5、寝ちゃダメ

           ‡


 小さい頃から、うちには遠くからいろんな人が来た。みんな、魔女の「万能薬」を求めて来るのだ。


 元気だった頃の祖母と母が、大鍋で薬草を煮込んで杖を振る姿を今でも覚えている。

 「万能薬」は、この村でなくては作れない。魔女は、生まれた場所を離れたら魔力を失うからだ。

 

 患者本人が魔女と対峙して、その人だけの処方箋で「万能薬」は作られる。

 最後に魔力を込めて完成だ。

 王都に店を出したらいいのにと勧める人が何人もいたが、母も祖母も必ず断っていた。


「この土地の、この土の、この草の、この水の、この太陽の、それらの力を少しずつ借りて、魔女は『万能薬』を作るのさ。王都じゃ意味がないんだ」


 そう言いながら。


 そんな祖母と母は、当然この村で生まれて育った。が、祖父と父は余所者だった。

 二人とも、そもそもは薬を求めてここにきた患者だった。

 母娘して、似たような相手と恋に落ちたのだ。


 祖父は、祖母の薬のおかげで私が五歳まで生きた。

 父も母の薬のおかげで全快したのだが、どうしても戻らなくてはいけない用事がある、すぐに帰るからと王都に向かい、二度と姿を見せなかった。

 

「顔色が悪かった。行かせるんじゃなかった」

 

 母がぽつりとそう呟いたのを聞いたことがある。母は父が新たな病に罹って、それで帰れなくなったと思っているようだった。

 嫌な予感はしていた、と母は言っていた。

 何度も止めたが、父はどうしてもいかなければならないと譲らなかった。


 ならばと、母はせめて父に「万能薬」を持たせたかったが、村から出ると一瞬で効果がなくなるから無駄だと祖母に止められた。じゃあ一緒に行くと母は言ったが、それは父が止めた。この村で君の薬を待つ人がいるんだから、と。

  

「……何もできなくても付いていけばよかった。もう会えなくなるなら」


 私が生まれたのは父がいなくなった後だから、父は私という娘がいることを知らない。

 母は何度かタロットを使い、父は死んだのだと諦めていた。それでも折に触れ言った。


「ルジェナのお父さんも綺麗な赤毛だったわ。魔法なんか使えなくても、お母さんもおばあちゃんもおじいちゃんも、ルジェナが元気ならそれでいいの。覚えていて」


 治ったとはいえ、祖父は体が弱かったので、生活は祖母と母の「万能薬」の売上で賄っていた。ただ、「万能薬」を求めてここに来れる人は限られている上に、祖母も母は決まった分のお礼しか貰わないので、贅沢はできなかった。ほとんどが材料費に消えた。


 それでもみんながいるあの頃が一番幸せだった。


 祖父は本を読むのが好きな人で、家にいる時間が長い分、私にいろんなことを教えてくれた。私が薬草の種類に詳しくなったのは祖父のおかげだ。

 

 ——それが今の仕事にも活きていると思っていたのに。


 祖父が亡くなって六年後、母と祖母も遠くに逝ってしまった。

 「万能薬」は、怪我を治せない。病気にだけ効く。それも、あくまでも「不調を治す」もので、その人の寿命に関わるような病気は治せない。

 死期を悟った祖母と母は、「万能薬」を自分達に使わなかった。

 

 死の間際、祖母は私に自分が使っていた杖を、母は空の薬瓶を私にくれた。どちらも普段二人が薬作りのときに使っていたものだ。

 魔力のない私には宝の持ち腐れなのに、祖母も母も、これを常に持っておくように言った。

 さらに、ずっと母が持っていた父のペンダントも渡された。

 母は言った。


「もし薬瓶が割れることがあれば、その中から小さな薬が出てくるはずだから飲みなさい」


 いつ割れるの、と聞くと、わからないと母は答えた。割れないかもしれない、とも。変なの、と私は首を傾げたが、母は、割れなければもっといいのよ、と言って黙ってしまった。

 そこからすぐだった。

 母の最期の言葉は、


「ルジェナ、どうか笑顔で」


 だった。

 葬儀は、村の人たちが協力して出してくれた。


          ‡


 ひとりぼっちになった私は、祖母の知り合いのハンスさんに声をかけてもらい、薬草工房で住み込みで働く事になった。

 それが今の工房だ。


 ——それがこんなクビになって。


 笑顔にもなれず、木のうろで丸まっている。         

「寒いな……まだかな、ダリミル」


 動かずにそんなことを思い返していたせいか、だんだんと眠くなってきた。


「寝ちゃだめ……」


 自分で自分の頬を叩いて、眠気を覚まそうとする。

 

「……起きて……ないと……」

 

 ダリミルが探しに来てくれても、寝ていたら返事ができない。私は何とか目を開けようと努力した。

 雪の勢いはさらに増し、木のうろにも吹き込んできた。いつの間にか私はそれを冷たいと感じなくなっていた。


          ‡

 

 薬草工房の年老いた薬師職人ディーゴーは、ルジェナの姿を今日は一度も見ないことを不思議に思った。


「おい、リリア、ルジェナ知らないか?」


 通りがかったリリアにそう聞くと、


「知らないですぅ」


 リリアは笑ってそう答えた。

 ディーゴーは、フランツにも聞いた。


「フランツ、ルジェナ、今日見たか?」

「見てませんね」


 どうしたんだろう、と思ったディーゴーは事務所に行ってダリミルに聞いてみた。


「若旦那、今日はルジェナ、休みですか」


 ダリミルは淡々と答えた。


「ルジェナは今日でここを辞めたんだ。だから戻ってはこない」

「え?」


 ディーゴーは驚いた声を出したが、ダリミルはそれ以上何も説明しなかった。


 

   

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