第10話


翌朝。オルスはいつもより早めに家に出る。国立図書館へと出向いた。もう一度、ガイコツ騎士について調べた。


 ランスでの攻撃、魔法での攻撃、盾でのはじき方、押し方。それを頭に叩き込んだ。


 見張り塔での監視中、仕事をしているフリをしながら、避け方の練習をしていた。


「オルス、なにやっているんだ?」


 一緒に監視をしている仲間が聞いてきた。


「ガイコツ騎士との戦い方だ。丸腰で闘う事になったら、避けるしか方法がない。ランスで突いてくる時、寸前まで……」


 オルスは何気なく振り向いた。目の前に、貴族のウラシュがいた。その後ろに、隊長が立っている。さらにその後ろに、怯える顔をした仲間が直立していた。


「君がオルスか。私と一緒に休憩室に来なさい」

「……はい」


 見張り塔から長い階段を下りた先に、小さな休憩室があった。コーヒーとパンを二つずつ置けば、いっぱいになるぐらいの、小さなテーブル。そして椅子。他には、けが人を寝かせる為の簡易ベッドがある。


「すみません、椅子の方を用意させます」


「そこまで気を使わなくてよい。すぐに終わる」


 そう言うと、ウラシュはオルスの方に向いた。


「オルス、君は相当強いらしいな。軽装歩兵の中では、ダントツだと皆が言っている」


「いやー……嬉しいお言葉です」


「この前の対人戦も見させてもらった。圧倒的な強さだ。誰に教わった?」


 オルスは、ウラシュから視線をそらし、口を閉ざす。


「勇者だな。あの人の家に行っているらしいな」


「……はい」


「通っているのか? 勇者から教わっているのか?」


 オルスは意を決したかのように、大きくうなずいた。


「はい」


「なぜだ?」


 後ろにいた隊長が聞いた。


「勇者の強さに、衝撃を受けました。自分も、あの人と同じぐらいに強くなりたいと思いまして」


「訓練は変わらないだろ」


「まったく違います。剣の振り方、避け方。すべて一拍だと。今の訓練は、丁寧すぎる。もしくは昔の教え方が、どこかで途絶えたのだと言ってまして」


 隊長は腕を組んで、眉をひそめる。


「軍の中で、恨みや妬みを持っている奴はいるのか」


 ウラシュは隊長に聞いた。


「いえ。もう、遠い過去です」


「なら、教官として迎えても大丈夫だな」


「えっ……」


「たった今、入ってきた話だ。十字路付近の農村と、修道人襲われ、住民は全滅した。敵はトンペイ、タイガーン、オーガ。巡回していた兵も、一人を残して殺された」


「全滅……」


「勇者に任せよう。オルス、今日の夜に本人に伝えてくれ。私は国王に伝える。以上だ」


 ウラシュと隊長は、休憩所から出て行った。


 その日の夜。オルスは勇者に伝えた。


「ウラシュか。元気に学校へ通っていた小僧も、今では軍を指揮する立派な貴族になったか」


 勇者が住む小屋の中で、スープを飲みながら、微笑んでいた。


「それで、返事の方はどうしますか?」


「その前に、お前を立派な兵士にしなくてはな。ウラシュが納得しても、他の者が納得しないだろ。それまでは行かない」


「俺が基本をしっかりと学べば、来てくれるのですね?」


「そうだ。では訓練だ」


それから一週間後。訓練場は緊迫した空気に包まれていた。軽装歩兵、約百名。ウラシュ。オルス、そして勇者。


「勇者、久しぶりだな」


 ウラシュは微笑んだ。


「あの時はすみませんでした。ウラシュ様」


「もう、すんだ話だ。では、どうすればいいのかな」


「まずは基本の訓練から見せてもらいたい」


 隊長ははいつもどおり、木剣での剣の振り方を教えた。足を踏み出し、剣を振る。次に避け方。


「だめです。それではガイコツ兵士にも勝てません。オルス、見せてやりなさい」


「はい」


 オルスはいつもの稽古どおり、一拍で全てすませた。


「攻撃を当てるためには、余計な動作をしないことです」


 勇者が長い棒を持った。


「次に避け方。盾を持っていない状態で、敵から攻撃をされる」


 オルスと勇者が対峙する。勇者が攻撃をしてきた。オルスは勇者の上半身を見ていた。冷静に棒先を読み、寸前の所で避けていく。


 その光景を見ている軽装歩兵は、唾を飲み込んだ。


「まず、これが基本だ。これができなくては、城下街にいるガイコツ兵どもは倒せない。すぐに始めろ」


 軽装歩兵が隣同士、距離をとり、一斉に一拍の基本訓練を行う。だが、この前のオルスと同様、すぐにできない。


 勇者は一人一人見て行く。そして、手短に教えていく。その日、訓練は剣の振り方だけで終わった。


「ではウラシュ様、今日はこれで終わりです。私達は家に帰ります」


「途中まで一緒に歩こう」


 勇者とウラシュ、その後ろにオルスが付いていく形で、歩いていった。


「訓練が、そんなに変わってしまったのか?」


「ええ。原因は兵士が増えたからでしょう。話を聞いてみると、私の時代より、兵士の数が倍になっています。増やすのは良い事ですが、どうしても質が下がってしまうのが問題です」


「十五年前より、この国の人口は増えた。ほとんどの子供たちは、学校に通っているのだがな」


「丁寧に教えすぎた結果でしょう。それと長い間、魔王城に攻め込んでいないのも、原因です」


「緊迫感がないからか」


「私たちの時代は、死に物狂いでした。国は貧しく、魔物に襲われる。生きるのに必死でした。だからって、今の時代を否定はしませんが」


「はっきり聞く。今の兵士達を、勇者が納得できるまでの強さになるには、どれくらいかかる」


 その言葉に、勇者は足を止めた。


「それは、魔王城に攻めるということですか?」


「国王が、決意されたよ」


「それは、プラッカー王国だけですか?」


「クレチアは今、他国に侵攻している最中だ。こっちには物資しか協力できないらしい」


「非常に難しいですよ。前回は、クレチア国の兵士も協力してくれたから、魔王にまでたどり着けた」


「仕方のない事だ。だが、何もしないと、魔物によって全滅させられる」


「わかりました。できるだけ早く」


「よろしく頼む」  


 ウラシュはきびすを返し、城へと戻っていく。


 勇者はオルスについていく。勇者は暗い顔をしていた。

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