深夜散歩

カニカマもどき

第1話

 金曜日の深夜、自宅の近所を散歩してみようなどと考えたのは、いつもの自分らしからぬことであった。



 独身、彼女なし、一人暮らし。休日に外出もせず、安アパートの六畳間の隅でスマホばかり眺める日々を続けていては、細々とした仕事のストレスを発散することもかなわず、心と体にカビが生えてしまう。

 何か行動を、それもあまり面倒でない行動を起こし、この鬱々とした日々にささやかな変化をもたらさなくてはならない。まずはこの閉鎖空間を抜け出し、軽い運動がてら、深夜の散歩と洒落こむのがベターである。


 そうした訳で、深く考え始めて外出が億劫になる前に、行先のあてもなく、とりあえず自宅を出て、ふらりと歩き始めたのだ。



 天候は曇り。春の暖かさが感じられ、咲き掛けの桜があちこちに見られる今夜は、なかなかの散歩日和といえる。もう少し風が弱ければなお良かった。

 風の音、まばらな自動車の音、ジョギング中の人の足音などがよく響く。終電も過ぎた深夜ならではの柔らかい活気が街を包んでいる。


 散歩の手始めに、普段は気にも留めない小さな神社で参拝をする。人気のない夜の神社。物の怪の一つでも現れそうに感じられるが、住宅街のど真ん中なので恐ろしくはない。物の怪がいたとしても、きっと無害なやつだ。などと考えつつ参拝していたら願い事をするのを忘れていた。まあいいかと神社をあとにする。



 さて、ここからどこへ向かうか。ある程度は無計画に歩き回るのも趣があるが、知らない道をずんずん進み、迷って精神を消耗したり、怪しい深夜徘徊者と思われたりすることは避けたい。

 遠すぎず近すぎず、おシャレすぎず俗っぽすぎない、いい感じの目的地をぼちぼち定め、少し遠回りなどしながら向かっていくのが良いだろう。


 こうした考えのもと、道中、ネットカフェやコンビニに立ち寄りたい気持ちをなんとか押し殺す。それらは今の気分でいうと「近すぎる」「俗っぽすぎる」カテゴリに属するもの。金銭と時間を浪費させ、人を堕落の道へと誘う悪魔的施設だ。

 後日、気分を変えて再訪することとしたい。



 検討の結果、今回の散歩の目的地は、24時間営業のうどんチェーン店と決めた。


 小一時間ほどで辿り着き、「ごぼう天うどん」と「ぼた餅」をいただく。しみじみとうまい。深夜に食べるという点がまたポイント高い。店員さんや生産者の皆様、小麦、もち米などに内心で感謝の意を伝え、満たされた気持ちで店を出る。



 帰り道、先ほどスルーしたコンビニに入り、チョコアイスを購入。食べたくなったのだから仕方ない。カロリーを摂取した分、明日からは歩く距離を増やせばいい。


 深夜の散歩というのは良いものである。これからちょくちょくやろう。

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