緊急報告
守備範囲外なのでとっとと終わらせようと、コマンド古武術奥義・コマンド軽功やコマンド縮地を駆使して猫を追うも、捕まらない。リアルケモノの敏捷性と警戒心は人よりも手強いということである。
「ああっ、また逃げられましたぁ!」
宙を一回転し、木の上から跳んだエーコがスタッと着地した。
相変わらず運動神経だけは見事なものだ。反面ダンスなど文化的遊戯はまるで不得手だが。
お嬢様然とした外見のくせに、とんだバーバリアンである。
というか、いよいよマズい予感がする。時間がかかり過ぎだ。今のところ誰にも目撃はされていないが、屋敷の者に悟られる前にレコードを取り返さないと。
僕がいよいよコマンド古武術最終奥義・コマンド明鏡止水の使用を思い立つと――
「?」
ブルブルとポケットの中が振動した。スパイ七つ道具のペン型通信機が、何かを受信したようだ。
誰だよこんな時に。
僕は空気を読まない相手に毒を吐き、仕方なく通信機を取る。またアハンなお店だったら承知しないぞ。成人したら客として入ってクレーム付けてやる。
「ご無沙汰している。“ネイキッド”だ」
アハンなお店ではなかった。正体不明の現地協力員、“ネイキッド”だ。
「連絡がないのでこちらからコールをしてみた。よもや下手を打ってはいまいね?」
「それは本部からの指示か?」
「私の独断だ。緊急時と判断したため無線を使わせてもらった」
通信は暗号化されているため逆探知も盗聴も困難だろうが、二度目は期待できない。“ネイキッド”は本当に緊急性を感じて無線の使用を断行したということだ。
僕の方にも彼と連絡を取れない理由があった。“跳び越えた少女”の正体を伝えようと彼にコンタクトを取ろうとしたが、太陽フレアやバナナの皮などが原因でことごとく失敗したのだ。
指定した地点で情報を交換しようとしたら、スケパン仮面と出くわすという嬉しくないハプニングもあった。
当然、徳川エーコの異能と無関係ではないだろう。
“ネイキッド”は、
「それで、“跳び越えた少女”の正体は判明したのか?」
ストレートな質問をぶつけてきた。
僕はエーコの方を見る。多分何も考えていないネコミミクールビューティーがそこにいた。
エーコが何も考えていなくても、“跳び越えた少女”本人の前で拉致の算段はいかにもマズい。マジで空気読んでくれよ“ネイキッド”。
「それは……」
「まさか、まだ不明なままだとは言わないだろうな?」
“ネイキッド”の口調は平坦だが、無能を詰るようなニュアンスが無いでもない。事情があるとはいえ、奴の信用を無くすのは任務の都合上割と致命的だ。
「いや、判明はしたが……」
「したが?」
僕は再びエーコの方を見た。
「……猫だ」
「猫?」
お魚ならぬ違法レコード咥えたドラ猫が、草むらの中から姿を現した。エーコはスタタターと猫を追う。――今なら“ネイキッド”に“跳び越えた少女”の正体を伝えられる!
「“跳び越えた少女”がネコミミ人というのは既知の情報だと思うが、まさかそれだけか?」
訝しむ“ネイキッド”。僕は被せるように言う。
「“跳び越えた少女”の正体は、ネオセキガハラ共生学園政治委員長・徳川エーコだ」
伝えた。やってやった。本国がどんなアクションを取るか分からないが、これでもう取り返しは付かない。……状況は、彼女が最重要参考人であるという前提で動き始めるだろう。
そしてこれは僕個人のこだわりだが、その前に彼女へアイドルとして何かしらの成果を与えねばならない。
「……」
いや、反応が返ってこないな。
「もしもし“ネイキッド”?」
「……」
僕は通信機を見た。振ってみた。耳を当ててじっくり聞き入ってみた。
電池切れだった。本来こんな早く切れるわけもないのだが、液が不良品だったのだろうか。
「マジかよ……」
これでは“跳び越えた少女”の正体が伝わったかどうか怪しいものだ。というか多分、伝わる前に電池切れになった。
それだけ、エーコの悪運に対する信頼は篤かった。
「エーチさーん! レコード取り返しましたー!」
猫からレコードを奪い返したエーコが、手を振りながら戻ってきた。
あまりにも理不尽だ。だというのに……
(僕は胸を撫で下ろしている? まさか)
この僕が? 任務に手こずっておきながら? エーコの夢を叶える猶予ができたことに安堵している……?
もやもやした気分を抱きながらも、僕に向かって立てられた極上のネコミミに手を振る。
と、まだピンチは終わっていない。
「エーコお嬢様ー、お部屋の窓が割れているようですがいかがなさいましたー?」
メイド服の若いミケネコミミ女性がこちらに接近してくる。エーコはささっとレコードを背後に隠した。
あまりにわざとらしい。完全に子供のいたずらだ。党広報局長の自宅から敵性音楽のレコードが見つかったなどと知れ渡れば、国家を揺るがす大スキャンダルになるというのに。
しかし、子供のいたずらレベルでもエーコがやるとやけに堂々と見える(見えるだけ)ので、ミケネコミミメイドは何の違和感も抱かず彼女に話しかけた。
「ああ、ご学友様もこちらにいらっしゃいましたか。おケガなどなさっていないようで。――それで、ガラスの方は」
訊ねるメイドにエーコは、
「猫が突っ込んできて割れてしまいました」
小学生レベルの嘘をついた。
(おいィ!?)
エーコは自分の立場を理解しているのだろうか。どんだけ澄まし顔で振舞っても、そんな馬鹿げたことを信じるような人間がこの世に――
「またでございますか。しばらく階下の方にバタバタと聞こえてきたのも、猫が原因でございますね? 後片づけは別の者に任せましたので、しばらくは別のお部屋をお使いになるとよろしいでしょう」
「そうします。ご苦労様でした」
どうやらこの家では猫が突っ込んで窓が割れるのは日常茶飯事らしい。
ミケネコミミメイド(よくよく見ればなかなか美人だった。メイド服というのも実にいい)は屋敷に戻っていった。
ある意味、猫にレコードが持ち去られたのは行幸だ。部屋に証拠が残っていれば一発アウトだったし、しっかりダンスの音も聞かれていた。
とにかく、徳川邸はもう練習場所として使えないだろう。
次の場所はどうするか。やはり――
「エーチさん、次からは学園のバレエ練習場でも使うしかないと思います。生徒会役員なら、部活終わりでも残っていられますから」
エーコにしてはまともな意見だった。しかし、それはそれで問題がある。
「スケパン仮面。……奴が徘徊している以上、学園は危険地帯のままだ」
猫の次は変質者の捕獲とは……まったくままならないものである。
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