第8話

 俺は風呂から上がるとうさぎ肉のシチューを食べる。

 うさぎ肉は鳥っぽい味がする。

 旨いな。

 ハーブと塩の味付け。

 少しスパイスの風味がする。

 トロっとしたシチューが体に染みる。

 野菜も大きい具が入っていて甘みがある。


 茶色いパンにつけて食べてもうまい。

 パンは固く、噛み応えがある。

 麦の優しい甘みが口に広がる。

 ハードタイプのパンは食べている感が凄い。


 この味、好きだな。


 俺はシチューをお代わりして、その日はぐっすりと眠った。





 だが夜明け前に起きた。

 早くダンジョンに行きたい。


 俺は笑ってしまう。

 休みの日だけ早く起きる子供と一緒だ。

 今日が楽しみだったのだ。

 ステータスの日にちを確認する。


『王国歴999年冬の月59日』


 すぐにダンジョンに向かった。




 ダンジョンの中は夜でも見えなくなるほど暗くはない。

 俺は早速ダンジョンの1階奥にあるラビット地帯に向かい魔物を狩る。

 この地点は魔物が多く出て来て良い狩場だ。

  


「武具の耐久力が無くなったか」


 明るくなるまで戦い、俺は紋章ショップに向かう。



 エリスは居ないのか?

 店が閉まっている。


「おーい!開けてくれ!」


 後ろからエリスの声がする。


「どうしたんだい?」

「武具の紋章のチャージを頼みたい」


 エリスは俺の体を見る。


「ハヤト、君のボロボロの服は目立つんだ。もう少しいい紋章武具に変える事をお勧めするよ」


 ゲームだとダメージを受けずにいられる能力値を確保しているが、どうもまだ慣れていない。

 プレイヤースキルも大事なようだ。




「初心者卒業セットを買うまではしっかり貯めておきたい」


「1段飛んで上のグレードを買うまで買い替えるつもりはないんだね?」

「そうなるな」


 それ以前にレベル制限で使用できる紋章装備の種類が限られている。

 ただでさえ男用装備は少ない。


 他の装備の多くは装備出来ない。

 初心者卒業セットにレベル制限はないのだ。


「店はまだ開かないよ。僕が紋章のチャージしようか?」

「よろしくお願いします」


 エリスに紋章のチャージをしてもらうと、すぐにダンジョンに戻る。

 夜明け前に3回ダンジョンに入って武具をボロボロにしたタイミングでおなかが鳴る。


「腹が減った。もう12時位か?」

 

 この世界は暦は春・夏・秋・冬が90日ずつと異世界っぽい雰囲気を醸し出す。

 だが時間は元の世界と同じで24時間だ。

 アナログ時計が街のいたるところにある。


 食事にしよう。

 俺は出口を目指す。


 ダンジョンの入り口付近に一緒に転移してきたみんなが居た。

 昨日追い出されて早速会うとは。


 周りには兵士が居り皆の安全を守っているようだ。

 俺は皆と目線を合わせず入り口の魔法陣に向かう。


 だが、勇者アサヒが俺を呼び止める。


「ハヤトじゃないか」

「そうだな、じゃあな」


「待たないか。ボロボロじゃないか!話を聞かせてくれないかい!?」


 アサヒは皆に聞こえるように大声で言った。

 俺を見てにやにやしている。

 アサヒの顔は俺にしか見えない。


 はいはい、俺をバカにしたいのか。

 アサヒの思惑通り皆が集まって来る。


「武具の紋章の耐久力が無くなる。早く戻りたい」

「それは大変だ!ソロでボロボロなんてかわいそうだ!紋章錬金術師に武具のチャージをしてもらおう!」


 そう言って紋章錬金術師の兵士を呼ぶ。

 お前が追い出したんだろ?

 早くこの場を離れよう。


「立派な兵士にやってもらうのは悪い。街に戻ってやってもらう」

「お金の心配は不要だよ。僕は君を助けたいんだ!」

「ただでやってもらうつもりはない。それに食事もまだだ」


 その瞬間アサヒが笑い出す。


「ぷくくくくく。ダンジョンに入ってボロボロで、まだ食事も摂っていないのかい?ぷーくくくくく、いや、すまない」


 アサヒがしばらく笑い続ける。


「笑ってすまないね。すぐに無料で紋章チャージをしてもらおう」


 そう言うと女性の兵士が魔石を使って俺の紋章のチャージをする。

 チャージが終わるとアサヒが更に笑う。


「初心者セットかい?ぼろぼろだったから気が付かなかったけど間違いない!初心者セットだよ!」

「最初は皆初心者だろ?それに初心者セットが無ければきつかった」


「そ、そうかい。初心者セットが無いときついのかい。くくくく。所で君のレベルは今いくつだい?」

「1だ」


 アサヒは俺が質問に答えるたびに笑う。

 その後アサヒの話が始まった。


「君は初心者セットを装備しているようだけど、僕たちは皆それよりハイグレードの装備を付けているよ」


 アサヒを見ると重鎧をまとい、双剣を持っていた。


 ん?重鎧を装備するなら重量ペナルティを解決する為体力を重点的に上げる必要がある。

 だが持っている武器は攻撃力が敏捷の依存の双剣だ。


 重鎧を装備して体力依存で行くなら、武器も体力依存の剣とかにした方が良いんじゃないか?


 双剣メインで行くなら敏捷を上げて短剣や刀を装備した方が良いだろう。


 武具選びを失敗してるんじゃね?

 しかも序盤で重量のある装備は厳しいだろ?

 すぐにレベルは上げられるって事か?


「声も出ないかい?しかも僕は不遇な固有スキルとジョブの君と違って固有スキルもジョブも勇者なんだ」


 ゲームの知識で考えると、勇者の固有スキルは強くない。

 楽なのは最初だけで、器用貧乏な赤魔導士のイメージに近い。


 オンラインで遊べるゲームに何でも出来る勇者のジョブがあれば皆使う。

 オンラインゲームで万能ジョブは厳禁なのだ。


 勇者専用のジョブスキルの攻撃力は高いが全部クールタイムが1時間と長い。

 ぶっ放したら終わりの大砲のようなイメージだ。


 勇者はスキル枠の管理が大変になる。

 なんでも半端に出来る分なんでも出来ないと真価を発揮できない。

 上級者向けのスキル管理が求められる。

 それに勇者じゃなくてもジョブチェンジで器用貧乏なスキル編成は出来る。


 いや、アサヒは頭が良い。

 たまに答えがずれている事もあるが、抜け道を探す能力は高いのだ。

 油断できない。


 しかも万全のサポートを受けている。

 すぐに100レベルを突破する可能性もある。


 対して俺は能力上昇スキルをフルに取得しても61レベルのステータスにしかならない。

 もっと急ごう。

 急いで強くなる。



「そうそう、君は武器スキルは取得しているのかい?」

「いや、取れていない」

「そうか、やはりスキルを取得できないようだね。同情するよ。僕は双剣スキルを取ったんだ」


 武器スキルを取るのは間違っていない。

 だが、方向性を決めずに取れば厳しくなる。


「どうしたんだい?暗い顔をしているよ?」


 アサヒは勝ち誇ったような顔を俺にだけ向けた。

 アサヒはこれから苦労するんじゃないか?

 いや、この世界はゲームとは違う。


 違う部分もある。

 兵士も付きっきりで指導している。


 俺の願望。

 そう、アサヒが失敗して欲しいという俺の願望だろう。

 世の中思ったようにはいかない。


 都合よくアサヒが壁にぶち当たって欲しいという俺の願望だ。

 人生は自分で切り開く。


 相手のミスを待つものではない。


「ステップのスキルは取ったかい?」

「いや、取れていない」


 使えるスキルは全部欲しいがステップを取るとしてもまだ先になる。


「くくくく、君はどうやって攻撃を回避するんだい?」

「走って避けるしかない」

「ぷくくくくく、僕は取ったよ。まあ、頑張るんだね」


 まさか近いうちにスキル枠制限を解決する方法があるのか!

 俺はスキル枠の事を考えて多くのスキルを取得していない。

 俺の知らない何かがあるのかもしれない。

 色んなスキルを取得するとスキル枠上限に引っかかってスキル枠からスキルを外す事になる。


 だがアサヒは頭が良い。

 スキル枠制限で苦しむ結果にはならないのかもしれない。

 俺はまた自分の都合のいいように考えてしまったか。


「僕たちはそろそろ行くよ。明日にはダンジョンの2階に行くんだ。研修は3日しかないからね」


 もう2階に行くのか。

 2階はトラップが多く、魔物がパーティーを組んだ状態で一気に襲い掛かって来る。


 この世界のエロゲのタイトル。

 それはプリンセスダンジョントラップ学園・NTRだ。


『ダンジョントラップ』


 トラップの対策は必須だ。

 だがパーティーに斥候の能力があれば問題無い。

 アサヒは斥候のスキルを取得可能だ。


 勇者は何種ものジョブと同じスキルを使用できる。

 だがその分上級のジョブスキルは取得できない。


 もう必須スキルを取るめどがついているのか?

 俺も頑張る必要がある。


 ただ、研修が3日で終わるっておかしいんじゃないか?

 研修を受けさせる気があるのか?

 この世界の常識が分からない。


 いや、みんなは3日で十分と言う事だろう。

 俺の目標が出来た。

 アサヒより強くなる。


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