abyss:10 カツアゲボコボコ!
ティナはタカヤンを両手でズルズル引きずり母さんの前に持ってきた。
「ティナちゃん、すごいわね!無駄のないキレッキレな動きよ」
「お母様に褒めていただいて嬉しいです。お母様の体術見ていたら私もウズいちゃいました~テヘヘ」
ティナは無邪気に笑っているけど今の体術は相当な鍛錬をしないとできない動きですよ。
ここにいる誰もが歯が立たず恐怖からティナと母を睨みつけるタカヤン。
母はゆっくりタカヤンの手を取り小指をぎゅっと握った。
タカヤンは何をされるのか理解したのか
「ひっ」
と小さく悲鳴を上げる。
「タカヤン、あなたこれから私の質問に嘘、偽りなく答えて欲しいの…………
もし嘘をついたとわかったらあなたの指使い物にならなくから、よーーーく考えて返事をすること」
「な、何もしらねぇーよ!」
タカヤンはしらばっくれようと顔を背けた。
母は掴んだ小指をグッと握りしめ
「私の目を見ろ」
母の目は光の無い奈落の闇のように冷たい目つきになっていた。
これは本気の目だ。
「言わないを選ぶのはあなた自身よ。
で、私たちのことはどんなやつに教えてもらったの?
5秒以内に言いなさい。
5…… 4… 3」
「───言う、言うよ!」タカヤンはあっさり観念した。
本気の怖い目を見てしまったら意地はっても痛い思いするだけだし賢明な判断だ、とタカヤンを褒めた。
「あなたのプライドも意地もないところ誇っていいわ。教えて、誰に言われたの?」
「スマホに知らない奴から依頼メッセージが来たんだよ、#ちょっかいかけろ__・__#って依頼。で、あんたとそこのカップルの顔写真に場所と時間が随時送られてきてて報酬の半分が前払いされたんだよ!」
「そのメッセージ見せなさい」
タカヤンは素直にポケットのスマホを出すと、操作した。
「あれ、消えてる。まってくれ、ない……! 信じてくれ! ちゃんとメッセージはあったんだよ! こんなこともあろうかとスクショを…………マジか、スクショも消えてる! 報酬………… 振り込まれた金額がなくなっている!!!」
タカヤンのスマホを取り上げ操作する母さん。
タカヤンが事前に消したという可能性もあるが、相手側が消したという可能性も否定できない。一度送ったメッセージを消すことが可能だとしてスクショは個人フォルダだから不可能だろう。
母さんは一通り確認したあと、タカヤンにスマホを返した。
それから母は手を口元にあて何か考え込んだように黙り込んでしまった。
「母さん…………?」
心配になって声をかけた。
「ん、ああ………… どうしましょう…………」
母が口元を押さえたまま言う。
「相手はこちらの顔と行動を随時把握しているのに、私は相手の心当たりがない」
沈黙がおとづれた。この沈黙の時間に耐え切れず口を開いたのはボクサー崩れの男だった。
「テッちゃん、俺さ、もう一度プロを目指すわ。いつも中途半端にやめちまったけど上には上が───」
全く関係のない空気を読まない話だった。
「その話長くなりそう? 私たちはもう帰るから後はあなたたちでやって~」
タカヤンの話を母さんがぶった切った。
俺とティナと母さんは裏路地から表通りに歩き出した。
後ろでチンピラたちの会話がチラチラ聞こえてくる。
「義理堅いタカヤンがあっさりゲロった! あの人妻、喧嘩はめちゃくちゃ強いけどそこまで非情じゃなさそうじゃん!?」
「馬鹿野郎! お前らあの目見なかったのか? リングやストリートで闘った奴らにはいなかった人種だ。俺たちを殺しても構わない目をしていたぞ!」
「よくわからねーけど、タカヤンが言うなら………… そうなの、かな?」
「にしても息子、
「テッちゃん、母親とお風呂プレイしたいのかよ!ガハハハ、今日イチウケる!」
「バババババカヤロー! そういう意味じゃねーよ! ふざけんなよ!」
「なんかめっちゃ痛かったけど終わってみたら逆に気持ちいい夜だったな!」
「そだな、よーし! タカヤンのおごりで飲み直すとしますかー!」
「ちょ、まてよ! なんで俺なんだよ!」
「おめーが元凶だろーがよぉ! わかってんのかコノヤロー!」
「そうだバカヤロー! コノヤロー!」
良からぬ話をしているのかと聞き耳を立てたが、どーでもいい会話だった。
◇◇◇
表通りに出たところで俺は母さんに聞いた。
「さっきのトイレで襲われたって言うのはどういうこと?」
「んーーー、女子トイレに入ったらさ背の高いガタイのいい男が女子トイレに入ってきてさー。男子トイレと間違えたのかなって見てたら急にグワーって襲ってくるから母さんびっくりして反射的にボコボコにしたんだけど、思った以上に変態がタフで取っ組み合いになっちゃてね。
掴み合って壁に叩きつけたらトイレの壁が何箇所か穴が空いちゃった。変態は途中で逃走されて逃げられちゃったし、私一人取り残されて犯人にされるのがイヤだったからお店をそそくさと出てきたわけ。
理事長の紹介のお店だったから迷惑かけちゃったけど私は怪我していないしいいかなーって。
安心して!理事長から何か言われてもしらばっくれるから!」
と親指を立てて自信満々な笑顔をしている。
バレたところで母さんとローグの関係性があるからこそ言い切れるんだろうな。
「それよりティナちゃんの体術すごかったわね! か弱そうに見えてすごく鍛えてるのね」
「お母様に比べたらまだまだ全然大したことないです! 私に教えてくれた武術の師匠が普通の人じゃなかっただけです。師匠が私に口を滑らせて話してくれたことがあるんですが以前は要人警護の仕事をしていた時に侵入者に負けちゃってその家の子供が
去年、元職場から要人警護の声がかかって復帰するから道場を畳んでそれっきり師匠と音信不通になっちゃいました!」
「あちゃー、警護の仕事でその失態は責任重いわね。
「どうでしょう、師匠のあの感じだとまだ見つかっていないようです」
「見つかっていないんじゃまだどこかで生きている可能性はありそうね」
「どうして生きているって思ったんですか? 殺されているから見つからない可能性だってあるじゃないですか」
「んー、誘拐された事情はわからないけどこれは私の直感で思ったことね。
仕事辞めて呑気に道場開いている…………から? 殺される、殺された可能性があるなら仕事辞めるくらい責任感があるなら犯人探し回るでしょ、でも犯人探しをしていないってことは殺されていない理由があると確信しているからじゃないかしら」
「はあああー、お母様の推理、納得! そっかそっか………… そういわれると腑に落ちることがいろいろあります」
ティナは口元に手を当てながら母の推理を聞いて何かが繋がったようで
「あーねあーね、はいはいはい」
をぶつぶつと繰り返していた。
目の前に駅ビルが見えるところまで歩いてきた。
ティナと母さんは楽しそうに会話をしている。俺はその後ろをついていく。
何が起きるかわからないため警戒は怠らない。また不審な者が近づいてこないか意識を周囲に飛ばしている。
母がトイレで襲われたこと、チンピラに絡むように指示を出してきた奴がいること1日で2つのトラブルが起きた。
ティナの痴漢が仕組まれたこと…………はそこに俺がいる確率を考えたら痴漢は偶然だろう。
だけど今夜の2つのトラブルはなにかが引っかかる。
これは全部偶然じゃない気がしてならない。狙われているのは俺かティナか母さんか…………
母さんが言ったように誰かから狙われる心当たりがない。俺も母さんもトラブルに巻き込まれやすい体質だから、で片づけてしまえばどれだけ楽か。
…………ってそんなホイホイとトラブルがやってくるわけがない。
痴漢は捕まったままだから報復するため誰かに指示を出す、なんてことはできないし。心当たりがないから考えても答えが見つからない!
もやっとしたまま駅ビルに到着。
3人で一緒に帰るかと思いきや、母さんのスマホが鳴った。
「げっ。ローグと待ち合わせのこと忘れていたわ。 お店のことは何を聞かれてもしらばっくれないと」
「まって母さん、1人じゃ危ないだろ。今夜は大人しく家に帰ろう。ローグを理由に犯人探しとかするんじゃないだろうね」
「やーねぇ、そんな危ないことしないわよー。ローグの大学にまっすぐ向かうわよ」
母さんなら大丈夫なのは分かっているが心配はする。
「ハルキ、大丈夫よ。そこでタクシー拾うから安心して」
「……うん」
「あなたはちゃんとティナちゃんを送ってあげるのよ」
そういって母さんは駅の改札まで俺とティナに手を振って見送り、電話をかけながらタクシーを拾って行ってしまった。
「ハルキ、お母さまのこと心配しすぎじゃない? もしかしてマザコン(笑」
とからかわれる。
「マザコン………かもしれない。母さんは1人で俺を大切に育ててくれたから今回も無茶なことをするんじゃないかと心配なんだ」
「本当に仲いいんだね!」
そういえば、母さんとティナでヤンキーを片付けちゃったから俺のしたことは引きずっただけだ。
俺も若き青春のリビドーを発散したかったなぁ。
ティナに笑顔を向けると一緒に駅ビルに並んで歩いてた。
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