第9話
三日後。訓練が終わり、帰ろうとした時、テッドが駆け寄ってきた。
「おい、どういうことだよ」
「賢者が、来たのか」
大きく首を縦に振る。
「びっくりしたよ。いきなり現れて、俺の名前を知っているんだぞ。オルスという者から聞いたって。で、魔法研究所の近くに引っ越してきた」
帰り道、オルスはこの前の出来事を話した。
「じゃあ、勇者から訓練を受けるのか?」
「隊長にお願いをして、人目がつかない家を紹介してもらったよ。昨日、一日がかりで引っ越しの手伝いをした。その代わり、剣術を教えてくれる。とりあえず俺だけ。今の訓練だけでは、駄目だからね。もっと強くならないと」
夕食を終えると、オルスは家を出て、勇者の家へと向かった。
職人街を通り抜ける。あまり使われない、日当たりの悪い西門へ。左に曲がる。家の灯が見えた。勇者の家の前に来ると、玄関に男性が立っていた。
「とっと始めるぞ」
「はい。よろしくお願いします」
「まず第一に、全身の力を抜け。そして突く、斬る。見ていろ」
勇者はロングソードを両手で持った。右足を少し前に出した瞬間、剣先が前を向いていた。オルスは目を見張る。
剣先が前から一気に上を向く。足は動いていない。左足が動いた。次の瞬間には、横切りを終えていた。
「どうやって」
「これが基本だ。今のお前たちの教え方を、見せてみろ」
オルスはロングソードを両手で持つ。勇者の前で、基本の型を見せた。一で前足を踏み込む。二で縦に斬る。
「本当に、そんな教え方なのか?」
勇者は唖然としていた。
「はい」
「教えがどこかで途絶えたのか、それとも親切丁寧に教えすぎたのか。とにかく、今みたいに二拍ではない、すべて一拍で終えるんだ。やれ」
言われて、オルスもやってみた。だが、以前に教わったことが身に染みており、なかなか上手くいかない。
「当分は、一拍の振り方を覚えるんだな」
勇者の前で何度も行った。
「疲れたからって、満足するな。時々、心も体も休ませろ」
「はい」
「足元、どうなっている」
踏み込んだ足元をどける。足跡がはっきり残っている。
「それではだめだ。足に力が入りすぎだ。こうだ」
勇者が剣を振り抜く。足をどける。足跡の外側だけが、ぼんやりとだけ残っている。
「力はすべて、剣に集中させるんだ。他の所に力は入れるな」
「はい」
再び始めた。その日から、オルスは毎日来た。一週間後、いつものように、振り抜いた時、オルスは立ち止まる。そして、剣先を見つめる。
「気づいたか?」
「……何か、頭の中でバチンと、体が、こう」
「始めろ」
オルスは振り抜いた。勇者が頷く。
「動きが自然になったな。それを体に染み込ませろ」
「はい」
オルスの口元が自然と緩んだ。勇者もつられて微笑んだ。
その日の訓練は、木剣で基本の型から行われた。いつもと同じように、木剣の振り方は二拍だった。周りの兵士達は、声を出しながら振っている。
だがオルスは、それを一拍で終わらした。
「オルス、丁寧にやれ!」
隊長に怒られる。だが、体に染みつき始めた一拍を、忘れたくないオルスは、見えないように、やり続けた。
「いいか。これから対人戦を行う。いつものように、勝ち続けた者は、戦い続けるんだ。近くの者と手合わせしろ」
オルスは近くにいた仲間と手合わせをすることになった。
「はじめ!」
オルスの相手は、リズムをとりながら、次第に詰め寄ってくる。オルスは全く動かない。
相手が前傾姿勢になる。右足を踏み込んだ。その時、オルスが動いた。
「いてっ!」
相手は尻餅をつく。オルスは突きの姿勢をしていた。相手は何が起きたのか、全く理解できていない。オルスは喜ぶのを噛み締めた。
「勝った者は、その場に残れ。負けた者は、遠くに離れろ。手合わせする者が見つかり次第、始めろ」
オルスは手合わせをする相手を、すぐに見つけた。
「はじめ」
間合いを取る。相手はすぐに襲い掛かってきた。前傾姿勢。両手持ちの木剣を、少し引く。突きだとわかった瞬間、相手の手の平を叩いた。
相手は驚いている。
「次、手合わせしろ」
次第に、オルスの動きに注目が行くようになる。
「あいつ。全然動かないもんな」
「始まってすぐに、剣を振って、相手が飛ばされて終わり。どうなっているんだ?」
最後の一人と戦ったが、一瞬で終わった。オルスの圧勝だった。オルスの周りに人だかりができる。
「実は、勇者に訓練をつけてもらっているんだ」
「あの勇者にか」
「今は、剣の振り方だけ」
その日の夜、勇者に今日のことを報告した。
「そうか。では、今日から防御だな。俺がガイコツ騎士の真似をする。相手の癖は知っているのか?」
「いえ、無我夢中で。落馬させましたが、剣同士ではダメでした。それに、魔法も使います」
「そうか……昔は、しなかったのだがな」
勇者が悲しい顔をした。
「魔物の資料には、なんて書かれてある。ランスでの突きか」
「ええ。あとは盾を持っています」
「わかった」
勇者は小屋から長い棒を持ってきた。
「いいか、オルスが盾を持っているのなら、それで防ぐのが一番だ。だが、もし持っていなかったら、避けるしかない。いくぞ」
と言った途端に、オルスの胸元へ棒の先端がめり込んだ。この前と同じように、軽く飛ばされてしまう。
「避けることで一番大事なのは、見極めることだ。最後の最後まで、相手の動作、矛先を見ろ。そして一拍で避ける。いくぞ」
オルスは勘で左に避けようとした。だが、右肩にあたり、痛い顔をする。
「勘ではだめだ。ちゃんと見ろ。よくこんなので、生きていたな」
今度は、体に棒先が当たったと同時に、オルスは体を左に傾けた。
「どうして左に避けた」
「棒先が、右肩を狙っているのがわかりました」
「よろしい。後は一拍で避ける。動きは同じだ。足で避けるな。上半身で避けろ」
その後も、何度も棒先に襲われた。避ける体力がなくなり、その日の訓練は終了した。
家に帰り、服を脱ぐ。上半身が痣だらけになっていた。
「上手く避けろ。常に前に敵がいて、襲われていると想像しろ……か」
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