28、今はそんなに怖くない

          ‡


 一週間後、レグオスやその他の薬草が厨房に届いた。


「思ったより早かったな」


 研究室まで運んでくれたブレンにエーリク様が言う。ブレンは荷を下ろしながら説明する。


「いつも頼んでいる宿屋に、たまたま薬草を卸したいという行商人が来たそうで。運がよかったですよ」

「それは僥倖だな。しかし、その行商人、レグオスだけじゃなく、これだけの種類の薬草を置いていったのか」

「訳ありでしょうが、モノはしっかりしてるし、向こうも荷を捌けてありがたかったんじゃないですかね。まあ、そこそこの値段をふっかけられましたが」

「仕方ない。それが商売だ。ブレン、ご苦労だったな」


 エーリク様のねぎらいに、ブレンは滅相もないと手を振る。


「いえいえそんな。それよりお目当ての薬草があるか、早く確かめてくださいな」

「そうだな、ルジェナ。頼む」

「はい、今」


 傍らで荷を広げていた私は、レグオスを探す。底の方に、それは束になって入っていた。


「ちゃんとレグオス、あります……!」


 私が思わず声を上げると、エーリク様が嬉しそうな顔をした。

 ブレンが言う。


「ええ。では私はこれで」

「ああ、また頼むよ」


 ブレンが出て行った後、私たちはすぐさまに実験を開始した。うずうずした様子で、エーリク様は乾燥した葉を一枚手に取る。


「これがレグオスか。なるほど。王都では見かけないな」


 鼻に当て、確かめるように匂いを嗅ぐ。


「香りはそんなに強くない……よし、始めるぞ!」

「はい!」


 同じくらいうずうずしていた私は元気よく答える。

 エーリク様が指示を出す。


「まずはコプシバの抽出液を作ろう。ルジェナはレグオスを粉にしてくれ」

「わかりました」


 かちゃかちゃと用具を出し、作業の準備をしながらエーリク様は言う。


「サムエル氏の論文によれば万能薬は、『病を消すのではなく、病を体から追い出す力を高める』と表現されている。レグオスがそれにどう関わっているのか、楽しみだ」

「病を消すのではなく、追い出す……」


 家に来ていた患者さんたちを思い出して、私は頷く。同じく、手を動かしながら。


「なんとなくわかります。患者さんの一人が言ってたんです。『昔の自分を取り戻したみたいだ』って」


 私はおばあちゃんやお母さんたちが鍋をかき回しているところを思い出す。

 危ないからと近寄らせてもらえなかったけど、その姿をこっそり覗くのが好きだった。


「祖母たちは、患者さんにどの薬草が必要か、すぐにわかったみたいなんですよね」


 薬研でレグオスを粉にしながら、懐かしく思い返す。


「どうしてわかるのって聞いたら、見えるって言うんです」

「見える?」

「はい。弱っている部分と必要な薬草が見えて、頭に浮かぶって」

「それは……羨ましいな。さすが魔女というべきか」


 私は小さく思い出し笑いをする。


「祖父に言わせれば、とんでもない強い薬効のものを、ときには大量に使っていたそうです。どうしてあれで健やかになるんだって不思議がってました」

「ああ……魔女の作る薬は研究者の常識を覆すような組み合わせが多いらしい」


 エーリク様は納得したような声で続ける。


「だから紛い物だと怒る人もいたが、それこそ魔女の力……あるいはこの土地の力なんだと思う。だけど、ルジェナ」


 エーリク様は穏やかに私を見つめる。


「作用は緩やかになるかもしれないが、その分大勢の人が飲める、汎用性の高い薬を再現できると私は信じている」


 その青い瞳を見つめ返し、私は頷いた。


「私も、そう思います」


 一人一人にぴったり合う魔女の薬のようにはいかないかもしれないけど、薬草の力を借りるつもりで挑めば、完成できる気がする。


 ——そんな薬ができたら、きっと、みんな喜ぶ。


 不思議と今はそれが怖くない。

 私は力強く付け足した。


「作りましょう! エーリク様」

「もちろんだ……そうだ、ルジェナ。薬が完成したら」


 エーリク様が思い付いたように言った。


「サムエル氏や、祖母君や母君の墓参に行かせてもらえないか」


 ——おじいちゃんや、おばあちゃん、お母さんのお墓参りにエーリク様が。


 私は、小さく頷いた。


「嬉しいです」

「そのためにも完成させなくてはな。よし、やるか!」

「はい!」


 私たちは笑い合って、手を速めた。


          ‡


 リリアに焚き付けられたその翌日、ダリミルは宿屋に足を運んだ。余所者のフランツには本当のことを教えなかったかもしれないと都合のいいように解釈したのだ。


「ルジェナ? 知らないよ?」


 しかし、望んだ返事は得られなかった。ダリミルは食い下がる。

 

「本当か?」

「嘘ついてどうすんだ。工房の遣いとかいう若者に、前にも言ったはずだけどね」


 おかみのゾナはダリミルに迷惑そうな視線を向けた。


「だけど、どう考えてもここしかないんだ」

「そう言われてもね」


 ダリミルはリリアに言われたことを思い出し、付け足した。


「謝ってたと伝えてくれないか」

「なんのことだい?」

「いいから。ルジェナがもし来たら、俺が謝ってたと伝えてほしい」

「そんなに戻ってきてもらいたいのか。涙ぐましいね」


 ゾナが笑った。

 通りがかったアデーラは、その様子を目にして眉を寄せた。


          ‡


「あれ……?」

「おかしいなあ」


 意気込んで万能薬の実験を進めた私とエーリク様だったが、予想に反し眠りの成分は現れなかった。

 二人であれこれと話し合う。


「コプシバの温度が違うのか?」

「ですが、煮立った鍋に入れていたので同じくらいの温度だと思うんです」

「一度でうまく行くわけないか。条件をいろいろ変えてもう一度やってみよう」

「はい!」


 私は新しいレグオスを刻み始めた。 


 


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