第2話 0日

目の前に私がいる・・・

そう、それは間違いなく私だ・・・


誰かが救急車を呼んだのか、遠くからサイレンの音が聞こえる

たくさんの人が私を囲んで声をかけている


でも、私はここにいるのに


目の前で繰り広げられる光景をただただ眺めていた

自分が見えているのにどこか映画でも見ているような感覚でリアリティがない

感覚がない

匂いもしない 

温度も感じない

心すらあるのか分からない

思考を巡らすこともせず、ただただそれを見ていた


『その人を知っていますか?』

後ろから聞こえた声に反応し私は振り返るとそこにいたのは俗に言う“天使”という存在だろう

見たことがない私でも天使だと思った

この世のものとは到底思えない美しさで背中に翼、重力や空気すら感じさせない存在感

男か女か区別もつかないほどただただ美しく、その美しさはある意味“異様”なものだった

“あぁ、そうか・・・私は死んだのか・・・”

天使の姿を見てやっと理解した

目の前で起きていることを目にはしていたのだけど、理解をしていなかったようだ


『理解したようですね』

そんな私にさらに天使は言う

『名前は言えますか?』


ナマエ?

私の名前は、

“シライシ ヨシノ” 

そうだ、それが私の名前

『そう、あなたの名前はシライシ ヨシノ』


名前を言った瞬間に全ての記憶、感情がヨシノの中に雪崩れ込んできた


痛い痛い痛い怖い寒い何も分からない


全身を殴られているような激しい痛み

違う、痛みがあるわけじゃない

これは感情?

心が悲鳴をあげている


確か、私は信号待ちしている時に暴走車が歩道に入ってきて、気がついた時には私は私の前に居た・・・



あ・・・


どうしよう・・・

どうしよう・・・聞くのが怖い

どうしたらいい?

やだ

やだ、聞きたくない

嘘だと言ってほしい

夢だと言ってほしい

お願い・・・


目が眩んだ


世界に色がなくなった


悲しさなんて言葉では到底何も表せない


声も出ない


涙だけが止めどなく溢れて


でも、聞かなきゃ・・・

心臓が握られているような感覚


私は声にならない声を、振り絞るように出す



“私の赤ちゃんは”



それだけ


それだけしか言うことしかできなくて・・・


天使はヨシノに言った


『まだ生きている・・・しかし危険な状態であることは確かです』


まだ・・・生きてる・・・


よかった!

本当によかった!

ヨシノの目からは安堵でさらに涙がこぼれ落ちた


天使は続ける


『しかしヨシノ、あなたの命はもう尽きてしまった。

あなたにはもう何もすることは出来ない』


えっ?

私はもう何も出来ない


そうか死んだから・・・

どうしよう

どうすればいい?

あの子だけでもなんとか


様子が知りたい


今どうなっているのか


すでにヨシノの体は救急車で病院に運ばれてしまっていてヨシノは我が子の様子を知ることの術が分からない


ヨシノは産婦人科に向かう途中で事故に遭った

もう人から見ても大きくなったお腹で、あとはいつ産まれてくるか待つばかりという時期になっていた


幸せの絶頂

そんな言葉が似合うヨシノだった


今日はとてもいい天気で

空が青くて、風も気持ちよくて、暖かくて、もう時期咲くであろう桜の蕾が膨らんでいて、そんな日だったからこれから産まれてくる我が子に手を当てて話をしながら少し遠回りして病院に向かったのだ

祝福されたような気にさえなる日


そんな心から穏やかな日だった

何も変わらない、そんな日だった

これからもこんな日が続く・・・

そんなことすら考えることもないような・・・

そんな普通の日

普通の幸せに満ちた日


ヨシノは天使に助けを請う


“お願い!あの子はもういつ産まれてきてもいい状態なの!あの子のそばにいたい!お願い!あの子のそばに連れて行って!”


天使はそんなヨシノとは裏腹に、表情を変えずに台詞を読み上げるように答えた


『我が名はガブリエル

神の御前に立ちヨシノ、あなたに託けをする為使わされし者です』


『さぁ、あなたの命の火は尽きた

選びなさい

最後に会いたい者を七人、選びなさい』


第2話 0日 完


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