abyss:04 理事長室①

恥ずかしい構内放送で呼びされた俺たちは理事長室に向かって歩いていた。


大学生活において理事長室はよっぽど何か特別な事でもない限り一度も行くことなく終わる部屋だ。理事長と接点が何も無いのに早速呼び出されてしまった。

呼ばれた理由は、パレードの人だかりを作ってしまったこと………ではなく昨日の痴漢しか心当たりがない。

十中八九、警察から連絡が行っているので呼出されても不思議はない。


いきなり理事長室に来いと言われたが場所がわからないので大学構内タッチパネルを操作して理事長室の場所を探す。この都市のタッチパネル技術は少し先の未来に行っていて立体的に目の前に表示され、触れて操作することができる。

指で触った場所を長押しすればその場所をクローズアップしてくれる。

新世界都市にある唯一のマンモス大学だけあって敷地が広い。敷地のあちこちに中層の校舎が複数連なっている。

構内マップに映し出される建物の多さと施設やカテゴリーを見ているだけでしばらく時間を潰せてしまう。

マップに隣接している中高一貫校の位置まで表示することができた。

大学・中高一貫のためだけにつくられた駅であり、通勤、通学密度が余計高くなっている原因である。


理事長室を探すのを忘れてタッチパネルで気になる場所を二人でワイワイ見ていたら理事長室から再度アナウンスが入った。

今度は女性の声で呼び出される。さっきみたいにふざけた感じではなく#ちゃんとした__・__#アナウンスだった。

楽しすぎて二人とも呼ばれていることを忘れていた。


理事長室と文字検索したらすぐに場所とルート表示までされた。敷地の端っこの方にある大きな中層ビルで、理事長室は直通のエレベーターでしか行けない。

エレベーターに行くまでの廊下、エレベーターの中、降りてからの通路は真っ白い壁面に廊下の照明は全て壁の中に埋め込まれてる角がないR状のはSF映画で見るようなデザインだった。新世界都市の大学となると余計なものが全部削ぎ落とされた建築になるのだろうか。真っすぐ廊下の突き当りに理事長室のドアが見えた。

遠目にドアを半分開けてソワソワのぞいている男性がいる。俺たちを今か今かと待っているようだ。

俺と目があったらバタンとドアの中に入ってしまった。


…………あの人が理事長か、大丈夫?。


ドアプレートに「理事長室」とだけ書かれたシンプルなドアの前に立つ。

「痴漢のことセクハラ並みに根掘り葉掘り聞かれるのかな…」

ティナがちょっとワクワクして質問してくる。

「痴漢だけでわざわざ呼び出すかなぁ。本人に会うのが一番早いね。

─── 失礼します」

ドアを3回ノックしてドアを開ける。


俺を先頭に次にティナの順番で理事長室に入る。俺のイメージだとアンティークな部屋だと思っていたが、天井の中に埋め込まれたライティングで光る白い壁、部屋の真ん中にある白い長テーブルと緑色のソファー。奥に大きな白い机に椅子があるだけのシンプルなデザインだ。

「エイリアン:コヴェナント」というSF映画で最初の方にいる社長の部屋を連想させた。

長テーブルの奥に後ろ姿で立っている背の低い老人と隣に俺たちを見ているユニコーンカラーの髪をしたスカートタイプのスーツを着た美人秘書がスッと立っていた。

2度目の呼び出しをしたのはおそらくこちらの美人秘書で間違いないだろう。



振り向いた老人は中年の白髪混じりの髪と髭を生やしたダンディな西洋人だった。

顔はアメリカ?イタリア?どっち系統かな。身長は低いが細身でガッシリした体格は西洋人ならではの遺伝だろう。

さっきドアの外で俺たちが来るのを待ちわびて覗いていたのはこの人だ。




「急に呼び出してすまんのぅ。私は理事長しているロバート・A・ダグラスじゃ。

皆にはローグと呼ばせておる」

日本語はうまいけどちょっとなまっている。ローグは両手を広げながら思い切りハグしてきた。距離感が近すぎ!

「ぐえええっ!!!」

思っていた以上の力強いハグに肺の中の空気が抜ける。

「ハルキ、びっくりするぐらいでっかくなったのぅ!」

身長が高く無いので背中と腕をポンポンと叩かれながらローグは俺を見上げた。

「理事長………… ローグに会ったこと覚えていないんですが何歳くらいに会いました?」

「ハルキのご両親とは君が生まれるより前からの昔馴染みでな、会ったのは…………赤ん坊の頃じゃったな。昔すぎてワシもあんまり覚えおらんのじゃ!」

母さんの友達が大学関係者にいるからこの大学を薦められたけど、友達って理事長だったの!?

俺が生まれる前からって母さん顔広すぎ、いや母さんの交友関係ならあり得るから怖い。

「ハルキが大学に入学したのは知っていたのじゃが新学期の職務に追われて挨拶が遅くなってしまってのぅ、久しぶりの再開は嬉しいのじゃ、わし全然覚えていないけど!」

ウィンクと人差し指を立てるジェスターを交えながらコロコロ表情を変えて話す。

「覚えていないのはお互い様なのでいいですが、呼ばれたのって昨日の痴漢ですか?」


単刀直入に聞いてみる。

一発しか殴っていないとはいえ骨折させているから何かしら処分ペナルティをされるのか?!


この穏やかな雰囲気の中でそれはないだろうと思いたいが、俺を敢えて和ませてから話を切りだすということもあり得る。

ちょっとした緊張感が走る。

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