凡生尽語
樵丘 夜音
第1話 傷だらけのレコード
歳を感じる最初は、忘れっぽくなったと思うことだろうか。何か思いついて2階に上がって何を取りに来たのか思い出せなかったり、買い物に行って絶対に必要な物を買い忘れて帰ってきたり、些細な忘れ物が少しずつ増えていく。
笑い話になるうちはまだいい。深刻さが出てくるのは高齢の親との会話だろう。同じ話をするのはよくあることだが、数分の間に同じ話を繰り返して話したり、今説明したことをすぐにまた聞いてきたりするようになると、これはもしかして、と思うのだ。母はもともと人の話をあまり聞かない性格で、こちらが話したことを聞いていなくて同じことを聞いてくる時期も経ているから、判断が難しい。
反対に、昔の話になると恐ろしいほどの記憶が蘇る。80年前の戦争中の疎開先の家の間取りや生活、60年前の父との結婚にまつわる赤面のエピソードや壮絶な夫婦喧嘩の原因など、子供の頃は聞いたことがなかった話をこと細かに聞かされたりして、その記憶力に驚かされる。
一日一緒にいると、5つくらいの話を各3回ずつくらい聞かされる。まったく同じフレーズで同じ話をしてくる。さっき聞いたと言ったら、呆けた事実を突きつけるようで、母の自尊心を傷つけないようにこちらも同じ相槌を繰り返す。
ふと昔のレコードを思い出した。レコードの傷で針が飛び、同じフレーズを繰り返す。明らかに今までと違う繰り返しの速さに焦りと寂しさを感じながら、懐かしいメロディーがリピートした。
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