33、王都へ

 そこからはお屋敷の何人かの人に「回復薬」を飲んでもらい、体調を確かめる作業に入った。

 エーリク様の仮説通りだった。


「最近ずっと胸がムカムカしていたんですが、回復薬を飲んでからすっかりなくなりました」

「私もです。めまいが出なくなりました」


 庭師のボルコがそう言い、ランドリーメイドのエラも頷く。「回復薬」と共に、ボルコには胃腸の調子を整え、血の巡りをよくする薬草を、エラには体を温めて寝つきが良くなる薬草を煎じたのだ。

 二人とも長い間、同じ薬草を煎じて飲んでいたが、回復薬と合わせるとすぐに効果を感じられたという。

 

          ‡


「後は、この村から出ても効果があるかどうかなんだけど」


 結果をまとめながらエーリク様は言う。

 

「私はあると思うんだ」

「どうしてですか」

 

 あまりにも自信たっぷりだったので思わず聞く。エーリク様はペンを持つ手を止めて説明した。


「魔女の万能薬は、ひとりひとりの症状に合わせて薬草を合わせるだろう?」


 私は頷いた。おじいちゃんが言っていたことだ。エーリク様は続ける。


「他の人が飲んだら毒になるほどの量を入れることもあると言っていたじゃないか」

「はい」

「村から出たら効果がなくなるのは、患者さん以外が飲んだら危ないからじゃないかな。直感だけど、そんな気がする」


 納得すると同時に、新しい疑問が湧く。


「そんなにまでしてどうして、この土地は、ここの人たちを守っているんでしょう」 

「ああ、不思議だな。ディアーク家に聞けば何か言い伝えのようなものでも聞けるかもしれないが」


 領主様なら、なにか知っているのだろうか。いつかお聞きしたい、と私は思った。


「ああ、だが、しかし」


 エーリク様が思い付いたように言う。


「初めは逆だったのかもしれないな」

「逆、ですか?」


 なんの逆かわからず聞き返す。エーリク様は、窓の外の雪景色を見ながら言った。


「守っているんじゃなくて、縛っていたんじゃないかな」


 白樺の林はどこまでも続いている。私は首をかしげた。


「土地が、人を?」


 エーリク様は頷いた。


「そう。例えば、冬の長いこの土地に、人々を定住させるために」


 私は目を丸くした。

 そんなこと、考えたこともなかったからだ。思わず聞く。


「魔女の万能薬を与えることで、人々がここから出ていくことを防いでいたということですか?」


 だが、エーリク様にしても答えを知っているわけはない。困ったように微笑んだ。


「あくまで仮説だよ。ただ、回復薬ができたこと、私がルジェナと出会えたことに関しては、土地の采配を感じるんだ」


 エーリク様は窓から目を離し、私をまっすぐ見詰めて言った。


「いずれにせよ、私はこの地に感謝してるよ」


 私が何も答えられないでいると、エーリク様はいつものように快活な声を出した。

 

「さあ、王都への準備をまとめないとね」

「……はい」       


 村から離れても「回復薬」の効果があるかを試し、効果があれば直ちに陛下に報告するために、エーリク様は王都の王立研究所に向かうことになっている。


「すぐ戻るよ」


 エーリク様が付け足してくれたその言葉が、胸の内側でじんわりと暖かく響いた。


           ‡


「私がいない間、ルジェナのことを頼むよ」


 出発の日。

 エーリク様は、クルトさんとヤーコフさんにそう言った。ベルナルドさんがエーリク様と一緒に王都に行くからその間の私の護衛としてこの二人が任命されたのだ。


「お任せください!」

「全力を尽くします」


 クルトさんとヤーコフさんがそう答える。私はよろしくお願いします、と挨拶をした。

 間もなく出発だ。

 馬車に乗り込むエーリク様たちをお屋敷の全員で見送る。


「晴れてよかったな」


 やっぱり眩しそうにエーリク様は空を見上げる。私は気の利いたことをなにひとつ言えない。


「……お気をつけて」


 それだけ言うと、エーリク様は微笑んだ。


「実験の結果が出たら手紙を出すよ」

「待ってます」


 長い冬が終わろうとしていた。


          ‡


 王都に無事に到着したエーリク一行は、すぐに王都の王立研究所で「回復薬」を試した。

 その結果、クロバーサの村を出ても効果を発揮することが証明された。

 実験の結果は村で待つルジェナに知らされ、また国王陛下にも伝えられた。




 ほどなくしてエーリクは国王エアネストとその妃カロリーヌに「回復薬」を披露することになった。

 

「おお! これが噂の万能薬か!」


 エアネストは喜色満面にそう言い、隣でカロリーヌが訂正する。


「回復薬ですわ。陛下」

「おお、そうだったな。カーティスにも知らせたか?」


 エーリクは臣下としての礼を崩さずに答える。


「はい。恐れ多くも王立研究所の設立にはカーティス殿下にご尽力いただいていますので、感謝の気持ちと共に速やかにご報告しました」

 

 その場にいた誰もが口に出さないけれど、これでカーティスの唯一の懸念だった健康の問題が払拭され、その結果、カーティスの王太子としての地位がさらに磐石になることを確信していた。

 さらにこのことでエーリクが、王立研究所と治療院、施薬院の統括を任されることも。

 そして、なにより。


 ——誰かが新しい地位に登るということは、誰かがそこから降りることを。


 エアネストが称賛の意を含んだ揶揄を、エーリクに投げかける。


「しかし、本当にやり遂げるとはな。誰もが魔女の薬を再現するとは無理だと笑っていたのに」 

「そのことなのですが、陛下」


 エーリクは称賛をさらりと受け流して言い添えた。


「この薬、ある人物の協力なしでは完成しませんでした。いずれ御目通りしてお言葉をいただけないでしょうか」


 エアネストは一瞬だけ眼光を鋭くしたが、すぐに機嫌の良い声を出した。


「それはねぎらわねばいかんな。ああ、ぜひ会おう」

「ありがとうございます」


 回復薬のお披露目は和やかに終わった。

 「変わり者」のエーリクが、偉業を成し遂げたことはあっという間に貴族社会に広まった。

 潮目を読むことに長けているものは、流れが変わったことを察知しエーリクとお近づきになりたいとあの手この手を考え始めた。

 流れというものは変わるまでは大変だが、変わった後からは元に戻せない。貴族たちはそれをよく知っていた。

 誰もがエーリクのしたことを褒め称えた。

 そういう流れだから。

 たったひとり、         


「馬鹿な! 魔女の万能薬が完成しただと? フリードヒは何も言ってこないぞ?」


 筆頭宮廷薬師のコスタロヴを除いて。




 

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