランタナが校舎に水を放って火を止めようとしている。
ドラゴンはもう一度吼え、私たちのことをギロリと見渡した。恐らくもう、最初の予定なんてエアオの頭から抜け落ちてしまったんだ。暴走した獣の脳裏にあるのは、目の前で自らを害そうとする邪魔者の排除のみ。
「カエデ、ノートだ!開け!」
ヒースの叫び声で我に返り、慌ててノートを開い、あっ?
また目の前が、弾
うっわぁ、捨ててなかったんだっけ、これ。ダンボールから引っ張り出したのは、昔小説を書き込んでいたノートだ。ドブに捨てた気でいた黒歴史の登場に、思いきし顔を顰めた。即刻ゴミ側に放り投げて次の物の選別に移ろうかとも思ったけど、ちょっと怖いもの見たさがあった。ノートを開き、目を滑らせる。
こうやって片付けが上手くいかなくなるんだよなぁ、と思いながら腰を据えて読み始めたものの、思ったよりもすぐに話は途絶えた。なんだ、こんな冒頭しか書いてなかったんだ。ぱらぱらと白紙のページを捲れば、後ろの方にまた書き込まれているページが出てきた。あー、最後のほうの展開は決めてたのか。でも肝心のオチはない。ドラゴンを前に完全に劣勢になっているところで終わっている。
キャラにちょっと同情心が湧いて、せめてこっからハッピーエンドまで持って行ってあげようとシャープペンを手に取った。ドラゴン相手ならドラゴンスケールのもの連れてくりゃいっか、と最後の所から先を書き足す。
***
「ちょっと、どこ行くの!?」
突然ドラゴンと反対の方向へ走り出したヒースにサイネが声を上げる。
「対抗できるものがないんだ、あれを止められるものを召喚する!」
叫びながらヒースは走り去ってしまった。
***
うん、これでヒースが何か連れてきてくれるから、それまで時間を少し稼いで、
ぉあ?
視界がグラッと揺れて、ブラックアウト。体が投げ出されたような浮遊感の後、地面に放り投げられる。
ん?地面?待って、土と草の感触が。ねぇ私今室内にいるはず、
「お前が、ドラゴンに対抗出来る奴、なのか?」
上から声が降ってくる。慌てて起き上がると、何故か森の中で、目の前にはピンクヘアの美人がいた。なんで?……いや、なんで?
「いや、どなたさま?てかここどこ?」
慌てて立ち上がると、目の前の美丈夫は深くお辞儀をした。曰く突然知らない世界に呼び出して申し訳ないが、力を貸して欲しい、と。
「俺はヒース・テイラー。貴方には、」
「タイム!」
今ヒースっつった?さっき見たばかりの名前に驚き、思わず片手を上げて続きを止める。
「待って、もしかしてここPhoenix校の、」
「いやここはMonstrosity校の近くだが、」
「どっちも同じようなもんですわ!えっ待って待って。」
幸い握っていたノートはそのまま手にあったから、それを慌てて広げて目の前の御仁に見せてやろうと、思っ、たんだが。
そんなことより。
開いた瞬間に音が止まった。
ザワザワと煩かった森がピタリと黙った。
開いた瞬間に風が止まった。
頬に感じていた冷たさが消えた。
は?
顔を上げれば、同じように驚いた顔の彼と目が合う。しばらく周りを歩き回り、ノートを開けたり閉じたりして確認し、私たちはこのノートのせいで時間が止まることを確信した。まぁこれで焦らず説明が出来る、とスーパーポジティブシンキングで彼……ヒース、なのかほんとに。まぁヒースと名乗っているからヒースと呼ぼうか。ヒース君は私にドラゴンを見せようと歩き出した。
道すがら彼から、ヒース君たちは今とある事情でドラゴンと戦っており、自分たちでは歯が立たないのでドラゴンに勝てるものを呼び出したと説明を受ける……はぁーん、なるほど?そうやって書いたな、私が。マジでここノートの中かよ。
そして呼び出された私は、ドラゴンを倒さない限りヒース君の使い魔、らしい。この世界の使い魔が何かは覚えてないけど、一通り厨二病と異世界転生小説の読み漁りを経験している人間なので察しはついた。召喚される前の世界に戻るには、使い魔の契約を解消する必要がある。つまり目的達成……ドラゴンを倒さなくちゃいけないってわけ。
「でも私なんも出来ないよ?ドラゴン倒すなんて絶対に無理なんだが。」
「このノートで何とかならないのか?」
「うーん、私も全然このノートの役割が分かんないんだけど。」
時間を止めている間は、周りに干渉しても意味が無いことはさっき確認した。つまり時間を止めた隙にドラゴンをタコ殴りにする訳にもいかないのだ。困った。とりあえず読んでみようとノートを開いて、最初の方を示す。
「ヒース君はこれがどんくらい前の話かとか分かる?」
「俺たちの学校の話ではないから確かじゃないな。サイネたちに聞けば分かるかもしれないが。」
「あ、でも『そろそろ三月』って、」
言いかけた時に体が前につんのめる。しまった、日頃の運動不足が祟って足が上がってないから、木の根に足を取られた。私自身はバランスを取り戻したものの、手から放り出されたノートが地面に落ち、て、
そして私はMonstrosity校の前で目を覚ましたのだ。何も覚えていないまま再びノートと向き合い、そして何気なくノートの最後の文字を読み上げもう一度ノートを閉じた瞬間、木の根に足を取られノートを落としたところに戻っ……いや、進んだ。
「今の、なんだ。過去に戻った……?」
「のかな?でもさっきまで、ヒース君に会ったのすっかり忘れてたんだけど。」
「俺も普通に授業を受けていて、なんで時間が止まるのかさっぱり分からなかった。」
ノートを拾い上げ、もう一度開く。さっき読み上げた直後に時間が飛んだのだから、恐らく同じ方法で過去に戻れるのだろう。
「一か八か、戻ってみるか?」
「え?」
「今の状態じゃドラゴンには勝てそうにない。でももしかしたら、過去に戻れば過去の俺たちが、記憶をなくしたままノートの終わりを見て、対策を講じるかもしれない。それなら、一ヶ月程の猶予があるだろう?」
運任せといえばそれまでだ。でも、正直それ以外に案があるわけでもなかった。
「……おっけー、さっきの所に戻りたい……これで閉じりゃいいのかな。」
「文を読み上げなくていいのか?」
「さぁ?でももっかい泥に平伏しているところから始めたくないから。私がノートの最後を読み上げて閉じたところに戻る!」
大声で宣言して、パタンとノートを閉じて。そして、私は視界の歪みを覚えながらも、全てを忘れて物語を頭から進めてきた、という話。
「っあー……思い出したねぇ。」
「ああ、思い出した。」
「つまり私たちは図らずも、使い魔解消に動いてたわけか。んで、どうします?対策講じきれませんでしたけど。」
現にセカモアは戦線離脱した。爆発で吹っ飛んだ私が生き返った世界だから、首さえかっ切られたりしていなければ回復魔法で何とかなるだろうけど、モロに火を浴びたのだ。回復に何日かかるかしれたもんじゃない。ウィズも彼女についているだろうし。
「あ、今のうちにドラゴンの弱点を確認しよう。せっかく時間が止まるんだから。」
そう言ってヒースは箒で進もうとしたので、慌てて呼び止める。ノート片手に箒発進したくないんだけど。少し迷ったあと、ヒースは空中に足を踏み出した。そーいや歩けるんだったね、空中。
「この方が勝手がいいな。よし、行こう。」
二人でテクテクと空気を踏み歩く様は、なかなかにシュールだ。方向をイメージしながら歩けば、自由に進むことが出来るのは便利だけども。ドラゴンに近づき、二人でその首元に降りる。
「お?もしかしてここか?」
「ほんとだ鱗無い……いやせっま。」
「無茶がすぎるな。」
相当近づかないと分かんないくらいの幅で、確かに皮膚が露出している所があった。狙うにはせめて一メートル以内には近づく必要があるだろう。道理でさっきは上手くいかなかったわけだ。ここまで近づくのなんて、時を止めていない状態じゃ……ん、待てよ?近づけるかもしれないな。
「ねぇ、今こいつ暴走した結果ちょい馬鹿になってるでしょ?」
「ついにこいつ呼ばわりか。」
「ヒースだって途中から校長って言わなくなったくせに。」
「まぁな。」
時間が止まっているとはいえドラゴンの肩に乗っかりながらドラゴンを悪くいうのは如何なものかと思わないでもないけどね。
「てかそこじゃなくてね、今の状態なら気を引いているうちに近づくことが出来んじゃないかなって。」
考えたアイディアをヒースに説明すれば、ヒースはかなり渋い顔をした。ヒースが囮役を任され、一番ドラゴンに接近する方を私がやるのが不満だというけど。
でもこれは合理的な選択なんだ。まず、囮をする間シールドを持たせるには私の体力が足りない。それに箒を使わずに飛べるほどの浮遊魔法を出力できるのは私かプリメリアくらいで、ヒースには無理だ。で、プリメリアはドラゴンの弱点をその目で見てない。私がヒースを浮かせればいいという話もあるけど、私は囮をしながら彼の動きを操れるほど器用じゃない。だから、これがいいんだ。説き伏せて、ヒースに手伝ってもらって浮遊魔法の紋を覚え込んだ。
作戦をもう一度確認した後ノートを閉じれば、箒の上に瞬時に戻る。ノートを閉じる前に相談したとおり、ヒースは私に自分の銃型魔法具を放った。片手をあげて受け取り、内ポケットに収める。先程までの様子を見れば、火を吐いたドラゴンが再び吐くまでには時差があるはずだ。そう何回も連続して吐けるものじゃないらしい。
校舎の消火を続けるランタナと、ウィズを追いそうになっていたサイネとプリメリアに、ヒースが大声で叫んだ。
「森の方を向かせるな、せめて校舎側に火を吐くように気をひけ!いいか!ランタナは消火を続けてくれ!」
三人がヒースの言葉に頷く。ドラゴンはヒースの声にすら反応を示さず、苛立ったように辺りを旋回し始めた。ランタナ以外の二人とヒースが、ドラゴンに攻撃を掛けながら気を引いていく。予想通り、というべきか。目の前をヒラヒラと飛び、時に攻撃し、拘束魔法で動きを制限する三人にドラゴンはかなり苛立っているようだ。さっきまでの理性も目的を失ったドラゴンにしてみりゃ、私たちの攻撃が効くとか効かないとかは今やどうでもいいことなんだろう。とかく目の前をうろつく目障りな何かを排除することで頭がいっぱいのようだ。
お陰で、ドラゴンにさしたるダメージは無さそうだが一時的に拘束することや攻撃に気を取らせることは出来るようだった。私は一度ドラゴンから離れ比較的安定していそうな木の枝に降り立つ。有難いことにドラゴンは森側に一切の注意を払っていない。
箒を後で拾うことにして地面に落とし、木の枝に腰掛けたまま自分自身に浮遊魔法をかけた。複雑な紋だったけど、時を止めている間にヒースから教わり叩き込んだものだ。まぁなんつうか、魔法具を使うために手を開ける必要があるけど、箒では両手が塞がってしまうから、これが最善の方法だと思ったわけ。何せSですから出力は十分。問題は持続時間だ。ここからは時間との勝負になる。
ヒースから受けとった魔法具と、自分に渡された魔法具をそれぞれ手に持ってから木の枝に立ち上がる。意識を集中させて、飛び立った。ぐいぐいとドラゴンの方に近づく。奴はまだ気がついてない。
十メートル、五メートル……一メートル。
手を伸ばして、首筋に狙いを定める。両手で同時に二つの引き金を引いた。魔法具だから、反動はない。放たれた魔法が二発、確かに狙った位置に入った。途端、凄まじい吼え声と共にドラゴンの体がのたうつ。
眼前に暴れた体が、黒い鱗が迫ってきて、咄嗟に反応出来ない。ガシャン、と途轍もない衝撃が全身に走り、ドラゴンの体に弾かれたのだと分かった時には魔力の限界が来ていた。
やっべまたかよ。落ちっぞ、これ。
なんて冷静に考えることが出来たのも束の間で、私の体は降下を始めた。
思わず強く目をつぶった瞬間、ぐいと体が引っ張られる。
強い力で引っ張られるのに驚いて目を開いた直後、誰かに抱き止められた。下で、ドラゴンが落ちたのか凄まじい音がする。セカモアとウィズは平気かな、なんてぼんやりと考えていれば、頭上から大きな溜息が聞こえた。
「俺が前のより強い、使い魔用の手網の魔法を覚えておいたことに、感謝して欲しいな。」
「……巻き上げ式的な?」
「そういうことだ。」
前回私の全体重を腕二本で支える羽目になったからか、別の魔法を覚えていたらしい。いつの間にか屋上に降り立っていたヒースに前回より楽に引っ張り上げられた私は、無事落下を免れていた。抱きとめた状態からそっと降ろされたので、改めて周りを確認する。
ランタナは消火を終えたらしく、ヒースの隣に立っていた。サイネとプリメリアは箒に乗ったまま下の様子を伺っている。見下ろせば、ドラゴンが木を数本巻き込んで倒れていた。
「おぉーい!終わったぁ!?」
森の中からウィズの声がする。あぁ、二人が落ちたあたりからだ。相変わらず馬鹿でかい声が出るもんだよ。
「終わったよー!セカモアは無事!?」
「大丈夫!火傷はあらかた直したよ!」
サイネの叫び声に対する返事に皆が安堵の息を漏らす。と、Phoenix校の方から誰かが箒に乗って飛んできた。
「あれ、ウィロー校長?」
ランタナの呟きに改めて人影を見つめる……ホントだ、校長だ。
「みんな大丈夫かい?」
「とりあえずは。ほらウィロー校長、早くあれ戻しちゃってください。」
ヒースが下にのびているドラゴンを指さし、あれがエアオですよと言うと、ウィロー校長は目を見開いた。とりあえず、起きる様子が無いドラゴンの近くに私とヒースと校長は降り立つ。他の四人には、セカモアをPhoenix校に運びこむことをお願いした。何しろほら、Monstrosity校はちょい燃えちゃったしね。保健室に行くにも向こうのほうかいいだろう。
「……このまま殺してしまった方がいい。」
しばらくの沈黙の後、ウィロー校長はドラゴンを見上げてハッキリと言い放った。思わずヒースと顔を見合わせる。
エアオは、ウィロー校長の一部のはずだ。
夢。願望。
屠ってしまえと、彼女は言う。
「こんなもの持ってなくても困らなかった。いらないものだ。」
それはダメでしょう、と言葉が出かかって喉元で引っかかる。薄っぺらい引き止めの言葉ならいくらでもあるけど、そもそも自分の夢も分からない私が「夢を捨てないで」なんて言えない。
「自分のやりたいことに突進して、手段を選ばない。君らもこいつの醜態を見ただろ。」
「……どんな夢だったんです。何に願望を抱いていたんですか。」
ヒースが静かに問う。ウィロー校長は少し目を泳がせたあと、ひとつ大きなため息をついた。
「忘れたよ、そんなもの。」
「闇魔法はあまりお得意じゃないんでしょう?だからエアオは闇魔法が上手かったんでしょうね。」
「……かもな。」
理想の体現。ふとそんな言葉が過った。その結果生まれたものは、ウィロー校長の人生を乗っ取ろうとしたものだったけれど。見境なく職探しに走り出したのも、人を助けたのも、エアオだ。自分のやりたいことに突進して、手段を選ばない。そんな、半身。
「ウィローさん。三年間、特にこの年に入ってから、俺はエアオとかなり会話してきましたけどね。」
「……ああ。」
「融通効かないし、ワンマンだし、やってられないと思うこともありましたけど。いい、人でしたよ。」
ヒースの言葉に、ウィロー校長は何か言いかけて、そのまま地面に視線を落とした。
「校長、今のお仕事はお好きですか。」
問いかければ、ウィロー校長は私の方に視線を投げる。
「勿論。」
「なら、受け入れてあげてください。今のお仕事を拾ってきたのは、彼女なんでしょう……貴方は彼女をコントロール出来ないわけじゃないでしょうし。」
「現に出来なかったさ。」
「それは切り離されたからでしょう。」
しばしの沈黙。彼女は黙ったまま自身の杖を取りだした。
「……かもな。」
空に書いたそれは本で見た自己分離魔法の解消紋。紋がドラゴンの方へ飛び、当たる。ドラゴンはみるみる崩れてゆき、その破片はウィロー校長の胸に吸い込まれて消えた。
「やはり、いけ好かないな。」
そう呟いて小さく笑った校長に、私もヒースも笑みをこぼした。
「それにしてもこれ、どーすんだよ。」
色々終わったとはいえ、燃えた校舎やら事情を聞きたがる教師生徒、突如消えた校長エトセトラ。問題しかないまま曖昧に誤魔化し一日を終えたところで、私とヒースは最後の仕事のために、私の部屋で向かい合っていた。
「だぁいじょうぶ。物語の中では、必ずめでたしめでたしで終わったその後は、末永く幸せに暮らせんだから。」
「そう、だな。じゃあ。」
一番最初に来ていた服に着替え、ノートを握りしめて。真っ直ぐヒースを見返す。
「……さようなら、カエデ。」
「さようなら、ヒース。」
「ドラゴンは無事倒された。これをもって、契約を解消する!」
ヒースの声を最後に、視界がぐにゃりと歪み、ブラックアウト。
は、と意識が浮上した。重い頭を持ち上げて、何度か瞬きをする。なんだかぼんやりとして、周りの景色を捉えるのに苦労した。
「カエデー!片付け終わりそう?」
遠くから姉貴の声がする。……引越しの荷造りをしていた、部屋。戻っている。恐る恐るノートを開けば、白紙だったはずのページにぎっしり明朝体が刻まれていて、先程までの光景が夢じゃないことを伝えてきた。
「……ごめーん、もうちょいかかる!」
「一旦降りてきて休憩しなー!」
「うん、今行くわ!」
叫び返して、改めて部屋を見渡す。
そうそう、大学卒業が近いから、実家を出ていく荷造りをしていたんだった。それにしても、なんつー、妙な経験。
ふと思い立って、ノートの一番最後のページを開く。ドラゴンがウィロー校長に戻ったところで記述は終わっていた。ふむ。シャーペンに手を伸ばしかけて、その隣のボールペンをとる。
***
そして、Phoenix校とMonstrosity校の関係は修復され、どちらの学校もウィロー校長が指揮を執ることとなった。セカモアも無事回復し、六人は平穏な学園生活に戻った。皆何事もなく、末永く幸せに暮らしたという。めでたしめでたし。
***
我ながら陳腐な文に笑って、そっとノートを閉じる。引越し先に持っていく方のダンボールにそれを放り込んで、体感一ヶ月ぶりにリビングに顔を出しに行くべく立ち上がった。
了
参考・作中言及
『Murder on the Orient Express』、Agatha Christie著、1934。
『And Then There Were None』、1939。
自分の黒歴史小説に転移したっぽいけどそもそもあらすじ何一つ覚えてないんだが? 黒い白クマ @Ot115Bpb
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