閉じていた目を開く夜、昼間には識閾下にある速度に気づく

【KAC10真夜中】

 瞬きって、決して狂うことなく幾度もわたしの中で繰り返されるのに、普段はまったく意識していない行為だよなぁ。


 それがどうしてこうも深夜には、気になるのか。そこまで考えてわたしは自分がすっかり寝ていたことに気がついた。


 ポーン、という1時を知らせる音が響いて馴染みのジングルがわたしの耳朶を打つ。


「え? うそ。うわ。もうそんな時間か」


 驚きが声に出ていた。

 手元のスマホを見やる。ちいさな四角い画面には今まさに始まったラジオの番組名が表示されていた。


 便利になったよなぁ。と、思う。

 10代の頃から聴いているが、今はもうあの頃と違って媒体はスマホのアプリになっていた。電波不良による音声の途切れに怯えることなく推しの声を聴きながら、スワイプしてツイッターを開いた。


 @jonjon はじまったー!

 @nakana 今日ゲストちよちだよな。楽しみ!

 @takapopopo あーサクちゃんの声ほんとすき。一週間がんばったなって思う。癒しだわ

 @sakuchalove わかる。このために頑張ってるとこある

 @sakusakuaisu むしろ生きてるとこある


 #harusakuradioで検索すると、同じ時間を過ごしている同士がわんさか見つかる。会ったこともない人たちだけど、このツール上でのやり取りは長い。最長の人で10年だった。わたしは一番上に表示されたつぶやきに、「わかる。ほんとサクちゃんに生かされてる」というリプライをととと、と打ち込む。


 真夜中の1DKの部屋は静かだ。きっとラジオを消したあとは、耳奥から音がせり上がってくるだろう。実家にいる時にあった自分以外はこの家の者はみな寝ている、という妙な高揚感はない。けれど、ひとりなのにスマホを握りながら見えない人たちと会話をしていると、現実のラジオと架空のラジオが混ざり合ってわたしの大好きな音を奏でている。そんな気がする。


 そう、ラジオ。わたしにとってツイッターはラジオそのものだ。


 音量を少しあげる。

 大好きなひとの声がちいさな部屋に満たされて、なんとも言えない幸福感で頬がゆるんだ。


 いつまでこういう時間がもてるのかな。

 結婚すると、深夜にラジオなんて聴けなくなるのかな。

 彼氏とか、わたしにできるのかしら。

 いつまでサクちゃんは番組を続けてくれるのかな。

 今日なんか声いつにも増してかわいいな。


 耳には確かにサクちゃんの声が注ぎ込まれ続けているのに、わたしの頭の中は忙しない。


 それでも、こう考えられることすらもしあわせなんじゃないかと思えるから、〈すき〉って偉大だ。


 いまここにある目には見えないぬくもり。それをふたつ抱いて。わたしは心の暖をとる。


 いつかそれすらも終わってしまうとしても。


 @sakusakuaisu ほんとに。お互い今週もお疲れ様でした!


 リプライが届き、耳をサクちゃんに傾けながら少し心を@sakusakuaisuさんにも向ける。


 瞬きの速度でスワイプをしながらわたしは今夜もラジオを聴く。


 そういえば、ツイッターは瞬きにも似ている。なんて思った。


【了】




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