27、刺激

         ‡


 ダリミルはさらに頭を悩ませていた。


「坊ちゃん、あんたとこの薬、全然効かないよ」

「なんだと?」


 村人の間でも、バレクス薬草工房の評判が悪くなってきたのだ。直接、文句をいいに来る奴らもちらほら増えてきた。


「うちのかみさんが寝込んだんだけど、少しも楽にならなかった。混ぜ物入れて誤魔化しているんじゃないか?」

「そんなわけあるか」

「残りは返すから、金を戻せよ」

「待ってくれ」

「いいや、待てないね」


 ——ちくしょう!


 返品の数も多くなり、ダリミルはさらに追い詰められていた。


 ——後から雇った薬師たちが全く使い物にならないのが悪いんだ。


 父ハンスからは毎日のように状況を確認されている。怒鳴られる。追い詰められたダリミルは、工房で寝泊まりするようになった。

 安眠とは程遠い夜を過ごしながら、考えるのはルジェナのことだ。


 ——どこにいるんだ? とにかく、ルジェナを探さなくては。


 あの日、森に行ったのは間違いない。だけど、その先がわからない。フランツが宿屋に聞いたところ、宿屋には泊まっていないらしい。


 ——見つけなくては。


 ルジェナさえ戻ればなんとかなる。

 ダリミルはそう思い込んだまま、また朝を迎える。


          ‡


「おはようございます。ダリミルさん」


 朝になると工房は一応、動き出す。

 いまや主戦力はフランツだ。ダリミルは猫なで声で挨拶を返す。


「おはよう、フランツ。今日も頼むぞ」

「はい」


 その後、事務所で一人、書類に目を通していると、うんざりした様子のリリアがノックもせずに入ってくる。


「ああ、嫌だ。嫌だ。薬草の植え替えなんて薬師がやってほしいわあ」


 リリアの仕事内容は以前と変わりないはずなのに、なぜかぼやきが増えた。


「薬師は薬を作るのが仕事だろう」


 諭すように言うと、ぷっと膨れる。


「だってルジェナがいた頃は、植え替えなんてしなかったもの」

「お前……それは」


 ルジェナが植え替えを自分に押し付けていたと、ダリミルに泣いて訴えたことを忘れている。

 悪びれないリリアにダリミルは呆れた。


「あっ。えへ」


 誤魔化すように舌を出して笑う。


 ——どうせ騙すなら、うまく振る舞ってほしいよな。


 ダリミルはげんなりしながら聞いた。


「リリア、お前、ルジェナの何が気に入らなかったんだ?」

「んー? 別に」


 勝手にお茶を淹れながら、リリアは答える。


「別にってことはないだろう。言えよ」


 リリアは首を傾げて呟いた。


「ほんとにないわ。強いて言うなら、昔っから、なんか気に入らなかったのよ……ふう、おいし」


 客用の上等の茶葉を遠慮なく使って、リリアは満足そうに息を吐く。

 待ってても自分の分は淹れてもらえないようなので、仕方なくダリミルは自分でもお茶を用意する。

 そしてまた聞く。


「もしかして、ルジェナの髪の毛を馬に食べさせようとしたか?」


 一瞬、きょとんとしたリリアだが、思い出したように大笑いした。


「したわね! したわ! だって本当に人参みたいだったもの」

「お前、本当に性格悪いな……」

「何よ」


 リリアは自慢のストロベリーブロンドの髪を揺らしながら、ダリミルを見据えた。


「あんただってルジェナを困らせたくてあんなことしてたくせに。性格悪いのはお互い様よ」


 言い返せないダリミルに、リリアは明るく言い放った。


「ま、でも、思った以上に皺寄せがきたわね。お気の毒様」


 他人事のように言われ、ダリミルは慌てる。


「なんだよ、そんなこと言わずに力になってくれよ」

「お断りよ」

 

 リリアはお茶の残りを飲み干して言う。


「ここがどうなろうが、私にはどうでもいいもの」

「なんだって?」


 ダリミルは信じられない思いで聞き返す。

 

「働きたくなんかなかったもの」

「じゃあ……どうして」

「家で何もせず過ごしていたら、上の兄さんが勝手に働き先を決めたのよ」


 立ち上がったリリアは、よいしょ、と伸びをして笑った。


「工房が潰れたらまた家でぶらぶらできるわ」


 ダリミルは思わず叫ぶ。


「お前! うちを潰す気か?」


 リリアは髪をふんわりと揺らして、首をかしげた。


「そんなわけないじゃない。冗談よ」

「本当か?!」

「それに、潰れないでしょ? あんたが頑張ってるから」

「……」


 ダリミルは何も言えなくなる。すると、リリアは突然弾んだ声を出した。


「そうだ、いいこと考えた!」

「どうせろくでもないことだろ」

「ある意味そうかもね。聞きたい?」

「……言えよ」


 ふふふ、と勿体ぶってから、リリアはダリミルに囁くように告げた。


「……結婚すればいいのよ」


 誰が、と聞く前に続ける。


「ルジェナとあんたが結婚したら、すべて解決よ」


 リリアは何もかも見通したように、ダリミルを見つめる。


「好きなんでしょう? ルジェナのこと」


 まさか、とダリミルは驚いた。


「好き? 俺がか? あんな、赤毛の役立たずを?」

「あら、自分で気付いてなかったの?」


 言い返そうとしたダリミルの唇に、リリアが人差し指を当てる。


「聞きなさい」

「……」


 ダリミルは耳を傾ける。


「見つけたら、最初は謝るのよ、そんなつもりじゃなかったとか。素直になれなくてごめんとか。手に入れるまでの我慢よ」


 リリアは指を離して続ける。


「どうせどこかで惨めな暮らしをしているに決まっているわ。あんたが見つけて、手を差し伸べてあげるの。そして求婚するのよ。あの子のことよ、断らないわ、絶対」

「……お前、そんな奴だったか?」


 ダリミルは辛うじてそれだけ言った。幼なじみが別人に思えた。

 リリアはふん、と鼻で笑った。


「王都にいたあんたにはわかんないだろうけど、こんな小さな村でずーっと過ごしていると刺激が欲しくなるのよ」

「ひでぇな」

「でも、悪くないでしょ」

「求婚か……」


 現実味がないようでいて、どこか胸が高鳴った。


「ハンスさんも絶対そのつもりであの子を引き取ったのよ。そう、これは親孝行でもあるわ」


 ——親孝行。


「いい考えだな」


 ダリミルはまんざらでもなさそうな顔で頷いた。


「と、なると絶対に見つけなきゃな」

「その意気よ」


 リリアが無責任に焚き付ける。

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