24、再会
レグオスは希少な薬草だ。
祖母も母も、少ししか使えないとぼやいていたのを覚えている。いつも粉にして、最後の最後に鍋に入れていた。
「最後に入れるのは成分が消えるから? いつもすぐに患者さんに飲ませていた」
これは調べる価値がある。
レグオスとモルンを比べて、同じ効果が出るとわかったら万能薬作りは前進だ。
「まずはレグオスを入手しなきゃね」
そう考えた私は、研究室を出て厨房に向かった。
ブレンにレグオスを入手してもらうように頼もうと思ったのだ。
厨房はお屋敷の地下だ。
研究室を出た私は、お屋敷の長い廊下を歩きながら、曲がり角の向こうにクルトさんの姿を見つけた。
クルトさんも私の姿を見つけたのだろう。
廊下の隅に飾っている、大きな花瓶の後ろに隠れた。
——バレバレだよ……クルトさん。
私のことを「魔性」だと勘違いしているらしいクルトさんは、研究室以外で私を見かけると、こうやって遠巻きに私を眺めることが多かった。
……見張っているつもりなんだろうなあ。
もちろん、私の護衛をしているベルナルドさんもそれに気付いている。
——放っておきましょう。話しかけに来るわけでなく、黙って様子を窺うだけです。
最初の頃、いちいち動揺していた私にベルナルドさんはそう言った。それだけで不思議と落ち着いた。
——まあ、見られていると思うとどこか緊張するけど。
今も、厨房への階段を降りる私の後を、付かず離れずの距離で付いてくる。
私は絶対に後ろを振り向かない覚悟で、厨房のドアを開けた。
「こんにちは。忙しいところすみません」
声をかけると、業者さんらしき女の人と話していたブレンが話を止めて駆け寄ってきてくれた。
「どうしました?」
「追加で注文してほしいものがあるんです」
「わかりました……ちょっと待っててくれよ」
女の人にそう言って、ブレンは注文表を手にする。手短に済ませようと私は言った。
「次の荷に入れて欲しい薬草があるんです」
「薬草ならさっきエーリク様にも言われましたよ?」
「レグオスが欲しいの」
「なるほど。その名前は聞いていませんね……ルジェナ様のご要望なら何とかしたいところです」
ブレンは振り返って女の人に話しかけた。
「あんたとこにレグオスはないかい?」
ところが、彼女はそれには答えず、
「あんた、やっぱりルジェナなのかい?!」
目を丸くして私に言う。
「え?」
たくましい体型で、白髪をひとつにまとめた女の人は、村の女性がよくするエプロンをつけている。私の祖母くらいの年齢だろうか。
知っているようか、知らないような……記憶を手繰り寄せていると、焦れたように相手が叫んだ。
「私だよ、アデーラだよ! 昔、近所だった!」
その名前にもう少しほっそりした女の人の顔が浮かんで重なった。
「えっ?! アデーラさん? 本当に?」
くしゃっと笑うその顔は、よく見れば面影があった。私は顔を綻ばせ、アデーラさんに近付いた。アデーラさんも同じようなことを言う。
「あんたこそ大きくなってすぐにはわからなかったよ!」
アデーラさんは、祖母と母が亡くなったとき、葬儀を出すのを手伝ってくれた近所のおかみさんだ。
私たちはどちらからともなく、軽い抱擁を交わした。涙声で私は言う。
「ごめんなさい。しばらく会っていなかったせいね、すぐにはわからなかったわ」
「こっちこそだよ。私の白髪と体重も増えたしね」
「アデーラさん、どうしてここに?」
「それこそこっちの台詞だよ! ルジェナこそ、なんでここにいるんだい?」
それはそうだ。私たちは顔を見合わせて笑った。
大体を把握したらしいブレンも微笑んで私たちを見守っている。
アデーラさんがしみじみと言った。
「去年、旦那がぽっくり逝っちまってから、宿屋のゾナのところで働かせてもらっているんだ。ここには遣いでね。まさかルジェナに会えるなんてね」
「そうだったの、ゾナさんのところで」
「バレクスの工房に行ってから全然顔を見ていなかったんで心配していたんだよ。元気そうだね。あんたもここで仕事かい?」
あ、と私は迷った。
どこまで話していいのだろうか。
しかし私が結論を出す前に、ブレンが胸を張って言った。
「うちの旦那さんが一目惚れしたのがルジェナさんなんですよ!」
「えええ!」
アデーラさんは叫んだ。
「そうなのかい? ルジェナ、すごいじゃないか」
昔馴染みのアデーラさんまで騙すのは気が引けたが、こうなったら言い通すしかない。
「そうなの」
私は頷いた。
「工房をクビになったところを、こちらの旦那様に助けてもらったのがきっかけで……だけど、アデーラさん、このことは誰にも言わないで。旦那様は静かに暮らすのを好んでいらっしゃるから」
ブレンがしまったという顔をする。
「おお、そうだった。このことを言ったら、もうあんたところで食材は買わないよ」
アデーラさんは微笑んで私を見つめた。
「おやおやなんだか訳ありだね。でもよかった。ルジェナが幸せそうで。言うもんか」
私はほっとして、そして少し涙ぐんだ。私のことを気にしてくれる人がいたのだ。
「じゃあ、レグオスの入荷、お願いね」
念を押すと、アデーラさんは力強く答えた。
「ああ。探しておくよ」
暖かい気持ちで厨房を後にした私は、階段を上がって研究室に戻った。クルトさんはいつの間にかいなくなっていた。
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