フィクション

春雷

黄金

「もっと楽しいことをしたいなあ」

「そうだね」

 放課後、教室でそんなことを語り合った。そろそろ夏休みである。僕たちは夏休みにしたいことを話し合っていた。僕らは小学校からの親友同士で、何をするのも一緒だった。

「高校はもっと面白いところだと思ったんだけどな」

「うん。退屈なところだったな」

 僕らはいつも何かを探していた。楽しくて愉快な何かを。ただ若いエネルギーをどこにも発散できないまま、いたずらに時間だけが過ぎていった。

 黄金の何か・・・僕らが探しているのはきっとそれだった。

「夏休みはさ、どうする?何か計画はある?」

 僕らは毎年何かを探して冒険に出かけていた。退屈を一秒でも紛らわせようと必死だった。何をそんなに恐れていたのだろう。退屈を不倶戴天の敵とでも思っていたのか。

「今年は蔵影山にでも行ってみようか」

 隣町の心霊スポットの名を挙げた。

「心霊ね。その手のものも飽きてきたけどな」

「じゃあ何か案があるの?」

「そうだなあ。飯浦トンネルは?」

「それも心霊スポットじゃないか」

 そんなことを言い合いながら、その日はそれぞれ家に帰った。


 次の日。夏休みが始まる前日に、彼はいなくなった。あまりに突然だったので、みんな驚いた。先生は今警察が必死で捜索中だと言った。そして僕らに情報提供を呼びかけた。でも誰も彼が失踪した原因を知る者はいなかった。

 学校が終わり、一人で歩く帰り道で、僕はあることに思い至った。

 彼は一人で心霊スポットに行ったのではないか。そして何らかの事故が起きて、その場所から動けなくなったのではないか。

 これはあり得る事態だった。彼は急に誰にも知らせずに一人で行動することが多いのだ。これまでは大事になったことはないが、大事になりかけたことは何度かあった。今回も一人で行動し、とうとう大きな問題を発生させてしまったのではないか。

 僕は迷った。このことを大人に知らせるべきかどうか。僕一人で解決できないレベルの問題である可能性は大いにある。大人の手を借りる必要があるかもしれない。

 でも、僕は一人で行動することにした。

 論理的に決めたことではない。ただの直感と僕のエゴだ。一人で行動した方が良いし、一人であいつを助けたいと思った。そうした方が良いという気がした。だから僕は一人で飯浦トンネルに向かった。

 飯浦トンネルは厳密に言えば、鉱山跡に残された坑道である。鉱山はとっくに閉山され、立ち入り禁止区域となっている。この坑道は、中高生が肝試しに訪れるような、地元ではちょっと知られた心霊スポットである。飯浦鉱山にある坑道だから、通称飯浦トンネル。鉱山での作業中に事故に遭った作業員の霊が出るという噂は、地元ではうんざりするほど聞かされる話である。実際に飯浦鉱山で死亡事故が発生したかどうかは、どうやら定かでないらしい。その曖昧さが、心霊スポットとして認識される要因の一つになっているかもしれない。

 学校から歩いて十五分。飯浦鉱山に着いた。放置されているので、山は鬱蒼と茂り、荒れ放題である。坑道入り口にある柵状の扉を開ける。古い扉のため、開ける時にぎいという不快な音がする。

 中に入る。

 風が僕を出迎える。この坑道は風の通り道になっているのだろうか。向かい風の中を進んで行く。坑道内は暗い。僕は携帯のライトをつける。懐中電灯を持ってくれば良かったと後悔した。

 あいつの名を呼びながら奥へと進んでいく。今日は学校が早く終わったため、まだ昼過ぎだというのに、坑道の中はあまりに暗く、そして冷たい。

 奥へ進むたび、不気味な予感がする。

 首筋のあたりが気になりだす。悪寒がするような気がする。気配がして後ろを振り返る。何もない。誰もいない。当然だ。

 僕は恐る恐る坑道を進んでいった。

 かなり内部まで進むと、声が聞こえてきた。叫び声だ。うっすらと、でも確かに誰かが叫んでいる。微かに聞こえるその声に、僕は恐怖を覚え、逃げようとした。霊だ。

 しかし僕は思い止まった。あいつの声ではないかと思ったからだ。霊ではなく、あいつが助けを求めて叫んでいるのではないか。耳を澄まして見ると、あいつの声に聞こえなくもない。

 僕はその声がする方へ歩いていった。

 だんだんと声が明瞭になっていく。そしてわかる。あいつの声だ、と。

 坑道の一角で、あいつは何やら作業をしているようだった。スコップで坑道に出来た一段下がった窪みを掘っている。僕は話しかけた。

「何してるんだ?」

 あいつは突然背中から呼びかけられ、一瞬驚いたようだったが、僕の姿を認め安堵したようだった。

「お前か。驚かせるなよ」

「みんな心配してたんだぞ。警察も捜索しているらしいし、もう帰った方がいいと思うよ」

「馬鹿言え。帰れるか」

「どうして?」

「これを見ろ」

 彼は僕に片手を差し出した。見ると、手のひらには黒い小石が何個か乗っていた。

「黄金だよ」

「黄金?」

 僕にはただの石ころにしか見えない。

「この鉱山では昔黄金が採掘されていたんだ。秘密裏にね。今は閉山になっているんだけど、それは採掘する資金がなくなったからだ。本当はまだ金が残っているんだよ。

 見ろよこれ。輝きで目が開けないくらいだよ」

 どうやらこの黒い小石が黄金色に光って見えているらしい。

「僕には黒い小石にしか見えないよ。どうしたんだ?おかしくなってしまったのか?」

「おかしくなんかねえよ。ちょうど退屈していたんだ。この黄金でがっぽり稼げるぞ」

「目を覚ませよ。これは黄金なんかじゃないよ。比喩で言っているのか?」

「比喩じゃねえよ。嘘だろう?お前にはこれが黄金に見えないのか?おかしくなってるんじゃねえか」

 だんだん頭が痛くなってきた。どうしたのだろう。酸欠だろうか。いや、きっと頭が混乱しているのだ。

「おい見ろよ。ここ一面全部黄金だ。ああ、人生は最高だ!」

 彼が言った。その彼の姿をよく見ると、青白い光が包んでいた。

 僕は彼の襟元を掴んだ。

「何するんだ」

 彼が抗議した。構わず僕は言う。

「こんなのはまやかしだ。気づけ、馬鹿。目を覚ますんだ。こんなのいくら集めたって無駄だ。だって本物じゃないんだから。戻ってこい。お前は霊に幻覚を見せられているだけなんだ。

 退屈?良いじゃないか。退屈を感じられるのは平和の証だよ。僕らは本当は幸せなんだ。それに気づけないだけなんだ。

 夕暮れに染まる教室や、風に揺れるカーテン、ベンチに差し込む木漏れ日が、本当の美しさなんだ。

 退屈でも良いじゃないか。退屈も人生の大切な一部だ。退屈さえ愛しながら生きていくのが人というものだ。退屈の中に、僕らがまだ知らない素晴らしいことがきっとあるはずなんだ。

 目を覚ませよ、親友。刺激にばかり目が眩んでちゃ駄目だ」

 大体そんなことを言った。言いたいことの半分も伝えることができなかった。今思えば、僕はただ彼と過ごす退屈な時間が好きだったと、伝えたかったのだろう。

 彼は目を開いたまま気絶した。僕は彼の瞼を下ろし、彼を背負って飯浦トンネルを出た。

 風はいつの間にか止んでいた。山が死んでしまったみたいに思えた。


 その後、彼は抜け殻のようになった。何を見ても何をしても表情が変わることはなかった。僕は彼に何度も話しかけたが、反応らしい反応はなかった。医者も原因はわからないようだった。

 僕はあの鉱山に彼の精神は持っていかれたのだろうかと思った。彼はあの鉱山で今も刺激を求めて暮らしているのかもしれない。

 僕は彼と二人でベンチに腰掛け、話しかけた。

「飽きたら、戻って来いよ」

 やはり反応はなかった。

 

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