25、魔力がなくても魔女は魔女

         ‡


「モルンとレグオスか! なるほど!」


 午後になり、仮眠から目覚めて研究室に顔を出したエーリク様にレグオスの話をすると、案の定目を輝かせた。 

 私もはしゃいだ声で続ける。


「まだどうなるかわからないのですが、とりあえずレグオスが入手できるようにブレンにお願いしておきました! 実験が楽しみです」

「本当だな。ルジェナがここに来てくれてよかったよ!」


 真正面からそう言われ、私の鼓動は速まった。思わず早口で答える。


「そ、そんなこと! こちらこそです! 私こそここで雇ってもらえてよかったです! 万能薬、早く、万能薬ができるといいですね!」 

「万能薬のことだけじゃないんだ」


 慌ててそう言う私とは対照的に、エーリク様は落ち着いた声で付け足した。


 ——万能薬のことだけじゃない?


 どういうことですか、と聞こうか聞かまいか、迷っていると、珍しくどこか躊躇いながらエーリク様が言った。


「ルジェナみたいな女の子は初めてだから」

「……」

「いつも難しい顔をする師匠や、何を考えているかわからない後輩に敵視されながら研究していたから、こんなふうに一緒に発見を喜べる人は初めてなんだ」


 ……びっくりした。


 私みたいな女の子が初めて、とか紛らわしい言い方をするから、思わず息を止めてしまったけど、研究の成果を喜び合う相手が初めてというだけで、「女の子」は関係ないらしい。紛らわしい言い方しないでほしい。紛らわしい言い方しないでほしい。もう一回言う。紛らわしい言い方しないでほしい。でもちょっと嬉しい。

 それほど、薬草を研究する女の子が少ないということだろう。

 

 ——よかった。薬草を勉強しておいて。


 いろんな気持ちが込み上げてきた私は、エーリク様を見つめて思わず言った。


「エーリク様のお役に立てて、よかったです」

「……うん」


 エーリク様も言葉が見つからないみたいに、じっと私を見つめている。恥ずかしくて目を逸らしたくなるけれど、私はがんばって見つめ返して先を続ける。

 伝えたいのは、感謝の気持ちだ。


「魔力がなくて役立たずで、ずっと、こんな私が魔女だなんてと思っていましたが……初めて人の役に立てました」


 エーリク様の眉が上がったが、私は一気に最後まで言った。


「ここに来てよかった。そう言いたいのは私の方です。エーリク様、本当にありがとうございます」

「……ルジェナ」

 

 エーリク様は難しい顔になる。


「は、はい」


 そして、真剣な声で言った。


「役立たずなんかじゃない。ルジェナは魔女だ。ちゃんとした魔女だ」

「え?」


 エーリク様は、どこか悲しげに眉を寄せた。


「なんでそんな言い方するんだ。君は役立たずじゃないし、役立たずでも魔女なんだから魔女でいい」


 悲しそうに言うエーリク様をみていると、私まで悲しくなる。

 

「でも、魔力が……」


 それだけ言うのが精一杯だ。

 エーリク様は畳み掛ける。


「魔力がなくても魔女は魔女だ」

「そんなこと……」

「思っていい」

「だって……魔力……」

「ルジェナはルジェナだ。それでいい」

「……それで……」


 私の言葉は途中で切れる。泣きそうになったのだ。


 ——ルジェナはルジェナ、それでいい。


 祖母や母や祖父が言ってくれたことを、繰り返してくれたのはエーリク様が初めてだったから。

 エーリク様は、ゆっくりと続ける。

 

「君を魔女だと認めないくせに、魔女としての責任だけ負わせようとしていた奴らが言ったことは、気にするな。君は十分頑張っているよ。そのおかげでこうやって研究が進んでいる」

「でも、まだ……完成していませんし」


 エーリク様は笑った。


「完成に近づいているだけでもすごいんだ! 私が何年この研究に取り掛かっていたと思う? 少なく見積もっても五年はかかっている!」

「五年も……かかったんですか?」

「そうだ。しかも、まったく進まない五年だぞ?」


 エーリク様の言い方に、私は小さく笑った。エーリク様もほっとしたように頷く。


「君のおかげだとどれだけ言っても言い足りない私の気持ちが伝わったかな」


 はい、と私は頷いた。

 涙を誤魔化すようにまばたきをいっぱいしながら。

 エーリク様は私の涙には気付かないふりをして、どこか懐かしむように言った。


「ああ、早く万能薬を完成させたいな。そうしたら、ルジェナの次くらいに、飛び上がって喜んでくれる人がいるんだ。研究が進んでいることを知らせるだけでも、きっと喜ぶ」


 誰だろうと、聞く前にエーリク様は私に言った。


「カーティス。弟なんだけどね」


 ——つまり、王妃様のお子さまの。


「ルジェナにだからいうけれど、カーティスは体が弱くてね。だけど私は、誰よりあいつが王にふさわしいと思っている。あいつはあいつで私の研究好きをわかってくれていて、それでこの研究所が生まれたんだ」

「そうなんですか」


 兄弟のいない私は、エーリク様とカーティス様の関係が羨ましい。そのときのことを思い出したのだろう。エーリク様は、付け足した。


「ここにくるきっかけも、カーティスが見つけてくれた論文なんだ」

「論文にここが?」


 ああ、とエーリク様は頷いた。


「市井の研究者の論文で、ここと万能薬のことが紹介されていた。優秀な研究者だったんだが、あるときを境にふっつり行方がわからなくなったのが惜しいよ」

「それは残念ですね」


 その人の研究が進んでいたら、もっと早く万能薬も完成したのかもしれない。

 エーリク様は空中にその論文があるような眼差しで呟いた。


「ああ。サムエル・キセリーは、いまどこにいるんだろう。それだけでもわかればな。生きているのか、死んでいるのか……」


 ため息交じりのその言葉に、私は目を見開いた。え? どういうこと? 混乱しながら、聞き直す。


「エーリク様、その方のお名前……もう一度おっしゃってくださいませんか?」


 エーリク様は繰り返した。


「サムエル・キセリー。地位も名誉も興味ない、変わり者の研究者という噂だった」


 間違いない。信じられないけど、きっとそうだ。


「サムエルの功績を追いかけて私はここに来たようなもんだよ」

「おじいちゃんです」

「え?」


 今度はエーリク様が目を見開いた。


「それ、おじいちゃんの名前です」


          ‡


「殿下、お加減はいかがですか」


 宮殿の図書室に向かっていたカーティスは、知った声に振り向いた。


「コスタロヴか。どうした」


 背が低く、皺だらけの老人は、愛想笑いを浮かべて言った。


「宮廷薬師として、お加減を確認にするのは常の仕事です」

「それはご苦労だな……調子は悪くない」

「それはようございました。どちらへ」

「言う必要はないだろう」

「左様ですか。それではお気をつけて」


 コスタロヴが去るのを見送ってから、カーティスはボソリと呟いた。


「……狸め」




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