真夜中の幽体離脱はご用心

カリギュラ効果

「みなさ～ん、こ～んば～んわ～！　初めまして～♪　今日から配信を始める心霊Vtuberの“ＰＳＹ蹴り”で～す！　記念すべき第一回目の配信だよ！」

　ディスプレイ上では、ポップなＢＧＭと英国風の幽霊屋敷を背景に金髪ツインテールで、アパタイトとルベライトを連想させるオッドアイの美少女２Ｄアバターが、笑顔で手を振っている。

　視聴数がポツポツと上がっていく。

「皆さんの中には、睡眠中に幽体離脱をしているよ！　っていう方、いらっしゃると思います」

　ＰＳＹ蹴りが脈略も無くアヒル口になり、人差し指を唇にあてる。

「そう、意識が自分の身体から離れている状態のそれで～す」

　今度は一転して、満面の笑顔で両手を振る。

「私もね？　するんですよ～。幽体離脱。でね？　夜の都会を空から見下ろすのが大好きなんです！　だってぇ、綺麗じゃないですか！　黒いキャンバスに煌煌と灯る色とりどりの明かりって」

　ＰＳＹ蹴りは、そういうと首を大きく傾げて、言葉を続けた。

「でも～、途中で『あれれ？　これって、自分の身体に帰れるかな？』なんて、不安になったりしません？」

　ＢＧＭがスローになり、画面もやや暗くなって、視聴者の不安をかきたてる。

「でもぉ～！」

　ＰＳＹ蹴りのその一言で、ＢＧＭも画面も元の明るくポップなモノに戻った。

「心配ご無用！　ちゃんと戻れているよね？　みんなもそうだよね？　そうです。そんな事にはならないのです！」

　そして、ＰＳＹ蹴りはしばし笑顔で愛嬌を振りまいた後、「あっ！」と何かを思い出したような動きをし、しゃべりはじめる。

「でもね？　空を飛んでいる時に、キラキラ光って垂れている糸？　を見たら要注意だよぉ。あれは『死神の釣り糸』って言ってねぇ、触れると本当にあの世に連れていかれちゃうから！　眠っている時に亡くなるのは、それに触っちゃったからなんだ！　だから～、いい子のみんなは絶対に触らないようにねっ！　絶対だよ？　ＰＳＹ蹴りとのや・く・そ・く！　守ってね～」

　ＰＳＹ蹴りは、いくつかのぶりっ子ポーズを交えながらしゃべり、「おやすみ～」という言葉で配信を締めた。

　七分程で終わったこの配信には、それなりの視聴者数がいた。

「ふ～」

　自分の配信が無事に終わった事を見届けた“何者か”が、一つ溜息を吐いた。

「さて……、餌は撒いた。今日は釣れるかな」

　その“何者か”は、つり竿に光る糸をくくり、真夜中の地上へと垂らした。

（人間には、やるなと言われたらやらずにはいられない心理現象がある、と聞いて試す事にしたのだが……。確か、カリギュラ効果と言ったか？）

「ふっ！　まさか私が、パーチャル美少女を受肉するとはな。…………ハマっちゃいそう」