満天の星

紗織《さおり》

満天の星

 「僕は、死んだのか…?」


 これまで感じていた鈍い痛みが、僕の全身から消えていた…。



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 あれは、K連峰登山中の出来事だった。

 

突然の激しい雷雨に足を滑らせて、僕は登山道から転がり落ちてしまった。

ゴロゴロと転がる身体は、そのまま狭いくぼ地に転がり落ちてしまった。



気が付いた時、目の前は真っ暗だった。

身体が横を向いた状態で、僕は倒れていた。


湿った土の臭いと、右手に触れている冷たい土が、そこが地面の上である事を教えてくれていた。


そして、この寝っ転がっている姿勢から体を起こそうとした時、足に激痛が走った。


…立ち上がる事は、出来なかった。



「左足は捻挫のようだが…。くそっ!右足は折れているのか!?」



どうやらくぼ地に落下した際、背負っていたリュックサックが下になり、先に落ちてくれたおかげでクッションの役割を果たしてくれたようだ。

そのおかげで頭と上半身はなんとか地面による強打から守られていた。



僕は背中からリュックサックを下ろし、ゆっくりと座る姿勢になった。


次にリュックサックの中からスマホを取り出して、僕は愕然とした。


「落ちた衝撃で壊れたのか!?」

画面がかなりひどくひび割れていた。


そして僕の不安は的中し、スマホの電源は、何度試みても入らなかった。



僕は、崖にもたれかかりながら周囲を見回した。


落ちたくぼ地を見上げると、その深さは、7,8メートル程だった。

楕円形の広さのくぼ地は、長い方でも『どうして僕はここに落ちたのだろう』と思わせる5m程の直径しかなく、そこに見事に落ちてしまった不運さに、嫌気がさしてきた。


しかし負傷した今の僕では、どうあがいたって自分でよじ登る事は、不可能だった。



次第に焦りと不安が心の底から湧き上がってきた。

「おーい、誰か近くにいませんかぁ。


助けてくれー。」

恐怖に耐えかねた僕は、気が付くと声の限りに叫び出していた。




どの位叫び続けたのだろう…。

喉の渇きと疲れで、僕は叫ぶのを止めた。



僕は、リュックサックから水筒を取り出し、水を一口飲んだ。

「落ち着け。落ち着くんだ、守。」

声に出すことで、自分をなんとか落ち着かせようとしていた。


リュックサックの中には、食料はチョコレートが一枚残っているだけだった。


「後500mlの水とチョコレート。これで、誰かが助けに来てくれるまで待たないといけない。


一緒に登山をしていたメンバーが、救助隊を要請してくれるはずだ。

だからもう、僕の捜索が始まっているはずだ。


無駄に叫んで、これ以上、余計な体力を使ってはダメだ。


静かにして、周囲の救助の声に聴き耳を立てて、声が聞えてきた時に叫べるようにしないと。」

僕は、これからの行動を声に出して言うことで、なんとか自分を鼓舞しよと努めていた。





崖の上を吹き付ける風の音の悪戯だったのか、それとも幻聴だったのだろうか?

幾度か僕の耳に聞こえててきた救助の声に向かって、『僕は、ここに居る』と叫んだ。




もう何も残っていなかった。

水も食料も、そして希望も…。




疲れ切って空を仰いだ時、くぼ地の切れ間から覗いた景色は、星が輝いていた。



「…こんな隙間から見えるだけなのに、星って綺麗だな。


あぁ、山の頂上から空一面に広がる星空を皆と一緒に見上げたかったよ。」


涙が自然に瞳に溢れ出て来ていた。

にじんだ星空がキラキラと光っていた。

僕はそのままゆっくりと瞳を閉じた。


「ありがとう、満天の星。」

僕は、煌めく星に向かって最後に大声で叫ぶと、疲れた体をそのまま横にした。




**************************************


「僕は、死んだのか?」

 これまで感じていた鈍い痛みが、僕の全身から消えていた…。



 …いや、足に痛みを感じるような気がする。

 それより、何より、体に布が当たっている!


 僕はパッチリとその瞼を開けた。

 目の前には、天井が見えた。

 

 僕は、病院のベットで寝ていた。




 意識を無くした僕は、あの後、救助されていたのだ。


本来なら真夜中には決して行わない救助活動だったが、満天の星と満月が照らす明るい夜だからと、仲間は必死に僕を探し続けてくれていた。


そして仲間の連れていた犬の耳に、僕の最後の叫び声が聞こえたらしい。


僕は仲間に、そして満天の星に救われたのだった。

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満天の星 紗織《さおり》 @SaoriH

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