余命7日の彼女とボクの存在意義

弥咏優(みえいゆう)

幸せを望んだ結果

#1 巡り巡って



「落ち着いて聞いてください。

 貴女の余命は後--7日です」





 普通の人はこれを聞いて、どんな感情になるのだろうか。

 どうしようもない絶望に抗おうとするのか、無力な自分を嘆き悲しむのか。

 他人がどう思うかなんて理解できないけれど、私の場合は、

「やっと、解放されるんですね」

「……冷静ですね。こんなことを聞くのは医者としてどうかとも思いますが、死が怖くないのですか?」

「そう、ですね」

 恐怖心が0%だと言えば噓になる。

 ただ正直なところ、私は予定よりも

 本来なら成人もできないまま、この命は尽きるはずだった。

 早く、彼女の元へ行けたはずなのに--


「とはいえ、後7日はありますから。××さんやり残しのないように。親御さん方には申し訳ありませんが……」

 先生はそういうと、近くにいた母親に頭を下げる。

 母親は目が腫れるほど泣いていて、酷く疲れた顔をしていた。それでも先生のことを責めようとはせず、顔をあげてくださいと何度も声をかけていた。

「先生は、昔から出来る限りのことをしてくださって……本当にありがとうございました」

「いえ。それでも娘さんを救うことができず、申し訳ございません」

 悪いのは、先生ではない。

 産まれたときからこうなる運命だった私が悪いのだ。

 親不孝な娘に育ってしまったことだけが心残りだなと、その光景をぼんやりと眺める。

 気が付けば、話がすんだのか先生は何度も頭を下げながら家を後に、母親も何も言わずにそっと私の部屋から立ち去って行った。

 きっとしばらく一人になりたいのだろう。


「あと、7日……」


 誰もいなくなった部屋で、一人ポツリと呟いた。

 7日。たった7日で、私は。

 そういえば、先生がやり残しのないように、と言っていたことを思い出す。

「親孝行、はこの体じゃ何もできないか……とはいえ、私が他にやりたいこと……」

 そもそも未知の病に侵されて下半身が動かない上、片目を失明している私にできることなんてあるのだろうか?

 先程も言った通り、心残りは親不孝な娘に育ってしまったことで、それはきっと今更どうすることもできない。私のたった一人の親友には、後に挨拶ができるだろうし、そしたらいよいよ……

「あ」

 そういえば、もう一つだけ、私の心残りがあったことを思い出す。

 それならきっと、上手くいけば--


『ここ、なんだか懐かしいなぁ。なんでだろう?』

「?」


 考え事をしていた私の目の前に突如、黒いモヤのようなものが姿を現す。

 は、小さい子供くらいの大きさで、ホラー映画にでてくる幽霊のように透けてみえ、ふわふわと浮いている。

 しばらくすると私の視線に気が付いたのか、は不思議そうにこちらへ近づいてきた。


『もしかして、君はボクが見えているの……?』

「見えるも何も、脳に響いてる声は貴方の声なの?」

『! 声も聞こえてるんだ! やっとボクの見える人に出会えた! でも、なんでなんだろう?』

「? それよりもどうしてここへ?」

『あ、そうだった。えっと、少し長くなるんだけど』


 そういうと、黒いモヤのようなものは、子供っぽい無邪気な声で話し始めた。

 目が覚めたらこの街にある湖のところにいて、自分自身の記憶がなくなっていたこと。姿がモヤのようになっているせいで他の人から姿が認識されず、声も届かないこと。

 街自体には見覚えがなかったのに、湖と森、そして何故か私の家にだけは懐かしさを感じていること。


『それでよかったらなんだけど、ボクをしばらくこの家にいさせてほしいんだ』

「……」

『あ、もちろん君には迷惑をかけないし、記憶のヒントになりそうなものがなければすぐに出ていく! ……えっと、こんな得体のしれないものが視界にいるだけで不快なら我儘も言っていられないけど。

 でも、自分のことを少しでも思い出したくて』

「私以外には見えないし、物を触ったりもできないんでしょう? ならそこまで迷惑もかからないだろうし、いいよ。ただし、7日だけ。どう?」

 私がそういうと、モヤは少し嬉しそうな様子でうん、と元気よく返事をする。

『でも、どうして7日なの?』

「私が生きていられる日数」

『えっ?』

「まぁ、とりあえず私の名前は××」


 私が自分の名前を口にした瞬間、モヤは不思議そうな顔をして、もう一回と呟く。私は言われるがまま、自分の名前を口にするも、モヤはますます不思議そうな顔をする。

 言葉が通じない、わけではないはずだ。

 現にこうして、会話はできている。なら、可能性として考えられるのは、

「私の名前だけが聞き取れない……?」

『そうみたい。これじゃあ君のことなんて呼べば……あっ、そうだ、君が仮の名前をつけてよ!』

「仮の名前?」

『そう! 君の名前は聞き取れないし、ボクは記憶がないから名前も思い出せない。なら、この7日間限定の名前を考える! どうかな?』

「そういうことなら……貴方はトワで、私はナノ。これでどう?」

 まるで事前に考えていたのではないかというくらいにスラスラと言葉がでてきて、自分でも驚いた。由来は……7日間限定の名前なら説明しなくてもよいだろう。

『とわ、トワ……うん、いいね! ありがとう、ナノ。それで、えっと』

「これから、といっても7日間あるかどうかだけど……よろしくね、トワ」

『うん! よろしくね、ナノ!』



 そんな会話をした後、母親が部屋へやってくる。

 トワの姿は私にしか見えない。声だって他の人には聞こえない。

つまり、トワと会話している最中の私は、他者から見たら独り言をぶつくさ言っているだけの人間にしか見えないということだ。

 そう思った瞬間、トワとの会話は極力短めにしなければ、と心のどこかで強く感じた。

 

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