第2話 死神

「はぁ……」


 一人の男が大きなため息を吐いた。彼は捜査一課の刑事で、仁科彰にしなあきらである。仁科が今居る場所は、五年前から使われていない雑居ビルの三階にある一室。その部屋には、椅子に括り付けられた状態で遺体が発見された。現場は凄惨せいさんで、男の指は全て折られ舌は切り落とされている。周りには血の海が出来ていた。


「似たような事件だな……。これで三件目か」


現場の状況を見渡しながら、仁科が呟く。そう、これまでに同様の事件が二度起こっていた。


一件目も二件目も同様に鋭利な刃物で、舌を切り落とされていた。そして毎回のように匿名のメールが捜査一課へと届くのだ。"人が舌を切り取られて死んでいる”と。


「うっ……」


 仁科の隣に居るのは新人刑事の桜井義輝さくらいよしてる。吐き出しそうなのを両手で必死に抑えている。顔は青ざめていた。


「行くぞ」


 仁科の声に桜井は、「どちらに?」と聞き返す。


「聞き込みにだよ」


 そう言うと、仁科はスタスタと部屋を出て行ってしまった。両手を口元に当てた状態でその後を桜井が追い掛ける。


            * * * *


 暗い部屋に一人の男が居る。時計は十時三十分になる所だ。部屋はカーテンが閉め切られていて、太陽の光が差し込んでくることはない。男はパソコンの画面を食い入るように見ていた。


「まだ情報は……ないか」


 そう呟くと、男は両手で顔を覆い天を仰いだ。男は何かの情報を探しているようだが、目当ての情報は見つからなかったようだ。


 男が見ていたのは【復讐代行】というサイト。掲示板には匿名で復讐を依頼する書き込みが多数寄せられていた。引き続き男は、パソコンの画面に視線を移しスクロールしていく。すると、一つの書き込みに目を止める。


「助けてください……このままじゃ、生きていけない」


 掲示板にはそう書かれていた。男は掲示板の書き込み主にメッセージを送った。数分後、メッセージが届く。そのメッセージには、顔写真が添付されていた。


 男はニヤリと笑みを浮かべ携帯を取り出すと、何処かに連絡を取り始めた。


             * * * *


 仁科たちはとある学校に来ていた。この学校は三件目の被害者、真中稔が通っていた高校である。彼の評判は良いようで、恨みを買うような人物ではない。


吐き気はもうないのかケロッとした表情で、桜井が仁科に尋ねる。


「この学校で何を聞くんですか?」


 仁科は横目で桜井を見た後、大きなため息を吐き出し歩いて行ってしまった。「待ってくださいよ!」と叫びながら仁科の後を追う桜井なのであった。


応接室に通された二人はソファーに腰を下ろした。桜井はキョロキョロと落ち着きなく周りを見渡していた。仁科は肘で桜井を小突くと、「少しは落ち着け」と言った。その瞬間、応接室の扉が開き四十代位の男性が入ってきた。


「いや、お待たせして」


 被害を受けた生徒の担任教師は、ソファーに腰を下ろし「今日はどのような御用件で?」と、仁科と桜井の顔を交互に見比べた。


「被害に遭った真中稔君のことについてお聞かせください。」


「彼はホントに良い生徒だったんですよ。成績も優秀で、皆言っていました。何故彼が被害に遭わなければいけないのかと……。被害にあうならあの問題児にしてくれれば良かったのに」


「あの問題児とは、誰のことですか?」


「斎藤ハジメです。彼は毎日のように問題を起こしていて、私らも手が付けられないでいるんです。恥ずかしながら……クラスでもいじめをしているようで、誰も止められないでいます」


 仁科たちとは目を合わせずに、担任教師は額に浮かび上がった汗をハンカチで拭っている。


「我々はこれで」


 ソファーから立ち上がり、二人は応接室を後にする。校舎の廊下を二人で歩いている時に、桜井が声を上げる。


「こんな進学校でもいじめって存在するんですね。僕が教師ならいじめなんて起こさせないのに」


桜井はフンと鼻を鳴らしながら言った。呆れた表情をしながら桜井の方を見て口を開いた。


「だったら、今からでも遅くはない。教員免許をとって教師になったらどうだ?」


 仁科がそう言うと、桜井はキョトンとした顔で「何言ってるんですか?」と言っていたが、顔は引きつっていた。そんな下らない話しを二人がしていると、背後から声を掛けられる。二人が振り向くと、そこには不安な表情をした二人の生徒が立っていた。


「何かな?」


 桜井が声を掛けると、二人は顔を見合わせると重い口を開いた。


「実は……真中君が死んだのって僕たちのせいかもしれないです」


「それはどういう……」


 桜井が言葉を言い終わる前に、生徒の言葉で遮られる。


「復讐代行というサイト。その掲示板に書いたんだ……殺してほしいって」


「何故そんなことを書き込んだんだい?」


 仁科が優しく問い掛けると、二人が声を揃えて答えた。


「実は……僕たちいじめに遭っていて。いじめを主導してやっていたのが真中君なんです」


「成程……だから掲示板に投稿したのか。そのサイトについても聞いていいかい?」


 仁科がサイトについて、二人の生徒に聞いた。すると二人が知っていることを詳しく話し出した。サイトの掲示板には毎日匿名でメッセージが投稿されていること、そのほとんどが殺してほしい人がいるという内容だということ、そしてその依頼を実行しているのが【死神】と名乗っている人だということ。

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