第4話/一章-③
早速、部活に顔を出すよう言いつけられた俺は、指示通り部室棟へ向かっていた。
状況を把握すれば、今日はもう帰っていいという。それだけ伝えると、校長は後は知らぬとばかりにそそくさと退勤していった。相模原教諭の引きつった笑顔が気にはなったが、さっさと仕事を終わらせて帰宅しよう。ただ、それだけを考えている。
道すがら横切った高等部の図書室へ視線を向けると、隣の図書準備室の扉に『文芸部』と書かれたプレートを認める。あれ? ここか? 本校舎ではなく、部室棟だと聞いていたが……。何度も見返すが、白いプラスチックのプレートには確かに、『文芸部』と墨書きされてある。
間違いない。俺はドアを二回ノックした。
「はーい」
澄んだ声とともに扉が開き、愛想のいい女生徒が顔を覗かせた。
「文芸部は、ここかな?」
「えぇ、そうですけど……。あなたは?」
「俺は新任教師の
室内からどよめきが沸く。
中を覗くと、みっちりと満たされた書棚に囲まれ、十数名の部員がひしめいている。
「どうした?」
唖然として動きを止めていた女生徒へ声を掛ける。
「あ、すみません。文芸部の顧問は相模原先生なのですが……何もお話を伺っていなくて……」
相模原教諭が? 俺は何か思い違いをしているのだろうか……ハタと思い返して、校長の言葉通りに問い直した。
「ここは『総合』文芸部で間違いないか?」
その瞬間、室内の空気が凍る。先ほどの校長室宜しく不穏な雰囲気が場を支配し、誰一人として声を発しない。不快な沈黙を破ったのは目の前の女生徒だった。
「あぁ……ラノベ窟の……」
らのべくつ?
纏う雰囲気をガラリと変え、低くドスの利いた声で意味不明な言葉を吐き捨てる。
「そいつらなら、部室棟二階の一番奥です!」
女生徒に突き飛ばされ、図書準備室から押し出されると、扉がピシャリと閉じた。続いて、ガチャリと鍵が下りる。
「私たちとは一切! 関係ありませんから!」
扉の向こうから昂奮に満ちた金切り声が響く。
「おい! こら!」
扉を何度も叩くが、反応は無い。明らかな居留守だ。なんなんだ、一体……。
この学校には文芸部が二つあるようだ。文芸部と総合文芸部。源流を同じくする部活が、価値感の相違で仲違いすることは、ままあることだ。とりあえず、本来の目的を果たそう。釈然としない気持ちを抱えつつ、俺は部室棟へ足を向けた。
部活動が盛んなこの学園には、旧校舎を改築した部室棟がある。渡り廊下を抜けると、途端に雰囲気が変わる。古びた木造校舎は廊下の窓外に大樹が立ち並び、昼でも薄暗く、陰気だ。
総合文芸部は一番奥、だったか……。
進めば進むほど、静寂が深まる。遠くから聞こえていた校庭に響く喚声が小さくなり、一番奥へ辿り着く頃には一切の音が消える。
部室の扉の上には木彫りで『文芸部』と墨書きされた表札に、『総合』と雑に手書きされた紙の切れ端が申し訳程度に添えられている。扉を二回ノックする。
返事が無い。もう一度、二回ノックする。
やはり返事が無い。スライド式の引き戸へ手を掛けると、思いの外、軽い。開いている。俺はゆっくりと引き戸を開け放った。
室内は暗い。どうやらカーテンが閉め切られている。目が慣れないと、何も見えない。
カリカリ……タタタタ……。耳障りなスクラッチ音だけが断続的に響いている。
「誰か……うおっ!」
暗闇に慣れつつある目が、奥の長椅子に横たわっている何かを捉える。
「あーうーあー……」
人だ! 苦しそうに呻いている!
「おっ……おいっ! 大丈夫か⁉」
俺は駆けよると、その身体を揺さぶった。
「あ~あ~う~あ~」
揺さぶりに呼応するように、うめきが波を打つ。
ここにきてようやく視界がはっきりとしてきた。顔は水中ゴーグルのような黒い板で覆われている。制服に、スカート。転がっているそれは、女生徒のようだった。
タタタタタタ……
耳障りな音は途切れることなく、女生徒の腹の辺りから立ち昇り続けている。目を向けると、高速でうごめく指先が絶えず、細かくコントローラーを叩いている。
「なっ⁉」
異様な光景に息を呑んだその瞬間、背後から怒号が響き渡った。
「ごるぁっ!」
首根っこを鷲掴みにされ、床へと引き倒される。時を同じくして、年季の入った蛍光灯が辺りを明るく照らした。
「アンタねぇ……」
床を転がった俺が見上げた先には、白くきめ細やかな肌の生足。そして、その付け根に……淡いピンクの薄布がチラつくのを認めた刹那、俺の顔面には革靴の底が捻じ込まれていた。
ゴスっ!
重く低い音とともに、鈍い痛みが広がる。
「ユピさんに何してんのよ! この変態がぁ!」
何度も振り上げては打ち下ろされる革靴に新たな嗜好の扉が開きかけたが、俺はまだ一縷の理性を保っていた。
「待てっ! 誤解だ!」
腕で革靴をガードし、転がり、その余勢を駆って身体を引き起こす。しかし立ち上がった俺の
「お……ぉ……」
呼吸が止まる。この世からすべての空気が消えたのかと錯覚する。いくら吸いこもうとしても、身体が言う事を聞かない。膝から崩れ落ち、俺が小刻みに
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