敗者の神話 魔物なき時代は……

あしかや 与太郎

魔王討伐編

第1話

灰色のウールチェックに包まれた少女は、両手にバスケットを持ち、木漏れ日が差す森の中を、一人で歩いている。


 小鳥のさえずりを聞きながら、朽ち果てた木から、生えたキノコを採り、司祭に教えてもらった、薬草を摘んでいく。もう少しで、バスケットの中が一杯になりそうだった。


 少女はフードを脱ぎ、額にかいた汗を手で拭う。ひんやりとした風が、通り過ぎて行った。


 森の中、二匹のリスが、頬にどんぐりを入れながら、少女の方をじっと見ている。少女は微笑む。枝には小鳥達がいた。熱くなってきた日差しから身を避け、口元には餌をくわえている。


 少女は立ち上がり、修道院に帰ろうとした。


 小鳥たちが一斉に羽ばたく。リス達も、その場から逃げるように、どこかへと行ってしまった。


 地面に落ちた木々が折れる音がした。すぐに静寂に包まれる。ズルズルと引きずる音がする。再び、地面に落ちている枝が、パキパキと折れていく。動物の気配がなくなった。少女は反射的に振り返る。


 そこには、ナメクジの姿をした魔物がいた。足波をゆっくり動かし、這うようにして少女に向かってくる。


 背丈は、大人よりも高かった。横から突き出た、二つの大きな目と合う。少女は金縛りにあったかのように、動けない。魔物の動きが止まる。少女は震えている。


 魔物は体を反らした。高さが倍になる。粘液が滴り落ちる。腹部がゆっくりと左右に開かれ、そこから無数の頑丈そうな牙が現れた。


「ひっ……」


 魔物の牙が、少女の視界いっぱいに入る。少女はギュッと目をつぶる。


「させるか!」


 ゴン、と鈍い音がした。


 少女は目を開ける。そこに魔物はいなかった。少女に背を向け、革の鎧に包まれた青年が、立っていた。


 魔物は近くの木にぶつかり、倒れている。


「すぐに、ここから逃げなさい」


 青年は顔を横に向け、少女に言った。少女は言われた通り、すぐにその場から去っていく。青年は振り返り、逃げる少女を見届けると、正面を向いた。


「コンクーン、俺が相手だ」


 そう言いながら、ロングソードを右手持ちにした。青年は左手で、防具がしっかりと着けられているか、確認をする。


 頭は防具なし。上下、布の服の上に、革の鎧。そこには、プラッカー王国の象徴である、赤い羽根が付いた兜の模様が、焼き記されていた。


 革のすね当てに、皮の靴。全てカッチリとはめられている。


 コンクーンは体勢を立て直すと、青年に体を向け、高速で這ってきた。体を反らし、鋭い牙で襲いかかってくる。


 青年は低く構える。大きな口が開いた。視界の両端から、牙が迫ってくる。


 後ろに飛んだ。ガシャンと、固いもの同士がぶつかる音。


 素早く跳び、ロングソードでコンクーンの右目を斬る。


「お前の急所は、ここだ」


 今度は前に回り込み、口の中にロングソードを突き刺した。コンクーンは悲鳴を上げた。青年は一歩後退する。


 コンクーンは前のめりに倒れ、大きな体が蒸発していく。


 青年は軽くため息をつき、森から出ようとした。


 ふと、後ろから物音が聞こえる。首だけを横に向けた。次の瞬間、全身に強い衝撃を受ける。そのまま転がった。


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