きみはアイアイ。

中田もな

みなみのしまの。

「そこから先は、行ってはならない」


 真夜中の黒が明かりを覆う、マダガスカルの熱帯雨林。私は現地の少年に、フランス語で忠告された。


「日はすでに落ちた。夜の森には、悪魔が出る」


 褐色の肌をつたう汗が、ぬるい空気と同化する。感情のないその瞳は、まるで黒いガラスのようだった。


「警告はした。あとは、おまえ次第だ」


 彼は軽やかに踵を返すと、そのまま木々の間に姿を消した。鬱蒼とした森は、再び沈黙に包まれた。


 ――構うものか。私には、やるべき任務があるのだ。


 彼の言葉を無視して、私は森の奥へと歩を進めた。わざわざこの島まで来たのは、他でもない。貴重な野生種を密猟するためだった。


 ――密猟は、金になる。私は今、金が欲しい。


 太客からの、依頼が入った。マダガスカル島に生息している、面白い固有種が欲しいと。だから私は、手ぶらで帰るわけにはいかなかった。


 木の葉の揺れる音とともに、美しい羽根を持つ鳥が、優雅に空へと飛び立った。私は少し視線を上げ、近くの木々を凝視した。


 ――いた。


 ふさふさとした長い尾に、ぎらぎらと光る丸い瞳。やつは私の顔を見ると、鋭い声でぎゃあと鳴いた。


 アイアイ。哺乳綱、霊長目、アイアイ科、アイアイ属。樹上生活をおこなう、夜行性の生き物。コウモリのような、リスのような、そしてサルのような。やつは実に複雑な姿で、枝に爪を立てていた。


 ――良い獲物だ。


 私はそう思った。だから静かに気配を殺し、やつの体に銃口を向けた。


 ぎゃあ。ぎぃ。


 おかしな声で、やつは鳴いた。湿った夜の密林に、高い波長が響き渡った。


 ……その瞬間、私は嫌な予感がした。やつの後ろに、何かいるような気がした。


「夜の森には、悪魔が出る」


 少年の言葉が、脳裏をよぎる。私は銃を抱えたまま、毛むくじゃらの容姿に背を向けた。


 アイアイ。夜の森に生きる、悪魔の使い。アイアイに指をさされると、呼び出された悪魔によって、魂を奪われる。


 ――まさか、な。


 現地の人が口々に言った、言い伝えの数々。私は冷や汗をかきながらも、アイアイの方を振り返った。


 ……南の島の、アイアイ。丸い両目を開きながら、私の顔をさしていた。

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