一口怪談

カラサエラ

アパート

ギギギギギギギギギギギギギギギ


夜中の2時過ぎ、上の階から訳の分からない音が聞こえる。

ここのアパートに引っ越してから早一年

最近聞こえてくるようになったこの音。何か重いものを引きずるような、がむしゃらに引っ掻くような、耳をつんざく音。全くもって何をしているのか想像もつかない。


上には…誰が住んでいたか…

三十代くらいの女性だったか?いやそれは斜め上の部屋か、三人家族だったか?それとも年寄りの男性だったか?

どれも違う気がするな、えーっと……


ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ


またあの音が聞こえ、俺は布団に潜り込んで耳を力一杯塞ぐ。


クソ、朝になったら怒鳴りに行ってやる


結局あの音は数分で収まったが、それまで地獄を体験した。音はこれで終わったが、朝起きたときは気分が悪かった。


あぁ…ちくしょう、ムカムカする。


朝から優れない気分のまま踏みつけるように階段を登り、大股で目的の場所にいった。


自分の部屋の真上だということを確認してから、インターホンを鳴らした。しかしどれだけ鳴らしてもただ音はどこかへ行くだけで誰もでなかった。


疲れも溜まり、機嫌も悪かった俺は力一杯ドアをノックし、強めの口調でいった。


「すいません!ちょっと!誰かいますか?

昨日の騒音について言いたいことがあるんですけど!聞いてますか?!」


朝早く起きたから外に誰も出てないのは確認してんだこっちは。居留守か?なめやがって


「あの…大丈夫…ですか?」


俺が怒鳴っていたのに気づいたのか隣の部屋の人が出てきた。若い女性だ。この人が住んでいたのはこっちだったか。


「ああ、すいません。ここに住んでる人に用があって。」


「…? そこには誰も…住んでいませんが?」


彼女は不思議そうな顔をして言った。俺は耳を疑った


「はい?住んでいない?」


「ええ、そこには私がここにきた時から誰もいませんでしたよ。」


「そんなわけないですよ、昨日だって上の部屋から『ギギギギギ』って音がしたんですから」


「ああ、それきっと202号室の音ですよ」


彼女はそういった。202号室…俺が怒鳴った部屋の左隣…彼女の204号室の二つ隣だ。


「あ……」


「そこの部屋の男の人たまに騒音がひどくて、何をしてるのか横の部屋には聞こえずに下だけに聞こえるらしいんですよ。大家さんにも相談してるんですけどね」


俺は少し赤面し頭が冷えた。


「ああ…そうでしたか、すみません…こんな朝早くから」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


彼女は笑顔で答えた。恥ずかしい、冷静になった俺はゴミ出しをまだ済ませていないことに気がついた。


「あ、どうもありがとうございました」


彼女は小さく手を振っているのを横目に部屋に戻った。ゴミ出ししていたところで、隣人の中年くらいのおばさんに話しかけられた。


「朝から疲れた顔してるけど大丈夫?」


「ええ…大丈夫です。実は…」


それで俺は騒音で上の部屋に怒鳴りに行ったことを話した。


「それで、行ってみたら実は203じゃなくて202号室だったんですよ」


「まあ、あそこの人でしたの」


「そうなんです、204の人にも教えてもらったんですけどね。ほんと、恥ずかしい」


「204の人?」


「ええ、そうです204号室の若い女性です。」


「204号室は誰も住んでないわよ。」


え?


「え、いやそんな」


「いえ、本当よ。私はここに結構長く住んでるけどあそこにはずっと人は住んでないわよ。」


「そんなわけは…ちょっと待ってください」


俺は急いで204号室に向かった


「すいません!誰かいますか?今朝やってきた103のものです!」


その時ふとドアノブに触れて気がついた。ドアが空いている。俺は勢いよく開けた。


「すいま…」


ドアを開けて目に飛び込んできたのは部屋の真ん中に立っていた、ゴミ出しの時に話した隣人のおばさんだった。壁を見つめ、首を傾け少しも動かずにそこに立っていた。


俺は恐ろしくなり、その場から逃げ出した。


♦︎


あの二日後すぐに引っ越した。なるべくここから遠い引っ越し先を見つけ、手続きを済ませ、急いでアパートから離れていった。あんなところにいたら、それこそ頭がおかしくなる。新しく引っ越してきたアパートは少し時間はかかったものの、問題なく馴染むことができた。


あそこで起こった恐怖体験を今でも思い出し、友人や新しいアパートの隣人にそのときに起こったことを話したりする。

そしてみんな口を揃えて言う。


「そんなところにアパートなんてない」と

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