第17話

 何だ?

 ヒメが抱き着いてきたと思ったらアサヒが俺を射殺すような目で見ている。

 アサヒとヒメのトラブルか。


「アサヒ、俺はこれから用事がある」


 アサヒが深呼吸して髪をかき上げた。

 そして笑顔になった。

 今から笑顔になっても手遅れだろ。


「何の用事なんだい?大した用事じゃないんだろう?」

「俺にとっては大事な用事だ」

「何の用事なんだい?」


「プライバシーがある」

「そうか、ダンジョン、1階のダンジョンに行くんだね。僕が皆を連れて行ってあげるよ。なんせ僕は勇者だ。何でもできるんだ」


 俺が行く場所を突き止めたいようだ。

 話しながら俺達の顔を見て反応を確認している。

 


「いりません!私達はこれからハヤトさんとデートするんです!」


 トレイン娘が俺の腕に抱きつく。

 ヒメも俺の腕に抱きついている。

 後ろからエリスが俺の服を掴んでいる。


「ハヤトとデート?何の冗談だい?こんな美女3人と同時に?ハヤト、君のレベルはいくらだい?」

「1だ」


 こいつめんどくさい。

 レベルマウントをしたいのがすぐ分かる。

 言い返しても長くなるんだよな。

 俺の答えを聞いてアサヒが笑う。


 俺は変に冷静になってきた。

 こいつと話をすると精神病の人間と話をしている気分になる。

 アサヒは頭は良くても自分に甘すぎて他人に厳しすぎるんだよな。

 だから何を言っても話がおかしくなる。


「君のレベルは1か。僕のレベルは30だよ。君は大変なようだね。僕ならデート代も余裕で出せるし、宿代だって出せる。ハヤトより僕の方が良い思いをさせられる。ヒメ、来るんだ」

「い、いや!」


 ヒメが俺の後ろに隠れる。


「君が王に狙われているのは分かっているよ。このままでは王の奴隷として生きていくだろう。僕が王から守ってあげるよ!」


 周りのお姉さんから声が出始める。


「王があの子を奴隷にしようとしているって言ったの?」

「あの人転移者よね?王の悪口を言って大丈夫なのかしら?」

「普通大声で言わないわよ」

「ねえ、お姉ちゃん。あの転移者の怖い人捕まっちゃうの?」

「シー!聞こえるわよ!」


 アサヒは周りを見渡す。


「ぼ、僕も興奮して言いすぎてしまったよ!!!王の悪口は訂正しよう!!!」

 

 今がチャンスだ。

 俺はその隙にその場を去ろうとした。


「待つんだ!!!」


 また呼び止められた、だと!

 このジャストタイミングすら呼び止めてくるのか!

 予想外だ!

 

「何だ!今からデートに行く。食事を摂って4人で遊ぶ!」

「君は悪い事をしているね?」

「はあ?」

「この世界には女を狂わせるポーションや紋章が存在する。僕は図書館で調べた」


 アサヒが使うために調べたんだろう。

 そう思えた。


「どうしてそうなるんだ?」

「君のレベルは1だ。悪い事をする以外成り上がる方法はないだろう?」

「そうはならないだろう」


「いや!!おかしい!!美女が3人もハヤトにくっ付いているのはおかしい!悪い事をしたに決まっているんだよ!!」


「付き合っていられない。じゃあな!」


 しつこい。

 アサヒはいつもねちねちしているが今回は特にしつこい。

 この世界に来てからひどくなっている。


「待つんだ!勝負だ!バトルモードの契約をすれば戦って勝負できる!しかもバトルモードが終わればダメージは回復する!」


「それをやって何の意味があるんだ?」

「君の無能を証明する!そうすれば君が悪い事をして成り上がった可能性が高まる!勝った後も君を追求して悪事を暴いていくよ!これは正義の戦いだ!」


 周りの女性から歓声が上がる。


「男同士の戦いよ!」

「いや、あの」


「今から闘技場に案内するわ!」

「え、ちょ!」


 そうだった。

 この世界の常識は日本と違う。

 この世界には男が少ない。


 男はレアなのだ。

 男同志で戦って防具の耐久力が減って服が破れるのは女性に一定の需要がある。

 ネットや街に刺激の溢れた元の世界と違い、この世界は刺激や娯楽が少ない。


 それと強い男はモテる。

 強い男はダンジョンで戦っている。

 ダンジョンで戦う者は金を持っている。


 強い者は、『俺たくさん金持ってて、たくさんの女性を囲ってハーレム作れるよ』と言っている事と同じようなものだ。

 それがこの世界だ。


 日本とは違う常識がある。

 俺やるって言ってないんだが?


「倒しましょう!ハヤトさんが勝ちますよ!」

「ハヤトなら勝てると思うよ」

「やっぱり!ハヤト君は何か凄い力がある気がしてたよ。後でお返しはするよ?」


 3人も盛り上がっている。

 俺はヒメの『後でお返し』の言葉に即座に反応する。

 色々考えてしまう、だって男子高校生だもん。


 仕方ない。

 負けても死にはしない。

 ……いや、負けたら良くない気がする。

 この世界に来てからアサヒに危険を感じる。

 法の鎖から解き放たれ、本来の動きに戻ったと言った方が近いか。



 アサヒは俺が下だと確信すれば、俺を殺しに来るパターンも考えられる。

 アサヒは危険だ。

 本気で挑もう。


 ダンジョンも人も危険だ。

 この世界は日本より危険だ。


 人に殺されるかもしれない。

 実際転移してすぐ、王への対応を誤れば俺は殺されていただろう。

 日本は民主主義で法と監視カメラ、警察が居た。

 だがこの世界は明らかに法も設備も日本に劣る。


 さらに俺はダンジョンで危ない目に合った。

 タイミングが悪ければ普通に死んでいたのだ。


 たった1%の確率でも、押したら死ぬ爆弾のスイッチがあったらだれも押さない。

 死ぬ時は簡単に死ぬ世界だ。

 油断は駄目だ。


 1%を0%にはできないが、0.9%と少しずつ下げていくことは出来る。

 油断は駄目だ。

 




 俺は闘技場に向かった。



 闘技場に着くとアサヒは上機嫌で仕切っていた。


「まだ始まるまで時間はあるよ!観客は多い方がいい。友達も誘って来るんだ!!」




 どんどん人が増えてくる。

 クラスメートも集まってきた。

 王も来たし!

 俺の指示で姫は気配を消している。


 俺食事に行こうとしてたんだけど?



 

 俺とアサヒは闘技場のリングに立つ。


「やっとみんな集まった様だね!それではショーを始めよう!」


 アサヒは腕を大きく広げて大きな声でみんなに言った。


「早く始めよう」

「待つんだ!その前に余興をしよう!僕はこの闘いでスキルを使わない!!」


 会場がざわめく。

 

「そして僕のステータスを一部開示しよう!これもハンデだよ!まずは能力値だ!」




 アサヒ 男

 レベル:30

 固有スキル 勇者:LV3

 ジョブ:勇者

 体力:100

 魔力:100

 敏捷:50

 技量:50

 魅力:0

 名声:0



 会場がざわつく。


「レベル30!すごいわ!まだこの世界に召喚されて数日よね?」

「見て!転移者しかなれない勇者よ!」

「それに能力値が100に到達しているわ!やっぱり転移者は違うのね!」


 んんんん?思ったより能力が低い。

 レベル30と言っていたが本当にレベル30の能力値しかない。

 それに勇者って器用貧乏のあの勇者だよな?

 俺は全能力値アップの効果で全能力値が100に達してるんだが?


 転移者しか勇者になれないのか?

 だからみんなそれを知らないか?


 それにアサヒは攻撃力が敏捷依存の双剣使いだよな?

 体力じゃなく敏捷に振った方が良くね?

 その能力値なら剣と重鎧を使うんだが?


 いや、油断はできない。

 全力で挑もう。


 俺はみんなのレベル上げと金策クエをこなしていた。

 最速で強くなっているとは言えない状態だ。


 アサヒを見ると、みんなの黄色い歓声を全身で浴び、目を閉じている。

 アサヒの顔を殴りたくなってくる。

 むかついてしまった。

 俺も修行が足りない。


 だが、クラスメートのみんなはアサヒを冷めた目で見ている者が多い。

 アサヒの性格をみんなが分かってきたのかもしれない。



「更にスキルも教えるよ!これもハンデだ!ただ、プライバシーがあるからね。スキルLVまでは開示しない!」




ブレイブクロス

ブレイブショット

ブレイブボム

ヒール

リカバリー

ファイア

双剣

クロスラッシュ

ステップ

重鎧




 また歓声が上がる。


「すごいわ!戦士も魔導士も何でもできるのね!」

「ブレイブクロス?きっと凄いスキルなのね!」

「いっぱい覚えてるわ!きっとスキルのレベルも高いのよ!」


 なん、だと?

 アサヒを見ると重鎧を着ていないのに重鎧のスキルを持っている。

 スキル振りを失敗してないか?


 後、勇者なら罠感知と敵感知を取れると思うけど何で取らないんだ?

 斥候がパーティーにいるから捨てたって事か?


 でも勇者はソロ向けのジョブだ。

 勇者は初心者向けに見えるが実際は玄人向けで運用が難しい。

 魔法が効く相手には魔法攻撃を繰り出し、近接が有利なら近接攻撃に素早くシフトするような臨機応変な動きが必要だ。

 その上で、回復やおとりも務める様な柔軟な運用が必要だ。


 ゲームの勇者は何でもできる存在ではなく、何でもそこそこの器用貧乏だ。

 オンライン協力プレイのゲームで勇者のジョブがもし最強だったら、皆が勇者になって面白くなくなる。

 なんでもできる者はどうしても器用貧乏な設定になるのだ。


 後ブレイブアーツは威力は高いんだが、クールタイムが1時間で使いにくい。

 ロマン砲だ。

 しかもそのスキルすら使わないってどういう事だ?


 スキルを使わないってアーツスキルと魔法スキルを使わないって意味だよな?

 

 いや、アサヒは頭が良い。

 何か策があるのかもしれない。


 は!?まさかこれもハンデか!


 アサヒを見ると嬉しそうに歓声を浴びるように受けて目を閉じている。

 余裕に見える。

 本当に殴りたくなる顔だ。


 


「どうだい?声も出ないだろう?」

「……」


「何度も言うけど、スキルは使わないよ!ハンデを付けて戦ってあげよう!」


 アサヒは何を考えている?

 考えるんだ!

 もしこれが本当の殺し合いなら、誰も油断はしないだろう。

 1%でも可能性があれば考える!


 そうか!

 アサヒは資金に余裕がある。

 スキルの組み替えもリセットも余裕で出来る。

 となれば納得できる。


 何度もスキルをリセットし、組み替えてゲームの成功パターンを学習しているのか!


 となればまずい!

 金に物を言わせてレベルをリセットし、大量にスキルを取得している可能性もある。 

 スキルを偽装している可能性がある。

 そうなればあの能力値は当てにならない。



 スキルリセットは1000万魔石でレベルリセットは1億魔石だ。

 俺に今そこまでの財力は無い。

 俺も頑張る必要がある。

 俺は不安になり自分のステータスを確認した。





 ハヤト 男

 レベル:1

 固有スキル 訓練:LV3

 ジョブ:闇魔導士

 体力:1+100  

 魔力:1+100  

 敏捷:7+100  

 技量:1+100  

 魅力:0+100 

 名声:0+100  

 スキル・全能力アップ:LV10・スタミナ自動回復:LV10・短剣:LV10・投てき:LV10 ・武器 初心者卒業ロングナイフ:20 ・防具 初心者卒業防具:30




 俺は今スキルポイントを貯めている。

 斥候にジョブチェンジして罠感知と敵感知をする為に必要だからだ。

 今スキルを取るか?


 いや、それではダンジョンの2階に行くのに時間がかかる。

 もっと早く強くなりたい。

 駄目だ。

 スキルポイントは使わない。

 アサヒの対策をしてダンジョンで死ぬのも嫌だ。

 





「はははは!焦った表情を顔に出すのは良くないよ!ここまで引っ張ったんだ。そろそろ始めよう」


 偽装スキルがあればまずい。

 なかった場合はどうだ?

 偽装スキルを使っていなければステータスは俺が上だ。

 だが、装備を見る限りアサヒの武具の性能の方が高い。

 

 アサヒはスキルを使わないと言っている。

 だとしたら俺が圧倒的に有利に思える。

 スキルを使うだけで通常攻撃の10倍の攻撃を繰り出せたりする。

 普通に考えたら俺が勝つ。

 1%でもある他の可能性は無いか?


 分からない。

 俺の分からない切り札がアサヒにあるかもしれない。

 何だ?

 攻撃アイテムか?

 何か裏仕様があるのか?

 それとも勇者は本当にこの世界では何でもできる万能の存在なのか?

 


 分からない。

 勝てるかどうかわからない。

 不確定な要素が大きい。

 

 負けるかもしれないが全力で挑む。

 幸いこれはバトルモードだ。

 もし負けても、負けパターンは掴める。




「そろそろ始めるよ」

「分かった」



「「バトルモード!」」


『バトルモードをスタートしました』


 空間の空気が変わる。

 バトルモードが発動したのだ。

 これによりやられても死ぬことは無いしバトルモードが終われば傷は治る。


 俺はロングナイフを右手に構えた。

 アサヒは双剣を構えて笑っている。


 全力で挑む!





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