真夜中
ひぐらし ちまよったか
真夜中小学校
――真夜中の下校時、校門を出てすぐの雑木林の入口あたりで、八雲は何かの弱々しい鳴き声を聞き付けました。
「なにかしら?」
八雲が声のする方へ道を外れて、雑木林の藪の中をかき分け進むと、金色の毛並みを持った『イタチ』の様な小さな生き物が、うずくまっているのを見付けました。
足をケガしているようです。八雲の姿を見ると、ヨロヨロ立ち上がって逃げようとしますが動けません。
「たいへん! どうしよう!?」
八雲は考えました。このまま急いで家に連れて帰ろうかしら? でも、学校の方が近いし……とりあえず『玉藻』先生に相談してみよう。
「――怖くないからね? すぐに治療してあげるから……」
怯えないようにユックリ近づくと、八雲はその生き物にそっと手を伸ばしました。
その子は小刻みに震えていましたが、あばれることも無く、八雲の胸におとなしく抱かれてくれました。黒いつぶらな瞳がジッと八雲を見上げてきます。
「――なんて可愛らしい子……イタチ君でもなさそうだし……? アナタはどなた?」
そんな言葉を、初めて見る不思議な生き物にかけながら、八雲は歩いてきた道を『真夜中小学校』へ向けて引き返していきました。
――八雲の通う『真夜中小学校』は、八雲のためだけの学校ともいえるものです。通っている児童は八雲ただ一人。
両親も、祖父母も『吸血鬼』である八雲は、より純粋な吸血鬼と云われる子でした。太陽の光にはいっさい触れる事ができません。
普通の『人間』の子が通う小学校に通学するなんて、もっての外。
『夜間学級』と云う物も有りましたが、八雲のような小さな児童はいませんし、人間の学校に、ひとりで通わせるのも危ないだろうと、大人たちが考え、八雲のために『真夜中小学校』を作ってくれたのでした。
「この子と、お友達になれるといいな……」
いつも、ひとりで遊ぶ八雲は、そんなことを考えながら、校門である『稲荷社』の鳥居をくぐり抜けました。
『玉藻』先生はすぐに見つかりました。
小さなお社の階段に腰かけ、何か御本を読んでいる様です。
八雲が学校へ戻って来たのに気が付き、「あれ? 八雲さん? 忘れ物ですか?」とたずねてきました。
「先生、雑木林でこの子を見付けました……ケガしているみたいなんです。助けてあげられませんか?」
「え? この子? わ!?『日輪獣』の子供ですね!? 本当にまだ小さい! 親とはぐれてしまったのかしら? 珍しいですね」
「――『日輪獣』? ですか?」
「日輪獣は陽の光を浴びていないと、すぐに弱ってしまいます……八雲さん? 治療したいので少し、かしてもらってもいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
八雲は玉藻先生に、日輪獣の子供を手渡します。
「『アマテラス』様のお力を少しお借りします……アナタは危ないから、離れていてくださいね?」
「……はい」
先生に抱かれた日輪獣の頭をそっとなで、八雲はお社の陰に隠れました。
八雲が隠れるとすぐに、お社の正面がパアッと陽の光で明るく輝きだします。
八雲は(まぶしい!!)と、目を細めましたが、それでも懸命にお社の方を見守り続けました。
しばらくすると、陽の光が弱まり、八雲を呼ぶ先生の声が聞こえてきました。
「――八雲さん、もういいですよ! こちらに来て下さい」
八雲が先生の元へ行くと、日輪獣の子供は、さっきよりずっと元気に頭を持ち上げ、八雲の事を見て鳴きました。
「ミョウ……」
「わあぁ! 元気になったぁ!」
「ええ! ケガの具合もだいぶ良くなったようです……でも、どうしますか? 八雲さん……陽の光が無いと生きていけない日輪獣を、アナタが飼うことは出来ないと思いますよ……?」
「そうですね……先生はどうすればいいと思われますか?」
「うーん……そうだ! 知り合いの『天照大社』の方に聞いてみましょうか? はぐれてしまった親が捜しているかも知れませんから」
「はい! そうして貰えますか!?」
「分かりました……この子は学校で預かりますね? もう何日か陽の光を当てないといけません」
「はい! おねがいします!」
「――じゃあ、そろそろお家に帰りましょうね? あまり遅くなると夜が明けてしまいますよ?」
「分かりました! 先生ありがとうございました!」
八雲は玉藻先生にお礼を言い、先生の腕の中の日輪獣の頭をなでます。
「また明晩、学校でね!」
「ミョウ!」
「先生、さようなら!」
「はい! 気を付けて帰って下さい!」
「ミョウ!」
八雲はタッと走って鳥居をくぐり出て行きました。
(また明晩、学校で会える!)
八雲はうれしくて、そのまま家まで走って帰りました。
――それから三日間、八雲は毎晩学校で日輪獣の子供と遊ぶ事が出来ました。
日輪獣の子供は、すっかり元気になり、八雲が登校して来るのを、学校の鳥居の真ん中にちょこんと座って待っていてくれます。
(うふふ! こま犬さんみたい!)
八雲は嬉しくって、日輪獣の姿を見つけると駆けて行きました。
お社の杜でかくれんぼをしたり、おままごと遊びをしたり、お昼ご飯の時にコッソリお魚の切れ端を与えてみたりもしました。
それは楽しい三日間でした。
――そして四日目。
日輪獣の子供と、お別れする日がやってきました。
日輪獣の親が見つかって、『天照大社』の宮司さんと一緒に迎えに来るのです。
やっぱりこの子は親とはぐれて迷子になっていたようでした。
八雲は悲しくて、泣き出してしまいそうでしたが、頑張って我慢しました。
(だって、この子がお父さんとお母さんの所へ帰れるのだから……)
――学校の鳥居の上の空にすうっと縦に裂け目が入り、ユックリと広がっていきました。
裂け目の向こう側はまばゆい陽の光にあふれています。
八雲は眩しくて、顔をそむけたくなりましたが、目を細めてジッと陽の光を見つめ続けました。
腕の中の日輪獣の子をキュッと抱きしめます。
光の中から、人の影と、大きな獣の影が段々と浮かび上がって、それは少しずつ地面に降りてきました。
地面に完全に降り立った時、人影は真っ白な着物を着た宮司さんで、獣の影は、二頭の馬ほどの大きさの『キツネ』の様な生き物だという事が分かりました。
「ミョウ! ミョウッ!!」
八雲の腕の中で日輪獣の子供が、両親を見付けて鳴き声を上げます。
「――お父さんとお母さんだよ……よかったね!」
八雲はしゃがむと、日輪獣の子供を地面に降ろしてやりました。
頭をやさしくなでて、
「もう迷子にならないでね? 元気でね!」
少し涙声で、それでもしっかり言います。
日輪獣の子供は、なでてくれていた八雲の手に鼻をくっつけて、チロリとひと舐めして八雲を見上げました。
「ミョウ……」
「お父さんとお母さんのところに帰りなさい?」
「……ミョウ」
日輪獣の子供はもうひと声鳴くと、両親の元へタタタッと駆けて行きました。
八雲はゆっくり立ち上がって、そんな様子を眺めていました。
日輪獣のお父さんもお母さんも、子供に鼻を寄せて嬉しそうに「くるるる、くるるる」と鳴いています。
子供は立ち上がって前足で、そんな両親の鼻を抱きしめているようでした。
(よかった……ほんとうに嬉しそう……)
八雲の瞳がやっぱり、じんわりと潤んできました。
にじむ視界の中で、宮司さんがこちらにペコリと頭を下げる様子が見えます。
八雲の隣で玉藻先生が、同じように頭を下げたようでした。
「さよなら! 楽しかったよ! 元気でね!!」
八雲が手を振ると、日輪獣の子供は振り返り、
「ミョウ!!」と元気に叫んで、光の中に消えていきました。
――光の裂け目が消えた後も、鳥居の上の夜空をじっと見つめ続ける八雲に、玉藻先生が言いました。
「――あのね、八雲さん……本当はこれは教えちゃいけない事なんですけどね……」
「え? なんですか? 先生」
「……来週、この学校に転校生がくるの」
「え! ええっ!?」
「外国の子でね……その子の住んでる国の、お隣の国が、大きな国に攻め込まれてしまったみたいなの……その子の国は大丈夫みたいなんだけど、混乱が有るかもしれないので、その子と、その子のお母さんが二人だけで日本に避難してくるらしいのよ」
「本当ですか!?」
「ええ……その子にとって、あまりいい話じゃないと思うし、お父さんと離れて、悲しい思いもするかもしれない……だからね? 八雲さんに、その子と仲良くなってもらえると、先生とても助かるんだけど……」
「なります! わたし、その子とお友達になって、きっと寂しい思いなんてさせません!」
「うふふ! ありがとう……『カミラ』さんって名前でね、八雲さんと同い年の女の子……八雲さんと同じ『吸血鬼』よ」
「うわぁ!」
(私と同い年の吸血鬼の女の子! すごい! すごい!! 絶体お友達になって、絶体、優しくしてあげるんだ!!)
八雲は、まだ見ぬ外国からのお友達に、期待を大きく膨らませました。
(早く会いたいな! 仲良くしてね? カミラちゃん!!)
―――― 了。
真夜中 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON
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